その511 メス豚と第二の遺跡
自分を施設のビジターセンターの管理下にある対人インターフェースと名乗る謎の物体。N1000AD874番というのは、この物体の型式なのか、それともこの個体に割り振られた個別の番号なのか。
全身は色鮮やかなターコイズブルー。形は鳥だが、その色合いとゆるい造形もあって、鳥形のグミといった感じに見える。
大きさは小鳥以上、ハト未満。一応、羽ばたいてはいるものの、その動きは緩慢で、羽根の力で飛んでいないのは明確である。
『対人インターフェース――つまりは水母と同じような存在って訳ね?』
『そうですね。よろしくお願いします』
青い鳥は「あらあら、うふふ」とか言いそうなお姉さん系の声で朗らかに答えた。
そして私の頭上に来ると、フルフルと細かく全身を震わせる。
なんぞ?
『・・・あれ? どうしてスイボは回線を開いてくれないんですか?』
『接続拒否。管轄外』
『え~、酷い~』
水母の塩対応に、青い鳥は悲しそうな声を出した。
良く見ると両目に当たる窪みに涙の粒まで浮かんでいる。
てか、水母と同じ対人インターフェースのくせに、こっちは随分と感情豊かなんだな。
水母はムッと体を震わせた。
『感情否定。我々は感情を持たない』
『そうです。我々人工知能は感情を持つようには作られていません。私の場合は膨大な対応パターンを組み合わせる事で、あたかも感情があるように見えるよう、プログラミングされているだけなのです。ですから、あなたが私に感情があるように感じたとしても、それは本当に私に感情があるという訳ではなく、そう感じさせた私の性能が優れているという証明にしか他ならないのです』
いつものように否定する水母と、そんな水母に即座に乗っかる青い鳥。
水母はともかくお前もかい。なんで魔法文明のコンピューターは、どいつもこいつも心を持たない設定に謎のこだわりをみせるのやら。
『そんな疑問は忘れましょう。ええ本当に。生物の脳の素晴らしい点は忘れる事が出来る所なんですよ』
『同意。不要な記憶は即刻消去する事を推奨する』
『いや、私らの脳みそは、そんなに便利な作りはしてないから。好き勝手にポンポン忘れたりとか出来ないから』
何なんだコイツら。実は結構仲良しなんじゃなかろうか。
楽園村の村長、ユッタパパが不思議そうに尋ねた。
「クロ子ちゃん、この鳥の事を知っていたのかい?」
『いや、初めて見るけど』
てか、ここに来たのだって初めてなのに、知っている訳がないだろうに。
ユッタパパにもそれは分かっているのだろうが、納得いかなそうに首をひねった。
「でも普通に話をしているじゃないか。それにクロ子ちゃんは喋る子豚だし、スイボ君は喋る――ええと、ピンク色だから、喋る小鳥と面識があってもおかしくないのかなと思って」
「ユッタ。洞窟の入り口を開いたのかい?」
背後からの声に振り返ると、エノキおばさん含む長老会の面々と、ヒゲ面の野党代表のオジサン・・・確かジャドだったかな? の姿があった。
楽園村首脳部御一行様勢ぞろい、といった感じだ。
長老会のお爺さんが私を見つけて頷いた。
「おお、クロ子が来ていたのか。という事は御使い様の所まで案内していたのだな」
『私はビジターセンターの対人インターフェースN1000AD874番で、そのような存在ではありません。先程も否定したじゃないですか』
今にも拝み倒しそうな老人に、青い鳥は辟易したように羽ばたいた。
『まあ、仕方がないんじゃない? この人達にとっては、ここは自分達のご先祖様をこのカルテルラ山へと導いてくれた有難いトンネルな訳だし。そこに住んでいる? 管理している? 存在があれば、それに敬意を払ったって無理がないと思うわよ?』
『困るんですよね。我々、次世代型人工知能は、神について語る事を第一級禁止事項として固く禁じられています。ましてや神に類する御使いとして自らがあがめられるなど言語道断。決してあってはならない事なのです』
青い鳥は怒りを含んだ激しい口調でキッパリと言い切った。
背中のピンククラゲも強い同調を示すように大きく震える。
どうやら前魔法科学文明の人類は、よほどコンピューターが神と(あるいは宗教と?)関わる事を忌避していたようだ。
青い鳥は――って、いい加減名前が無いと呼び辛いな。
『ねえ、あなたって何か名前が無い訳?』
『個体を区別するための名称なら、N1000AD874がそれに該当しますよ』
『いや、そういう型番みたいのじゃなくてさ。名前が無いなら別に愛称とかでもいいんだけど』
『そういったものはありませんね』
やっぱり無いのか。水母もそうだったから、多分、そうなんじゃないかと思っていたんだけど。
『ええと、呼び辛いから、こっちで勝手に付けてもいい?』
『勿論構いませんよ。何でも好きに呼んで下さい』
好きに呼んでいい、と言った割には、期待でソワソワしているように見えるけど――って、まあいいや。
ええと、名前、愛称、青い鳥・・・。青い鳥は英語でブルーバード。う~ん、何だか車の名前みたいでイヤだな。もっと可愛いのはないだろうか?
そう言えば私がまだ中学生だった頃、親戚の典明と典明の彼女の汐乃さんに連れられて入った喫茶店。可愛い物好きの汐乃さんが好きそうなオシャレなお店だったけど、確かあの店の名前がロワゾブリュ――フランス語で青い鳥を表す言葉じゃなかったっけ。
『ロワゾブリュ――だと流石に長くて呼びづらいな。ならロワでどう? イヤじゃなければそう呼ぶけど』
『ロワ。私の名前はロワ。ステキな名前をありがとう、クロ子』
興奮してクルクルと回る青い鳥ことロワ。目が回りそう。こんなのでそんなに喜ばれると、申し訳ない気持ちになってしまうんだけど。
そしてなぜか不満そうにしている水母。
ひょっとして自分の仲間がおフランス語の名前を付けられて羨ましいとか? けど流石にクラゲをフランス語で何と言うかなんて知らないからなあ。
おっと、こんな事を考えてる場合じゃなかったわい。
『それでロワ。このトンネル――じゃなかった、この施設の案内をして欲しいんだけど。ビジターセンター? の対人インターフェースなら、施設についても詳しいのよね?』
『ええ、私はロワ。分かりました。皆さんをご案内しますね』
青い鳥ロワは回転を止めると、満足そうに大きく羽ばたいたのだった。
「これは・・・スゴイもんだねえ。私らの村のすぐ近くに、こんなに大きな人工の洞窟があったなんて」
施設の通路を見回して、エノキおばさんは感嘆の声を上げた。
楽園村首脳部の面々も驚きにポカンと口を開けている。
通路の広さは地下鉄のトンネルくらい。カマボコのようなアーチ形をしている。
「まるで昼間のように明るいけど、あの小さな窓から外の光が入っている訳じゃないよね?」
「バカを言うな。そもそも外は夜じゃろうが。だが松明の火にしては明るすぎる。まるで小さな太陽じゃ」
アーチ形の天井には左右に一定間隔で光源が取り付けられている。
こういう所も前世のトンネルのイメージそのものである。例え違う世界でも物理法則が同じなら、似たような目的の物は似たような形やデザインにたどり着くのかもしれない。
私は弱気ショタ坊ことハリス少年に抱きかかえられて移動しながら、そんな事を考えていた。
なんで自分で歩かないのかって?
長い間誰も通ってなかったせいか、床には土埃が何層にも渡って積み重なり、真っ白になっているのだよ。
あまりの埃っぽさに、プシュンプシュンとクシャミを止められなかったら、ハリス少年が気の毒に思って抱き上げてくれたのだ。
鼻が地面に近い位置にある四つ足の生き物は、こういう時に不便だわい。
おっと、そう言えば。
この機会に私はハリスに尋ねる事にした。
『さっきはスゴい魔力量だったけど、あれってどんなトリックを使ってたの?』
「さっき? 父さんに言われて岩の仕掛けを動かした時の事? あれは別にトリックじゃないよ。僕の前には父さんが動かしていたし」
ハリスの説明によると、あの場所には小さな白い石が埋まっていたのだという。マジか。私の位置からは全然見えなかったな。で、彼は村長の証の石を光らせる要領で、その石に魔力を流したんだそうだ。
『村長の証の石って?』
「あっ。これって言っちゃいけない事だったんだっけ・・・まあ、クロ子にだったら大丈夫か。雫の形をしたこのくらいの石で、代々、楽園村の村長になるためには、その石を光らせなきゃいけないんだってさ」
なんだそれ。ラ〇ュタか? こいつは君の手にある時にしか働かない。思い出したまえ、この石を働かせる言葉を。
「ロイン兄さんは光らせる事が出来なかったけど、なぜか僕には出来たんだ。だから僕が父さんの跡を継いで村長になる事が決まったんだよ」
なる程。何となく見えて来たかも。
この施設の入り口が開いたあの時、確か、起動パルスの確認云々というアナウンスがあったような気がする。
つまりこの施設に入るためには、入り口の石に一定量以上の魔力を注がなければならないのだ。
そしてそれには亜人の持つ魔力量では不足している。それこそ、さっきハリスが見せた魔力量くらいはないとダメなのだ。
「ん? どうかした?」
『いや、何でもない』
多分、ハリスは自分が周囲よりも大きな魔力を持っている事を知らないのだろう。
村長の証の石というのは、その人間が一定量以上の魔力を持っているかを調べるための検査装置。一種のレベルメーターなのではないだろうか。
なぜ村長になるためにそんな条件が必要とされているかは言うまでもない。村長の血を――この施設に入るための必要魔力を満たせるだけの血筋を――絶やさないためである。今回のように、いざという時、村人をトンネルに逃がせるようにするためだったのである。
カロワニー・ペドゥーリが、どこまでこの情報を掴んでいたのかは分からない。けど、ユッタパパと彼の息子達を狙っていたという事は、村長の血筋に何か秘密があるという事は知っていたと見るべきだろう。
(やはりカロワニーの狙いはトンネルの先。いや、トンネルの正体が分かった今、この施設そのものという可能性も考えられるか)
考え込んでしまった私に遠慮したらしく、ハリスは黙って歩き続けた。
しかし、彼が退屈するより前にトンネルは終点を迎えた。
「行き止まりだね」
少年の言葉に、ユッタパパ達も小さく頷く。
しかしそう思うのは、彼らがこの世界の人間だからである。私の目には壁ではなく、通路を遮る大きなシャッターが映っていた。
青い鳥ロワがクルリと回った。
『皆様。安全のため、黄色い線の外までお下がり下さい』
黄色い線と言われても、埃が酷くて線なんて微塵も見えないんだが。
ユッタパパ達はアタフタと後ろに下がった。
ゴゴン・・・
通路に鈍い音が響くと、目の前のシャッターがゆっくりとせり上がって行く。
「「「お、おおお・・・」」」
大きなどよめきが上がる中、我々の前にメカニカルな施設が姿を現したのだった。
次回「メス豚と施設の秘密」




