その67 メス豚、混乱を煽る
騎士団のキャンプ地の輜重用テント。
その最後の火が今、消し止められてしまった。
シット! こん畜生!
こんなショボイ出火じゃ陽動にもなりゃしないぞ!
私は上手くいかない現実に歯噛みした。
「一体なんでこんな所から火が?」
「この雨の中、自然に発火するなんてあり得ない。見張りは何をしていた?」
突然のボヤ騒ぎに首を傾げる男達。
見張りか。見張りは私の魔法で永眠という名の眠りについておりますが何か?
! それだ!
火事を消し止めた事で彼らは目的を失い、一時的な停滞状態にある。
ヤツらが散らばって次の行動に移る前。チャンスは今しかない。
私は魔力を練り上げた。
目標は男達の集団。そのど真ん中。
くそっ。間に合え。よしっ!
くらえ! 極み 魔法! EX酸素飽和度!
この瞬間。極み 魔法化された酸素飽和度の魔法で、男達の周囲の酸素濃度が一気に低下した。
酸素濃度の低い空気はすぐに拡散したが、この僅かな時間でも彼らの呼吸を止めるには十分だった。
ドサドサッ! バシャッ!
「なっ! どうしたんだ?!」
「おい! しっかりしろ!」
突然崩れ落ちる者。顔面から倒れて水しぶきをあげる者。
バタバタと倒れる仲間に周囲は大騒ぎになった。
良し! グッド! その混乱する姿が見たかった!
私は再び魔力を練ると、今度は倒れた仲間を介抱している男達に狙いを定めた。
もういっちょ持ってけ! 極み 魔法! EX酸素飽和度!
バシャバシャッ。
頭から地面に突っ込む男達。
「どうした! 何があった!」
「よせ、近寄るな! コイツはただ事じゃない!」
「何をしている! 誰か医者を呼びに行け!」
仲間に駆け寄ろうとした男を別の男が止める。
未だに誰も、目の前の現象が、自分達を狙った魔法攻撃とは気が付いていないようだ。
EX化された酸素飽和度の魔法、マジで凶悪過ぎるんだけど。
出来れば更なる混乱を煽りたい所だが・・・
遠巻きにした男達はやや距離を開けているため、ちと効率が悪い。
少しの間様子見か?
そうこうしているうちに、ややとうの立った騎士が走って来た。
前線で切った張ったするような年齢にも見えないし、彼がこの部隊の軍医なんだろう。
「先生、仲間が急に倒れたんだ!」
「これほどの人数が一斉に?! 流行り病にしても聞いた事が無い。弓で撃たれたんじゃないのか?」
医者はおっかなびっくり、腰の引けた様子で倒れた男達に近付いた。
残念ながら弓で撃たれたんじゃないんだよ。なんなら自分で体験してみる?
ほい、酸素飽和度。
バシャン
医者は顔面から突っ込むように地面にぶっ倒れた。
「「「「「「うわああああっ!!」」」」」」
驚きと恐怖の叫び声を上げる男達。
何だ何だと集まる仲間に、馬鹿よせ近付くな、としがみついて止めている。
いいぞいいぞ、いい感じだ。もっともっとここに集まるんだ。私に混乱する姿を見せてみろ。
「アオ~~ン!」
ムッ! 今のはコマの遠吠え。
打ち合わせでは、村人達の救出成功はマサさんの遠吠え。問題発生はコマの遠吠えと決めていた。
パイセンに何かあったのか?!
私は焼け跡前を振り返った。次々と人が集まっているが、誰もどうして良いか分からないみたいだ。
騒ぎを起こす、という目的は達成したと見てもいいだろう。
よし、ここはもう十分だ。
私は自分に風の鎧の魔法をかけると、音も無く殺害現場から離れるのだった。
これにて完全犯罪コンプリート。
キャンプは蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
私はテントの影を縫うように素早く移動した。
『黒豚の姐さん! 黒豚の姐さん! どこにいますか?!』
移動を始めた直後、こっちを目指して走って来たブチ犬のマサさんと鉢合わせした。
『マサさん、ここ、ここ』
『姐さん! ご無事で!』
私はマサさんを連れて近くのテントに飛び込んだ。
ちなみにテントの持ち主が留守な事は、事前に水母に確認してもらっている。
アンタ今回、随分と大活躍なんじゃない?
『さっきコマの遠吠えを聞いたんだけど。そっちで何かトラブルがあったの?』
『亜人の脱出は成功しました。ただ――』
マサさんの説明によると、私の陽動が上手くいったのか、村人は無事に全員で脱出に成功したんだそうだ。
今はキャンプ地の外を山に向かって移動中らしい。
つまりは作戦大成功という訳だ。
『ただ問題がありまして』
パイセンが村人を助けに行く直前。パイセンの恋人モーナがここの隊長に連れ出されていたんだそうだ。
『それってどこに向かったか分からないの?』
『コマが案内して向かいました』
私はイヤな予感が胸をよぎった。
『分かった。私が向かうわ。場所は分かる?』
『・・・いえ、すぐには』
『水母!』
私の呼びかけに水母はフルフルと体を震わせた。
それだけで探索を終えたのだろう、彼は真っ直ぐに触手を伸ばした。
『探索完了』
『でかした! マサさん、先に行ってるわよ!』
『分かりました』
私はテントを飛び出すと一陣の疾風のようにキャンプを突っ切った。
こんなに目立つ動きをすれば、当然騎士団員に見られるだろう。
けど、今はそんな事を気にしている場合じゃない。
なんだろう。こんな気分は初めてだ。
私はイヤな予感に突き動かされるように、水母の指し示す先を目指した。
最初に私が忍び込んだ本部テント。そのすぐ近くに小さな人だかりが出来ていた。
すぐそばには本部テントで見かけた例の目力隊長が、部下に守られるように立っている。
パイセンの恋人、モーナもいた。
彼女は騎士団の男に拘束されている。
何の抵抗もすることなく、ただ呆然と目の前の光景を見つめている。
そんな彼らの輪の中心に倒れているのは――
『そんな・・・』
真っ赤な血だまりの中、まだ若い亜人の青年がぐったりと横たわっていた。
亜人の転生者、パイセンだ。
パイセンはこんなピンチな状況にもかかわらず、ピクリとも動かない。
彼の頭から、体から、腕から、流れ出す血が雨に流されて、グロテスクな切断面を覗かせている。
単純に気を失っているのか、それとも意識不明の重体なのか、あるいは既に彼は・・・
最悪の予感に私は凍り付いた。
その時、騎士団の一人が手にした戟を振り上げると、パイセンの体に振り下ろそうとした。
私の頭は怒りと焦りに真っ白になった。
『やめろおおおおおおおお!!』
私は魔法を使うのも忘れて、戟を持った男に体当たりした。
次回「惨劇の現場」




