その510 メス豚と青い鳥
裏切り者、アーダルトに落とし前を付けた私は、そのまま村を突っ切ると、山の中へと入った。
足元もロクに見えない本当の暗闇。一瞬、迷子になるんじゃないかと思ったが、村人達が踏み固めた跡が真っ直ぐに山の上へと続いている。
その先を目で追うと、点々と小さな光が。
道中で道案内をしている村の男衆が持っている松明の明かりである。
『【て事は、あの明かりを辿って行けば・・・】(CV:杉田〇和)』
ポツンポツンと山の中に続いている光の点。目でそれをたどって行くと、その先には一塊になった大きな光があった。
『【つまりあそこに楽園村の先祖が通って来たトンネルがある訳ね】』
トンネルの先がどこに通じているのかはまだ分からない。しかし、カロワニー・ペドゥーリがこれほどまでに欲して止まないトンネルだ。ヤツにとってよほど大事などこかに通じているのは間違いない。
それは一体どこなのか。
私の背中でピンククラゲがフルリと震えた。
『道』
『【いや、「行けば分かるさ」って、「此の道を行けばどうなるのかと危ぶむなかれ」のアレでしょ? これまたマニアックだな】』
「道」という詩は、プロレスラー、アントニオ猪木が引退のリングで使った事で有名だが、元々は清沢哲夫という人が書いたものらしい。
『【てか、前から思ってたけど、水母ってやっぱり地球のインターネットに繋がってたりしない?】』
『全否定。今のはクロ子の過去言語からの引用』
水母によると、過去に私が語った言葉から引っぱり出したものらしい。
そんな事言ってたっけ? でも私なら言ってそう。世代的にアントニオ猪木は見た事ないけど、「道」の方は半ばネットミーム化してたからな。
疑惑は残るが、この場は納得するしかないか。私はブヒッと鼻を鳴らした。
「なんだ? うわっ!」
驚きの声に振り返ると、腰を抜かしそうになっている亜人のオジサンの姿があった。
暇つぶしに水母と戯れながら走っていたら、道案内をしている人の所にたどり着いていたようだ。
「なんだクロ子か、ビックリさせないでくれよ。火に引き寄せられて山の動物が飛び出して来たのかと思ったじゃないか」
おじさんはホッと息を吐き出した。
ちなみにフィクションでは野生動物は火を怖がるものと相場が決まっているが、実際は個体差によって結構な違いがあるらしい。
火を警戒する臆病な者もいれば、興味を持って寄って来る好奇心が強い者もいるという。動物だって生き物だからな。人間のように性格の違い、個性の差があるのである。
『【おじさん。この後すぐにクロカンの隊員達が来るけど、それが最後でもう誰も来ないから。彼らと一緒にトンネルに向かって頂戴】』
「えっ? 今のってクロ子ちゃんが喋ったのかい? なんで男の声になってるんだ?」
突然のイケボに驚くオジサン。
おっと、いけない。水母のボイチェンが入ったままになってたのか。
『【水母、ボイチェンはもういいわ】 あ~あ~。良し。オジサン、さっき言った話だけど――』
「ああうん、聞こえてたよ。メラサニ村の連中を案内したら、みんなの所に向かうんだよね? 分かった」
ならば良し。私はオジサンに別れを告げると先を急いだ。
そうして行く先々でさっきと同じ話をすると、やがて村人達が集まっている場所へと到着したのだった。
「ああ、俺達の村が・・・」
「楽園村が・・・燃えて行く」
「ママ・・・」
「うううっ・・・」
村人達は山の上から、炎に包まれる楽園村を見つめていた。
魂を抜かれたように呆然と立ち尽くす者。幼い子供を抱きしめる者。涙をこらえながら嗚咽を漏らす者。
男も女も老いも若きも。それぞれがそれぞれの振る舞いで、消え行く故郷の村に哀悼の意を示していた。
『・・・・・・』
『罪悪感?』
ピンククラゲが私に尋ねた。
気にしている訳などない。もし、村に火を放たなければ、殿の被害は大きな物になっていただろう。あれは必要な行為、必要な犠牲だったのだ。
だから私よ、これ以上俯くな。胸を張って、堂々と歩くんだ。
幸いな事に、村人達は燃える故郷にお通夜状態で、私の姿に気付く者はいなかった。
あるいは気付いてはいたものの、ショックで何をどう話せばいいか分からなかっただけだったのかもしれない。
そういう訳で私は誰にも止められないまま、奥へ奥へと進んで行ったのだった。
「クロ子!」
不意に名前を呼ばれてビクリとすると、そこには楽園村村長ファミリー。ユッタパパとその奥さん。それと二人の息子のハリスがいた。
ハリスが嬉しそうに駆け寄る中、ユッタパパは心配そうに私の背後を見回した。
「クロ子ちゃんしかいないみたいだけど、メラサニ村の人達はどうしたんだい?」
『隊員達なら遅れて到着するわ。私は気になる事があるからみんなより先行しただけ。それよりも、なんでユッタパパ達がこんな所にいる訳? 何でみんなトンネルに入らないの?』
「それなんだけど――」
ユッタパパは悲しそうに村人達を振り返った。
「村に火が回り出してから、みんなこの場所を動かなくなってしまったんだよ。クロ子ちゃんの言いたい事は分かるよ。僕達にこんな所で立ち止まっている時間はない。命懸けで時間稼ぎをしてくれたクロ子ちゃん達のためにも、少しでも先を急がなければならないって。そうしなければならないというのは良く分かっているんだけど・・・。僕には『生まれ育った村が消えて行くのを、最後に目に焼き付けたい』と、そう願うみんなの気持ちも痛い程に分かってしまうんだ・・・。だから本当にゴメン」
ユッタパパが頭を下げると、奥さんとハリスも彼に続いて頭を下げた。
村に火をつけたのは私だ――実際は、私が火をつける前に誰かが先に始めていたのだが、その後、私が火をつけて回ったのは間違いない。
ユッタパパ達にも事前にそうするとは言っていた。だから彼はこの火事の原因が私である事を知っている。
それでもユッタパパは何も言わずに、「避難が遅れていて申し訳ない」と私に頭を下げたのだ。
私はいたたまれない気持ちになって、思わず顔をそむけた。
『――この火でカロワニー軍も身動きが取れなくなってるし、少しくらいならここにいても問題無いと思う。それにみんな慣れない暗い山を歩いて来た訳だし、ここらで休憩するのも大事なんじゃないかな』
「ありがとう。そう言って貰えると助かるよ」
ユッタパパはホッと笑顔を見せた。
全くお人好しな村長だ。けど、これから始まる厳しい逃亡生活で、彼の底なしの優しさと明るさはみんなの救いになるかもしれない。
楽園村存亡のかかったこの時期に、彼のような人間が村長なのはせめてもの幸運。豊穣神であり慈悲の神でもあるディアラが、亜人達に与えた情けなのではないだろうか。
私はユッタパパの笑顔を見ながら、そんな益体も無い事を考えていた。
村人達はいいとしても、私達指導者までいつまでも感傷に浸っている訳にはいかない。
私はユッタパパに尋ねた。
『それでトンネルについてなんだけど、中にはもう入った?』
「それなんだけど、クロ子ちゃんの話をしたら、先方が随分と興味を持ったみたいだから、君達が到着するのを待っていたんだ」
『先方?』
私の頭の上にハテナマークが浮かんだ。先方って誰じゃらホイ。
『トンネルに住み着いているヤツでもいた?』
「住み着いているのとは違うみたいだけど、所有者という訳でもない感じなんだ。とにかく、会って貰えるかな? こっちだよ」
ユッタパパはどうにも要領の得ない事を言いながら、私を奥へと促した。
何が何だか分からないが、相手が会いたいと言っているなら、会ってやるのもやぶさかではない。
なにせこちらはトンネルが使えなければ詰みなのだ。無用なトラブルは避けた方が無難だろう。
村長一家に案内されて歩く事少々。私は明るく照らされた崖の壁面へと到着した。
『えっ? これってまさか』
私は既視感に目を見開いた。
一見、何の変哲もない壁面。しかし、私はこれとよく似た景色を知っていた。
反射的に背中のピンククラゲに振り返ると、水母も興奮を隠せないように大きく震えた。
「ただの崖にしか見えないよね。でも、ここに手をかざすと――ハリス、頼むよ」
「うん」
ユッタパパが息子に振り返ると、息子のハリスは前に進んで壁面に手を当てた。
次の瞬間、手の平から大きな魔力が放出される。
『ええっ! どういう事!? 今のって亜人が出せるレベルじゃないんだけど!』
ハリスの放出した魔力は、一瞬とはいえ、クロカンの――魔力増幅器を移植された亜人の――それを凌駕していた。
勿論、私の足元にも及ばないが、それでも亜人としてはあり得ない魔力量である。
混乱する私に更なる追い打ちが掛かる。
『起動パルスを確認。正面玄関のロックが解除されました』
女性の合成音声が鳴り響くと、擬態されていた岩がスライドして大きな入り口が口を開いた。
度重なる驚きの連続に言葉を失う私の前に、青い色の鳥のような形をしたフヨフヨの謎物体が、宙を滑るように移動して来た。
そして謎物体は口ではなく、水母のように体を振動させる事で言葉を発した。
『ようこそ皆さん。そして初めましてスイボ。私は当施設のビジターセンターの管理下にある対人インターフェース。N1000AD874番です』
次回「メス豚と第二の遺跡」




