その503 ~神に愛された男~
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今から二ヶ月近く前。まだロイン達亜人兄弟達がメラサニ村(近くに水母の施設がある崖の村ではなく、元々住んでいた村の方)で保護されていた頃。ハリスはモーナ達が魔法銃の訓練をしている所を興味深そうに眺めていた。
後で一人で訓練もしていたようだが、その時は誰も気にも留めなかった。
亜人の持つ魔力量では、魔法銃を使用するために必要不可欠な魔法、圧縮の魔法は使えないからである。
魔法銃は水母の手術を受けた者にしか使えない。これはクロコパトラ歩兵中隊のみならず、メラサニ村の亜人達の共通認識であった。
楽園村から脱出する村人達を襲った人間の兵士達。
人数は七人。二人は既にクロカンの負傷兵、オウルの魔法銃によって無力化されている。
残るは五人。そのうちの一人がオウルの脇腹を槍で突き刺し、もう一人が止めを刺そうと頭上に槍を振り上げていた。
「圧縮!」
カシャン!
オウルが驚愕の表情で見つめる中、亜人兄弟の弟、ハリスは魔法銃の狙いを定めた。
パンッ!
外す方が逆に難しい程の至近距離。魔法銃の弾丸は槍を振り上げていた兵士のこめかみを捉えた。
「ぱは――」
衝撃で兵士の頭が倒れると、口から意味を成さない言葉が漏れる。
兵士はそのまま糸の切れた操り人形のようにグニャリと地面に崩れ落ちた。
「ぼ、僕がやった? えっ? ほ、ホントに?」
ハリスは動かない兵士を前にして呆然としている。無我夢中だったとはいえ、子供の自分があっさりと大人の兵士を倒した事実を脳が理解出来ないのだろう。
少年は逃げるでもなく、かと言って次の攻撃のために弾丸を装填するでもなく、ただただ呆けたようにその場に立ち尽くしていた。
「こ、このガキ!」
「い、いかん!」
先に我に返ったのはオウルに槍を突き刺していた兵士だった。
男は怒りの形相でオウルの体から槍を引き抜くと、仲間の仇を討とうと足を踏み出した。
その足にオウルが必死にしがみつく。
「に、逃げろ! 逃げろハリス! 逃げるんだ!」
「離せ、この亜人が!」
「ぐっ! くはっ! は、ハリス、に、逃げろ!」
兵士はオウルの背中に何度も槍を振り下ろす。しかし、槍の長さが邪魔をしてか中々致命傷が与えられない。
その様子を見ていた別の兵士がオウルに向かった。
「いい加減にしろ! この死にぞこないが!」
兵士が突き出した槍がオウルの体を貫いた。
オウルは「うぐっ!」と一声呻いて動かなくなる。その隙に縋り付かれていた兵士は体を振りほどくと、その足で彼を蹴り飛ばした。
「しぶといヤツめ! 先ずはお前から止めを刺してやる!」
オウルの命は正に風前の灯火。
しかしその時、別の男達の声がこの場に響いた。
「いたぞ! カロワニー軍の兵士だ!」
「見ろ、もう村の誰かが襲われているぞ!」
兵士達が慌てて振り返ると、そこには武器を持った亜人の男達の姿があった。
男達は兵士達が通って来た抜け道を追って来たらしく、岩の向こうからこちらを指差している。
その人数を見て兵士の一人がギョッと目を見開く。
「じゅ、十人以上だと?! マズい! おい、逃げるぞ!」
相手は十人以上もいるのに対し、こちらは一人やられて六人。そのうち二人はケガ人である。まともに勝負になるはずもない。
「おっと、これ以上逃げられてたまるか! お前達はそっちから回り込んでくれ!」
「任せろ! 人間達め、俺達は生まれついての狩人だ! 山の中の追いかけっこで、俺達に勝てると思うなよ!」
最終的に兵士達を追って来た男達の数は、三十人近くになっていた。
こうなってしまえば多勢に無勢。絶望的なまでの人数差に、兵士達はあちこちで取り囲まれ、みるみるうちに討ち取られて行った。
ハリスは呆気に取られた顔でこの様子を眺めていたが、ハッと我に返ると、倒れたままで動かないオウルに駆け寄った。
「オウルさん! オウルさん! しっかり!」
「・・・うっ。し、心配するな。死んではいないさ。お、お前が無事で良かった」
「おい、あんた、大丈夫かい!? 意識はしっかりしているようだが」
楽園村は五千人もの人口を持つ大きな村である。当然、医者の心得のある者も何人かいる。そのうちの一人が騒ぎを聞きつけて現場に駆け付けたようだ。
亜人の医師は松明を持ってこさせると、オウルの傷口を調べた。
「先生。オウルさんは大丈夫なんでしょうか?」
「二ヶ所程深い傷があるが、幸い内蔵に傷は付いていないようだ。この男の着ている鎧が良い仕事をしたらしい。立派な鎧に助けられたな」
医者の見立てによると、どうやらギリギリの所で致命傷は避けられているようだ。
オウルは小さく苦笑した。
「この鎧を用意してくれたザボに感謝しないとな。もし、アイツの目が節穴で安物の鎧を掴まされていたら、俺は今頃死んでいた所だ」
オウルは遠く離れたランツィの町に住む、亜人村御用商人ザボの目利きに感謝するのだった。
「おおい、みんな大丈夫だったか? って、お前ハリスじゃないか。ユッタ村長と一緒じゃなかったのか?」
兵士を討ち取った男達が戻って来た。
「みなさんは二等兵の人達ですね。ひょっとして今の人間達を追って来たんですか?」
「ああ。結構急いで来たんだが、危ない所だったみたいだな」
彼ら二等兵の村人達は、ロインの指揮の下、抜け道を通って来る敵部隊の相手をしていたそうだ。
戦いの中、先程の兵士達を逃がした所で、クロ子からの連絡を受けたサステナが助っ人としてやって来たのだという。
「それからは簡単さ。なにせ狭い道のこちら側にサステナが陣取っているんだからな。敵に一対一でサステナに勝てるヤツなんていやしない。おかげで俺達はすっかり手が空いてしまったって訳さ」
そこでロインは部隊の一部を逃げた兵士の追撃に充てる事にした。
人数は三十人弱。敵兵の数は最大でも十人に満たないと見られていたため、それだけいれば大丈夫だと判断したようだ。
「まあ、追いついてみれば敵にはケガ人もいるし、もっと少ない人数でも問題なかった訳だけどな。俺達が到着するまで、そこのクロカンの人がみんなの事を守ってくれていたんだろ? 礼を言うよ」
オウルは医者の治療を受けながら、「気にするな」と小さく返事を返した。
「兄さんは? ロイン兄さんは、まだ向こうで戦っているんですか?」
「いや、ロインは俺達とは別行動を取っている。サステナに部隊の指揮を任せて、村の方へ向かったぞ」
「そうですか・・・」
少し残念そうな顔になったハリスを、二等兵の男達は笑顔で慰めた。
「サステナから気になる事を聞いたから、直接行って確かめて来るってさ。直ぐにこっちに合流するから心配するな」
オウルは彼らの会話を聞きながら、ボンヤリと考えていた。
(そうか。クロ子がサステナを助けに向かわせたのか。それが巡り廻って俺の命を助ける事になったという訳なんだな)
今夜、いや、昼間の戦いも含めたら、今日だけで自分は一体何度死にそうな目に遭っただろうか。
昼間の戦いでも水母の治療が間に合わなかったら、片方の足は永遠に失われていたに違いない。
それだけでも運が良かったというのに、さっきの戦いだ。
完全に死を覚悟していた所を、ギリギリの所で駆け付けた二等兵達に助けられる事になった。
(もう一生分の幸運を使い果たしてしまったんじゃないかな)
オウルは今まで自分が他人よりも運が良いと感じた事は一度もない。しかしそれでこの結果である。今日の自分は余程幸運の女神ラキラに愛されていたに違いない。
今日だけはオウルは神に愛された男。
もしもクロ子辺りが聞けば、厨二ワードに興奮待ったなしだったに違いない。
(そういえば――)
オウルはハリス少年の横顔を見つめた。
(さっきハリスは圧縮の魔法を使っていた。魔法銃は水母の手術を受けた者にしか使えない。そうクロ子も言っていたはずなのに・・・一体どういう事なんだ?)
あの時、ハリスが魔法銃で人間の兵士を撃ち殺していなければ、間違いなく自分は殺されていただろう。
だが、なぜハリスが圧縮の魔法を使う事が出来たのかが分からない。
オウルはケガの痛みを堪えながら、答えの出ない難問に頭を悩ませ続けるのだった。
次回「メス豚と炎の撤退戦」




