その56 ~収穫の時間~
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最初に人間達の接近に気が付いたのは、狩りのために村を出ていた男達だった。
彼らは血相を変えて村に駆け込むと、大声でふれ回った。
「人間だ! 人間の軍隊が来るぞ! みんな逃げろ!」
人間の軍隊。
その恐ろしい響きに、村人は魂が抜かれたように立ち尽くした。
突然の事態に思考が停止してどうして良いか分からない村人達。
この騒ぎに、村長の家からモーナと彼女の両親が飛び出して来た。
「人間の軍隊がここに向かっているというのは本当か?!」
「間違いない! 槍を持った兵士達が凄い人数で山を埋め尽くしている! 鼠一匹這い出る隙も無い!」
法王国が亜人狩りに投入した教導騎士団は約千人。
彼らが雇ったこの国の者達数十人を含めても、山を埋め尽くす程の人数にはならない。
だが、彼らにとっては相手が千人だろうが一万人だろうが、絶望的な人数には違いなかった。
「お父さん!」
「母さん、モーナ。お前達は女衆と子供を連れて山に逃げるんだ。男達は武器を持て! 村の入り口に防衛線を敷く!」
村長の言葉にようやく村人達が動き始めた。
「村長! 女子供を逃がすってどこに?!」
「人間達はどっちから来ている?」
「北西だ! 人間達は北西のふもとから近付いている!」
「今のを聞いたなモーナ。母さん達と一緒に村の裏手の山に登りなさい」
村の女子供は取るものも取り敢えず、慌てて村を出て南の山を登った。
老人でも健脚の者は彼女達の後に続いた。
モーナとモーナの母はみんなの先頭に立ち、手にしたナタで藪を切り開いた。
男達は家から家具を持ち出すと、急いで村の入り口に積み重ねた。
即席のバリケードを作っているのだ。
その頃になると、狩りで外に出ていた男達も次々と村に戻って来た。
「急げ! ヤツらの猟犬はもうそこまで来ている!」
「ウンタがヤツらの矢で負傷した! 誰か診てやってくれ!」
刻一刻と過ぎ去る時間。
ひょっとして人間達は村を見つけられなかったのでは?
そんな甘い希望が僅かに頭をもたげたその瞬間だった。
「来た! 人間達だ!」
亜人狩り部隊の先陣が、村の前に姿を現わしたのだった。
亜人狩り部隊の先陣。それはふもとの猟師を先頭とする、近場の村々で雇われた男達だった。
その中には、かつてクロ子が飼われていたグジ村の男達もいたが、亜人の男達がそれを知るはずも無かった。
彼らは手にナタや鎌を持ち、後続の教導騎士団員達のために藪を切り開きながらここまでやって来たのだ。
「亜人の村だ! おおい! ヤツらの村を見つけたぞーっ!」
伝令の男が叫びながら後続に知らせに行く。
周囲に殺気が立ち込め、緊張に誰かの喉がゴクリと鳴った。
亜人の村の男達は弓を構えて彼らを威嚇している。
そんな亜人の男達に対して猟犬が吠えたてる。
睨み合いの中、互いに最後の一歩が踏み出せない。
そんな緊張感に満ちた状態が少しの間続いた。
僅かな膠着状態は後続の騎士団の到着によって打ち破られた。
それは戦うために生み出された武器と防具に身を包んだ戦闘集団。
法王庁の教導騎士団である。
自らの信仰心に陶酔する彼らは、薪を割るように異教徒の頭をかち割り、麦の穂を刈り取るように人間の命を刈り取るだろう。
彼らの体からかもし出す圧倒的な暴力性。
その存在感に、亜人の村の男達は戦う前からすっかり委縮していた。
ひと際目立つ白い鎧を着た男が村を見渡して言った。
「ようやく亜人共の村を見つけたか! 行軍の時間は終わった! 今からは収穫の時間だ!」
正午を回った頃。空から大粒の水滴が落ちて来た。
転生者ククトは、雨に濡れて肌に張り付くズボンに足を取られながら、藪の中を移動していた。
久しぶりの大雨だ。
本来なら修繕したばかりの母屋の屋根の雨漏りが気になる所だが、今の彼はそれどころではなかった。
(最悪だ! 村は完全に取り囲まれている!)
今生では亜人に生まれ、人間の国には詳しくないククトだったが、彼らの統一された立派な装備から、相手がどこかの国の軍隊である事だけは分かった。
ククトは知る由もないことだが、見る者が見れば、マントに縫い付けられた紋章から、彼らがアマディ・ロスディオ法王国の法王庁直属の騎士団という事が分かっただろう。
ククトは未だに村までたどり着く事が出来ずにいた。
今、彼は村の南の山の斜面を登っていた。
騎士団の目を避けて移動していくうちに、ぐるりと村を大回りする羽目になってしまったのだ。
(村はどうなっているだろう。俺の家族は? そしてモーナは?)
こうして村を目指しながらも、最悪の予感が彼の心を苛んでいた。
今頃村は焼かれ、年老いた祖父母と父親は騎士団に殺されているのではないだろうか?
母親は男達に犯され、まだ幼い妹達までも、ヤツらの獣欲の餌食になっているのではないだろうか?
そして、モーナは・・・
村の悲惨な光景を想像するだけで、ククトは頭の芯が焼けつくような焦りを覚えた。
いっそ、今からでも駆け出して一直線に村に向かいたい。
しかし、完全武装の騎士団に対して、自分はシャツとズボンだけの軽装だ。
武器は藪漕ぎに使う刃の欠けたナタが一本だけ。
たった一人で飛び出した所を、あっさり殺される未来しか見えない。
ククトは雨に濡れた髪を掻きむしると、山の斜面を登って行った。
それからどれくらい歩いただろうか。
ククトは雨の音に紛れて聞こえて来る女性の声に、ハッと立ち止まった。
「今の声! 間違いない! モーナだ!」
ククトははじかれたように走り出した。
(そうか! これ程の数の人間がやって来たんだ! 村の男達が見つけないはずはない! 敵が村に到着する前に、村長はモーナと女子供を裏山に逃がしていたんだ!)
雨でゆるんだ地面に足が取られるのがもどかしい。
ククトは息を切らせながら、滑りやすくなった斜面を駆け上った。
「モーナ! モー・・・ナ」
ククトは倒れ込むように目の前の茂みに身を隠した。
彼の目の前、切り立った崖のすぐ下にモーナはいた。
どうやらいつの間にか自分の方が上にいたようだ。
そしてモーナの他にも村の女子供達が、互いに身を寄せ合うようにして小さく固まっている。
そんな彼女達を、猟犬を連れた騎士団員が取り囲んでいた。
「ウワン! ワン! ワン!」
「ひっ・・・ふええ」
「大丈夫。大丈夫だから」
猟犬に怯える小さな子供を、別の子供が懸命になだめている。
騎士団の隊長が部下に命じた。
「犬を下げろ! 亜人の女共を連れて行け!」
槍を突きつけられるモーナと村の女達。
ひと際体の大きな騎士団が怯える女の子の手を掴むのを、別の騎士団員が止めた。
「おい、ガキは放っておけ。次の収穫までに増えて貰わねばならない」
村の女達が伏せていた顔を上げた。
今の言葉で男達が亜人をどう見ているのか察したのだ。
彼らは自分達の事を野生の鹿やウサギ程度にしか思っていない。
野に放っておけば勝手に増える獣。
増えれば狩って獲物にする。
ただそれだけの存在。彼らはそう考えているのだ。
女達の青ざめた顔には、人としての尊厳を踏みにじられた悔しさがにじんでいた。
仲間に窘められた大男だったが、それでも女の子の手を掴んで離そうとはしない。
だらしなく緩んだ顔には隠しようのない獣欲が浮かんでいる。
どうやらこの男は幼い子供に興奮する変態性癖らしい。
「このくらい育っていれば使えるって。大丈夫大丈夫」
「イヤ! 放して!」
「ギャアギャアうるせえ!」
ゴスッ!
男に殴られて女の子が泣き崩れた。
大男は抵抗する力を失った少女を麻袋か何かのように肩に担ぎ上げた。
先程大男を注意した騎士団員が隊長に振り返った。
隊長は諦め顔で首を左右振った。
どうやら大男はこうして色々と問題を起こす、隊の鼻つまみ者らしい。
そんな彼が今でも教導騎士団にいられるのは、彼の親かその一族が法王国でもそれなりの地位にある人物だからであろう。
隊長は大男の行動は見なかった事にして、部下に命令を飛ばした。
「引き上げるぞ! 急がないと雨の中、山で野宿する羽目になるからな!」
村の女達が力無く引き立てられて行く。
ククトはどうする事も出来ずに黙って彼女達を見送るしか出来なかった。
助けに入る? 無理だ。
相手は武装した十人以上もの軍隊だ。
返り討ちにされるのがオチだ。
――その時、ふとモーナが崖の上を振り返った。
目が合う二人。
モーナの顔に驚きの表情が浮かんだが、彼女は何も言わずに顔を伏せた。
そのまま彼女は黙って女達と一緒に山の中に姿を消した。
ククトは雨の中、声を押し殺して悔し涙を流し続けるのだった。
次回「メス豚、謎の武装集団を見かける」




