その512 メス豚と施設の秘密
我々の前に姿を現したその部屋は、イメージとしては近未来感溢れるイベント会場?
もしも巨大な機械の生き物がいたとしたら、そいつの腹の中はこんな感じなんじゃないだろうか。
全体としては明るいクリーム色。円形の部屋に高いドーム状の天井。
中央は一段高い台になっていて、台の下からは太いパイプが何本も伸びている。壁際には良く分からない機械が所狭しと並んでいて、台から伸びたパイプはそれぞれの機械へと繋がっている。
台の上には大きなアーチがかかっていて、そこには何に使うのかも分からない複雑な形状の機械がいくつもぶら下がっている。
色々な機械がありながら、雑然と詰め込まれているようには感じない。私のような素人にも分かる程、ここには独自のルールと秩序――一種独特な機能美が存在していた。
「こ、こいつは一体どうしたもんだい・・・」
「なんだか、あちこちピカピカ光っとるが、こんなに光らせて大丈夫なんかのぉ?」
「まさか僕達の住んでた山の中に、こんな場所があったなんて・・・」
巨大施設に圧倒される楽園村首脳部達。
エジプトのピラミッドしかり、東京スカイツリーしかり、大きな建造物というのは存在だけで人を畏怖させる。
ましてやここにいるのは全員、生まれてこの方、山奥の村から出た事もない亜人達である。
初めて見る機械だらけの謎空間に、彼らはすっかり度肝を抜かれていた。
幸い私はこの中で唯一、前世の記憶と経験を持っている。驚くには驚いたが、直ぐに立ち直る事が出来た。
私はこの施設の対人インターフェース、青い鳥ことロワに振り返った。
『ロワ、そういやまだ聞いてなかったけど、ここって何の施設だったの? 見た感じ、まだ機能も生きているみたいだけど』
『そう、ロワ! 私の名前はロワ! ・・・クロ子の質問にお答えしますね。この施設は――』
ロワは自分の名前を呼ばれると、嬉しそうにクルクルと天井近くまで舞い上がった。
やがて降りて来て質問に答えようとしたその時、不意に私の背中でピンククラゲが激しく震えた。
『これはコントロール・エンジン!? 稼働中のコントロール・エンジンが、惑星上に残っていたとは予想外――否。本当にコントロール・エンジンかどうかの確認が必要。計測を開始する――計測中――再度計測中――計測完了。計測の結果、この場所が確かに基準点である事を確認した』
コントロール・エンジン? この施設、いや、この機械の名称か?
水母は少しの間細かく振動していたが、出た結果に納得したのか、やがて満足そうに一度フルリと震えた。
・・・・・・。
『って、説明せんのかーい!』
ロワの言葉を遮って、勝手に理解して、勝手に調べて、勝手に完結するとか、自己中にも程があるだろうが。
私にも分かるように、解説プリーズ。
亭主関白な水母に代わって、青い鳥のロワがお姉さん声で説明をしてくれた。
『先程スイボが言ったコントロール・エンジンとは、コントロール・ポイント同士を結ぶ輸送システムの総称となります。位相ドライブないしは単にドライブと呼ばれる事もありますね』
『位相ドライブ?』
また新しい単語が出て来たんだが。
ここはコントロール・エンジン、ないしは位相ドライブと呼ばれる施設らしい。
ロワの説明に、水母が不満そうにフルリと震えた。
『ドライブ呼称否定。対人インターフェースである以上、正式名称を使用すべき』
『いいえ。対人インターフェースであればこそです。良く使われている名称でお答えする方が、お客様に理解して貰い易いと判断しました』
ピンククラゲと青い鳥が、対人インターフェースの正しい有り方を巡って口論を始めた。
口調と考え方から見て、水母の方は口数の少ない学者肌。ロワの方は人当りの良いプロの接客業、といった感じだろうか?
そういやロワは最初に、この施設のビジターセンターの対人インターフェースとか言ってたっけ。
ビジターセンター、ないしはビジターハウスは、公園や施設などの展示・解説をして、利用者案内を行う施設の事をいう。要は施設に付随する来訪者向けの案内施設といった感じだ。
なる程、ロワが水母と違って接客業っぽくなる訳である。
『あれ? てことはロワってこの施設の管轄ではない――この施設に付随するビジターセンターの方が管轄なのよね? だったらこんな風に私達を施設の中に案内しても大丈夫な訳?』
私の指摘にロワは事も無げに言い放った。
『この施設は一万年以上前に当時の人類によって放棄されました。私が管理していなければ、使用不可能になっていたのですから、私の管理下にあると考えても差し支えないんじゃないでしょうか?』
ロワによると、もともと彼女? が管理していたビジターセンターは、この施設の外にあったんだそうだ。
『そんな建物なんて外にはなかったけど?』
『ええ。人類が惑星上からいなくなってから千年程経った頃、崖崩れが起きて跡形もなく無くなってしまいました』
どうやらその頃、観測史上最大の大雨があったらしく、その際に地盤が緩み、敷地ごと崩れ落ちてしまったんだそうだ。
幸い、ロワの本体――コンピューターはこちらの施設内に作られていたために無事で済み、それから彼女はずっとこの施設を管理し続けて来たんだそうだ。
『――あり得ない。人工知能がプログラムされた役割を独自に変更するなど、責任感の欠如としか思えない』
『けど、ビジターセンターがなくなったんだから、ここにいるしかないじゃないですか』
『極めて短絡的。そのような行為は我々から倫理観を失わせ、野生化させかねない。看過しかねる』
『統合管理局はもう機能していません。それともスイボが私を断罪するんですか? あなたにそんな権限があるとも思えませんが』
『・・・小肯定。私は魔核性失調症医療中核拠点施設コントロールセンターの対人インターフェース』
『でしたらスイボには――』
『あーストップ、ストップ! そこまで!』
私は慌てて二人の口論に割って入った。
『どうやらコンピューターにとってはデリケートな質問をしちゃったみたいでゴメン。けど、今はそれよりもこの施設の事を教えて欲しいんだけど』
楽園村首脳部御一行様も、ようやく最初の衝撃から立ち直ったらしく、手持ち無沙汰な顔でこちらを見ている。
施設の外には村人達も大勢待たせている訳だし、急いでこれからの方針を決めないと。
『そのためにはここが何のための施設なのかを知っておきたい。そしてもう片方の出口がどこに通じているのかも教えて貰わないとね』
施設の正体を知る事は、カロワニー・ペドゥーリの狙いを知る事にも繋がる。反対側の出口を知る事は、単純にこれから自分達がどこに向かうのかを知る事になる。
私としては当前の質問をしたつもりだったが、水母とロワはキョトンとした様子で動きを止めた。
『この施設に出入口は一つしかありませんよ?』
『当該施設はコントロール・エンジン。搬入口は一つあれば十分』
口をそろえて私の言葉を否定する対人インターフェース共。なんなの君ら。やっぱり本当は仲良しなんじゃないか?
ムッとする私を見て、ユッタパパが声をかけた。
「ええと、ロワだっけ。君達がさっきから言っている、こんとろーる何とかについて、僕達にも分かるように説明しては貰えないかな?」
『コントロール・エンジンについて知りたいんですね? かしこまりました。私にお任せください』
ロワは対人インターフェースとしての役目が果たせて嬉しかったのだろう。ご機嫌な様子でクルクル回ると、説明を開始した。
『コントロール・エンジンの別名は位相ドライブ。簡単に言えば、この世界と重なり合った別位相へと人や荷物を送るためのシステムとなります』
なん・・・だと。
ロワの説明に私はこの施設を始めて見た時以上の衝撃を受けていた。
違う位相って、アレか? SF映画やアニメなんかで出て来るマルチバースや亜空間?
ええっ!? マジで!? ここの機械って、別次元に人や物を送る装置な訳!? ていうか、この世界の昔の人類はそんな事まで出来たのか!? ハンパないな、前魔法科学文明!
そういえば、以前水母から、前魔法科学文明では異世界の存在は確認済みという話を聞いた事がある。しかしまさか移動手段まで作っていたとは。
急なSF展開に胸熱な私。そして話について来られずにポカンとするユッタパパ達。
『スゴいなコントロール・エンジン! じゃあこの装置で他の世界――別の宇宙に行ったり出来る訳!?』
『原理の上ではそうなりますね。ですがあなたの思っているような形での移動は出来ないと思います』
『ん? どういう事?』
『解説、コントロール・エンジンは基準点間を繋ぐシステム』
『詳しく説明しますね。この世界は魔力や引力、質量といった、様々な力やエネルギーが満ち溢れています。それらの均衡が比較的取れているポイントの事を、私達は基準点と呼んでいるのです。基準点は言い換えれば、空間が非常に安定しているポイントとも言えるでしょう。そしてそれは安全に別位相に繋げるために最も適したポイントでもあるのです』
ええと、ちょっと待った。
まず世界には基準点と呼ばれる、力の均衡が取れた場所があると。
で、別の世界――別位相に移動するためには、そういった安定した場所が安全のために望ましいと。
これでオッケー?
『おっけーです。コントロール・エンジンはそれら基準点と別位相を繋げるためのシステムとなります。コントロール・エンジンが位相ドライブとも呼ばれる所以ですね。別位相に送られた物質はおよそ0.07mm/秒後にはあちらの物質を構成する原子に衝突し、エネルギーとなって蒸発します』
えっ? それってダメじゃん。
『はい、ダメです。ですからそうなる前に、こちらの世界に呼び戻すのです。その際にかかった距離は変数としては扱われません。必要なのはその位相に繋がったかどうかだけなのです。理論上では再度繋げた場所が仮に宇宙の反対側だったとしても、一瞬のうちに移動する事が可能になります』
マジかよ。それってテレポートとかワープとかそういう系のヤツ?
基準点間同士という場所的な制約があるにしても、ガチでデタラメな性能じゃないか。
この章も後三話で終わりとなります。
次回「メス豚と基準点」




