その62 メス豚と意外な再会
私は忍び込んだテントで、偶然、今回の亜人村襲撃事件の背後関係を知ってしまった。
計画を立てたのはここにはいないカルドーゾとやら。
計画の実行者、騎士団の隊長は人間至上主義の狂信者。
計画の協力者であるこの国の第一王子はロクデナシ。
この三悪トリオが全ての元凶だったのだ。
三とトリオで意味が被っているって? 細けえこたあいいんだよ。
『クロ子、クロ子』
コイツらに思い知らせるにしても、先ずはここから村人達を助け出してからだ。
そのためには騒ぎを起こして私に注意を引きつけないと。
その隙にパイセンがキャンプに潜入。
囚われた村人達を救出する手はずとなっている。
『クロ子、クロ子』
食糧を保管しているテントを焼くのがいいと思っていたけど、どうせならこの場で隊長の息の根を止めてもいいよね。
コイツも三悪トリオの実行犯。
私のターゲットなんだから。
『クロ子、クロ子』
『って、うるさいなあ水母! 何よさっきから!』
私は背中に乗っているピンククラゲに振り返った。
『考え事してるんだから邪魔しないでよ!』
『考え事している間に誰もいなくなったよ?』
えっ?! ホントに?!
Oh・・・ホントだったわ。
いつの間にかテントの中に、目力隊長と文官君の姿は無くなっていた。
『あ~、なら別のテントに行こうか』
誰もいないならここに居ても仕方が無い。
パイセンも待ちくたびれているに違いない。
そろそろ獲物を決めないと。
『そういや、せっかくアンタを連れて来てるんだから、使わない手はないのよね。ねえ、騒ぎを起こすのにうってつけの場所ってどこか分からない?』
『・・・・・・』
私のふんわりとした指示に、水母が戸惑っているのを感じる。
それでも一応は調べてくれるようだ。
ピンクの体がフルフルと震えた。
『! 近くのテントに複数の亜人を検知』
『えっ?! どこに?!』
『隣のテントと向こうのテント』
私はひとまず隣のテントを目指す事にした。
そのテントに入った途端に臭気が鼻を突いた。
生臭い血と膿の匂い。
ここにはケガ人がいる。
明かり一つ無い暗いテントの中、三人の亜人が鎖に繋がれて、地面に転がされていた。
中でも目を引くのはテントの柱に繋がれた傷だらけの大男。
私はそいつに見覚えがあった。パイセンの恋人モーナに横恋慕している大男だ。
名前は・・・え~と、なんだっけ?
私を見付けて、残りの二人の亜人がギョッと目を見開いた。
こっちの二人は良く覚えてないけど、多分大男の舎弟だろう。
なんとなくこんな感じのヤツらだった気がする。
「まさかククトの所の黒豚?!」
「お前、一体どうやってここに?!」
『あまり大きな声を出さないでくれない? 人間に見つかりたくないんだけど』
見つかったら見つかったで、ここで大暴れするのもアリかもね。
丁度周りは高級将校のテントだし。
私は何となく明かりを付けた。巨大洞窟蛇から学んだ発光 の魔法だ。
「何だ?!」「この明かりは一体?!」
大男の舎弟二人が大騒ぎしているが、私はそれどころでは無かった。
光に反応したのか、大男が顔を上げると濁った眼をこちらに向けたのだ。
うげっ。
今まで薄暗くて良く分からなかったけど、大男の顔は、何というか、随分と酷い事になっていた。
胸糞が悪いので詳しい描写はしないけど、顔といい、体といい、二目と見られない程の酷い傷を負っていたのだ。
それは生きているのが不思議なくらいの酷いケガだった。
いや、そもそもただのケガで、ここまでまんべんなく深い傷を負うだろうか?
拷問か――。
吐き気を催す憎悪と嫌悪感。
アマナ神の教義は全く知らないし、毛ほども興味が無いけど、教徒がこんな事をしている時点でクソッタレ宗教である事は間違いない。
狂信者共の歪んだ加虐性を目の当たりにして、今更ながら私の中にヤツらに対する怒りがこみ上げて来た。
大男は何も言わない。あるいはもう、喋れない体にされているのかもしれない。
彼は光の無い虚ろな目で私をジッと見ているだけだった。
『みんな動かないで。点火・改』
「ひっ!」
「うおっ!」
小さな火がつくと、男達を柱に縛り付けていたロープが焼き切れた。
舎弟達はおっかなびっくりといった表情で、自由になった手足をまじまじと見つめた。
『少しの間ここでジッとしていなさい。すぐに騒ぎが起こるから、そうしたらテントを出て、ええと・・・『あっち』そう、あっちに逃げるのよ』
「「今のは何だ?!」」
私が方角を迷っていると、水母が手(触手?)を伸ばして教えてくれた。
『今は説明している時間は無いから。キャンプを出たら山に向かって走りなさい。村の仲間の事は心配しなくてもいいわ。パイセン・・・ククトが助けているはずだから。何ならそっちに合流するのもいいわね』
「――村の連中が?」
「ク、ククトが来ているのか?」
私は倒れたままピクリとも動かない大男の方を見た。
『動ける? ・・・無理そうね。あんた達、二人でコイツを担いで逃げて頂戴。いいわね?』
「あ、ああ」
「わ、分かった」
ゲームみたいに回復魔法があればこういう時に便利なんだけど、残念ながら私が知っているのは攻撃に使える魔法だけだ。
そういう魔法がないか、後で水母に聞いておこうかな。
彼らの事は気になるが、今は時間が惜しい。
水母が発見した亜人はもう一人。ここからそう離れていないテントに囚われている。
この有様だとそちらもどうなっているか分からない。
急いで確認しておく必要があるだろう。
『いい? 騒ぎが起こるまでここを動かない。騒ぎが起こったらこの人を連れてあっちの方向に逃げる。キャンプを出たら山を目指す。分かった?』
私はもう一度彼らに念を押すと、後ろ髪を引かれながらも彼らのテントを後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
クロ子の姿がテントの外に消えると、発光 の魔法効果が切れ、テントの中は再び薄暗い闇に包まれた。
表情も見え辛い暗闇の中、大男――グルートの取り巻き二人は、互いに顔を見合わせた。
「村の連中が捕まっているのか?」
「黒豚はククトと一緒に助けに来たって言ってたよな」
彼らの視線は、床に倒れたまま動かないグルートの上に落ちた。
葛藤の時間は短かった。
「・・・おい」
「・・・あ、ああ」
二人は立ち上がるとテントの中を物色した。
一人の手には地面に落ちていた一抱え程の石が。もう一人の手には作業用のスコップが握られていた。
「グルート、済まない」
一カ月前。彼ら三人の亜人は人間の町を目指して山を下りた。
全てはグルートが、人間の商人と取引をするククトに嫉妬して起こした、衝動的な行動だった。
グルートには何の伝手も無かった。
町に出れば商人がいる。ククトに出来た事なら自分にだって出来るはず。
その程度の甘い見通しだった。
彼らの計画は山を下りた途端に破綻した。
最初に訪れた村で人間と揉め、捕えられてしまったのだ。
グルートは屈強な若者だった。だが、村には彼をも上回る戦闘力を持つ男がいた。
それはクロ子がガチムチと呼ぶ、かつて彼女を家畜として飼っていた村長なのだが、彼らがそれを知る事は無かった。
数日後、騎士団風の武装集団が村を訪れた。
グルート達亜人の若者達は、そこでいくらかの金と引き換えに彼らに引き渡された。
この武装集団こそ、山に潜む亜人達を奴隷として確保するために、この村までやって来た法王庁の教導騎士団だったのだ。
彼らは亜人の集落の情報を得るためにグルートを激しく責めさいなんだ。
だが、グルートはどれだけ厳しい拷問を受けても、村の情報を漏らさなかった。
彼はモーナを、村の仲間を売らなかったのだ。
仲間を売ったのは、取り巻きの二人だった。
彼らはグルートが受けた過酷な拷問に怯え、心が折れてしまったのだ。
二人の情報を元に騎士団は村の位置を特定。包囲した。
それ以降の展開は知っての通りである。
ゴクリ・・・
緊張に二人の喉が鳴った。
自分達は薄汚い裏切り者だ。だが、それを知るのは人間達と、グルートしかいない。
人間達が村の仲間に自分達の事を話しているとは思えない。
なら、ここでグルートの口を封じれば・・・
二人の様子から、彼らが何をやろうとしているのか察したのだろう。
グルートが出せない声を無理に絞り出した。
「テメエ・・・ら・・・裏切る・・・の・・・か」
裏切り者。
その言葉を聞いた瞬間、追い詰められていた二人の腹は決まった。
石とスコップがグルートの頭に振り下ろされた。
何度も。何度も。
こうしてグルートは誰にも知られないまま死んだ。
二人の攻撃はテントの外で騒ぎが起こるまで繰り返された。
次回「最初の天誅」




