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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第三章 対決・亜人狩り部隊編
84/518

その82 メス豚、豚走する

 日も暮れて、私は予定通りキャンプ地に襲撃を掛けた。

 最初は順調だった。

 私の攻撃は敵を翻弄していたし、彼らは風の鎧(ヴォーテックス)の魔法で身体強化した私を捉える事が出来なかった。


 だからといって、決して油断していたつもりはない。

 彼らの指揮官が出て来て「”魔法殺しの秘術だ”! 急げ!」と叫んだ時も、私は十分に警戒していた。


 指揮官の命令を受けて、兵士が手にハンドボールくらいの大きさの素焼きの壺を持って来た。

 彼らは壺の蓋を取ると、中に火の付いた松明を突っ込んだ。


 ? 何をやっているんだ?


 私が疑問に感じながら、なおも注意深く観察を続けていると――


通信障害(ダメぽ)

水母(すいぼ)?!』


 私の背中のピンククラゲ水母(すいぼ)が、突然グタリと力を失くした。

 そちらに気を取られていたせいだろうか。私はテントの上から足を滑らせて転落してしまった。


 いや、違う。


 私は落下した痛みも忘れて自分の体を見回した。


 風の鎧(ヴォーテックス)の魔法効果が切れている?! なぜ?!

 水母(すいぼ)は落下の衝撃で、私の背中から転がり落ちている。

 どこか打ち所でも悪かったのだろうか? ダラリと転がったままでピクリとも動かない。


「※※?!」

「※※※※※※?!」


 私達の周囲で誰かが意味不明な言葉を叫んでいる。

 この国の兵士達だ。彼らはなぜ急に訳の分からない言葉で話し始めたんだ?


 違う! 私の方が言葉を理解出来なくなったんだ!


 この世界の人間が喋る言葉は、日本語とも英語とも違う、独特な物だ。

 日頃、私はそんな言葉を翻訳(トランスレーション)の魔法で、意味の分かる言語に置き換えて理解している。

 なのに今は言葉が分からない。という事は、どうやら翻訳(トランスレーション)の魔法が働いていないらしい。


 翻訳(トランスレーション)は常時発動型の魔法で、意味のある言語を聞くと自動的に発動、翻訳してくれる便利な魔法だ。

 生まれてこの方、私は意識的にこの魔法を発動させたことは一度だってない。

 そもそもどう発動させればいいのかすらサッパリ分からない。


 風の鎧(ヴォーテックス)の身体強化は切れ。

 水母(すいぼ)は死んだように動かなくなり。

 人間の言葉すら分からなくなった。


 この異常事態に私はすっかり混乱してしまった。



「ワンワン!」


 そんな私を正気に戻したのはコマの鳴き声だ。

 いや、違う。これはコマのパパ、マサさんの声だ。

 やはり今の私には彼の言葉も分からないようだ。


「ワンワン! ワンワン!」

「※※※※※※※※!」

「※※※※※※※※※?!」


 吠えながら駆け込んで来た野犬に、周囲の兵士達の気が逸れた。

 その隙を突くように別の野犬が飛び込むと、水母(すいぼ)の体をパクリと口に咥えた。

 特徴的な頭のアホ毛はコマだ。


 コマは私の方をチラリと見て走り出した。

 私は慌てて彼の後を追った。


「※※※※※※※※!」

「※※※※※※※! ※※※※!」


 男達は慌てて武器を構えるが、密集隊形があだになって自由に振り回せない。

 そもそも軍隊の武器は人間を相手にするように作られている。

 地面をチョロチョロと走り回る、私ら四つ足動物を攻撃するようには作られていないのだ。


 私達は振り下ろされる(げき)を躱して遁走を続けた。


 あっ、ヤバイ。


 私は息が上がるのを感じた。

 豚という生き物は、足は速いが長距離は走れない。

 短距離ランナーなのだ。


 遂に私の足が止まった。


 悔しいが今の私は人間の心に豚の身体を持つ女。

 豚の身体能力を超えてまでは走れない。


 冗談じゃない! こんな所でみすみすやられてたまるか!


 私は頭の芯が熱くなる程、必死で魔力を手繰り寄せた。

 暖簾に腕押し。糠に釘。魔力は私が伸ばした手をスルスルとすり抜けていく。


 無理か? いや、出来る出来ないじゃない! やるんだ!


 私の背後で追いついた兵士が(げき)を振り上げているのを感じる。

 そちらに気を取られるな。今は魔力操作に集中しろ。


 私は頼りない魔力を慎重に少しずつ、少しずつ、細心の注意を払ってかき集めた。


「ワンワン!」


 マサさんが兵士に吠えているのが聞こえる。

 だが今度は兵士の気を反らす事は出来ないようだ。

 彼の焦りを感じる。


 くそっ! 間に合え!


 その時、キャンプ地の中を偶然一陣の風が吹き抜けた。

 その瞬間、微量な魔力が私の周囲に集まった。


 よし! いける! 風の鎧(ヴォーテックス)


 それは本当にギリギリのタイミングだった。

 何とか魔力量が魔法発動のしきい値を越え、風の鎧(ヴォーテックス)の魔法が発動した。


 風の鎧(ヴォーテックス)の魔法で身体強化を果たした私は、はじかれたように駆け出した。

 背後で(げき)が地面を叩く音が聞こえる。

 ちょっとだけ尻尾の先の毛をかすったかもしれない。

 正に紙一重だった。


 私は頼りない魔法を懸命に途切れさせないようにしながら走った。

 いつの間にか私の横をマサさんが走っていた。


『心配かけてゴメンねマサさん! 早くここから逃げ出そう!』

「ワンワン!」


 まだ翻訳(トランスレーション)の魔法は使えないらしい。

 まあ辛うじて風の鎧(ヴォーテックス)が維持出来る程度だからな。

 ――まさかずっとこのままって事はないよね?


 私達は水母(すいぼ)を口に咥えたコマと合流。

 キャンプ地の中を()走ならぬ()走を繰り広げ、命からがら夜の山へと逃げ込んだのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「逃げられただと! たかが豚一匹にお前達は一体何をしているんだ!」


 部下から報告を受けたエーデルハルト将軍は、怒りに髭を震わせていた。


「まだ遠くへは逃げていないはずだ! 部隊を集めろ! 山狩りを――」

「もう良い。山狩りはない。下がれ」

「! しかし殿下!」


 カルメロ王子は、鷹揚な態度で部下を下がらせた。


 部下がテントを出ると王子は用意された寝酒を口に運んだ。

 魔獣をみすみす取り逃がしたというのに、どうやら王子は上機嫌らしい。

 その事を意外に感じながら、将軍は王子に謝罪した。


「申し訳ございませんでした。貴重な秘術まで用いたにもかかわらず、みすみす好機を逃してしまいました」

「構わん。これが最後のチャンスという訳でもあるまいよ」


 王子としても今夜のチャンスを逃したのは痛かった。

 しかし、”魔法殺しの秘術”はまだ十分に残っている。

 そして王子は、魔獣を取り逃がした事よりも、秘術の効果が実証された方を重視していた。


「秘術の効果があれほどのものだったとはな。これは良い買い物をした」

「はあ。左様で」


 王子は少しの間満足そうにグラスの酒を味わっていたが、ふと思い立って将軍に命じた。


「よし。今から兵達を集めよ。俺が直々に訓示を聞かせてやろう」

「はっ」


 将軍はテントの外の兵に命じて伝令を走らせた。


 本部テント前に集められた兵士達は、王子が登場しただけで沸き返った。

 昼間の反応とはまるっきり真逆だ。

 この光景に驚き、目を丸くするエーデルハルト将軍。

 どうやら魔法殺しの秘術の効果は、兵達の士気に多大な影響を与えていたらしい。

 王子はその事に満足しながら、負傷者を労い、兵達を鼓舞し、明日からの戦いに備えさせた。


 法王国の部隊を全滅させた魔獣。その魔獣を撃退した効果は、王子の想像以上に大きかった。

 野営地はいつまでも興奮が冷め止まず、王子を称える声はとどまるところを知らなかった。

次回「メス豚、敗北を噛みしめる」

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― 新着の感想 ―
[一言] 負け確イベント戦にしても、夜襲ですらない目標も曖昧な襲撃なのは手抜き感が
[良い点] 遁走ならぬ豚走ですかw [一言] 魔法が使えない豚はただの豚だ(´・ω・`)
[一言] 魔法封じは有限だし防衛が目的で来たわけじゃないんだから 全く有利な立場になっていないって危機感がないのか
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