190話 すべて僕のものだ。
本日もよろしくお願いいたします。
「先々代じゃない。いまこの瞬間から【レイス家】当主はこの僕、ノエル・レイスだ」
高台を赤く照らす夕日が、半分落ちかけていた。
……ひょっとして、こんな気分だったのかもしれないな。
場違いにも、あのひとつ抱えていた秘密を僕たちに話すたびに肩の荷を軽くしていた、疲れきった声の老王を思いだす。
僕もいま、同じように軽くなっていた。長いあいだ、胸の中に抱えつづけていた澱をようやく解き放って。
こんなにも簡単なことだったのか。もっと早くこうすればよかった、と思わず自嘲してしまうほどだ。
「にい……さまぁ……。どうし……て……」
「いやぁ。当主就任おめでとうございますぅ。ノエルさまぁ。きっとそういってくれると思ってましたぁ。【妹君】のネヤさまを見捨てることは、【兄君】のノエルさまにはできないってねぇ。ぼくの見立てどおりですぅ」
「っ……!? 【左刀】のスライ……! 貴方は、最初から……そのつもりで……!? わたしを……花の覚悟を……ずっと嘲笑っていたのですか……!?」
「いやぁ。そんな人聞きの悪い。けど、ネヤさまぁ? 別にええやないですかぁ。これでぇ、ネヤさまの望みどおり、愛する【にいさま】と大手を振って、添い遂げられるんやからぁ」
「ああ。そうだね。ネヤは【レイス家】当主である僕がもらう。もう二度と離さない。僕のものだ」
「にいさま……! ごめんなさい……! ネヤのためなんかに……! にいさまぁ……!」
まだ足どりもおぼつかなかった幼いころのように脇目も振らず泣きじゃくるネヤをそっと左手で抱きよせる。
「そして、それ以外は、すべていらない」
――宣告する。それと同時に、右手で腰の刃を抜き放った。
「……は?」
「なにを見当違いによろこんでるのさ? 【左刀】――いや僕にはいらないから、ただのスライ」
まっすぐに、薄く青と黒の【光】を放つ【闇】の聖剣の切っ先を、そのひとのかたちをした、いびつで醜悪なモノにつきつける。
「【レイス家】のすべては当主である僕のものだ。だから、僕がいらないものは、もう【レイス家】じゃない。その名前を名乗っていいのは、僕と、僕の家族だけだ」
「ノエル……にい……さま……!」
驚きに目を見開いた腕の中のネヤが強く強く僕にしがみつく。もう二度と離ればなれにはならないと必死に訴えるように。
目の前のひとのかたちをしたモノの表情がすっと消えた。
「安心しなよ。【レイス家】でなくなったただのお前たちには、僕から新しい名前をあげるから。ウジムシなんてどうかな? それともゴミクズがいい? 遠慮することはないさ。お前たちにはぴったりだろう? まだ成人もしていない幼い孫娘をその死にかけの祖父を魔薬づけにしてまで捧げようなんていう、感情も倫理も道徳も尊厳も! すべて投げ捨てた獣以下、虫以下のお前たちには!」
たまりに溜まっていた澱を、激昂と化してすべてぶつける。
「はぁ……。ホンマにノエルさまはなぁ……」
ひとのかたちをしたモノが片手で顔を覆いながら、ゆっくりと左右に首を振った。
そして、その覆いを外すと――
「ええかげん調子くれんなや、ガキ……!」
――その目も口も裂けたように、憤怒の形相となって、つり上がった。
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ということで、いってやりました。【レイス家】のすべてを奪う、これがノエルの選択です。
次回「決裂と、そして」
1章最終盤に入ります。では、また明日。





