その500 ~二等兵《プライベート》達の死闘~
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深夜の楽園村に鬨の声が上がる。
怯えて立ち止まる村人に、村長の息子ロインが声をかけた。
「足を止めるな! 人間の兵士ならクロ子達クロカン(クロコパトラ歩兵中隊)が必ず食い止めてくれる!」
「で、でもロイン。昼間の戦いはお前達二等兵がいてもかなり厳しかったんだろ? それなのにお前達抜きで大丈夫なのか?」
ふと気付くと周りの村人達も心配そうにこちらの様子を伺っている。
下手にこの場で迷いを見せれば、不安が伝播して収拾がつかなくなる。ロインはしっかりとした口調で彼の問いに答えた。
「心配するな、クロ子なら何とかする。今、俺達がやらなければならないのは、ここで彼らの戦いを心配する事じゃない。急いで村から脱出する事だ。俺達がモタモタしていれば、その分、クロ子達に負担をかけてしまう事になる。逆に言えば、俺達が少しでも早く脱出を終えれば、その分だけクロ子達が楽をする事が出来るんだ。だからみんな急いでくれ」
「わ、分かったよ。みんな今のロインの言葉を聞いたな。作業に戻るんだ」
「あ、うん」
「そうだね」
村人達は頷き合うと、それぞれ荷物を纏める作業に戻って行った。
ロインは小さくホッと息を吐くと、視線を感じて振り返った。
「――ジャド」
視線の主はヒゲ面の中年男性。村民会の野党代表のジャドだった。
実は今回の脱出作戦に最後まで反対していたのは、彼を中心とする野党に属する者達だった。
ロインの父親は楽園村の村長、つまりはバリバリの与党となる。
それもあって、ロインは文句の多いこの男を苦手としていた。
「どうした? 何か俺に言いたい事でもあるのか? それともまた脱出作戦に不満を言うつもりか?」
ロインの問いかけに、ジャドは心底心外だとでも言いたげな顔を見せた。
「バカを言うな。この期に及んで、一旦決まった事にケチをつけてどうする。そんな事をすれば混乱が増えるだけだろうが。こちらの地区の作業が一区切り付いたから、手の空いた者達を連れて来ただけだ。遅れている作業は何だ? 手を貸すぞ」
ロインは驚きに目を丸くした。
「それなら食料の運び出しを頼む。手が足りていないんだ」
「分かった。お前ら聞こえたな? 誰か荷車を取って来い。井戸の近くの小屋に使われていない古い荷車が放置されていたはずだ」
男が一人、荷車を取りに向かうと、残りの者達は小麦の袋を運び始めた。
ジャドも率先して作業に加わる。
そんなジャドを、ロインは意外そうな顔で見つめた。
「なんだその顔は。ここは俺達に任せてお前は他の場所の作業を見に行くがいい」
「あ、ああ、助かる――その、さっきは済まなかった。キツい物言いになってしまって」
「構わんよ。だが、俺だって別に好き好んでいつも不満ばかり言っている訳じゃない。誰かが言わなきゃならん事を、立場上、俺が代表して言っているだけだ」
ジャドは腰を伸ばして辛そうな声を上げると、大きく息を吐いた。
「ふう。やはり歳には勝てんな。――お前が俺を嫌うのは分かる。だが、みんながみんな、同じ考えで生きている訳じゃないんだ。村を纏める上ではそういった少数派の意見を、言葉にしてやる者が必要になる。まあまだ若いお前には、弱い立場の者達の考えを理解しろと言うのは酷かもしれんが」
もしも今の話を別のタイミング、別のシチュエーションで聞かされていたなら、ロインは「何を勝手な事を」としか思わなかっただろう。
それ程彼はジャドを毛嫌いしていた。
しかし、今は非常時という事もあってか、ジャドの言葉は不思議と本心のように感じられ、ロインの心に刺さったのだった。
「まあお前の親父さんも、最近じゃ俺を煙たく思っているみたいだがな。昼間も村に通じる抜け道を塞ぐ作業に出ようとしていたら、直前でグルドをよこして『それはもう、やらなくて良い』と来た。こっちだって子供の使いじゃないんだから、そういう事は早めに――」
「待ってくれ。今、何て言った?」
ロインは慌ててジャドの言葉を遮った。
「グルドの事か? ああ、そういえばお前はアイツの娘と婚約していたんだったな」
「サロメの話は今はいい。そうじゃない。抜け道の話だ」
今の話に出ていた抜け道とは昨日、黒い猟犬隊が発見した獣道の事である。東の崖の下を通り、村の裏側に通じているという。
一部隊を送り込むには細すぎる道だが、仮に少数の兵士であっても、無防備な背後を突かれれば、村の防衛にとっては致命的となる。
よってクロ子は即座に道の閉鎖を決めると、防衛戦で手が離せない自分達に代わって、村長のユッタに作業を頼んでいたのである。
「そのユッタが、急遽、洞窟調査に出かけなければならなくなったと言うから、俺の方に長老会から依頼があったんだ。それをまさか直前になってユッタの方から横槍を入れられるとはな」
「ウソだ! 父さんはそんな事はしていない! 本当にグルドさんがそう言ったのか!?」
「ああ、勿論だ。ユッタから頼まれたと言っていたが・・・違うのか?」
ロインはジャドの言葉に愕然とした。
もし、彼の話が本当だとしたら、サロメの父はなぜそんな事を・・・いや、それよりも今は早急に確認しておかなければならない事がある。
ロインはジャドに詰め寄った。
「ジャド――さん。あなたはグルドさんに言われて作業を行わなかったんだな? つまり抜け道に関しては全くの手付かず。今もまだその場に存在し続けていると?」
そう。楽園村にとって致命的となるであろう東の抜け道。それがまだ潰されずに残っている。
そしてカロワニー軍はおそらくその存在を知っている。昨日の夕方、内通者が彼らに宛てた手紙が黒い猟犬隊の犬によって発見されていたからである。
ロインの表情で、ジャドにもようやく事態の悪さが呑み込めたようだ。彼は緊張にゴクリと喉を鳴らした。
「ああ、そうだ。そのままになっている」
「マズイ! クロ子――」
ロインは咄嗟に首に下げた水母の子機に向けて叫ぼうとしたが、戦場から響いて来るカロワニー軍の鬨の声を聞いて言葉を呑み込んだ。
「どうしたロイン? メラサニ村の連中に伝えないのか?」
「ダメだ。陣地の防衛は今のままでも手一杯で、クロ子達は手が離せない。戦力を割いて別方面に向かわせるような余裕などあるはずがない。抜け道を通って来る敵には、俺達二等兵が対処する他ない」
「お前達が!? 本当にメラサニ村の連中の力を借りなくて大丈夫なのか!?」
ロインは背後を振り返った。闇の中、黒々とそびえ立つカルテルラ山が見える。
まるで墨を流したような真っ黒な山肌に、小さな光の点が一列になって、村の出口まで続いている。
脱出を開始した村人達が手にしている松明の灯りである。
「抜け道は村の反対側――山側に出ている。このままだと脱出した村人達が敵と鉢合わせる事になる」
「そ、そんな! 女や子供もいるんだぞ!」
二人のただならぬ様子に気付いたのだろう。二等兵の隊員達が彼らの周りに集まって来た。
「ロイン、何かあったのか?」
「大至急、二等兵の仲間達を集めてくれ。村の東にある抜け道を通ってくる敵兵を、俺達で迎え撃つ」
「なっ!? いや、分かった! 急いで仲間を呼んで来る!」
二等兵達は言葉少なく頷くと、手分けして戦力の確保に走った。
戦場では指揮官の命令は絶対。そして迷いは自分のみならず、仲間の命をも危険に晒す。
この辺り、彼らも伊達に何度も戦いを経験した訳ではないらしい。
「みんなは作業を続けてくれ! ジャドさん! 俺に代わってここの指示を頼む!」
ロインは自分も仲間を呼びに走り出した。
(それにしてもグルドさんは一体なぜ、父さんに頼まれたなんてウソをついてまで、ジャドさんの作業の邪魔をしたんだ!? サロメに聞けば何か分かるかもしれないけど・・・)
ロインは走りながら辺りを見回したが、恋人も恋人の父親の姿も見つける事が出来なかった。
集まった二等兵の人数は百人少々。
彼らはこの一ヶ月の戦いでカロワニー軍から入手した武器を手にしている。
「今は時間が惜しい。取り敢えずここに集まった者達だけで先に向かおう」
抜け道は村の東、崖の下を通っている。それだけの情報を頼りにロイン達二等兵は東の崖を目指した。
この闇の中、果たして細い獣道を見つけられるのか。
しかし彼らの不安と焦りは最悪の形で解消される事となった。
「灯りだ! 人間達の兵士がもうそこまで来ている!」
遠目にもハッキリと分かる程、光の列が崖の下に長く伸びている。
カロワニー軍の兵士が持つ松明の光だ。
だとすればあそこに抜け道があるのだろう。
二等兵の隊員がロインに振り返った。
「す、スゴイ数だ。どうするんだ!? ロイン!」
「戦うしかない。俺達の後ろには村のみんながいるんだ」
シンと静まり返る男達。松明の油が焼けるジリジリという音だけがやけに大きく響いた。
「みんな覚悟を決めろ。ここで敵を食い止めなければ、村の者達はヤツらに蹂躙される。俺達の手で、みんなの命を守るんだ」
「お、おうともよ!」
「そうとも! メラサニ村のヤツらだって今頃命懸けで戦っているんだ! ここで俺達が尻込みしてする訳にはいかないぜ!」
ここにいる二等兵達は、何度もカロワニー軍との戦いを経験している。
それだけに自分達の弱さも良く知っている。クロカンやクロ子、それにサステナの手助けのない戦いがどれだけ厳しい物になるか分かっている。
しかしここには自分達しかいない。自分達だけで人間達の軍隊と戦わなければならない。
「みんな、済まない」
ロインは誰にも聞こえない程度の小さな声で謝った。
クロ子に連絡は入れるが、クロカンが助けが来る前に自分達は全滅しているだろう。
我々の役目は時間稼ぎ。村のみんなを守るために、ここで捨て石になる。
「行こう、みんな!」
「「「おう!」」」
こうしてロイン達二等兵の絶望的な戦いが始まったのだった。
次回「崖の下の戦い」




