その57 メス豚、謎の武装集団を見かける
ようやく私は亜人の村の近くまで帰って来た。
何だか随分と久しぶりのような気がするな。
実際、ひと月くらいかかってるし。
そのうちの一週間は麻酔をかけられて寝てたんだけどな。
長旅を終えた私は、もはやかつての私ではない。
旅が私を成長させたのだ。
そう。四本の角を持つ角付きメス豚へと。
私の頭に誇らしげに生える四本の黒い角。
そのうち二本は左右の耳の上、そこから羊のような捻じれた太い角が伸びている。
さらに眉間の少し上には刃物のような鋭い角が。
その角の上には突起のような小さな黒い角が、縦に並んで生えている。
この角は魔力増幅装置。私の魔法を全自動でパワフルにアシストしてくれる優れものだ。
そしてこの旅で私は仲間を一人増やしている。
今もアホ毛犬コマの頭の上でフルフルと震えるピンク色の塊。
前人類の残した施設で出会った対人インターフェース、水母だ。
彼は――いや、彼女か?
水母には性別が無いので、どっちでも良いんだろうけど、私の中では統一しておいた方がいいよな。
じゃあ彼で。
水母は対人インターフェースのみならず、こう見えて各種観測機器の集合体なんだそうだ。
彼は私を一万年に一人の逸材(※ただし実験動物として)と見込んで、調査のために同行する事にしたらしい。
正直言ってトラブルの予感しかしないけど、彼には色々と世話になっている。
空気を読む事に定評のある日本人(※ただし前世)としては、彼の同行を拒否出来なかったのだ。
そんな私、水母、野犬のマサさん、マサさんの息子コマ、の四匹は、長い旅を終えてようやく住み慣れた亜人の村の近くまで帰って来たのであった。
むむっ。この匂いは。
私達は嗅ぎなれない匂いに立ち止まった。
マサさんは鼻をスンスンさせながら周囲を警戒している。
『黒豚の姐さん。どうやら山に人間達が入り込んでいるみたいですね』
人間の体臭。汗の匂い。そこらの茂みに垂れ流されたおしっこの匂い。
――そして金臭い武器の匂い。
ちなみにコマは早速茂みにおしっこを上書きして縄張りを主張している。
・・・ふむ。私もやっとくか。
我々は手分けして縄張りのアピールを始めるのだった。
縄張りを主張した事で少しだけ落ち着きを取り戻した私達は、警戒しながら辺りを探索する事にした。
あちこちで藪が切り開かれ、下生えが踏み固められている。
五人や十人が移動した程度ではこうはならないはずだ。
どうやらかなりの数の人間がこの山に入り込んでいるらしい。
『マズいわね。マサさん、コマ。私から離れないように』
水母が「自分は?」と言いたそうにクリッと首を傾げた。
いや、アンタずっとコマの頭の上にいるじゃない。わざわざ注意する必要あるわけ?
『プシュン』
コマの声に振り返ると、彼は鼻の頭をペロペロと舐めていた。
『あ。降り出しちゃったか』
どうやら大粒の雨が彼の鼻面に落ちたようだ。
私の頭にも冷たい雨がポツポツと当たった。
さてどうするか。
濡れるのはイヤだけど、迂闊な場所で雨宿りをしていると、同じように雨宿りしに来た人間と鉢合わせしないとも限らない。
ぶっちゃけ今の強化された私なら、人間くらい返り討ちにするのは余裕だが、下手な事をしてお尋ね者になるのはちょっと・・・
危険な生き物として山狩りとかされても、居候先のパイセン達の村が迷惑するだろうし。
『ちょっと濡れるけど、このまま亜人の村まで行こうか』
人間が雨宿りをしてくれるなら、むしろこの雨は私達にとって好都合だ。
今のうちに先を急ぐ事にしよう。
『分かりました』「ワンワン!」
コマは分かっているのか分かっていないのか。いつも返事だけは良いんだよな。
こうして私達はパイセン達の亜人の村を目指す事にしたのだった。
大粒の雨は益々激しくなり、葉っぱを叩く雨の音と地面に弾ける雨粒で、音も匂いもろくに分からなくなってしまった。
雨でぬかるんだ山の土は滑り易く、何度も転びそうになってその度にドキリとさせられた。
こりゃ失敗したかな。
軽く後悔したものの、今更雨宿りを出来る場所を探すのもどうかと思うし。
逆に言えば人間も私達を見付け辛いという事でもある。
前向きに考えよう。
濡れネズミならぬ濡れ犬になったコマが「ワン!」と吠えた。
何アンタ。文句でもあるの?
『! 姐さん。人間共だ!』
濡れた草の上にマサさんが伏せると、コマも同じように伏せた。
慌てて二匹に続く私。
どうやらさっきコマが吠えたのは、この警告だったらしい。
『どこ? あ、待って。え? ウソでしょ?』
私はなるべく体を動かさないように目だけをキョロキョロと動かすと、驚きにギョッと目を見張った。
視界の先。大きな土の山のすぐ向こうに、頭からマントをすっぽり被った男達が山を下って行くのが見えた。
驚くのはその人数だ。
ざっと見えているだけでも数十人。
傘代わりのマントのせいで装備は見えないが、ほぼ全員が突起の付いた槍――原始的なハルバード?――を持っている。
ハルバードは中世ヨーロッパで使われた武器で、日本語では”槍斧”と呼ばれる。
その名の通り、槍の穂先に斧が付いている武器で、その重量と長さで高い破壊力を誇る。
謎の男達の持つ槍の先端に付いているのは斧と言うには細い突起なので、どっちかと言うとハルバードよりも古代中国で使われていた戟の方が近いのかもしれない。
どっちにしろ、ただの村人や山賊が持つような武器じゃない。
間違いない。ヤツらはどこかの軍隊だ。
男達の放つ威圧感に、コマが尻尾を丸めながら「ウウウッ・・・」と小さなうなり声を上げている。
幸い雨が邪魔して向こうはこっちに気が付いていないようだ。
脇目も振らず、ぞろぞろと連れ立って山を下りていく。
彼らとの距離が十分に開いてから私は大きく息を吐いた。
『マサさん。今までこの山でアイツらを見た事ある?』
『いえ。初めて見る人間達でした』
なるほど。定期的にここらを巡回している国境警備隊。という線は無しか。
まあいい。今はヤツらの詮索は後回し。見つからないうちにとっととこの場を離れた方が賢明だ。
『亜人の人達にも警告しとかないといけないしね』
『・・・その事ですが姐さん』
マサさんの指摘を受けて、私はガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。
『今の人間達がやって来た先――。亜人の村がある方向じゃないですかね』
私は嫌な予感を覚えながら山の中を急いでいた。
気は焦るものの、どこにさっきの武装集団の仲間がいるか分からない。
急ぎながらも慎重に。
幸い、激しい雨音が私達の足音を、視界を覆う雨粒が私達の姿を覆い隠してくれた。
私達は足早に亜人の村を目指した。
まさ・・・か。
私はショックを受けて立ち尽くしていた。
もうすぐ村に着く。まさにその直前。
村の前の藪は切り開かれ、ポッカリと大きな空き地になっていた。
村を出た時にこんな空き地は無かった。
間違いない。ここに武装集団が集まっていたんだ。
一体何十人? いや、何百人が踏み固めればこれ程の空き地になるんだ?
空き地の先、廃墟になった村に激しい雨が打ち付けていた。
おそらく村人達は村の入り口に、家具や丸太でバリケードを作って防衛線を引いたのだろう。
だがバリケードは村を囲う柵ごとバラバラに引き倒され、辺りには壊れた家具や根元から折れた丸太が転がっている。
今は逃げ出した村の家畜達がのんびりと雑草をはんでいる。
この悲惨な現場には似合わない牧歌的な光景だ。
ここからでは良く見えないが、家屋も壊されているらしい。
村の小さな通りには、足の踏み場もない程、ドアや窓枠、屋根の一部や家財道具がぶちまけられている。
なぜだ。
なぜこの世界は、こうも命が軽い。
なぜこうも容易く命を奪う。
いつもの怒りすら浮かばなかった。
ただひたすらに空虚だった。
私は雨にびしょ濡れになりながら、言葉も無く立ち尽くしていた。
次回「メス豚、残された村人達に会う」




