その508 メス豚、落とし前を付けに来る
私は屋根の上で一息入れると、燃える楽園村を見回した。
『【ザッと見回した感じでは、結構派手に燃えてるみたいだし、これ以上はもう必要ないかな】(CV:杉田〇和)』
調子に乗って放火をし過ぎて、逃げるための時間稼ぎで自分が焼け死んでしまってはマヌケもいい所だ。
私は満足げにブヒッと鼻を鳴らした。
『【てな訳でここらで切り上げるとするか。――しかしその前に】』
私は村の外れに振り返った。
あの辺りは先程、黒い猟犬隊の犬が、やたらとワンワン吠えていた場所である。
『【今はもう静かになってるみたいだけど、ちょっと気になるし、確認だけはしておくか】』
私は屋根から屋根に飛び移りながら、おおよその見当を付けていた場所へと急いだのだった。
てなわけで早速、現場に到着。
私が見たのは、傭兵姿の一組の男女と一匹の犬の姿だった。
犬は言うまでもなく、黒い猟犬隊の犬。女はタイロソスの信徒、女戦士マティルダ。そして後姿で顔は見えないが、どことなく背格好に見覚えのある気がする傭兵姿の男。
見覚えのある傭兵姿――とは言ったものの、雰囲気的にクロコパトラ歩兵中隊の隊員ではなさそうだ。
マティルダも男も武器を構えていない。つまりはカロワニー軍の兵士ではない――知り合い同士という事だろう。
私はサッとそれらの情報を見て取ると、彼らの前に降り立った。
傭兵姿の男は私に気付くとギョッと目を剥いた。
「なっ?! く、クロ子!」
『【って、お前は!】』
忘れもしないその顔はタイロソスの信徒。胡蝶蘭館で我々を裏切り、そのまま姿を消した教導者アーダルトだった。
てかコイツ、良くもノコノコと私の前に顔を出せたもんだな。
殺気に反応したのだろう。アーダルトは慌てて剣の柄を握った。
『【遅い! 最も危険な銃弾!】』
「ぐはっ!」
不可視の弾丸がアーダルトの右太ももに着弾。乾いた破裂音と共に太ももの肉が爆ぜると、アーダルトは足を押さえてうずくまった。
本当は頭に命中させるつもりだったのだが、あえて狙いを外したその理由。
私は女戦士マティルダを睨み付けた。
『【どういう事? なんでアーダルトがここにいる訳?】』
そう。マティルダはアーダルトがこの場にいたにもかかわらず、何もしていなかった。アーダルトは味方を殺し、敵に寝返った裏切り者であるにも関わらず、彼女は武器を構えてすらいなかったのだ。
まさかマティルダまで我々を裏切っていたとか?
それともかつての師匠と再会して情が湧いた? 自分も殺されかけたばかりか、同僚のビアッチョを殺した相手に?
警戒心マックスな私に対して、マティルダは特に慌てる様子もなく、軽くかぶりを振った。
「知らない。多分、カロワニー軍の本隊にいたみたいだから、クロちゃんのつけた火から逃げて来ただけなんじゃない? 私もこの子が(そう言って彼女は黒い猟犬隊の犬を見つめた)吠えているのを聞いて、この場に駆け付けただけだから」
「ワンワン!」
みんなから注目されて嬉しかったのだろう。黒い猟犬隊の犬がご機嫌な様子で尻尾を振った。
それはさておき、何だろう? 私はマティルダから伝わって来る雰囲気に、何か違和感を感じていた。
「なに?」
『【あ、いや。そんな風に話す姿を見るのは随分と久しぶりだなと思って】』
マティルダは昔に比べてすっかり口数が減っていた。
以前はしょっちゅう私を抱き上げては可愛がっていたものだが、今はそれすらもしなくなり、一人でふさぎ込む姿を良く見るようになっていた。
無理もない。師匠であるアーダルトが裏切り、その彼の手で同僚のビアッチョが殺されたのだ。
人間不信に陥ったって仕方がない。
だが、私がいない間に何があったのか、今のマティルダからは昔の――出会って間もない頃の――彼女に近い雰囲気が感じられた。
「く、クロ子・・・お前、喋れたのか」
男の声に振り返ると、驚きのあまり足の痛みも忘れているのか、アーダルトが目を丸くしてこちらを見ていた。
そういや、コイツがいた頃は、水母のボイチェンを使った事がなかったんだっけ?
まあ、今はコッチはスルーでいいや。敵となったコイツに情報を与えてやる義理はないし。
『【それで、私が到着するまで、二人で何を話していたの?】』
「アー兄さんから部下になるよう勧誘されてた。一緒にカロワニーの所で成り上がろうって。私を右腕にしてくれるんだってさ」
マティルダはアッサリと、アーダルトから寝返りを持ちかけられた事をぶっちゃけた。
「なっ!? マティルダ、お前!」
「そうそう、ビー君を殺した事についても、「済まない事をしたと思っている」って言ってたかな。私にも「悪かった」って謝ってた」
『【お、おう】』
何だろう。今のマティルダからは正面からズバリと切り込んで来るような勢いを感じる。迷いが感じられないと言うか、何か吹っ切れた感じというか。
戸惑う私の目を、マティルダはジッと見つめた。
「そういう訳で、私はアー兄から勧誘を受けていたの。けど、誘いを受ける気はなかった。今のアー兄さんに付いて行く気にはなれなかったから」
『【それを私に信じろと?】』
「うん。それともクロちゃんは私の言葉が信じられない?」
私の理性は簡単に信用するなと言っている。だが、私の心はマティルダの言葉にウソはないと感じている。
理屈を取るか自分の直感を信じるか。それが問題だ。
『【・・・それならここで私がアーダルトを始末しろと命じても、文句を言わずに従える?】』
「クロちゃんがそう言うなら。けど、いくら足をケガしていると言っても、私がアー兄さんを相手にして勝てるかなあ」
師弟時代に何度も稽古を付けて貰った事があったのだろう。マティルダは自信なさげに剣の柄を握った。
窮鼠猫を噛むとも言うし、確かにマティルダでは荷が重いかも。私はアーダルトに振り返った。
だったらもう一本の足も動けなくしとけば大丈夫かな? それとも腕を吹き飛ばしとくとか。
私の視線に良からぬ物を感じたのだろう。アーダルトは顔を引きつらせると慌てて剣を構えた。
『【足と利き腕、どっちがいい?】』
「・・・ここで俺を殺せば、後で後悔する事になるぞ」
アーダルトは額に汗を浮かべながら私に警告した。
「たとえ今夜、ドッチ男爵の軍から逃れる事が出来たとしても、それでどうなる? 村を失った以上、お前達に待っているのは野垂れ死にする未来だけだ。勿論、お前一匹だけならどうとでも出来るだろうが、足手まといの村人達を連れて追手から逃れる事など可能だと思っているのか?」
『【――マティルダの次は私を懐柔しようって訳? 随分必死ね】』
「いいから聞け。カロワニー様には亜人達を殺す気はサラサラない。あの方が求めているのは、村長の家系に類する者だけ。それさえ手に入れば、最初からこの村の事などどうでも良かったのだ」
村長の? つまりカロワニーの狙いは、ユッタパパと亜人兄弟のロインとハリスの三人だけだったと。
もし、この話を三日前に聞かされていたら、多分、「ンなバカな」と鼻でブヒッと笑っていただろう。しかし、今となっては事情が違う。今はトンネルの秘密を知っている。
私が黙り込んだ事で、アーダルトは『脈あり』と思ったのだろう。更に言葉を続けた。
「勘違いしないで欲しいが、俺はドッチ男爵の部下ではない。今の俺はカロワニー様預かり――つまりカロワニー様が俺の直属の上司であるとも言えるという事だ。ここで俺を殺してしまえば、お前達はカロワニー様と直接交渉を出来る機会を失ってしまうが、それでもいいのか?」
アーダルトが何か言っているがスルーで。今はそれよりも考えなければならない事があるから。
楽園村の亜人のご先祖が通って来た秘密のトンネル。彼らが大恩あるゴッドペドゥーリにすら隠し通したこの秘密。
もし、カロワニーがこのトンネルの事をどこかで知ったとしたらどうだろう?
それを裏付けるのは、さっきアーダルトが言っていた言葉。カロワニーは、トンネルを見つけるためには、楽園村の村長の血筋に連なる者が必要である事を知っていたと考えられるのではないだろうか?
それならば今までのカロワニーの行動にも辻褄が合う。
反社会組織を使ってまで、執拗にロインとハリスの亜人兄弟を狙っていた理由。
ゴッドの娘を殺してまで、楽園村に軍を派遣したかった理由。
それらが全て、トンネルを狙ってのものだと考えれば、筋は通る。
だが、それでもまだ疑問は残る。
トンネルは楽園村の亜人達にとっては、とっておきの秘密であり、最後の切り札である。だが、カロワニーにとっては、何処に通じているのかも分からないただのトンネルでしかない。
そこまでのリスクを負ってまで、ヤツがトンネルを手に入れる事に何の意味があるのだろうか?
――いや、違う。
ここまで考えて、私はハッと気が付いた。
『【そうか! トンネルはカロワニーにとっても価値がある物だったんだ! きっとトンネルが通じている先に、ヤツが欲して止まない何かが――あるいは重要と考えている何かがあるんだ! そう! おそらくカロワニーはトンネルの先が何処に通じているのか知っている! だからこそ、ヤツはこれほどまでの手間をかけてでも、トンネルを手に入れる必要があったんだ!】』
楽園村を巡る一連の騒動。その黒幕であるカロワニー・ペドゥーリ。
その目的にどうやら私はたどり着いたようである。
次回「メス豚と裏切り者の末路」




