その504 メス豚と炎の撤退戦
久しぶりのクロ子回になります。
私の背中でピンククラゲがフルリと震えた。
『着信アリ――「クロ子! ハリィだ! もう前の陣地の足止めの効果がなくなったらしい! 敵がどんどん増えて手に負えない!」』
『【分かった! もういいから陣地に火を放って後退して! みんな今のを聞いたわね!? 全軍第七分隊と足並みをそろえて次の陣地へと移動! 復唱!】(CV:杉田〇和)』
『――「コンラ了解! こちらも危なかった所だ! 後退する!」「モンザだ! 俺達も移動を開始する!」』
私は背後を振り返った。バリケードの上で傭兵姿の大柄な亜人――第一分隊分隊長のカルネがこちらに向かって手を振っているのが見えた。
『【カルネ! 聞こえたでしょ!? あんた達も――】』
「おう、もちろん聞いたぜ! 移動を開始するからクロ子も戻って来い!」
『【私の事はいいから、それより先に負傷者の搬送をお願い! ――お前達は寄って来るんじゃねえ! 最も危険な銃弾×10!】』
「「「ぐあっ!」」」
私は攻撃魔法を乱れ撃ち。カロワニー軍の兵士が怯んだ隙に敵の包囲網を突破した。
しかしすぐに盾を持った敵兵達が私の周囲を取り囲む。
「それでいい、怯むな! 魔獣の魔法には我々の盾を破壊するような力はない! 取り囲んで自由に動き回れないようにするんだ!」
『【くそっ! いい加減しつこいっての!】』
「クロ子! もう俺達で最後だ! 戻って来い!」
カルネの声に振り返ると、既にバリケードには火が回り、黒い煙が上がっているのが見えた。
どうやらこれ以上時間稼ぎをする理由はなくなったようだ。
『【本当に私の魔法に盾を破壊する力がないか、自分の体で試してみる? ――EX最も危険な銃弾!】』
「ウギャアア!」
極み魔法はいわばロマン砲。敵部隊の隊長らしき男は、まるで砲弾でも受けたかのように盾ごと体を吹っ飛ばされた。
極み魔法は溜め時間も必要だし、消費魔力も多いしで、気軽に多用する事は出来ないが、その分、一発の威力は御覧の通り折り紙付きである。
私は隊長が倒れて空いた穴から包囲を抜けると味方陣地へ。そのまま足を止める事なく、『【とうっ!】』、燃えるバリケードの上を飛び越えた。
放棄する前に陣地を燃やしたのは、少しでも敵の足止めをするためである。今までは戦後の生活を考えてと、ここに住んでいる村人達の心情を考慮してあえて火は使わなかったが、村を放棄すると決めた以上、最早遠慮する必要はどこにもない。
流石に村の全焼まで行ってしまうと、脱出途中の村人だけでなく、我々まで焼け死んでしまうので手加減は必要だが、敵には是非、我々の置き土産を苦労して消火して頂きたいものである。
勢い良く飛び込んで来た私に、カルネが驚きの表情でのけぞった。
「うおっ! ビックリした! あ、おいクロ子待てよ、俺を置いて行くなって! 俺達の魔法!」
ノンストップで後方の陣地へと向かう私を見て、カルネは慌てて身体強化の魔法を発動すると後に続いた。
移動中にも各分隊指揮官から被害報告が届いて来る。
『――「第七分隊ハリィだ。さっきの戦いでザルコがやられた。タジノとニルドもケガが酷くてこれ以上戦えそうにない。それと済まない、義勇兵もかなりの人数がやられてしまった」「こちら第二分隊モンザ。俺達の方もハリィの所と似たような所だ。まともに戦えるのは最初の半分くらいだと思ってくれ」「第三分隊コンラ。こちらも同じような感じだ。最後の方はかなり押し込まれていたから、後退するのが遅かったら正直ヤバかったと思う」』
思わず耳を覆いたくなるような有様だ。
昼間の戦いもかなりの激戦だったが、あれでもまだ敵は本気を出してはいなかったらしい。
「俺達第一分隊の所にはクロ子、お前がいたから良かったが、他は大分苦戦しているみたいだな。どうする? 次は他の部隊の陣地を助けに行くか?」
いつの間にか次の陣地に到着していた。カルネはさっきの通信を聞いていたらしく、思案顔で私に尋ねた。
『【出来ればそうしたい所だけど、ここから離れる訳にもいかないのよね】』
味方の被害が大きくなっている理由の一つに、私がずっとカルネ達第一分隊の陣地にいるというものがある。
これは別に第一分隊をえこひいきしているという訳ではなく、ここに敵の主力部隊が――敵指揮官が率いる直属部隊が――布陣しているためである。
つまりこの場所は敵の攻撃が最も激しい激戦区。とてもではないが私が離れる訳にはいかなかった。
そもそも今夜の戦闘は最初から苦戦を強いられていた。
この一ヶ月間の小競り合いは何だったんだと思う程、敵の攻撃は熾烈を極めた。
敵指揮官の作戦は単純明快。圧倒的な物量でこちらを押し潰す。味方の被害は考えず、数の優位を生かしてがむしゃらに押し通す。
ぶっちゃけ、これをやられると我々には一番効く。
なにせ敵の戦力は量、質共にこちらのそれを大きく上回っているのだ。単純な引き算で我々の負けである。
「ザックリ見て、最初の半分くらいまで戦力を減らされちまった感じか。なあ? これってかなりマズイんじゃないか?」
『【――マズイなんてもんじゃないわね】』
近代軍ではひとつの目安として、兵士の三割を失えば部隊が全滅したとみなすそうだ。そのくらいまで減ると、軍事的な行動は不可能になるという考えらしい。
ちなみに我々日本人のご先祖様、旧日本陸軍では損耗率五割まで行ってようやく全滅扱いになったと言われている。
どうやら日本人のブラック企業体質は、昭和の昔から変わっていないらしい。
カルネがすり寄って来た犬の頭を撫でながら白い歯を見せた。
「それにしても、黒い猟犬隊の犬達は大したもんだぜ。コイツらが戦闘に加わっていなければ、どれだけ被害が増えていた事か」
確かに。
カロワニー軍との戦いが始まってから約一ヶ月。私はマサさん達黒い猟犬隊の犬達を偵察等の補助的な役目にしか使っていなかった。
それが最も彼らの力を生かす方法だと考えていたのは確かだが、言い方は悪いが、純粋な戦闘力はあまり期待していなかったのである。
しかし今夜の戦いは出し惜しみの出来ない総力戦。マサさんがすこぶるやる気を見せていたのもあって、私は彼らを戦闘に参加させていた。
そこで彼ら黒い猟犬隊は、私の予想を上回る目覚ましい活躍を見せたのだ。
夜中でも平気でコンビニにアイスを買いに行くような現代っ子(前世の私もそうだったけど)にはピンと来ないかもしれないが、本来、人間にとって夜の闇は灯りも持たずに出歩けるようなものではないのだ。
勿論、兵士達は松明を持ってはいるものの、それも無いよりはマシといった程度の物でしかない。
現代のウェポンライト(※別名タクティカルライト。軍隊や警察向けに開発された高性能なフラッシュライト)のようにはいかないのである。
そんな足元も怪しい薄暗闇の中から、黒い猟犬隊の犬達は音もなく彼らに襲い掛かった。
敵兵としてはたまったものじゃないだろう。目の前の敵と戦っている最中に、足元にも注意しなければならないのだ。
黒い猟犬隊のサポートが無ければ、我々はとっくに尻尾を巻いて逃げるしかなかったんじゃないだろうか。
『【確かに黒い猟犬隊は予想外に活躍してくれているけど、流石にこの戦局を覆せるほどじゃない。部隊の消耗があまりに大きすぎる。今のままだと戦線が崩壊するのも時間の問題だ・・・】』
部隊が壊滅してしまえば撤退戦も何もあったものではない。それならばいっそ――
『【それならばいっその事、組織的に動ける今のうちに、残った戦力をこの場に集めて敵本隊に攻撃を仕掛けるのもありかもしれない。確かに成功率はあまり高くないかもしれないけど、このまま戦力をすりつぶされて行くよりは、まだマシなんじゃないだろうか?】』
今までの戦いで敵指揮官は、ずっと守りの硬い後方に控えていたが、今夜は直接指揮を執るために前線近くまで出て来ているようだ。
それだけ敵も本気を出しているという事なのだが、裏を返せばこの状況は我々にとってもチャンスと言えるのではないだろうか?
織田信長が今川義元を討ち取った桶狭間の戦いしかり。もし、敵指揮官を討ち取る事さえ出来れば、この圧倒的な数の差をひっくり返す事も不可能ではないかもしれない。
――後から思えば、この時の私はかなり危険な思考に陥っていたようだ。
追い詰められた者がはまり易い考え。どうせこのまま負けるくらいならと、一か八かで一発逆転の目に賭ける。そんな捨て鉢な考え。
私は漫画やアニメの主人公ではない。
主人公は、成功率1%の作戦を必ず成功させるが、同じ事を私がやっても99%失敗するだけだろう。
現実はクソゲーなのだ。
この時の私は追い詰められ過ぎた結果、そんな分かり切っていた事すら頭から消し飛んでいたのである。
『【・・・。水母、全員に連絡お願い】』
私が危険な覚悟を決めたその時だった。水母がフルリと震えた。
『報告。着信アリ――「クロ子、こちらロインだ。今、村に戻っている。俺に代わって脱出作業の指揮を頼んでいたジャドさんによると、荷造りがそろそろ終わりそうとの事だ」』
通信は亜人兄弟の兄、ロインからのものだった。
ええと、確かロインには二等兵達と一緒に脱出作戦のサポートを任せていたんだっけ? ジャドって誰だ?
あっ、思い出した。
ロインは放置されていた抜け道を潰すために、村の東の崖に行ってたんだ。そこには既に敵部隊がいたって報告を受けたから、やっと連絡のついたサステナをそっちにヘルプに向かわせたんだった。
『【ええと、ロイン。抜け道の方はどうなった訳?】』
僅かなタイムラグの後、ロインからの返事が返って来た。
『――「連絡が遅れて済まなかった。そちらはサステナが上手くやってくれている。俺は少し気になる事があったんで村に戻って――いや、今はその話はいい。それより報告を続けたいんだが構わないだろうか? ジャドさんの話によると、今やっている荷造りが最後の物になるそうだ。これを運び出せば村にはもう誰もいなくなるはずだ。一応、最後に俺が残るが」』
来た! 私が喉から手が出る程待ちに待っていた報告が、これ以上ないタイミングで来た!
流石に部隊の損耗率が限界に近い。壊滅してしまえば撤退戦も何もあったものではない。そう覚悟を決めて一か八かの攻撃を命じようとした矢先に、脱出作戦完了の報せが来た!
正直、予想よりもかなり早かった。最悪、朝までかかるのを覚悟していた。
ロインに代わって指揮を執っていたジャドという人が、余程上手くやってくれたんだろう――って、思い出した。ジャドって村の野党代表のヒゲオヤジじゃん。
いつも文句を言ってるだけなのかと思ったら、あれで意外と優秀な人材だったんだな。まあ、仮にも一つの組織のリーダーなんだから、仕事が出来ない無能な訳はないか。
『【って、そんな事を考えてる場合じゃないっての! 水母、全員に連絡! ――みんな、お待たせ! 脱出作業がそろそろ終わるという連絡が来たわ! よって今、この時を持って我々の作戦は終了とする! 以降は陣地を焼きながらの撤退戦へと移行する! 自力で走れないケガ人は先に後方に逃がしておく事! 全員復唱!】』
僅かなタイムラグの後に各分隊長からの返事が返って来た。
『着信アリ――「第二分隊モンザ、了解。陣地に火を放った後で後退を開始する」「第三分隊コンラ。本当なのか? 聞いていたよりも大分早かったな。分かった、今から火を放つ」「第七分隊ハリィ、了解。やったなクロ子。俺達もケガ人を逃がしてから陣地を燃やす作業に入る」』
『【カルネ。あんたも聞こえたわね?】』
「ああ、勿論さ。おおい、撤退だ! 村人は全員脱出したってよ! バリケードに油を撒いてから火を放て! 少しでも敵の足止めをするんだ!」
さあ、ここからは撤退戦だ。炎で敵の進軍を鈍らせながら、全軍で山に空いているというトンネルまで撤退するのだ。
次回「メス豚と燃える楽園村」




