その75 ~王子の死~
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第一王子アルマンド、殺害される。
その知らせは王城を駆け巡った。
国王は急遽、箝口令を敷いたが、人の口に戸は立てられない。
噂話の好きな使用人達によって、王子の死はたちまちのうちに王都の民ですら知る所となった。
貴族達は慌てふためいた。
特に第一王子派の貴族達の取り乱しようはなかった。
とはいえ、それもやむを得ないだろう。
自分達の旗頭が失われたかもしれないのだ。
第一王子派の若い貴族、皮肉屋のベルナルドですら、この訃報に青ざめたほどである。
彼らは急ぎ、確認のための早馬を現地に飛ばした。
虚々実々、連日のように王城では怪しげな情報が入り乱れた。
不安が憶測を呼び、憶測が不安を搔き立てた。
しかし、それも王子の遺体が戻って来るまでの話。
物言わぬ死体となった王子の帰還で、ようやく一連の騒ぎは収まる――はずもなかった。
むしろここからが本番。
王子の死は、今から始まる混乱の引き金でしかなかったのだ。
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「討伐軍を起こすべきだ!」
ここは王城の円卓会議室。
現在、アルマンド王子の葬儀と今後の方針を話し合うための会議が行われていた。
テーブルについているのはこの国の二人の王子。それと宰相を始めとするこの国の主だった高位高官達。
この場での決定を宰相が王に報告し、王が採択を行う。
採択とはいえ、基本的には会議で決まった内容が覆されるような事は無かった。
軍部の提案に、財務を担当する高官が難色を示した。
「しかし、つい先日軍事行動を起こしたばかりです。物資の備蓄もまだ十分ではありません」
「有事がこちらの都合に合わせてくれるものか! 物資の不足など言い訳にもならんわ!」
先程から熱弁を振るっているのはエーデルハルト将軍。
負傷して引退したルジェロ将軍に代わって、国防を任された男である。
年齢はルジェロ将軍より二回り若い40代前半。
血気盛んな勇将――と言えば聞こえが良いが、直情型の猪武者との声も高い。
なぜ、そんな浅慮な男が国防の責任を担う重職に就いているのか。それは――
「エーデルハルト将軍の提案はもっともではないかな?」
そう言ってテーブルを見回す若い男。
この国の第二王子カルメロ。
将軍の実家、エーデルハルト家は彼の派閥に属している。
そう。つまり、この度のエーデルハルトの将軍就任は、彼の実績によるものではなく、政治的な理由で行われたものだったのだ。
カルメロ王子の言葉に財務担当者は言葉を失った。
彼は上司となる宰相に助けを求めた。
宰相ペドロ・アンブロス。一見人当りの良い老人に見えて、その実、長年にわたって外交官としてこの国を支えて来た、タフな交渉人でもある。
宰相の職に就いてからは、他国との外交で培った経験と人脈を生かし、国の取りまとめ役となっている。
このサンキーニ王国が小国ながら力を保っているのは四賢侯――現在の国王バルバトス、引退したルジェロ将軍、既に亡くなった前宰相、そして当時外交官だったアンブロスの、傑出した四人の力によるものが大きい。
彼ら四賢侯の力があってこそ、現在のサンキーニ王国の繁栄があるのだ。
しかし現在、その四人のうち、二人の姿は王城にない。
二人の抜けた穴を埋めるのは、利権争いにしのぎを削る小人達だけ。
今、この王国に確実に斜陽の時代が迫りつつあった。
宰相は禿げ上がった頭をツルリと撫でた。
「そうはおっしゃいますが殿下。兵に飯を食わせない訳には参りません。腹ペコで力が出ない兵などワシでも打ち勝ってみせますぞ」
かつて宰相は、敵対する勢力が差し向けた殺し屋を、自ら剣を取って撃退した事もある。
とはいえ、流石にそれは若い頃の話だ。実際はもう何十年も剣など握っていない。
しかし、国家の元勲にこう言われては、さしもの王子も強く出る事は出来なかった。
「しかし、危険な獣が確認されている以上、それを放置しておくことは出来んぞ」
「メラサニ山地は国境の山。尾根を越えた先は他国の領地となります。なら何も我が国が率先して討伐に動く必要はないでしょう」
メラサニ山地は複数の国に接している。
そのほとんどはこのサンキーニ王国となるが、アマディ・ロスディオ法王国、大モルト、更には隣国のヒッテル王国にまでその一部はまたがっている。
この宰相の指摘に、短気なエーデルハルト将軍の頭が怒りで茹で上がった。
「馬鹿な! 宰相は他国が獣を討伐するのを指をくわえて見ていろと言うのか?! 殿下が害されたのだぞ!!」
「それも明確な証拠があるわけではござらん。アマディ・ロスディオ法王国からの報告だけではないですか」
王子の殺害現場を見た者は誰もいない。実際は第一発見者である法王庁のカルドーゾは見ているのだが、その直後に彼も殺されているので証言を聞いた者は誰もいない。
全ては状況証拠に過ぎないのだ。
「だが、あの傷は魔法の攻撃によるもの。医者もそれは確認している」
「そうかもしれません。しかし、実際に王子を害した何者かが偽装のために付けた傷かもしれません」
「宰相は法王国が我らをたばかっているとでも言うのか?!」
「ワシは可能性を論じているだけ。何も性急に答えを求める必要は無いのでは?」
「殿下が殺されたのだぞ! のんびりしてなどいられるか!」
のらりくらりと矛先を躱す宰相だったが、アルマンド王子を殺した相手に報復するという正論には逆らえなかった。
結局、会議はカルメロ王子派――主戦派の主張が通される形で終わるのだった。
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国王バルバトスは執務室で宰相からの報告を受け取っていた。
「討伐軍か・・・」
「はい。ワシの力が及ばず申し訳ございませんでした」
カルメロ王子の狙いは明確だ。
アルマンド王子の復讐は口実に過ぎない。
本当の目的は自らの指揮で軍事的戦果をあげる事にあるのだ。
最大のライバルである兄、アルマンド王子が既に亡き今、彼が王位継承を狙う上で最も障害となるのはただ一人。
そう。カルメロ王子は、弟であるイサロ王子を今後の政敵と定めたのだ。
そして、イサロ王子は先日、アマーティでの戦いで隣国ヒッテル王国相手に戦果を上げている。
カルメロ王子は弟にリードを許さないため、自分も戦で功績をあげて得点を取り返すつもりでいるのだ。
「馬鹿げている。・・・が、先に戦を政治に使った私が言えた義理ではないか」
「陛下・・・」
先日の隣国ヒッテル王国との戦は、王位継承争いに一歩後れを取っているイサロ王子を後押しするため、国王が無理にねじ込んだものだ。
しかし、アルマンド、カルメロ両王子の横やりが入り、ルジェロ将軍が指揮官となってしまった。
本来であれば、この時点で王子の手柄は無くなってしまったはずだが、将軍の敗戦というアクシデントがおこり、その失敗をイサロ王子が取り返す形となった事で事情は大きく変わった。
王子は実力で功績をあげ、結果として国王の思惑通りとなったのである。
「それでイサロは何と?」
「何も。会議中は一度も発言されませんでした」
聡明なイサロ王子は兄の思惑に気付いていた。
しかし、王子は先日の戦を自分の手柄とした事に、今でも後ろめたさを感じていた。そのため、兄王子にもチャンスがあって然るべきだと考え、出兵を否定する事が出来なかったのだ。
「甘い。アイツは器が小さすぎる。大局を見定める事が出来ねば王にはなれん」
国王は天を仰いだ。
第一、第二王子よりは見所があると思っていた第三王子イサロ。
しかし、彼の目には王子はあまりに線が細く小粒に思えた。
あるいは太平の世にあれば、イサロは名君として称えられ、歴史にその名を残したかもしれない。
だが今は戦乱の世。
支配者は清濁併せ吞む悪漢であるべきだ。国を守るためにはお人好しでは役にたたない。
狡猾でしたたかで、活力に満ちたカリスマ性のある真の強者。
そんな益荒男でなければ、大陸の三大国家に囲まれた吹けば飛ぶような小国、このサンキーニ王国を任せるには物足りない。
「では、出兵を取り止めますか?」
「・・・いや。許可しよう」
国の王子が殺されたのだ。ここで王家が動かなければ国の内外に示しが付かない。
弱みを見せれば食らいつかれる。引けば引いた分だけ相手に押される。王家であろうと無法者であろうと、暴力を背景に配下を従える組織は、その道理においては大差はないのだ。
国王の判断は妥当なものだと言えるだろう。
ただし国王は、ここでカルメロ王子の人となりを見誤ってしまった。
王子が――正確には王子の派閥のエーデルハルト将軍の――提出した、討伐軍の編成。
それは歩兵を中心とした、たった千人そこそこの軍勢だったのだ。
これは奇しくも、謎の獣に敗走したアマディ・ロスディオ法王国の教導騎士団の編成によく似ていた。
いや、彼はあえて教導騎士団の編成に合わせたのだ。
もし、同じ条件で討伐に成功すれば、王国の騎士団は法王国のそれを上回るという証明になる。
つまり王子は、自分の勝利の価値をより高めるため、あえて寡兵で出兵する事にしたのだ。
王子の野心溢れるこの編成が、後の大きな戦いのいわば呼び水となるのだが、この時点で想像出来る者は誰もいなかった。
次回「討伐軍動く」




