その61 メス豚、盗み聞きする
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法王庁執行局直属の教導騎士団の野営地。
いつまでも続く激しい雨に、騎士団員達の会話は少なかった。
とはいえ普通、野営というものは過ごし辛いのが普通である。
夏は夜でも蒸し暑く、虫が多くて寝苦しい。
冬は一晩中寒さで凍え、一睡も出来ない日も珍しくはない。
そんな状況に比べれば今日の野営はたかが雨が降っているだけだ。――とはいうものの、やはり煩わしい天気である事には違いが無い。
温かい食事も、あまり彼らのモチベーションを上げる役には立っていなかった。
そんな中、彼らの神経を逆なでする招かれざる来訪者が再びこのキャンプに訪れた。
「くそっ! さっきの野犬共か!」
「飯の匂いを嗅ぎつけて来やがったな!」
「そっちに行ったぞ! 逃がすな!」
あちこちで騎士団員達の怒声が響いた。
先程の成功に味を占めたのか、再び野犬の群れが陣地にやって来たのだ。
野犬達はすばしっこく走り回って、腸詰め肉やパンを狙って来る。
思わず戟を手にした男を別の仲間が止めた。
「よせ! 陣地で武器を振り回すヤツがあるか! 隊長に見付かったらドヤされるぞ! 振り回すならそこらの薪にしとけ」
「おい、手を貸せ! あっちに追い込むぞ!」
手に手に薪を持って野犬を追い回す男達。
この騒ぎの中、野犬の群れに一匹の黒い豚が混じっている事に気付いた者はいなかった。
黒豚は群れから離れると素早く物陰に隠れ、男達の追跡を振り切った。
薄暗いキャンプの中、真っ黒な豚はそれっきり姿を消すのだった。
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マサさん達野犬の群れの陽動作戦に紛れて、無事に敵のキャンプに潜入成功した訳だがこれからどうするか。
先ずは自分の位置を確認したい所だ。
男達に追い回されている間に、随分とキャンプの奥深くにまで入り込んでしまったからな。
予定ではもっとコッソリ入り込むつもりだったんだけどなあ。
思っていたより野犬達が、ヤツらの敵対心を集め過ぎていたらしい。
ヒラリ。
私は音も無く大きなテントの屋根に乗った。
風の鎧の魔法を纏った私は、まるで映画の中のジャパニーズ忍者だ。
こんな動きだって軽い軽い。
幸い辺りにテントの屋根を見上げる者はいないようだ。
とはいえ、少しでも目立たないように、私は伏せた状態で周囲を確認した。
『てか、ココって敵の本部テントじゃん』
どうりで大きなテントだと思った。
けど、おかげで自分の場所が分かった。
ここは山を上として、キャンプの中央からやや上寄りの場所だ。
この上には高級士官用のテントが並んでいる。
見渡せばテントの周りには立哨中の兵があちこちに立っている。
さっきは良く見つからなかったもんだ。
きっと見張りも野犬の群れに気を取られていたんだな。ひゅう、危ない危ない。
『ここも襲撃地点の候補地ではあるけど・・・』
今はたまたま発見されていないものの、いつまでも幸運が続くとは限らない。
見つかる前にここから移動するか、はたまた、早速この場で騒ぎを起こすか。
そんな事を考えていると、何やら半透明な丸い塊がフヨフヨとこちらに飛んで来るのが見えた。
あれって水母じゃん。
『あんたその体どうしたの? 透けてるわよ』
『認識阻害機能使用中。観測のため個体名コマから分離。クロ子に移動』
水母はペシャリと私の背中に着陸した。
どうやら水母は体を自由に半透明化する事が出来るらしい。
彼は私を観測するために、コマの頭の上から離れてここまで飛んで来たようだ。
『あんたねえ・・・まあいいわ。私の背中に乗るなら、その分働いて貰うからね』
『等価交換。了承』
水母はこう見えて、発達した魔法科学文明が生み出した高性能観測器だ。
連れて行けば何かの役に立つかもしれない。
マサさん達野犬の群れは上手く逃げ切ったようだ。
男達がぞろぞろと移動してくる。
誰かが不意にテントの屋根を見ないとも限らない。
ひとまずこの場は隠れた方が賢明だろう。
『落ちたら置いて行くからね』
『了承』
私は背中に水母を乗せたまま、音も無く地面に着地。そのままテントの中に潜り込んだ。
テントの中には先客がいた。
濃い髭のやたらと目力の強い中年男性だ。
線の細い文官っぽい部下と、何やら打ち合わせをしている最中らしい。
何か面白い話が聞けないかな?
私はちょっとした好奇心を覚え、コッソリ水母に尋ねた。
『ねえ。その認識阻害機能っていうの、私にも使ってくれない?』
『不可能。そんな機能は備えていない』
ちぇっ。残念。
まあ、この距離でも聞こえない訳じゃないからいいか。
私は彼らに見付からないように、密かに物陰に身をひそめた。
どうやら中年男性がこの部隊の隊長で、部下の文官に指示を出している所のようだ
「今回捉えた亜人はオス114匹。メス53匹。カルドーゾ卿の言う通り、商品にならない年寄りと子供は村に残した」
「――ご不満があるご様子で」
隊長は顔をしかめると、「はん!」と鼻を鳴らした。
「当たり前だ! 亜人の村など焼き払ってしまえばいいのだ! 炎による浄化でしかこの世の穢れは清められない! ヤツら汚らわしい亜人共など皆殺しにしてしまえばいいのだ!」
どうやら隊長は狂信的な原理主義者らしい。
亜人の扱いは法王国の中でも色々あるらしいな。
文官君は荒ぶる上司を慌てて止めた。
「しかし、今回の遠征はカルドーゾ卿の計画によるものです。亜人を連れて戻らねば外務部との約束を違える事になります」
「それにしても、ヤツらの村を残したままというのが業腹だ。カルドーゾ卿は一体何を考えている」
「・・・ここだけの話ですが」
そう言って声をひそめる文官君。
ほほう。ここだけの話ですか。
ここだけの話ですが、私はそういう話が大好物なんですよ。
ここだけの話、是非伺いましょう。
なんだか、ここだけの話を言いすぎて、ここだけの話がゲシュタルト崩壊を起こしちゃいそうだな。
「カルドーゾ卿に亜人の村を残すように頼んだのはこの国の第一王子だという話です」
「第一王子・・・確かアルマンドだったか」
うぉい! 王子相手に敬称無しかよ!
まあ、コイツらは他国の騎士で、コイツらの母国である法王国に比べれば、このサンキーニ王国は弱小国家に過ぎないそうだけど。
けど、なんとなくコイツは、そういうの関係なしで呼び捨てにしそうな気もするな。
「我々に街道を使わせる条件として、亜人の村を残すように言ったとか」
「ふむ・・・ その者はアマナ神の教義を疑っているのか?」
「いえ。おそらくですが、亜人を残しておけば、後日また自分が我々から必要とされると考えたのではないでしょうか」
何だか色々と新しい情報が出て来たな。
少し整理しようか。
まずコイツらはあくまでも実行犯であって首謀者は別にいる。
そいつはカルドーゾとやらで、コイツらとは別の部署の人間である。
さらにはこの国の第一王子がそのカルドーゾに協力をしている。
でもって、亜人の村を残すように言ったのはその王子で、カルドーゾは本来奴隷さえ手に入れば亜人の村なんてどうなっても良かった。
ついでに言えば、隊長的には、むしろ亜人なんて皆殺しにしたかった。
概ねこういう事情だったんだな?
良し、分かった。
悪いのはカルドーゾ。隊長は狂信者。第一王子はロクデナシ。
私、賢い。ちゃんと覚えた。
「まあいい。その辺はカルドーゾ卿の外務部の管轄だ。俺達は執行局局長から命じられた仕事をするだけだ。では、ええと、そうだグジ村だ。グジ村まで早馬を飛ばせ。カルドーゾ卿が首を長くして報告を待っているはずだ」
「はっ!」
あれっ? 首謀者のカルドーゾは本国にいるんじゃないんだ。
ていうか、グジ村ってどこかで聞いたような・・・って、ショタ坊村の事じゃん! 私のメス豚人生の故郷じゃん!
グジ村って言うから分からないんだよ。もうショタ坊村でいいじゃん。ムチャ言うなって? 分かってるよ。
どうやらカルドーゾとやらは、待ちきれずに山のすぐ近くまで来ているらしい。
それでも騎士団のキャンプまで同行しなかったのは、管轄違いだからか、根っからの文官だからか。
まあその辺の事情はどっちでもいいや。
今回の責任者が私の手の届く所にいる。
それが分かっただけで十分だ。
村人を助けた後は、是非、ショタ坊村まで落とし前を付けに向かわねばなるまい。
次回「メス豚と意外な再会」




