その502 ~襲われる避難民の列~
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闇の中、松明を持った楽園村の村人達が、列をなして山の斜面を登って行く。
「みんな慌てないで、それと足元にだけは気を付けて! 歩きの不安な老人や子供には周囲の人達が手を貸してあげて下さい!」
所々に村の男達が立ち、注意を呼びかけている。
生まれ育った故郷を捨て、脱出する人々の列。その中に額に小さな角を生やした青年がいた。
彼の名はオウル。クロコパトラ歩兵中隊、第三分隊の隊員である。
「ハア、ハア、ハア、こ、これしきの痛み――っつ!」
「あっ! 危ない!」
バランスを崩し、倒れそうになった彼を、小柄な体が支えた。
「は、ハリスか。ハア、ハア、た、助かったよ」
「いえ、大丈夫ですか? クロカンの方ですよね。お手伝いします」
少年は――亜人兄弟の弟のハリスは、オウルに肩を貸して立たせた。
「わ、悪いな。俺の足がこんなでなければ・・・。仲間は今も戦っているってのに情けないよ」
オウルは杖代わりに使っていた鉄の棒――壱式魔法銃を悲しそうに見つめた。
昼間の戦いで彼の所属する第三分隊は、敵軍の有力な部隊と交戦した事で、多くの犠牲者を出していた。隊員も二名戦死し、オウル自身も足に重傷を負った。
そんな彼をクロ子は今夜の戦いには耐えられないと判断。避難民達と一緒に村を脱出するように命じたのだった。
「魔法銃を撃つだけなら出来ると言ったんだが、今夜の戦いは撤退戦になるだろうから、走れないヤツは連れて行けないと言われたんだ。・・・本当に残念だよ」
「そうですか。今も辛そうに見えますが、そんなに酷いケガだったんですね」
「そりゃあそうさ。なにせ足がほとんど千切れかけていたんだからな。スイボが繋げてくれなかったら、今頃腿から下が丸ごとなくなっていた所さ」
「あ、足が丸ごとって・・・」
ハリスは反射的にオウルの足を見つめた。
添え木が当てられた負傷箇所は、赤黒く血が滲んでいる。
本来であれば絶対安静。歩くなどもっての外の重傷だが、こんな状況でベッドに寝ている訳にはいかない。
オウルはハリスの気づかわしげな表情を見て小さく笑った。
「なあに、これしきの事。分隊のヤツらからも言われたよ。今夜のお前の戦いはケガの痛みに耐えて山を登る事だってな。仲間達はみんな今も戦っている。だったら俺だけが弱音を吐く訳にはいかないさ」
「・・・・・・」
ハリスは背後を振り返った。ボンヤリと一部が明るく照らされた村の中。あそこで自分の兄――ロインも人間の兵士達と戦っているのだろうか?
義勇兵でもなければ二等兵でもないハリスには、防衛部隊の配置など知る由もなかった。
「ハア、ハア・・・。ハア、ハア・・・」
「痛むんですね? 少し休みますか?」
オウルは額に脂汗をにじませ、荒い息を吐いている。
しかし彼はハリスの気遣いにかぶりを振った。
「ハア、ハア、こんな痛み。ハア、ハア、ど、どうって事ないさ。ハア、ハア、い、痛いからって、こ、これで死ぬってわけじゃないんだからな」
「で、でも・・・あ、そうだ! 僕、水を貰って来ます! それまでの間、少しだけ待っていて下さい!」
「お、おいハリス! ・・・しょうがないヤツだなぁ」
オウルはハリスの親切の押し付けに、困ったような、それでいて嬉しそうな顔になった。
彼はその場に腰を降ろすと、ボンヤリと少年の背中を見送った。
(楽園村の次期村長には、ロインではなく弟のハリスが選ばれていると聞かされた時には、俺達はみんな首を傾げたもんだが、こういう優しくて親切な所がこの村の連中に認められているのかもしれないな)
ハリスの兄ロインは弓の腕も立つし、狩りも上手い。オウルを含め、クロコパトラ歩兵中隊の者達は、村長の後を継ぐならロインだろうと、誰もが不思議に思っていた。
しかし、考えてみれば自分達のメラサニ村の代表も女性のモーナであり、それで上手くやれている。
今は狩りの腕よりも、村の誰に対しても気遣いが出来る性格や、優しい心。そういった部分が求められる時代に変わっているのかもしれない。
狩りの腕でみんなを引っ張っていくような村長像は、昔の古い価値観なのだろう。
オウルは漠然とそんな事を考えていた。
――ちなみに実際は、全てオウルの勘違い。ハリスが村長の証である資格の石を光らせたのが、後継者に選ばれた理由なのだが、当然、彼はその事を知らなかった。
ハリスは水筒を手に嬉しそうに戻って来た。
「オウルさん! 水を貰って来ましたよ!」
「キャアアアアア!」
女性の悲鳴にハッと振り返ると、岩肌の向こうから男達の一団が姿を現していた。
全員が武装した人間の男。
ロイン達の防衛網を抜けて来た、カロワニー軍別動隊の兵士達であった。
人間の兵士の数は七人。全員、槍を持って武装している。
悲鳴を上げ、逃げ惑う村人達を見て、リーダー格の兵士が仲間に指示を出した。
「見つけたぞ、亜人だ! みんないいな!? ヤツらを一匹たりとも村から逃がすんじゃないぞ!」
「キャアアアアア!」
ここにいる亜人達はほとんどが女性や子供、それに年を取った者達――非戦闘員である。
わずかに男もいるにはいるが、避難を優先しているため武器は持っていない。
人間の兵士がたった七人とはいえ、これはまるで狼が羊の群れに襲い掛かるようなものである。
「クソッ! コイツらカロワニー軍の兵士か!? なんだってこんな村の反対側の山の中に出て来るんだ!?」
この場にいる村人の中で、ほぼ唯一武装しているオウルが、素早く魔法銃に弾を込めた。
「お、オウルさん!」
「ハリス、お前はみんなと一緒に逃げろ! 圧縮!」
カシャンと金属の擦れる音がして、尾栓が機械式にロックされる。
魔法が破壊し、圧縮された空気が解放されるまで約一秒。しかしそのたった一秒が今のオウルにはやけに長く感じられた。
パンッ!
魔法銃の銃口はライフリングされていない。いわゆる滑腔砲である。そのため集弾性は非常に悪い。
また、弾丸がほとんど回転せずに飛ぶため、空気の抵抗を受けて弾道がドロップしやすい。つまりは射程距離もライフル銃より短くなっている。
だが、敵兵までの距離は約五十メートル。元々外すような距離ではないし、オウル自身もこの一ヶ月の実戦の中で、以前よりも魔法銃の扱いに習熟している。
弾丸は狙い過たず、先頭の兵士の胸に着弾した。
「ぐはっ!」
「今のは亜人の戦士が使う武器?! 気を付けろ! どこかに敵がいるぞ!」
オウルが両手で銃を杖に歩いて来たため――松明を持っていなかったため――敵兵は暗がりの中、彼の姿を見つけられないようだ。
オウルは座っているとは思えない程、素早い動きで次弾を装填した。
「圧縮!」
パンッ!
「ギャアッ!」
「いた! あそこだ!」
流石にこの至近距離で二発も撃てば、敵に見付かってしまうのも仕方ない。
オウルは激しい焦りを覚えながらも、急いで次弾の装填を開始した。
「敵に猶予を与えるな! あの武器は連続では使えない!」
カロワニー軍もこの一ヶ月、黙って煮え湯を飲まされていた訳ではない。
彼らは戦いの中で、何丁かの魔法銃を鹵獲すると、その解析と研究を行っていた。
とはいえ、人間には魔法が使えないため、実際に弾を撃つ事は出来ない。この辺りはクロ子の読み通り。狙いが当たったと言えるだろう。
しかし、魔法銃の構造と仕組みを理解する事で、おおよその性能と弱点を解析する事には成功していた。
「うおおおおおっ! 死ね! 亜人の戦士!」
「くっ! 間に合わないか!」
近接戦闘では魔法銃は使えない。発砲までのタイムラグが致命的となるからだ。
オウルは魔法銃を手放すと、腰に挿したナイフを引き抜いた。
だが槍とナイフでは決定的にリーチが違う。
「ぐあああああっ!」
オウルは最初の突きはどうにかナイフで防ぐ事が出来たが、もう一人の兵士が繰り出した槍が彼の脇腹に深々と突き刺さった。
「ぐっ・・・ち、ちくしょう・・・」
「どけ! 俺がそいつの首を落とす!」
最初に攻撃を防がれた男が、槍を大きく上段に振りかぶった。オウルは歯を食いしばるだけ。激しい痛みに体が痺れたように動かない。
彼は恐怖で引き延ばされた時間の中、自分の命を奪う凶刃が振り下ろされるのを待っていた。
「圧縮!」
だからその声がした時、オウルは自分が幻聴を聞いたのだと思った。
仲間に助けに来て欲しい。絶体絶命のピンチを救って欲しい。そんな願望が生み出した幻聴だと錯覚したのだ。
しかし、それは幻ではなかった。
亜人の少年が――ハリスが、彼の手放した魔法銃を構え、槍を振り上げる兵士に狙いを付けていたのだ。
(ば、バカ! 何で逃げなかったんだ!)
オウルは絶望に胸が重く塗りつぶされるのを感じていた。
魔法銃はクロカンにしか使えない。正確に言えば、水母の手術を受けて額に角を――魔力増幅器を移植された者にしか使えない。
それは魔法銃のキモとなる、圧縮の魔法を発動させるだけの魔力量が、決定的に不足しているためである。
例え見よう見まねで魔法銃を構えたとしても、それは張子の虎。弾丸は発射されないのである。
あるいは一種のハッタリだろうか? 魔法銃を構える事で、人間の兵士達が怯えて逃げ出すのでは? ハリスはその可能性に賭けたのかもしれない。
だとすればなんとも子供らしい浅知恵である。
確かに一瞬、兵士は動きを止めたようだが、ただそれだけだ。すぐに攻撃が来ない事に気が付くに決まっている。そうなれば終わりである。オウルは殺され、直後にハリスも殺されてしまうだろう。
つまりハリスのこの行動は全くの無駄なのである。
カシャン。
だがその時、オウルは魔法発動の魔力の流れと、魔法銃の尾栓がロックされる音を確かに聞いた。
今まで何十回、何百回と聞いて来た音だ。彼が聞き間違えるはずはない。
(えっ? 本当に圧縮の魔法が発動した? なんで?)
パンッ!
オウルが混乱する中、乾いた音と共に魔法銃の銃口から鉛の弾丸が発射されたのだった。
次回「神に愛された男」




