その70 メス豚、哭く
騒ぎを聞きつけて次々と集まるアマディ・ロスディオ法王国の騎士団員達。
私はパイセンの死体を背に、彼らの前に立ちはだかった。
さあ来い。もっとだ。もっと集まれ。
今からお前達に地獄を見せてやる。
さっき私の攻撃を受けた男が、痛みを堪えながら仲間に忠告をした。
「そいつの使う魔法に気を付けろ! 見えない礫と発火の魔法を使うぞ!」
男達からどよめきが上がった。
「発火の魔法?! まさか、物資のテントを焼いたのもコイツの仕業か?!」
「角の生えた豚? いや、竜か?」
この世界では竜が魔法を使う生き物として、一般的に知られている。
どう見ても子豚にしか見えない私に、彼らは戸惑いを隠せないようだ。
「馬鹿を言え! どう見たってただの豚じゃねえか! 俺が殺ってやるぜ!」
ガタイの良い男が男達の輪から進み出ると、せせら笑いながら武器を振り上げた。
『風の鎧! 最も危険な銃弾!』
「なにっ?! ぐわっ!」
たかが人間の腕自慢程度が、身体強化の魔法をかけた私の動きに付いて来られる訳はない。
私は振り下ろされた戟をヒラリと躱すと、男に最も危険な銃弾を叩き込んだ。
顔面から血を噴き出しながら倒れる男。
周囲の男達に驚きと警戒、そして殺気が満ち満ちた。
私は負傷して膝を付いたままの男をチラリと見た。
通常の最も危険な銃弾の威力では、彼らの装備に阻まれて致命傷には至らない。
もちろん、無防備な顔面さえ捉える事が出来れば、殺す事は可能だ。
しかし、散弾式の最も危険な銃弾乱れ撃ちは精密射撃に向かない。
EX点火・改も、見た目は派手だがこの雨の中では効果が薄かった。
そもそも取り囲まれた状態で、タメの必要なEX魔法は連打出来ない。
いずれは押し込まれてジリ貧になってしまうだろう。
だがそれがどうした?
効果が無いなら効果のある魔法を使えばいいだけの話だ。
それにはまだだ。
もっと集まれ。もっと私を取り囲むんだよ。
男達の間から、大きな盾を構えた騎士達が前に出て来た。
「ヤツの周りをグルリと取り囲め! 逃げ道を作るな!」
この声には聞き覚えがある。この部隊の隊長だ。
さっきからどこに行ったのかと思っていたら、どうやら後方で盾持ちの部下の手配をしていたらしい。
「魔法は続けて使えない! 盾で耐えている間に、ヤツの背後の者が攻撃しろ!」
流石に隊長は魔法の対処方法を知っているようだ。
魔法は連続では使えない。そして見えていない場所で発動させる事も出来ない。
なあ。ひょっとして、そんな弱点を私が知らないとでも思っているのか?
私は周囲を見回した。
何十人いる? さすがに百人はいないか。
たった数十人ぽっちか。物足りないがまあいいか。
「かかれ!」
私は練り上げていた魔力で魔法を発動した。
『EX自在鞭!』
その瞬間、周囲のテントが吹っ飛び、血しぶきが舞った。
自在鞭は角ネズミが使っていた魔法だ。
水を鞭のように操り薙ぎ払う、という効果を発動する魔法である。
EX化した自在鞭の魔法は、まるで巨大な回転ノコギリだ。
私を中心に約10mの水の鞭が複数本伸び、水平方向に180度。全周囲を死角無く薙ぎ払う。
単純な破壊力では私自慢の最も危険な銃弾をも上回る魔法だ。
もっともその分、EX化しても射程距離は短いし、自由に操作も出来ない。
そもそも周囲に水が無ければ使えない。
空気があればどこでも使える最も危険な銃弾の方が、汎用性という意味では秀でているのだ。
だが今日は昼間からずっと土砂降りの雨が降っていた。
周囲に水は事欠かない。そして敵は目と鼻の先にいる。
自在鞭の魔法を使うには、正にうってつけの条件といえた。
「ギャアアアアア!!」
「うわあああああ!!」
「ひいいいいい!!」
血まみれの足を押さえて地面に転がる男達。
いや、違う。彼らの足はその辺に転がっている。
そう。EX自在鞭の鋭利な刃は、私を中心に半径10mの範囲を一回転。
彼らの脛から下をキレイに切り落としていたのだ。
生臭い血の匂いが辺りに充満して吐き気を誘う。
男達は自らの血で作った血だまりで、血と泥にまみれながらのたうち回る。
『EX自在鞭!』
私を中心に10mの水の棒が伸びると、今度は放射線状に大地に叩き付けられた。
先程の回転ノコギリが横方向なら、今の攻撃は縦方向だ。
鞭というのなら、こっちの使い方の方がある意味正調なのかもしれない。
放射線状に伸びた水の鞭は、その先々に存在する男達の肉体を無残にも切り裂いた。
腕があれば腕を、胴体があれば胴体を、頭があれば頭を、水の鞭は鋭利に切断した。
ドパーン!
大きな破裂音と共に水の鞭が叩き付けられ、大きな水しぶきを上げた。
「ギャアアアアア!」
「ひいいいいい!!」
鞭と鞭の間に転がって無事だった男達が、この光景に腰を抜かして後ずさる。
逃がすものかよ。
『自在鞭! 自在鞭! 自在鞭! 自在鞭!』
パパーン! パパパーン!
私は連続して通常魔法を発動した。
溜めのいるEX魔法は連打出来ないからだ。
単発の威力は劣るが、その分は手数で補えばいい。
血の海の中、彼らが身動き一つしなくなったのを確認すると、ようやく私は魔法を止めた。
周囲には切断された人間のパーツが転がり、辺り一面足の踏み場もない有り様だった。
私は元人間だった残骸を見下ろした。
その中に見覚えのある髭面があった。
この部隊の隊長だ。恐怖に見開かれた眼が虚空を見つめている。
恐怖か。自分が死ぬのがそんなにイヤだったか?
ならなぜお前達は人を殺す。
今度は自分達に順番が回って来ただけの事だ。なぜそれを恐怖する?
自分達だけは特別だとでも思っていたのか?
残念ながらそれは思い違いだ。死は誰の元にも訪れる。例外はない。
私はふと視線を感じて顔を上げた。
内臓と肉が転がるその先で、男達がジッと遠巻きにこちらを見ている。
騒ぎを聞きつけて集まったのだろう。
無残な仲間の死に様を目にして、全員の顔に驚きと恐怖の表情が浮かんでいる。
お前達も恐怖するのか。
いいだろう。次はお前達の番だ。
丁度私もまだ食い足りないと思っていた所だ。
『風の鎧』
私は黒い弾丸となって彼らの中に飛び込んだ。
「うわあああああ! 来るな! 来るな!」
「クソッ! 死ね! この悪魔め!」
「神よ! アマナ神よ! 我らを救いたまえ!」
もし、仮に彼らの奉じる神が実在したとしても、この日は休日だったに違いない。
月さえも地上の惨劇を忌み嫌い、分厚い雨雲の向こうにその姿を隠している。
今宵、彼らに神の救いは無い。
あるのは理不尽にもたらされる死。ただそれだけだ。
私はキャンプの中を荒れ狂う嵐のように走り抜けた。
歯向かう者には容赦なく。背を向けて逃げ出す者には背後から。
自在鞭の魔法は、人間の体を、テントを、立木を、当たるを幸いに薙ぎ払った。
人間の怒声、悲鳴、見るに堪えない混乱、生臭い血の匂い、その他、人の心を狂わせるありとあらゆる刺激に、いつしか私の頭は真っ白に染まっていた。
私は哭いた。
自分の感情のうねりを持て余し、喉も裂けよとばかりに哭いた。
こうして私は何人も、何十人も、何百人も、感情のおもむくままに敵を葬り続けたのだった。
次回「メス豚、泣く」




