その73 メス豚、説得する
明けて翌日。
太陽が昇り切った時間になって、ようやく村人達が起き始めた。
日頃は日が暮れると共に寝て、夜明けと共に起き出す健康老人のような生活を送っている村人にとって、昨日の夜更かしは堪えたのだろう。
彼らは全員でモーナの家にお泊りだった。
昨日は村に戻って来るのが遅かったからな。
女達は食事の支度を始め、男達は自宅や畑の様子を見に行っている。子供達はその手伝いだ。
ちなみに家の方はともかく、畑は大勢の人間に踏み荒らされて無残なものだったらしい。
パイセンが心血注いで作ったあの畑が・・・
私は歯を食いしばって心の痛みに耐えた。
食事は大鍋で作った雑炊だった。
要は炊き出しだ。ごった煮とも言う。
私もご相伴にあずかったが美味しかったよ。
日頃、草の根やダンゴムシを食べてるヤツが言っても、説得力がないかもしれないけど。
ちなみに野犬達も食事のおこぼれにあずかっていた。
コイツらも昨夜は大活躍だったからな。
この隙にどこぞの家族に媚を売ってちゃっかり取り入っているヤツもいる。
どこの集団にもこういう要領の良いヤツがいるもんだ。
そんなこんなで、みんなが大体食事を終えたタイミングを見計らって、私は声を上げた。
『みんな聞いて頂戴。みんなはこれからどうするつもり?』
私の言葉にキョトンとする村人達。
「どうするって?」
「そうだな。ドルドも死んだし、次の村長を決めないと」
「ああ確かに。いずれはドルドの息子が村長になればいいが、それまで村長がいないという訳にもいかないからな」
口々に相談を始める村人達。
いやいや違うって。
私はドンと床を踏み鳴らして全員の注目を集めた。
『そういうのは後で決めてもらえる? 私が言いたいのはこの村を出るかどうかよ!』
私の言葉が意外だったのだろう。全員がポカンと大口を開けて私を見た。
「クロ子ちゃん。私達が村を出るってどういう事?」
「なんで村を出なきゃいけないんだ? こうして家も無事に残っているのに」
「ああ。畑は残念だったが、幸い麦の芽が出る前だったからな。今から耕し直せば十分に間に合うだろう」
彼らののん気な態度は私をイラつかせた。
『何言ってるわけ? この村の場所は人間に知られているのよ? また昨日みたいにヤツらが襲って来たらどうするの?』
私の言葉に暗い顔になる村人達。
流石に昨日の悲惨な記憶を忘れた訳ではなかったらしい。
「だ・・・だが、村を出ると言ってもどうするんだ?」
『私に心当たりがあるわ。水母!』
私の呼びかけに、アホ毛犬コマの頭の上から、ピンク色の塊がフヨフヨと浮き上がった。
「な、なんだコイツは?!」
「宙に浮いてる! スゴイ!」
ピンククラゲ水母の姿に驚く大人達。そして興奮する子供達。
あーコラコラ、水母に手を伸ばさないの。話が先に進まなくなるからね。
どこぞのおばちゃんが私の頭を指差して言った。
「そういえば、今更だけど、クロ子ちゃん角が生えているわよ?」
本当に今更だな!
まあいいや。その話も含めて今から説明しよう。
『彼の名前は水母。水母、みんなに挨拶して』
『私の固有名称はスイボ。挨拶、デミ・サピエンスの諸君』
「「「「「喋った!!」」」」」
さてと、どこまで説明するべきかな。
私はザックリと水母の素性と、出会った経緯を説明した。
ちなみに前人類に関する部分はバッサリとカットした。
ちょっとどこまで話していいか判断が付かない部分でもあったし、荒唐無稽過ぎて話が一気にウソ臭くなるんじゃないかと思ったからだ。
「へえ・・・魔力を強化する研究をねえ」
「人間の国の中には、そういうのが盛んな国もあるって聞いてたけど」
ちなみにその国とはカルトロウランナ王朝。
大陸の三大国家の一つで、大陸で最も古い歴史を誇る国だそうだ。
昔は大陸をほぼ手中に収めた事があるほどの強国だったが、今は歴史が長いだけのパッとしない国になり下がっているらしい。
盛者必衰は世の習い。諸行無常じゃのう。
『その研究施設はまだ生きているの。あそこならいざという時には立てこもって戦えるし、崖の上に砦を作れば敵に対する備えにもなるわ』
昨日、水母に相談した所、角生物を飼育していた場所までなら立ち入りを許可してもらえた。
流石に施設の最奥、コントロールセンターまで解放する事は出来ない、とは言われたけど。
いやまあ、私だってあんな場所まで村人を入れるつもりはなかったぞ。
変に機械をいじって施設の自爆スイッチとか押されても困るし。
『自爆装置などない』
『・・・いや、ものの例えよ』
無いのか自爆装置。あんなに怪しい施設なのに。
施設の利用はあくまでも最後の手段。
本当の理由は私があの場所を押さえておきたかったから。
この村も守らないといけないのに、離れた場所にある施設を確保しておくのは難しいと思ったからだ。
実は魔法の効率が下がっている。
どうやら昨晩の戦いは角に――魔力増幅装置に負荷をかけ過ぎたらしい。
一度、施設でメンテナンスを受ける必要があるのだ。
『クロ子の魔法は予想以上。魔力増幅装置の出力調整の必要あり』
今後の事も考えると、活動の拠点は施設の方に置きたい。
そうなると村の防衛がお留守になる。昨日のような事は――あんな思いは二度とゴメンだ。
この世界では命が軽い。
その事を知っていたつもりだったが、まだまだ私は甘かったようだ。
もう失敗は繰り返さない。
死んでしまったパイセンのためにも、彼を最後の犠牲者にする。
『しばらくは水母の施設で厄介になりながら村を再建しましょう。崖の上に砦も作れば、もし昨日のように人間が攻めて来てもそこに立てこもって戦えるわ』
「しかし、村を作り直すと言っても・・・」
「こうして無事に助かっている訳だし・・・」
私の提案に気乗りしない様子の村人達。
住み慣れた便利な村を離れたくない。
だからといって、また人間に襲われるのも困る。
そんな相反する気持ちが、彼らにどっちつかずの態度を取らせているようだ。
『無事に助かったって、死んだ人だっているじゃない! また犠牲者を出さないためにも安全な場所に逃げないと!』
「でもクロ子ちゃん。そこが安全だとは限らないじゃないか」
「そうだよ。村を捨てるなんて大事、そうすぐには決められないよ」
喉元過ぎれば何とやら。被害が最小限で済んだ事も、彼らの決断を鈍らせる要因になってしまっているのだろう。
私はこの村の建物を壊さなかった人間達の狡猾さに歯噛みする思いがした。
『アンタ達――!』
「クロ子ちゃん」
有無を言わせぬ声に振り返れば、そこにいたのはパイセンの恋人、モーナだった。
昨夜は良く眠れなかったのだろう。やつれた表情で彼女は村人達を見まわした。
「私は亡くなった父の、村長の娘として、村の人達の安全を守る義務があります。確かに村を捨てるのは大きな覚悟がいります。けど、クロ子ちゃんの言った通り、この場所は人間に知られてしまいました。やがて彼らは昨日のように村を襲うでしょう。そうなれば今度こそ全員無事では済まないかもしれません」
昨日の戦いでモーナは父親を。救出作戦で恋人を失っている。
そんな彼女の言葉には重みがあり、誰も反論する事が出来なかった。
村人達は居心地が悪そうに黙り込んだ。
「クロ子ちゃん。村のみんなの説得は私に任せて頂戴。悪いようにはしないわ」
『モーナ・・・分かった』
私は後の事はモーナに任せる事にした。
それに、こちらはこちらで、やらなければならない事がある。
だったら私はそっちを優先させてもらおう。
『私は二日ばかり村を空けるから、その間にお願い』
モーナは黙って頷いた。
私は群れの野犬達に留守中の警戒を任せると、『水母! 付いて来て!』ピンククラゲの水母を連れて家を出た。
『風の鎧』
むっ。やはり調子が悪いな。今までよりもずっと魔力のロスが多い。
どうやら思っていたより、魔力増幅装置がダメージを受けているようだ。
『クロ子。大丈夫?』
『――昨夜と違って正面切って軍隊を相手にするわけじゃないからね。問題無いわ』
私は身体強化された体で風のように走り去った。
目的地はショタ坊村。
相手は今回の騒動の責任者。
村に滞在しているはずの、法王国のカルドーゾ何某。
私はやられてばかりじゃないぞ。カルドーゾよ、首を洗って待っているがいい。
次回「メス豚、落とし前を付ける」




