その84 ~三本柱生まれる~
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王城の廊下を歩く二人の若い貴族の姿があった。
流行の服を着こなした洒落た伊達男と、やや小太りな人の良さそうな男である。
伊達男は気乗りしなさそうに友人にぼやいた。
「いや、私だって君の言う事くらいは分かるぞアントニオ。だがな、我々はつい先日までアルマンド殿下を旗頭と仰いでいた身だ。殿下がお亡くなりになった途端に、こう直ぐに変節をするのはいささか薄情じゃないかね? イサロ殿下の方も面白く思われまい」
「ベルナルド。その話はもう散々して来ただろう」
あれやこれやと理由を付けてこの場を逃げようとする友人に、小太りの男――アントニオはため息を堪えた。
「領民のためにも旗色は鮮明にしないといけない。殿下がお亡くなりになった今、我々も身の振り方を考えないといけない。それは君も同意してくれたじゃないか」
友人の言うような事は勿論、伊達男――ベルナルドにだって分かっている。
彼らのような王城詰めの貴族は基本的には領地に戻らない。
なら何をしているのかと言えば、王城での政治工作だ。
彼らはそのためにこの王都に屋敷を構えて、ずっとこちらで生活をしているのだ。
アントニオはそんな自分達の役割を真面目に果たそうとしている。
ベルナルドも一見、都会の生活を謳歌しているだけにも見えるが、決していい加減な性格ではない。
「今日は男爵夫人のパーティーに呼ばれているんだが・・・」
「ベルナルド。君はそう言っていつまでも殿下への挨拶から逃げているじゃないか」
いい加減な性格ではない・・・はずだ。
流石に呆れ顔を隠せないアントニオ。
彼はゴホンと咳をすると気持ちを切り替えた。
「とにかく、今日こそは僕に付き合ってもらうぞ。さもないと君との友人付き合いもこれっきりだ」
「何が悲しくて男と付き合わなければならないのか・・・ 分かったよ、そんなに押すな。一人で歩けるから」
アントニオは一見小太りに見えて、実は良く鍛えられた体の持ち主だ。
骨太でがっしりとした体と温和な顔の印象で、太っているように見られがちなのだ。
そんな友人にグイグイと背中を押され、ベルナルドは肩をすくめて抵抗を諦めるしかなかった。
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ここはイサロ王子の執務室。
その隣の応接室で、王子は今日、何人目かの来客を迎えていた。
「殿下におかれましては、先日の戦以来となります」
「あの時は世話になった。アマーティでは貴殿の騎馬隊の勇戦に助けられた」
イサロ王子の前に座っているのはカサリーニ伯爵。
特徴的なカイゼル髭をピンと伸ばした、品格のある佇まいの壮年の貴族だ。
王子の兄である第二王子カルメロの派閥の中心人物でもある。
伯爵は「先日の戦以来」と言うが、王子は伯爵が命令を無視して勝手に後退を始めた事を忘れていない。
あの行動が引き金となり、全軍撤退を命じざるを得なくなったのだ。
カルメロ王子派の伯爵とすれば、当然の行動だったのだが、なぜその話を蒸し返すのかその意図が掴めない。
王子は伯爵の真意をはかりかねていた。
(いや。こうして考えていても時間の無駄か)
今日はこの後も来客が控えている。
カルメロ王子が魔獣討伐に出て以来、王子の目が届かなくなったのをいいことに、イサロ王子に接触を図る貴族が毎日のように彼の下に押しかけていた。
流石にうんざりする状況だが、かといって会わなければ、彼らはそのままカルメロ王子の派閥に流れて行くだろう。
それだけならまだしも、無用な逆恨みを買う危険すらある。
面倒だからと会わない訳にもいかなかった。
「伯爵には済まないが、今日はこの後も予定が立て込んでいる。用件は手短にお願い出来ないだろうか?」
いささか不躾な物言いだが、そもそもカサリーニ伯爵は明確にカルメロ王子派となる。
どうせ敵ならあまり気を使っても仕方が無いだろう。
王子らしからぬ短絡的な判断とも言える。やはり少々疲れが溜まっているのだろう。
伯爵は細い眉をピクリと跳ね上げたが、表情は崩さずにゴホンと咳をした。
「では仰せの通り手短に。カサリーニ伯爵家を代表して、今後は殿下にご協力させて頂けないでしょうか?」
「何?」
予想外の申し出に、イサロ王子は自分の耳を疑った。
イサロ王子は慎重に伯爵に尋ねた。
「伯爵は兄の後見人だとばかり思っていたが?」
「いえいえ、私がカルメロ殿下の後見人などと恐れ多い! 確かに殿下のお役に立ちたいという貴族家の取りまとめのような事をさせて頂いておりましたが、それもあくまで仲立ち程度のお手伝いでして。……尤も、最近殿下は私の役割を不要と思われていらっしゃるようですが」
なる程。
伯爵の説明を聞くにつれ、イサロ王子は彼のおかれている立場を理解した。
最初こそ伯爵におんぶにだっこだったカルメロ王子だったが、派閥内に自分の立場が確立されるにつれ、伯爵の存在が目障りになって来たのだ。
自尊心が強く、己惚れ屋のカルメロ王子なら、いかにもありそうな話である。
そんな状況で、先日のアマーティでの勝利があった。
――イサロ王子自身はあの戦を勝利とは考えていないが、この場合は王子の考えではなく、兄のカルメロ王子がどう考えたかが重要だ。
カルメロ王子は、イサロ王子に従って手柄を立てたカサリーニ伯爵が本格的に邪魔になったのである。
現在、カルメロ王子は、派閥内での伯爵の力を落とすために裏工作を進めている最中だそうだ。
この度の魔獣討伐隊に伯爵が加えられなかったのも、そういった事情があったらしい。
仲の良い友人からその話を聞かされたカサリーニ伯爵は、二つの決断を迫られていた。
このまま派閥に留まって、ジワジワと力を削られるか、いっそ別の派閥に乗り換えるか。
「アマーティでの殿下の神域の策略、知恵の神ルサリソスの湧き出る智謀の泉の如し。私めは目から鱗が落ちた思いがいたしました」
「・・・そうか。ありがとう」
自慢のカイゼル髭を震わせて熱弁を振るう伯爵に、イサロ王子は若干の塩対応で礼を返した。
実はあの時の策を立てたのは王子ではない。村で出会った少年、ルベリオなのだ。
しかし、こうして訪れる人間訪れる人間、全ての者があの策をベタベタに褒め称えるので、王子はいささか食傷気味だった。
「私としても伯爵の力が借りられるのであれば、こんなに頼もしい話は無い。是非よろしくお願いしたい」
「おおっ! ありがたき幸せ! 我がカサリーニ伯爵家の力、存分に殿下のお役に立てさせて頂きますぞ!」
王子と伯爵は固く握手を交わした。
伯爵をドアまで見送りながら、王子はため息をつきたい気持ちを堪えていた。
(・・・こんな話、手放しで信用する事が出来るか。だが、もし仮に本心からの申し出なら無下に断れるはずもないし)
と言うよりも、派閥の薄いイサロ王子にとっては、カサリーニ伯爵家の力は喉から手が出る程欲しい所だ。
ただし、相手が本心からこちらの力になってくれるのであれば、という条件付きでだが。
(考えられるのは埋伏の毒――偽りの協力を申し出て、こちらを内部から突き崩すか、あるいはこちらの内情をカルメロに流すか・・・といったところだが。)
王子は二重スパイの可能性を考えたが、今一つピンとは来なかった。
仮にスパイだったとしても、カサリーニ伯爵ほどの大物を送り込むだろうか?
それに伯爵本人の人柄も、そういった陰湿な策に向いているとは考え辛い。
少し考えただけでも、もっと他に適任者がいるように思えてならなかった。
とはいえ、この場でこれ以上思い悩んでいても仕方が無い。
ひとまず受け入れるだけ受け入れて、様子を見て判断するしかないだろう。
”真に信じれられる部下”だけを集めていては組織は成り立たない。
信じられる人間、信じられない人間、有能な人間、無能な人間、そういった者達に、それぞれに応じた仕事を割り振るのが、リーダーたるイサロ王子の役割なのだ。
その時、部屋の外で立哨している衛兵から、次の来客を告げる声が上がった。
イサロ王子は頭を振って気持ちを切り替えた。
「入れ」
「失礼します殿下」
「初めまして殿下」
ニコニコと作り笑いを浮かべながら、二人の若い貴族が入って来た。
流行りの服を粋に着こなした伊達男と、人の良さそうな小太りの男だ。
「私はアントニオ・アモーゾ、こちらは友人のベルナルド・クワッタハッホと申します」
「まあ、殿下は我ら貧乏男爵家などご存じないでしょうがね」
「(おい! ベルナルド!)」
ニヤリと笑って皮肉を言い放つベルナルドを、アントニオが慌てて小声でとがめた。
「確かに知らんな。だが貴殿の身なりはとても貧乏貴族のようには見えないぞ?」
疲れの溜っていた王子は、つい反射的にベルナルドの軽口に応えていた。
ベルナルドは王子の意外な返事に「おや?」という表情を見せた。
「借金をしてでも今年の服を着るのが、私の唯一のこだわりでして。こちらの友人のように親から譲られた服に袖を通すなどもってのほか。そんな恰好をするくらいなら下着で出歩いた方がまだマシというものです」
「それは目立って良いかもな。それよりも座ったらどうだ? 見上げて話すのは首が疲れるのだが」
王子の言葉に慌てて座るアントニオ。
ベルナルドは思わぬ場所で珍しい生き物にヒョッコリ出会ったような顔で、目を輝かせている。
「こう言っては失礼ですが、殿下は誰かから皮肉屋だと言われた事はございませんか?」
「(ベルナルド! お前、さっきから酷いぞ! 一体どうしたんだ?!)」
「母上からは言われるな。なんでも俺は頭より先に口から生まれて来たらしいぞ」
「奇遇ですな。実は私も人から良く言われるんですよ。私としては正直に話しているだけのつもりなんですが」
「ああ、正直者の貴族なら貧乏するのも無理はないな」
「流石は殿下、ご慧眼恐れ入ります。大体において貴族らしい貴族というのは得てして表と裏で言っている事が違うものです。その点私は――」
どこか似た者同士の二人の会話は止まらなかった。
三人の中で唯一常識人のアントニオは、身の置き所が無くなり、噴き出す汗が止まらなかった。
こうして他愛無い会話を続けたベルナルドは、会談時間の終わりを告げられると、思い出したように本来の目的を告げた。
「私と彼を殿下の派閥に入れて貰えませんかね?」
「ああ。いいだろう」
あっさりと目的を果たした二人は応接室を後にした。
ベルナルドは嬉々として、アントニオはゲッソリとして、それぞれの屋敷に帰るのだった。
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この日、イサロ王子の派閥に加わった三人。
ボルファーレ・カサリーニ伯爵。
ベルナルド・クワッタハッホ。
アントニオ・アモーゾ。
彼ら三人は、後に”三本柱”と呼ばれ、王子の派閥の中心人物として、王子の躍進を支える事になるのだ。
次回「メス豚、敵を翻弄する」




