その513 メス豚と基準点《コントロールポイント》
青い鳥ことロワが管理をしている謎施設。
前魔法科学文明の人類によって作られたこの施設は、コントロール・エンジン――この世界とは位相の異なる別宇宙と繋がる事により、人や物を運ぶための目的で作られた物であった。
『ええと、さっき聞いた話を一度整理したいんだけど、私が間違っていたら言ってね?』
『いいですよ』
ロワはホワホワとしたお姉さん声で答えた。
『ん~、先ずは大前提から。この宇宙には位相の異なる別の宇宙が重なり合うようにして存在している。それは見る事も出来ないし、触る事も出来ないけど、間違いなく存在している。この認識でオッケー?』
『大体おっけーです』
アメコミ原作のSF映画で覚えた知識だが、大体オッケーらしい。
背中のピンククラゲがフルリと震えた。
『情報補正。原理としては、原子の角速度のスピン角に応じた宇宙が、時間変化量に対してプラスマイナス5度の偏差で現れる。これを数式で表すとこういう事になる』
水母の体から触手がニュルリと伸びると、床に複雑怪奇な数式を書き始めた。
『ああうん。張り切って説明してくれている所を悪いけど、そういうのはいいかな。それでロワ。ここにある装置はその別宇宙に人や物を送り込むための物と考えていいのよね?』
『その通りです』
『・・・(不服そうに震えている)』
説明を遮られて不満そうな水母。
てか、ロワが来てから、やけに彼女と張り合おうとしてる気がするけど、ひょっとしてライバルが登場したとか思ってない? 別に焦らなくても大丈夫だから。水母は無口系であっちはお姉さん系だから。キャラ被りはしていないから。
『超不本意』
『ロワ、話を続けるわね。別宇宙に送られた物質は、その宇宙に現れた瞬間、その世界の原子とぶつかってエネルギーに変換される――つまりは大爆発を起こす訳よね』
『そういう訳です』
ロワはさっきから自分の名前が呼ばれるのが嬉しいらしい。私が名前を呼ぶ度にクルクル回って喜んでいる。
『で、この世界にはここと同じように、力の均衡点とでも言うべき基準点がいくつも存在している。そこにもここと同じような装置があって、別宇宙に送られた物質は爆発する前に回収される、と』
例えて言うなら、ネットやSNSのようなものか。
昔、今よりもアナログだった時代。私が自分で撮った写真や動画を友達に見て貰おうと思ったら、写真なら印刷、動画ならビデオテープを複製して、その人の所に持っていかなければならなかった。
文明化によって、移動手段が徒歩から自転車、それからバスやタクシーのような自動車へと進化したとしても、移動にかかるための時間が短縮されるだけで、その本質は同じである。
しかし今では、わざわざそんな手間をかける人の方が少ないだろう。写真や動画なら、ネットやSNSのグループに上げるだけで済むからである。
友達が写真や動画をタップすると、その人のスマホの本体メモリーにデータがダウンロードされ、手元で見る事が出来るようになる。
この写真や動画をグループに上げる行為が、基準点が別宇宙に人や物を送り込むという行為に。写真や動画をタップして、スマホの本体メモリーにデータをダウンロードするという行為が、他の基準点が別宇宙の座標にアクセスし、送られた人や物資を転送する行為に相当すると考えれば理解出来なくもない。
コントロール・エンジンとSNSの違いは、元データがネット上に残るかどうかである。
『どこ〇もドアかよ。コレならどこにでも行きたい放題じゃん』
『行きたい放題、否定。基準点に限られる』
『スイボの言う通りですね。それにコントロール・ドライブで移動出来るのはこの惑星上に限られます。理論上は宇宙の反対側にも行けるのですが、それは理屈の上でだけ。現代の魔法科学では実現不可能とされています』
えっ? どういう事?
『猶予時間がおよそ0.07mm/秒と短い事と、宇宙において時間の流れは一定ではないためです』
『あーなる。一般相対性理論か』
一般相対性理論は、特殊相対性理論をより現実的に発展させた物理学の法則である。
特殊相対性理論とはローレンツ収縮を説明した理論で、ローレンツ収縮を一言で言えば、【物体は光速に近付く程、時間が遅くなり、長さが短く測定される】という、SF映画などで有名なアレの事を言う。
一般相対性理論は、その特殊相対性理論に重力場の影響を加えた物となり、空間と時間の関係を表したものとなる。
この一般相対性理論によると、光の速度――つまり時間はこの宇宙では一定ではなく、質量や加速度によって生じる空間の歪みで変化するものらしい。
ザックリ言えば、時間とは誰にとっても絶対的な物という訳ではなく、観測者によって変化する相対的な物という事だ。まあ、普通に暮らしている分には光の速度が速すぎて、実感する機会なんて一生ないと思うけどな。
『宇宙には静止系の物体は存在しない。つまり同じ時間の長さを共有できるのは同じ移動体に乗っている観測者だけ。同一惑星上の基準点に限られるという訳か』
『そうなりますね』
ちなみに地球が太陽の周りを回る速度(公転速度)は時速約10万7千キロメートルなんだそうだ。という事は地球上の生き物は、スペースシャトルの速度(時速約2万8千キロメートル)よりも速いスピードで移動しているという事になる。スゴイな宇宙船地球号。
『うん、まあ理屈は大体分かったかな』
「えっ? ホントに? スゴイねクロ子ちゃんは。僕には何が何だかサッパリだったよ」
「一体全体、何なんだいアンタ達は。ちったぁ私らにも分かる言葉で話して欲しいんだが」
一人で(一匹で?)納得する私に、ユッタパパ達、楽園村首脳部御一行様は不満たらたらである。
説明してもいいんだけど、私も相対性理論とかはかなりうろ覚えだからなあ。ローレンツ収縮ってエーテルの存在を確認するための実験から生まれたんだっけ? 確かマイケルソン・モーリーの実験だったか? あ~ダメだ。やっぱロクに覚えてないわ。
『今は原理を理解するよりも前に実践。この施設で一体何が出来るかでしょ。ロワ、この施設が基準点同士で物を行き来させるための物だという事は分かったわ。それで、ここと同じ施設はいくつあるの?』
『今ではもうほとんど残っていません。こちらが把握している中で、安全に接続出来ると見られる物は五ヶ所になります』
五ヶ所というのが多いのか少ないのかは分からない。なにせ一ヶ所しか繋がらなかったとしても、ほぼタイムラグなしの移動と考えれば破格の性能なのだ。
『詳しい情報をお願い』
『はい。五ヶ所のうち、三ヶ所がこの大陸上に。残り二ヶ所はそれぞれ違う大陸の施設となります』
別の大陸なんてあったのか、って、そりゃあるか。地球だって長い歴史の中、大陸が一つしかなかった時代なんて2億5千万年前にしかなかったんだし。
ちなみにその大陸の名はパンゲア大陸。パンゲアが出来た事で地球各地で火山活動が活発になり、海洋生物の95%以上が絶滅したと考えられているそうだ。大災害なんてレベルじゃねえな。
エノキおばさんがロワに尋ねた。
「その中に私らのご先祖様がいた場所は入っているのかい?」
『あなた方のご先祖様がどなたの事を意味するのかは分かりませんが、七十六年前にデミ・サピエンスの集団が使用したものでしたら、ここから最も近い場所にある施設となります』
「でみ、何だって?」
デミ・サピエンス――半分人間。彼ら前魔法科学文明のコンピューターは、今の人類の事をそう呼んで自分達の創造主――ホモ・サピエンスと区別しているのだ。
『なる程。楽園村の先祖達は、五つの選択肢の中から一番近い場所にある施設を選んだという訳ね』
訳の分からない施設を試しただけでも大した肝っ玉だが、それだけ彼らも追い詰められていたのだろう。
とはいえ、流石に遠い距離までは――ましてや他の大陸は――恐ろしくて手が出せなかったものと思われる。
ユッタパパが私に振り返った。
「クロ子ちゃん、どうする?」
どうする? とは、ロワの言葉を信じられるかどうかだろうか?
ぶっちゃけ、我々には信じる以外に選択肢はない。村は焼いてしまったし、朝になればカロワニー軍の追撃が開始されるに決まっているからである。
幸い、施設の入り口は魔力に反応して開く仕組みのため、村人達を施設内に退避させてしまえば、魔法の仕えない人間が我々を発見する事は出来ない。
問題はその後。どの施設と繋げるかだが・・・
『まあこちらも考えるまでもないか』
一番近い施設。つまり、楽園村の先祖達が使った施設に行くのが最も無難と言えるだろう。
住んでいた村を人間達に追いやられている、という点だけが気になる所だが、それだってもう七十年以上も昔の話だ。
今では地元の人間ですらロクに覚えていないんじゃないだろうか?
少なくとも、どこにあるのかも分からない他の施設よりは、生活のめどが立ちやすいんじゃないかと思う。
『ロワ。外に四千人以上いるんだけど、これだけの人数を転送する事って出来る?』
『一度にまとめてでなければ可能ですよ。ただしポータルに乗れる人数は二百人が上限となります』
二百人ずつにはなるけど、ピストン輸送をすれば全員を移動させるのも可能、と。思っていたよりもかなり高性能な施設なんだな。
その時、背中のピンククラゲがフルフルと震えた。
『着信アリ――「クロ子、ウンタだ。今、村人達と合流したんだがどこにいる? 村長の姿も見えないようだが、村の者達が捜しているぞ」「おおい、クロ子! カルネだ! お前一体どこをほっつき歩いてやがるんだ!? いつものように勝手に先走りやがってよ!」』
クロコパトラ歩兵中隊の副隊長ウンタと大男カルネの声だ。どうやら全員無事に施設の外に到着したらしい。
私はユッタパパ達に振り返った。
『私はこれからクロカンの隊員達を連れて、転送先を偵察して来るわ。あなた達は村人達を施設内の通路に退避させておいて。ここにいれば人間の兵士に見付かる事はないはずだから』
「わ、分かった」
「気を付けて行くんだよ」
思わぬSF展開には度肝を抜かれたが、我々のなすべき事は変わらない。
敵が追い付いて来る前に、村人達を安全な場所まで連れて行くのだ。
残り二話でこの章も終わります。
次回「野望の終焉」




