その97 メス豚と跳ね返りの男達
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今を遡る事数時間前。亜人の村で何人かの男達が、愚痴をこぼし合っていた。
不満の内容は、今も元の村を占拠している人間達についてだ。
「いつまで人間に、俺達の村を好き勝手されなきゃいけないんだ」
「そうだ、その通り! 今の俺達にはヤツらの武器もある。ほんの数人の人間相手に何を恐れる必要がある!」
血気盛んな男が「俺がヤツらを追い出してやる!」と言うと、他の仲間もそれに追従した。
こうして人数が集まると次第に彼らは大胆になり、村の武器貯蔵庫から武器を取り出してめいめいが装備し始めた。
「よし! 今から人間を襲って俺達の村を取り返そう!」
「「「「おおっ!!」」」」
村から出るまでに更に仲間が増え、結局彼らは九人にまで人数を増やしたのだった。
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ショックな事が判明。実は私はもう大人の豚になっていたのだ。
私以外にはどうでもいい話かもしれんがな!
嗚呼、乙女の青春が。恋に勉強に嬉し忙しの、めくりめくスクールライフが。
メス豚に転生した時点でそんなの無いだろうって? ああ、そうだよドチクショウ!
私の青春を返せーっ! 転生なんてくそくらえ!
ちなみに現在、私は”クロ子美女ボディー”の状態で、ピンククラゲ水母によって運ばれている最中である。
水母はふよふよの軟体ボディーにもかかわらず、見かけによらず力持ちなのだ。
いや、うそうそ。彼は大気中のマナを操作する”魔力操作”の魔法によって、自重の約千倍の荷物を持ち運び出来るのである。
そんな水母にとって、イスごと私のボディーを運ぶなど造作も無いのだった。
モーナにクロ子美女ボディーのお披露目を済ませた私は、次は村人に見せびらかす――じゃなかった、紹介する事にした。
「私に代わって人間の話を聞いてくれるのは助かるし、クロ子ちゃんになら任せて大丈夫だって思えるけど、人間の女性が亜人の代表っていうのは、やっぱりおかしいんじゃないかな?」
まあ確かに。
だったら私は村長に頼まれた村長代理って事で。
いや。モーナは村長代理なんだから、私は村長代理の代理で村長代理代理って事になるのかな?
代理代理とややこしいな。
村長の代理じゃなくて、村長から委託された交渉人って事にするか?
確かそういう仕事があったはずだ。ええと何だっけ? ・・・そうそう、ネゴシエイター。
私はネゴシエイター。うん。出来る女みたいでカッコイイじゃん。
美人ネゴシエイター・クロ子。
決め台詞は「あなたをネゴシエイトして差し上げます」
おうふっ。昂るわ。
などと、私が妄想にふけっている間に、いつの間にか我々は施設の外に出ていた。
モーナが村人を集めに行こうと前に出た。
ああっ、待って! まだ心の準備が!
いざその時となった途端に胸のドキドキが!
どうかな? お化粧とか変じゃないかな? 口の端からよだれとか垂れてない? 髪型も乱れてない? 大丈夫?
キョドる私だったが、モーナは彼女を呼びかける声に立ち止まっていた。
「モーナ! 今までどこにいたんだ! 捜していたんだぞ!」
男の声に振り返ると、そこには走り回って息を切らした亜人の青年――ウンタの姿があった。
「モーナ――なっ! 何だその女は?!」
「それより何? 私を捜していたって」
クロ子美女ボディーにギョッと驚くウンタ。
まあ、突然村に人間の女性が現れたら驚くよね。
ましてや相手が宙に浮かぶイスに座っていて、首だけねじって無表情に自分を見ているとなれば、もはや軽いホラーでしかないかもね。
なまじ美人なだけに凄みが増してるかも。
「あ、ああ。村のヤツらが・・・」
私に怯えるウンタの説明によると、彼は今日も朝から脱走兵狩りに出ていたそうだ。
昼も回って昼食のために村に戻って来ると、交代の予定の男達が見当たらない。
ついでに彼らの装備も見当たらない。
村の女性に話を聞くと、ついさっき、武装して数人で出かけたらしい。
彼らが向かった先は――
「――アイツらが向かったのは、以前の俺達の村がある方向だった」
「それってまさか?!」
事情を察してモーナの顔から血の気が引いた。
血気盛んな若い男達が武装して、今は人間の使者がいる村の方へと向かった。
当然、「異種族とはいえ男同士。一緒に酒でも酌み交わしてハグしようぜ!」なんて誘いに出かけた訳じゃないだろう。
ウンタがモーナを捜していたわけも分かった。
とにかくこうしちゃいられない。幸い彼らが村を出てからそれほど時間は経っていないそうだ。
今から急げば間に合うに違いない。
「水母! 村に向かって! モーナ! 彼らを追うわよ! 急いで!」
「! わ、分かったわクロ子ちゃん!」
「クロ子? おい、モーナ、だからそいつは何者なんだ?!」
一人だけ事情が分からずに騒いでいるウンタは無視。
説明している時間が惜しい。
私達は慌てて男達の後を追って、旧亜人村へと向かうのであった。
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村は緊張感に包まれていた。
ルベリオは護衛隊長の選んだ家に連れ込まれ、護身用の剣を渡されていた。
「剣は使えますか?」
「鍛錬で振った事なら一応は毎朝。けど実際に戦った事はありません」
毎朝鍛錬で振っていると聞いて、隊長の目が驚きに見開かれた。
言われてみれば、確かにルベリオの腕は細いが筋肉質だ。あながち見栄で言った訳では無いようだ。
「隊長。村の入り口を取り囲む亜人の数は九人。他の方面には見当たりません」
突然、村の外に現れた亜人達。
だが、彼らは何をするでもなく、その場でじっとこちらの様子を窺っている。
その人数は見えているだけで九人。ただし、隠れている者や、他の場所を見張っている者までは分からない。
対するこちらの人数は五人。そのうちの一人はルベリオなので戦力外と考えれば四人となる。
戦力比は一対二だが、村に留まって防衛に徹すれば、凌ぎきれない程の数の差ではない。
そもそも相手は戦闘訓練も受けていない村人だ。
たかが村の腕自慢程度に後れを取るような騎士団ではない。
問題は未知の魔法による攻撃だが、流石にこればかりは対策の立てようも無い。
最悪、護衛が全滅したとしても、ルベリオさえこの場から逃がす事が出来れば任務を果たせた事になる。
「隠れている亜人の数は分からないのか?」
「分かりません。ですが、村の入り口付近は妙に開けています。いたとしても近くにはいないんじゃないでしょうか?」
先日、村がアマディ・ロスディオ法王国の教導騎士団に襲われた際、村の入り口は騎士団の軍勢によって、藪は切り払われ、地面は踏み固められた。
あれからまだ半月と経っていない。
村の入り口の外は大きな広場が出来たままになっていた。
「何が目的だ? 襲ってくるにしては姿が丸見えだし、動きが無さすぎる」
亜人の目的を図りかねて、眉間に皺を寄せる隊長。
ルベリオは緊張にゴクリと喉を鳴らすと、渡されていた剣をその場に置いて立ち上がった。
「ぼ、僕が行きます! 彼らと話をしてみます!」
村までやって来た、跳ね返りの亜人の男達だったが、実際に人間の騎士を見た途端に一時の熱狂は冷めていた。
見るからに屈強な騎士達の装備は彼らの装備を上回っていた上、遠目にも分かる程、彼らの動きが良く鍛え上げられている事が分かったためである。
所詮、彼らはロクにケンカもした事の無いただの村人で、彼らの装備も、戦から逃げ出した一般兵から奪った物でしかなかった。
こうして彼らは身動きが取れなくなってしまった。
攻めるに攻められず、かといって相手に見付かった以上は引くにも引けず。きっかけを失った男達は、困った顔で立ち尽くしていたのだった。
「どうする?」
「どうするったって、なあ?」
もし、この時、ルベリオの護衛の騎士団員達が剣を抜いて村から出て来れば、彼らは武器を捨てて一目散に逃げ出していただろう。
しかし、ここで事態は彼らの予想外の展開を迎える。
ルベリオが後ろに隊長を従え、武器も持たずに村の入り口に出て来たのだ。
次回「メス豚、ショタ坊と再会する」




