その78 メス豚、化ける
私がピンククラゲ水母と出会った前人類の施設。
魔核性失調症医療中核拠点施設。
ゴメンもう一回言ってくれるかな? と、聞き返したくなってしまうような、長ったらしい名前のこの施設。
その最奥のコントロールセンターに一人の妙齢の女性が立っていた。
町を歩けば十人中十人が振り返る事間違いなしの、絶世の美女だ。
豊かな長い黒髪は、緩やかなウエーブを描いて肩にかかっている。
長いまつ毛に、やや垂れ目ぎみの切れ長の目に黒い瞳。
濡れたような赤い唇からは、今にも悩ましげな吐息が洩れそうである。
メリハリのある官能的な体を覆うのは、これまた黒いシックなドレス。
薄手のドレスは彼女の魅力的なボディーラインを際立たせていた。
男の目を惹き付けて止まない蠱惑的な姿態。
まるで漫画やアニメの中から飛び出して来たような、現実離れした美女。
だが彼女は確かにリアルに存在する。
ていうか、この美女は私なんだがな!
◇◇◇◇◇◇◇◇
亜人の村のお引越し。
作業は意外なほど順調に進んでいた。
崖の周囲には今では村人の手で簡易な小屋がいくつも作られている。
これら建築用の資材は水母が提供してくれたものだ。
ここでは施設の補修用に周囲の木材を使った建材を確保していたんだそうだ。
一万二千年もの間、溜まりに溜まった建材はかなりの量で、村人の家に提供してもらっても十分に余裕があった。
『一万二千年、否定。一万年』
そうだったっけ? まあ、一万年なら二千年くらいは誤差のうちでしょ。
それはさておき。
村人達は水母から渡された建材に大喜びだった。
「なんだこのヘンテコな板は? 頼りなさそうだな」
「四角い板なんて初めて見た。家に使って問題ないのかな?」
ふむ。別に大喜びって訳ではないみたいだな。
家に使って大丈夫かって? さあ? 多分、大丈夫なんじゃない?
水母が渡したのは、いわゆるベニヤ板。
材木を薄くスライスしたものを張り合わせて、一枚の板状にしたものだ。
初めて見る四角い板に、村人達は一様に戸惑いの表情を浮かべていた。
とはいえ、これしかないのだから使わないわけにはいかない。
幸い、水母が確保していた建材の中には、家の柱に使える木材もあった。
そちらと組み合わせると、みるみるうちに仮設住宅が出来上がっていった。
「あれ? 使ってみれば案外便利だな」
「ああ。大きさが揃っているから加工しやすくて助かるよ」
そんな会話を交わす村人達。
現金な物である。
ちなみに私も、住宅地を確保するための木の伐採なんかは手伝わせてもらった。
EX化した自在鞭の魔法を使えば、ちょっとした高さの木くらいなら簡単に切り倒す事が出来るからな。
こうして出来た木材は水母が施設内に運び込んだ。
後で建材用に加工するんだそうだ。
よく漫画なんかでは伐採したての木で小屋を作ったりしているけど、実際の木は良く乾かさないと材木として利用できない。
木だって植物だ。豊富に水を含んでいるので、そのまま使えば、乾いた時に隙間が出来たり板にヒビが入ったりしてしまう。
こうして村の再建は予想よりもスムーズに進んでいったのだった。
男達は家づくり。女達は畑となる土地を耕したり、元の村に生活雑貨を取りに戻ったりしている。
私の主な仕事は彼女達の護衛だ。
村の周囲の警戒は野犬の手下達に任せているから安心だが、もし、村への移動中に人間達と鉢合わせでもしたらどうしようもない。
私がいれば多少の兵士くらいならどうって事ないからな。
頼れるメス豚になったもんだよ私も。
私は風の鎧の魔法で身体強化して、木々の間をピンボールの球のように駆け抜けた。
どうよ、今の動き! まるで某調査兵団の立体機動みたいじゃない?!
アニメオタクのパイセンが見たら大興奮間違い無しだな!
・・・・・・
上がっていたテンションが一気に下がった。
私はため息をつきたい気持ちを抑えて、みんなの所に戻った。
突然空から降って来た私に、村で荷物を纏めていた女性達は驚きの声を上げた。
「キャッ! もう、クロ子ちゃん、脅かさないでよ!」
『ゴメンゴメン。村の周囲に異常は無かったわ』
「こっちももう終わったわ」
「スイボちゃんが色々融通してくれたおかげで、村から持っていく荷物が減って大助かりよ」
私は騒ぎを聞きつけて集まった女性達を見回した。
『モーナがいないけど?』
「そういやどこにいったんだろうね?」
「村の入り口に向かっているのを見たわよ」
一人で行動するのは危険だ。
私はみんなにこの場で待っているようにお願いして、モーナを呼びに行く事にした。
モーナは村の外にいた。
彼女の前にはこんもりと盛られた土の山。
村が人間達に襲われた時、戦いで犠牲になった者達が埋葬されている場所だ。
モーナの父親もここに眠っている。
土の山には早くもちらほらと雑草が芽吹いている。
いずれは山の景色に埋もれてしまう事だろう。
モーナはじっと小山を見つめていた。
私は彼女の背後から声を掛けた。
『どうする? みんなを新しい村に埋葬し直す?』
ここに残して行くのが嫌なら、運んで行くしかない。
死体を掘り返すのはゾッとしないが、モーナ達が望んでいるなら仕方が無い。
モーナは小さくかぶりを振った。
「このままでいいと思う。けど、ちゃんと報告しておかないとと思って」
この村を守るために戦って死んだ男達。しかし、私達は彼らが命がけで守った村を捨てようとしている。
――いや。彼らが守ったのは村じゃない。そこに住んでいる家族や仲間達だ。
村だけ残って村人が全滅したのでは本末転倒だ。
とはいえ、死んだ彼らに一言告げておくのは生きてる私達の義務だろう。
私は頭を下げて死者に黙祷をささげるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
こうして村の引っ越しもそこそこ落ち着いた今日。
私はかねてから気になっていた事を水母に尋ねた。
『それでアンタってどんな魔法が使える訳?』
今まで散々水母を便利に使っておきながら、今更な質問だって? 私もそう思うよ。
けど、色々と忙しかったので、確認が後回しになっていたのだ。
『基本的には、魔力操作と形状変化』
水母の説明によると、彼が使える魔法は大雑把に言って二つ。
大気中の魔力を操作して物を動かす魔法と、自身の体を変化・変形させる魔法。
彼が宙に浮かんでいるのは魔力操作によるもので、以前、体を半透明に変えていたのは変化・変形によるものらしい。
『魔力操作で動かせる重さってどのくらいなわけ?』
『自重の約千倍』
水母の重さが大体200gくらいだったと思うから、その千倍って事は・・・
『200kg?! アンタそんなに力持ちだったわけ?!』
『計算上では可能』
マジか。前々から高性能だとは思っていたけど、それほどとは。
お相撲さんだって200kgくらいじゃない?
お相撲さんを軽々と持ち上げる手のひらサイズのピンククラゲかあ。・・・おおう、スゴイ絵面だな。
てか、これ程の性能が本当に対人インターフェースに必要なのか?
前人類の考える事は良く分からん。
『それで形状変化ってのは? 具体的にどんな事が出来る訳?』
こちらの性能はさらに驚くべきものだった。
彼は自由自在に体を変形させるだけでなく、体色や質感、見た目すら完全に変えられるというのだ。
『えっ?! じゃあ人間や動物に変形して成りすます事だって出来る訳?!』
『それは不可能』
そのような自律行動はプログラム的に許可されていないそうだ。対人インターフェースの禁止事項に当たるらしい。
それは禁則事項です。というヤツだ。
まあ、普通にヤバそうな機能だからな。
というか――
『というか、それじゃ何のためにそんな機能がある訳?』
水母の説明によると、検体が体の一部を欠損した際に、一時的にその部位の代わりをするために付けられた機能なんだそうだ。
具体的に言うと、手術で手や足を切り取らなければならなくなった時、水母が欠損部分にくっつく事で、一時的に手足の代わりを果たす事が出来るそうだ。
何それ普通にスゴイじゃん。
あ、ひょっとして!
『ねえ。それって欠損部位じゃなきゃダメなのかな?』
『条件次第』
なる程なる程。
だったらひょっとして・・・
私の中で、次第にとある発想が形となっていった。
次回「メス豚と美女ボディー」




