その88 メス豚、高みの見物を決め込む
結局、昨日はあれ以来、魔獣討伐隊のキャンプに動きは無かったようだ。
そして翌朝。まだ夜も明けきらない早朝に、私の下にブチ犬マサさんが駆け込んで来た。
『黒豚の姐さん! 人間が大量にやって来ました!』
『どういう事?!』
私はマサさんと一緒に魔獣討伐隊のキャンプを目指しながら説明を受けた。
『つい先ほど、人間のキャンプの外に、別の人間達が集まり出したのです』
マサさんが言うには、今から一時間ほど前、魔獣討伐隊のキャンプの外に続々と人間の軍が集結し始めたんだそうだ。
それを受けて、キャンプ地の方でも慌ただしく兵士が起き出して、戦闘準備を整えているらしい。
『戦いの準備? ヤツらの増援じゃないの?』
魔獣討伐隊は大分私に痛い目に会っている。
指揮官が増援を呼び寄せていたとしてもおかしくはない。
ところがマサさんが見た所、魔獣討伐隊と新たな軍は敵対している様子らしい。
『互いに殺気立って、今にも戦いが始まりそうな感じです』
つまりは魔獣討伐隊はどこかの軍に襲撃を受けつつあるという事なのか?
『どこの軍? あっ、ひょっとして仲間割れとか?』
『さあ? 姐さんと違ってあっし達には人間の敵味方の区別はつきませんので・・・』
野犬にしては賢いマサさんでも、流石に人間の軍隊の見分けは出来ないようだ。
そりゃそうか。
私だって人間だった頃は、犬の縄張りの区別なんてつかなかったからな。
今なら匂いで分かるけどね。
ついこの間も、縄張りに入って来たイノシシの一家をシメてやった所だから。
ちなみにシメたイノシシ一家は、ちゃんと私らと村人達で頂きました。
大変美味しゅうございました。
共食いじゃないのかって? 鹿だろうがイノシシだろうが死んでしまえばただの肉。
それに私、今でも心は人間だから。
身も心もメス豚になった覚えはないから。
そんな事を話している間に、私達はいつもの偵察ポイントに到着した。
先に到着していたアホ毛犬コマが、私を見つけて嬉しそうに「ワン! ワン!」と吠えた。
『ハイハイ、おはようコマ。見張り有難う。それであれが敵の敵?よね』
私は鼻面を押し付けて来るコマを適当にあしらいながら、魔獣討伐隊のキャンプを見下ろした。
おうおう。いるわいるわ。
私が見下ろす先。
キャンプの外に軍隊が集結し、隊列をととのえつつあった。
ていうか、中央のあの紋章は見覚えがあるぞ。
あれって以前に王子様の軍と戦った、隣国の軍じゃないか?
えっ? どういう事?
国境を抜かれちゃったって事?
この国って現在隣国に攻め込まれているわけ?
後で知った事だが、隣国との緩衝地帯にはろくな砦もないんだそうだ。
攻めたり攻め込まれたりで、コロコロ国境が動くせいもあるらしい。
そりゃまあ、苦労して砦を作っても、丸ごと敵の領地になってしまったら台無しだよな。
この辺りだと西に下がったランツィとかいう町が、この国の実質的な防衛ラインで、町の周囲も城壁に囲まれていて砦の役も果たせるそうだ。
つまり、ここまで敵が攻め込んで来るのは、珍しくはあっても決して特別な事ではない、という訳だ。
何ともイヤげな土地に転生してしまったもんだわい。
私の今生ってハードモード過ぎない?
あの時王子様は、確かヒッテルとかロヴァッティとか言ってたっけか。
そうそう、思い出した。ヒッテル王国のロヴァッティ伯爵軍だ。
だったらあれもロヴァッティ伯爵軍になるのか? あの時見た紋章だし多分そうだろう。
ロヴァッティ伯爵軍の目的は不明だが、わざわざ敵国まで来ている時点でお察しである。
魔獣討伐隊の指揮官の身柄の確保、ないしは命を奪う事にあると見て良いだろう。
あの指揮官、何気に大物だったわけか。
そういや演説の時、隣にいた将軍が「殿下」と呼び掛けていたっけ。
ガチで王子なのかも。
だったら私がブッ殺した王子の弟――つまりは第二王子か。
これで第一から第三王子までコンプリートしたってわけね。
さて。ざっと見た所、ロヴァッティ伯爵軍は魔獣討伐隊と同程度か若干上の規模に見える。
という事は魔獣討伐隊の方が有利かもしれない。
ここは彼らの国だし、突貫工事とはいえ陣地を構築して立てこもっている。
戦闘には”攻撃三倍の法則”という言葉があって、攻める側は守る側の三倍の兵力が必要とされるそうだ。
とはいえ、魔獣討伐隊の方も、さほど余裕をブッこいてはいられないはずだ。
この十日ばかりの戦いで、彼らは私にかなりの手傷を負わされている。
それに元々山狩りに来た彼らは、敵軍と戦うには装備が十分とは言えない。
戦力でも装備でも優位なロヴァッティ伯爵軍。
地の利はあるものの、戦力的には難のある魔獣討伐隊。
ふむ。これは中々良い勝負になるんじゃないだろうか?
まるで他人事だなって? 実際に他人事だし。
ていうか、これってむしろ棚ぼたじゃね?
自分で戦わずに、魔獣討伐隊をやっつけられる訳だし。
とはいえ、ロヴァッティ伯爵軍が勝っても別に良い事は無いのか。
このまま居座られても迷惑だし。
ほどほどに殺し合った所で痛み分け、両者撤退が一番ベストかな?
出来れば、互いに当分身動きが取れなくなるくらい被害者が多ければなおの事良し。
『黒豚の姐さん。どういたしやしょう?』
『ここは高みの見物で。手出し無用でいきましょう』
どちらかのワンサイドゲームになればワンチャン介入の機会もあるかもしれないけど・・・いや、無いか。
いくら私の魔法が強力でも、数の暴力には敵わない。
私が以前、教導騎士団との死闘を制する事が出来たのは、こちらに地の利とツキがあったから。
戦いは数だよ兄貴。
『・・・でしたら、狩りに出てもよろしいでしょうか? 仲間も腹を空かせていますので』
『いいわよ。私はしばらく目が離せないから手伝えないけどね』
狩り大好き犬マサさんは、尻尾を千切れんばかりに振ると駆け出した。
彼に率いられて野犬達も走り出す。
『コマ。アンタも行ってらっしゃい』
「キューン」
アホ毛犬コマはチラチラと私の方を振り返りながらも、仲間の後を追って走り出した。
私への忠誠心も狩りの欲求には勝てなかったようだ。
野犬はみんな狩りが大好きだな。
あ、そうだ。
『水母も狩りに行ってくる?』
『意味不明』
私の背中でピンククラゲ水母が、「げせぬ」とばかりにフルリと震えた。
戦いは日の出と共に始まった。
「弓、放て!」
指揮官の号令の元、互いの弓矢が放たれた。
先ずは飛び道具による面制圧、という訳だ。
いや、この場合は互いの出鼻をくじく牽制の意味合いが強いのかもしれない。
最前線の兵士達の構えた盾にパスパスと矢が突き立つ。
とはいえほとんどの矢は、盾にはじかれて落ちるか、そもそも届いていなかったりする。
弓という武器は人によってかなり技量の差が出るようだ。
あるいは弓の品質にバラつきがあるのか。いや、両方か。
『戦の前に、互いの大将が口上を述べたりはしないんだな』
三国志なんかでそんな場面を見た事があるけど、この世界の戦いはいきなり始まるようだ。
やっぱり危ないからかな。
飛び道具の発達と共になくなったのかもしれない。
風情の無い世界よのう。
角笛が吹かれると、ロヴァッティ伯爵軍の歩兵が走り出した。
「「「「「ワアアアアアアッ!」」」」」
ここまで響く大音響。
伯爵軍はみるみるうちに魔獣討伐隊の陣地に近付いていく。
これは狙撃のチャンス!
と思いきや、矢はロクに飛んで来ない。
どうやら陣地では弓を持つ兵は後ろに下がって、代わりに槍を持った兵が前に出ようとしているようだ。
その入れ替わりにもたついている様子である。
何とも手際が悪い。
と思うのは私が俯瞰で見下ろしているからだろう。
彼らの持つ槍の長さはざっと2m。
それだけの長物を持つ男達が、狭い範囲にひしめき合っているのだ。
混雑するのも無理はないといえるだろう。
てなことを考えている間にも、伯爵軍の先頭が堀を乗り越えたようだ。
みるみるうちに土塁に取り付いて行く。
しかし、堀を駆け登った上に、更に土塁をよじ登るのは、重装備の歩兵には骨が折れるらしい。
みるみる彼らの足が遅くなる。
そんな敵兵を狙って、魔獣討伐隊は柵の隙間から槍を突き出した。
柵を挟んでの切り合いは、見ていてもどかしい限りだった。
『これがこの世界の戦争か』
彼らが真剣に戦っているのは伝わって来る。
しかし、ぬるい。
私は元の世界で戦争映画を見て育ち、この世界でメス豚に転生して以降は、何度も何度も死線を潜り抜けて来た。
そんな私の目には、彼らの戦いは規模が大きいだけの小競り合いにしか見えなかった。
私ならどう戦う。
どういう部隊を作れば効率良くコイツらを殺せる。
私はいつしか攻略方法を考えながら、眼下の戦いを見下ろしていた。
次回「メス豚と復讐者」




