その90 ~宰相ペドロ判断を誤る~
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隣国のロヴァッティ伯爵軍が越境したとの知らせは、即座にサンキーニ王国王都アルタムーラに届けられた。
敵の総数は約千五百。
これはつい先日の敗戦で消耗したロヴァッティ伯爵領が、現在動員出来る戦力のほぼ上限だと思われる。
ロヴァッティ伯爵軍はカルメロ王子が指揮する魔獣討伐隊との戦闘に突入したという。
現在、王城ではその対応が協議されていた。
当然、争点は、”増援を送るか送らないか”ではない。
”どの程度の増援を送るか”である。
王城の円卓会議室。
ここに集まっているのは、主に宰相ペドロを中心とした文治派の代表達となる。
カルメロ王子派のエーデルハルト将軍の部下もいるにはいるが、王子と将軍という大駒を欠く現状、この場では明らかに貫禄負けしていた。
カルメロ王子に援軍を送るのは既に決定事項だ。問題はその規模である。
ここで意見は大きく割れる事となった。
軍部からは最大限の戦力が要請された。
当然だ。
最大戦力で鎧袖一触。圧倒的な勝利を収めて悠々と王子と凱旋する。
戦に運不運は付き物だ。そういった”まぎれ”が入り込む余地の無い戦力を用いて敵を叩く。
なにせこの国は、つい先日、第一王子であるアルマンドを失ったばかりだ。
立て続けにカルメロ王子まで失う危険を冒す訳にはいかなかった。
そんな軍部の要請はあくまでも理想。とするのが文治派の意見だ。
彼らは、増援を送るのを否定はしないが、その規模は現実的なレベルに落とすべきだ、と考えていた。
軍が動けば当然大量の物資を消費する。
先日のイサロ王子軍に続き、この度のカルメロ王子の魔獣討伐隊によって、既に本年度の軍事予算は圧迫されていた。
そんな中、たかだか千五百の敵軍のために多くの兵を動かす事は出来ない。
必要十分な数だけ送れば十分だ。とするのが彼らが出した意見だった。
「敵も我が国に踏み込んでいる以上、常に帰りの道は気にしているはず。こちらの増援で退路を断たれると知れば、軍を引くのではないでしょうか?」
「そのためにも最大限の戦力が必要なのだ! それに敵が引けばカルメロ王子の軍が敵の背後を突くに決まっている! ここでロヴァッティ伯爵家に被害を与えておけば、今後の戦いが有利になり、引いては我が国がヒッテル王国に対して優位に立てるという事が分からんのか!」
「それは分かっています。しかし、そのために必要十分な軍の派遣で良いではないか、と言っているのです。軍部の要求は過剰な戦力に過ぎるのではないでしょうか?」
あくまでも勝利を目指す軍部と、あくまでも効率を重視する文治派。
悪く言えば軍部はあまりに脳筋だし、文治派は理屈に寄り過ぎだ。
相反する二つの意見は平行線を辿っていた。
これにはこの会議での最高権力者である、ペドロ宰相とイサロ王子が発言を控えていた事が原因にもなっている。
ペドロ宰相は、自分が加われば、文治派の意見が強くなりすぎてしまう、と危惧していた。
そしてイサロ王子は、自分がどう発言しようが、カルメロ王子派の色が強い現軍部の反発を招く事が分かっていた。
現在、軍部のトップはカルメロ王子派のエーデルハルト将軍。
彼が将軍職に就いている限り、例えイサロ王子の言葉が正論であったとしても、軍部は素直に彼の意見には従わないだろう。
宰相は禿げ上がった頭をツルリと撫でた。
(いつまでもこうして会議室で議論を交わしていても、事態は悪化するだけだ。そろそろ現実的な落としどころを探らねばならんが・・・)
彼の出した現実的な落としどころ。
それは、援軍は二千五百とする、という物だった。
結果として文治派の意見を大幅に取り入れた事になるが、これ以上の兵力を集めるには時間がかかる、と言われれば軍部としても引かざるを得なかった。
兵は神速を尊ぶ。
満足のいく兵力を集めている間にカルメロ王子が討たれてしまっては本末転倒となってしまう。
それでも、二千五百の援軍がイサロ王子の魔獣討伐隊千と合わされば三千五百。
ロヴァッティ伯爵軍の千五百を大きく上回る戦力となる。
ましてやこちらには地の利もあり、敵を両面から挟み撃ちする形にもなる。
圧倒的な優位と言えるだろう。
援軍の指揮官は、王都に残されたエーデルハルト将軍派の貴族が執る事になった。
イサロ王子は彼らが抜けた後の王都の守備を任された。
要はハズレくじを引かされたのだ。
王子は内心で不満に思いつつも、この要請を受け入れた。
彼の立場では受けざるを得なかったからでもある。
こうして援軍の派遣とその規模が決定された。
しかし、会議で決まった意見を最終的に認可するべき国王バルバトスが、この時は不在だった。
いや、実際にはいたのだが、体調を崩して病床に伏していたのだ。
国王も今の自分の体調では状況判断を誤りかねないと危惧したのだろう。
不穏な予感を感じつつも、あえて会議の決定に異論を挟まなかった。
結論から言えば国王の直感こそが正しかった。
宰相ペドロは四賢侯の一人とうたわれていても、それはあくまでも外交と内政に関してであって、軍事面の判断力は専門家に劣っていた。
彼は、「こちらが援軍を送ろうとしているように、当然敵国も増援を送ろうとしているに違いない」とは考えなかったのだ。
ある意味、この時の判断が今回の戦いの分水嶺となった。
この時、隣国ヒッテル王国も増援を送っていた。
その総数、約三千。
サンキーニ王国の援軍二千五百とほぼ同数の戦力であった。
援軍と増援は緩衝地帯のすぐ近くで互いを発見。そのまま戦闘状態に突入する事になる。
結果、サンキーニ王国の援軍はランツィの町へと撤退。
対する隣国ヒッテル王国の増援は、緩衝地帯近くの村、クロ子がショタ坊村と呼ぶグジ村を占拠。物資を確保して長期戦に備えた。
宰相ペドロの判断ミスにより、サンキーニ王国は兵力の逐次投入の愚を犯し、この戦いを泥沼化させてしまうのである。
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王都アルタムーラの貴族街。その一角を大きく占めるマサンティオ伯爵家の屋敷。その応接間。
村の少年ルベリオは王城のイサロ王子からの使いを出迎えていた。
「殿下が私を?」
「そうだ。急ぎ登城するようにとの事だ」
驚愕にルベリオの喉がゴクリと鳴った。
イサロ王子が自分の従者としてルベリオを呼んでいるというのだ。
いや、違う。従者というよりも側近だ。
ルベリオにはそのための身分――男爵家であるラリエール家の名が与えられる事になっているそうだ。
つまり今後ルベリオは、ルベリオ・ラリエールと名乗る事となるのだった。
「僕なんかが男爵家を? 大丈夫なんですか?」
「ラリエールは現在は家名が断たれた状態にあります。特には問題無いでしょう」
この場に同席していたルベリオの講師サルエルが、コッソリ彼に耳打ちした。
ラリエール男爵家は当主が子を持つ前に早逝した上、借金まみれだったため家名を継ぐ者が現れなかった。
男爵家の寄り親だったマサンティオ伯爵家は、仕方なく借金を肩代わりした。
つまり、結果としてマサンティオ伯爵家がラリエール男爵家を買い取った形になったのである。
「形式上はラリエール男爵家の養子となるのでしょうな」
「そんな! で・・・でも」
平民の自分がなんと恐れ多い。ルベリオは頭の中が真っ白になって立ち尽くしていた。
そんな彼の細い肩を講師サルエルが軽く叩いた。
「お受けなさい。ルベリオ。イサロ殿下のご恩寵だ」
「しかし、先生!」
サルエルはかぶりを振るとルベリオの目を正面から見つめた。
その目はかつて、ルベリオを平民の子供と侮っていた頃のサルエルの目ではなかった。
「君は今まで私の教えた生徒の中でも、極めて優秀な生徒だ。殿下が君の力を必要とされているのだ。君は殿下のために尽くす責任があるのではないかね?」
「!」
ハッキリ言って、サルエルは当初この仕事――暗愚な平民の少年の教師となる事に大いに不満があった。
マサンティオ伯爵家家令からの名指しの使命だったため、断る事も出来ずに渋々引き受けたのだ。
そのため、彼は最初はルベリオの教育にも全く熱が入っていなかった。
野良犬に芸を教えるようような下らない仕事だ。そう公言してはばからなかったほどである。
そんな彼のルベリオに対する見方が変わったのはいつからだろうか?
ルベリオは聡明で慎ましく努力家だ。その性根は真っ直ぐ健やかで、誰に対しても素直で、周囲に対する気配りも忘れない。
暗愚な平民? 野良犬? もっての外。ルベリオの資質は、貴族の子女に比べてなんら劣るものではなかった。
いや、むしろ何人もの手に負えない貴族の子供を教えて来たサルエルにとって、ルベリオはサルエルの理想とする貴族の子女そのものと言っても過言ではなかった。
その事に気が付いてからだろう。ルベリオに対するサルエルの態度は変わった。
彼は良き弟子のため、良き師となって少年を教え導いた。
ルベリオも懸命に努力を重ね、サルエルの期待に良く応えた。
こうしてルベリオはこの僅か二ヶ月程の間に、サルエルから多くの事を学んだのだった。
「君ならきっと大丈夫だ。ラリエール男爵家の名が重いなら、逆にそれを自らを鍛える力にしなさい。むしろ若者なら、自分の行いでラリエール男爵家の名を高めてみせる、そのくらいの気概を持って挑みたまえ」
「先生・・・」
師匠からの強い後押しを受け、ルベリオの覚悟が決まった。
彼は丁寧に使者に礼を返した。
「ラリエール男爵家の名。そしてイサロ殿下の命、謹んで仰せつかりました」
使者はルベリオに柔らかい笑みを返した。
彼は何度か王子の命令で屋敷を訪れて、ルベリオの人となりを良く知っていたのである。
「これから色々と大変だと思うが頑張ってくれ。一緒にイサロ殿下のお力になろうじゃないか」
「はい!」
ルベリオは興奮と覚悟に頬を赤く染めながら大きな声で答えた。
次回「メス豚の脱走兵狩り」




