その509 メス豚と裏切り者の末路
この争いを引き起こした元凶、カロワニー・ペドゥーリの目的。それは楽園村のご先祖達が通って来たトンネルにあった。
おそらくカロワニーは、トンネルの先が何処に通じているか知っているに違いない。
楽園村の長老達にすら伝えられていなかったその情報を、いかにしてカロワニーが知ったのか、それは分からない。
だが、ヤツはそれを知っているからこそ、これ程までの手間をかけて、トンネルを手に入れようとしているのだろう。
トンネルは一体何処に通じているのか? あるいはトンネルの先に何があるのか? 非常に気になる所だが、それはじきに――行ってみれば分かる事である。
「トンネルだと?」
タイロソスの信徒アーダルトが怪訝な表情を浮かべた。
しかしそれもほんの一瞬。彼は直ぐにその感情を顔から消し去った。
それどころか、むしろもったい付けた態度で私に尋ねた。
「それでどうする? そちらがカロワニー様との交渉を望むのであれば、俺がその仲立ちを引き受けてやってもいいが?」
『【ああ、そう言えばそんな話をしてたっけ】(CV:杉田〇和)』
女戦士マティルダが「どうするの?」と言いたげな目を向けて来たが、お前、アーダルトの態度に乗せられ過ぎ。
そんなもの、考えるまでもないだろう。答えは”NO”だ。
『【別に必要無い。というか、本当にお前にその権限があるかどうかも怪しい所だし。さっきの反応を見た感じ、お前、カロワニーからトンネルの事を知らされてなかったんじゃない?】』
「・・・・・・」
私の指摘にアーダルトは何も言い返す事が出来なかった。つまりは図星という訳だ。
カロワニーがアーダルトにトンネルの件を秘密にしていたという事は、コイツは信用するに値しない相手としか思われていなかった、という事である。
そんな相手に交渉のつなぎ役を頼む? 冗談じゃない。
私はアーダルトの申し出をブヒッと鼻で笑い飛ばした。
『【カロワニーにとっても、お前は所詮、薄汚い裏切り者でしかなかったって訳ね。お気の毒様。せっかくカロワニーの尻を舐めてまで、ヤツに取り入ったのにな】』
「なっ!」
私の何気ない煽りはアーダルトに劇的な変化をもたらした。
アーダルトの顔に浮かんだのは、怒り? あるいは羞恥? それとも嫌悪感?
それら負の感情が混ぜこぜになったような醜悪な感情。そんな激しくも荒々しい感情が瞬時にして噴き出したのである。
一体何がそこまでコイツの逆鱗に触れたのか。
女戦士マティルダも、こんな師匠の姿は初めて見たらしく、驚きと戸惑いの表情を浮かべていた。
「だ、誰が・・・誰が好き好んであんな屈辱を・・・」
『【ん? あっ! ひょっとしてお前――】』
ちょっと待って。なんだか不意にピンと来た。
えっ? でもコレって。ウソ? ホントのホントに? てか、マジで?
『【――ひょっとしてお前、本当にカロワニーの尻を舐めたとか? つまりは、ええと・・・ヤツとヤったのか?】』
「うぐっ!」
その瞬間、アーダルトは声を詰まらせると、激しく顔を歪めたのだった。
私の言葉は鋭い刃物となってアーダルトの心に突き立ったらしい。
アーダルトは怒りと嫌悪感に表情を歪めると、ギリリと奥歯を鳴らした。
女戦士マティルダは驚きに目を丸くしながら、アーダルトと私を交互に見つめている。
「えっ? えっ? アー兄さんが男と寝たって本当に? アー兄さんって奥さんがいるのに。えっ? じゃあ奥さんが妊娠してるのって、誰の子供?」
「俺の子だ! 誰が好き好んで男なんかと寝るか!」
アーダルトは吐き捨てるように言い放った。
・・・けどまあそうか。
私は改めてアーダルトを眺めた。
年齢は二十五、六。男前と言ってもいい整った顔立ちをしている。ちょっとやさぐれ気味な所も、人によっては好ポイントなのではないだろうか?
背は高目。傭兵をやっていた事もあって、引き締まった細身の体をしている。
なる程。既婚者という事もあって、今までこんな風にマジマジと見た事はなかったが、こう見ると割とイイ男なんじゃないかな?
「で、でも、じゃあなんで?」
『【あ~、カロワニーって男色家なのよ。日頃はそういう性的指向の者同士で付き合っているみたいだけど、今回は興味の方が勝っちゃったんじゃない?】』
カロワニーは例の2.5次元系男子、【ベッカロッテの二鳥槍】ともねんごろだったみたいだしな。
今回の件はいわゆるアレだ。軽いつまみ食いみたいな感じ?
あるいはカロワニーは、割とガツガツ行くタイプ――「俺はノンケだってかまわないで食っちまう人間なんだぜ」というタイプだったのかもしれない。
『【外国人で、しかも傭兵というちょっとワイルド系男子。日頃は自分と同じ貴族か男娼を相手にしていたカロワニーにとって、アーダルトは新鮮で魅力的に映ったんじゃない?】』
「へ、へー、そういうモノなんだ。ふぅん。ほぉん」
若い女子二人(正確には女子とメス豚)からの遠慮のない好奇の目に晒されて、アーダルトは屈辱で体を震わせている。
本人としては忘れたい過去を晒し物にされているようなものだし、それもしゃーなし。
しかしこのアーダルトが男とねえ・・・
「ねえクロちゃん。アー兄さんとカロワニー、どっちが上でどっちが下だったのかな?」
『【あ、それ私も思った。BLでは読んだ事があったけど、本物ってどうなんだろう? 攻めとか受けとかって本物にもあるのかな?】』
「びいえる? ビー君から聞いた話だと、戦場って男ばっかりだから、そういう事する人もいるらしいけど、その時は上の立場の人間が――(ヒソヒソ)」
『【あーやっぱそういうのあるんだ。じゃあ例えばさ――(ヒソヒソ)。そういやクロカンではそういう話は聞いた事ないけど、亜人の男子は性欲が薄かったりするのかな?】』
「う~ん、同じ村の人達だからじゃない? 後で気まずい思いをするのもイヤだろうし」
思わぬBL談義に盛り上がる女子二人。
アーダルトは理解出来ない物を見るような目で私達を見ている。
『【――はあ。このまま話してると何だかどうでも良くなっちゃいそうだし、そろそろケリを付けとくか】』
裏切り者を見逃すという選択肢は存在しない。例え裏切った先で意に沿わない関係を――男とアッーな関係を強要されていたとしてもだ。
コイツは私の部下のトトノを殺している。組織のトップとして落とし前はつける必要がある。
顔なしの【無貌】戦で活躍したお姉ちゃん犬の、弟犬の仇でもある訳だしな。
『【仇と言えば、コイツはビアッチョの仇でもある訳だけど、どうする? 仇を討っとく?】』
私が半殺しにして止めを刺す形でなら、マティルダの腕前でもアーダルトを殺せるだろう。
マティルダはアーダルトに振り返った。一瞬、アーダルトの顔に縋るような表情が浮かぶ。
それを見た途端、マティルダの顔からアーダルトに対しての一切の関心が抜け落ちたように見えた。
「ううん。私はビー君の仇が討てたのだけ分かれば、それでいいや」
『【そう。じゃあこっちで勝手にやっとくわ】』
「ま、待ってくれ! 俺の話を聞いてくれ!」
諦めな。女心と秋の空。女性の心は移ろいやすいものなのだ。
マティルダは踵を返すと、アーダルトの声を背にこの場を離れたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
マティルダは少し歩くと、家の壁に背中を預けた。そして見るともなしに楽園村が燃えるのを眺めていた。
「何だか、もう全部どうでも良くなっちゃった」
アーダルトが自分達を裏切り、弟子のビアッチョに手をかけてまで手に入れた物。
それがどれだけ価値があるのかは、本人にしか知る由もないが、マティルダには到底割が合うようには思えなかった。
薄汚い裏切り者として、昔の仲間からは恨まれ、今の仲間からは蔑まれ、主人からベッドに誘われても断れない。
今のアーダルトはかつての彼よりもずっと情けなく、惨めに見えてならなかった。
あんな男と知っていれば、自分達は彼に師事する事はなかっただろう。
「ずっとアー兄さんを尊敬していたビー君が可哀想」
パンパンと乾いた破裂音がすると、小さな足音が近付いて来た。
『【終わったわよ】』
魔法を使う不思議な子豚、クロ子である。彼女の背中でピンク色の塊が同意するように小さく波打った。
クロ子からは見えていない(自分の背中なので当然だ)が、このピンクの塊――水母は、割とこうして体を動かして意思表示を行う事が多い。
ちなみに水母は、被検体として常にクロ子の体温、脈拍、呼吸数、血圧などのバイタルサインをモニタリングしているため、その動きを見ていれば、ある程度のクロ子の感情を推測する事も可能である。
例えばウンタ達、クロカンの隊員達は、水母の動きを見る事で、「ああ、またクロ子が何か変な事を考えているな」とか「コイツ、俺達に隠し事があるな」などと、クロ子の考えを察している。
いわば水母はクロ子専用嘘発見器なのだ。
この便利な機能は、当然、クロ子本人は全く知らされていなかった。
「そう。分かった」
マティルダが壁から離れて歩き出すと、その足元にさっきの犬がすり寄った。
思わずしゃがみ込み、その背を撫でていると、クロ子が注意を促した。
『【あまりのんびりしている時間はないの。火が残っているうちにカロワニー軍を振り切らないと。さっきウンタに連絡したら、マサさんをこっちに向かわせるって言ってたから、彼の案内で味方に合流して頂戴】』
クロ子はそれだけ言うと、『【風の鎧】』。自身に身体強化の魔法をかけた。
『【じゃあ私は先に行ってるから】』
そう言い残すと、黒い小さな体は、驚くような速さで村の中を駆け抜け、あっという間に夜の闇に消えたのだった。
次回「メス豚と青い鳥」




