その495 メス豚と長い夜の始まり
『やった、やった! 遂に弟の仇を討った!』
「いいからちょっとの間動くな。今、針を抜いてやるからよ」
クロコパトラ歩兵中隊の大男カルネは、興奮してはしゃぎ回る犬に苦労しながら、顔に刺さった針を取ってやっている。
そのすぐそばには、力なく横たわる男の死体が。
深淵の妖人最後の一人、顔なしの【無貌】の亡骸である。
「まさか・・・カルネがたった一人で、あの殺し屋を倒してしまうなんて」
タイロソスの信徒の女戦士マティルダは、信じられないといった顔で男の死体を見下ろしていた。
実際はカルネ一人の力ではなく、黒い猟犬隊の犬のサポートもあった訳だが、言いたい事は分からないでもない。
なにせ相手は、得体の知れない深淵の殺し屋だからな。
たまたま【無貌】の固有魔法が戦闘向きではなかったとはいえ、あの二人(一人と一匹)が大金星を挙げたのは間違いないだろう。
槍聖サステナが口の端をニヤリと上げた。
「だから俺が言ったろ? カルネが勝つってな。俺の弟子にもたまに勘違いしているヤツがいるが、戦いってのは、クソ真面目に毎日素振りをやってりゃ勝てるってモンじゃねえんだよ。俺達がやってるのは殺し合いだ。殺すか殺されるかの場においては、多少の実力差なんてのは気の持ちようでいくらだってひっくり返るのさ」
サステナは、そううそぶくと自分の胸と頭を指差した。
「殺し合いを制するのはココとココ。気持ちと頭だ。気持ちが明後日の方に向いてりゃ目の前がお留守になるし、頭を使えねえヤツは長くは生きられねえ。死線をくぐる度に毎回運任せにしてたら、そりゃあラキラ(※大二十四神の女性神。幸運と賭け事の神)も愛想をつかすってもんさ」
「殺し合いを制するのは気持ちと頭――」
う~ん、言ってる事は分からないでもないけど、それをサステナに言われてもなあ。
私は反射的にツッコミを入れたくなった。
ぶっちゃけサステナなら、そのどちらが欠けても――なんなら両方欠けてても――圧倒的な才能と力で何とかしてしまいそうだ。
やっぱこの世界の達人は反則だわ。
私は目の前の理不尽そのものの存在に対して認識を新たにした。
だが、女戦士マティルダは今の説明に何か感じる所があったらしい。彼女は殊勝な表情で噛みしめるように言葉を呟いたのだった。
「クロ子。これで良かったのか?」
クロカンの副隊長ウンタが私に声をかけて来た。その目は【無貌】の死体を見下ろしている。
『良かったって何が?』
「内通者はコイツだったんだろう? カルネが殺してしまったが、生かしておけば何か情報を聞き出せたんじゃないか?」
『あ。なる程。そういやそうだった』
カルネを心配するあまり、スポンと頭から抜け落ちていたわい。
『ん~。いや、今は尋問している時間がないし、別にいいや。どうせ何も喋らなかっただろうし』
他の仲間の情報を聞き出そうにも、こんな特殊な能力を持った人間が他にいるとは思えない。【無貌】が単独で潜入していたのは間違いないだろう。
こちらの防衛作戦について、何をどれだけ知られていたのかは、少しだけ気になる所だが、ぶっちゃけ今晩中に村人全員でここから逃げ出すつもりなので、それすらも今となっては意味がない。
ちょっと知りたかったかな、ぐらいの感じ? 好奇心を満たす程度の理由で生かしておくには、コイツは危険過ぎるだろう。
「――そうか。なら良かった」
ウンタはホッと表情を緩めた。カルネがやらかしたのではないと分かって安心したようだ。
「おおい、クロ子!」
「ワンワン! ワンワン!」
当のご本人、カルネが今回の戦いの殊勲賞の犬を連れてやって来た。
「見てくれたか!? クロ子、ウンタ! トトノの仇を討ってやったぜ!」
『ボス、クロ子ボス! 仇、弟の仇を討った!』
自ら敵討ちを成し遂げた興奮に、お姉さん犬の尻尾は千切れんばかりに振られている。
お姉さん犬はいつか弟犬の仇に出会った時のため、胡蝶蘭館に残されていた匂い――【無貌】の匂いを、今日までずっと覚えていたんだそうだ。
『ボス、クロ子ボス! 褒めて! 褒めて!』
『ハイハイ、ご苦労様。二人共無事で良かったわ』
一応、労いの言葉をかけはしたものの、こちらとしては心臓に良くないので、出来れば今回のような事は二度として欲しくないものである。
カルネ達と先程の死闘いについて語っていると、通りを二匹の犬が走って来た。
黒い猟犬隊のリーダー、マサさんと彼の部下の犬である。
『黒豚の姐さん。ひとっ走り確認して参りやした』
『ありがと。それでどうだった?』
マサさんは小さくかぶりを振った。
『怪しい物は別に何も。コイツの言っていた通り、あの人間は真っ直ぐにここまで歩いて来たようです』
『ああうん、了解。お疲れ様』
カルネがアホ丸出しの顔で私に振り返った。
「誰がアホ面だ。おいクロ子、お前コイツらに一体何をさせてたんだ?」
『念のための確認作業って所かな』
村人に化けた【無貌】は、脱出作戦を知ると慌てて広場を抜け出した。一刻も早く本隊に自分が掴んだ情報を伝えるためである。
ヤツを発見したこの子の話によると、【無貌】は足早に真っ直ぐ歩いてここまで来ただけで、道中、特におかしな動きはしていなかったらしい。
私は、念のためにマサさんに頼んで、【無貌】が歩いて来た通りにヤツの匂いがするものが残されていないか、確認しに行って貰っていたのである。
「確認って、ヤツは何もしてなかったんじゃねえのか? そこまで警戒するか? 普通」
私の説明にカルネはドン引きした
うっさいわい。
だが、相手は得体の知れない改造生物。念には念を入れてもやり過ぎという事はないだろう。
何かこちらが全く想像もしないような手段で、メモなり手紙なりを本隊に送っていても不思議ではないからだ。
「ええ~、そんな事がある訳――あったりするのか? なあウンタ」
「俺に聞くな。マサさんの鼻にも引っかかる物は何もなかったんだよな?」
『ええ。マササンには見つけられやせんでした』
マサさんが自分の事をマサさんと呼ぶ違和感よ。
それはさておき、犬の鼻でさえ見つけられないなら、本当に何もなかったんだろう。どうやら私の心配は杞憂だったようだ。
深淵の妖人とはいえ、そこまで常識外れの存在ではなかったらしい。ちょっと安心。
私の背中でピンククラゲがブルブルと振動した。
『トイレに行きたいの?』
『トイレ否定。無音着信。――「ん? え~と、こ、これでいいのかな? あ~、クロ子ちゃん? 僕、村長のユッタだけど。こっちの話し合いが終わったから広場まで戻って来てくれないかな」』
そういや出かける前にユッタパパに水母の子機を渡してたんだっけ。
どうやら村人達の間の話し合いが終わったようだ。
『オッケー。それで、話し合いの結果は? みんな賛成してくれた?』
一拍のタイムラグの後、再びユッタパパの声が届いた。
『「うん。クロ子ちゃんの提案に従う事になったよ。今、各地区の村民会を中心に、脱出の段取りを決めている所さ」』
私の提案した楽園村脱出作戦。
村人達もその覚悟が決まったようだ。
思ったよりも揉めなかったな。と思ったが、今日は昼間の戦いでかなりの被害者が出ていた。
彼らの間にも不安が高まっていた――あるいは、それだけ追い詰められていたのだろう。
そういう意味では、トンネルが発見されたタイミングは、これ以上無い程ドンピシャだったのかもしれない。
私としてはもっと早目に教えて欲しかった所だが。
『あの時はみんなを説得するために、「運命が『生きろ』と言っている」とか適当な事を言っちゃったけど、案外本当にそうだったりするのかもね』
『「ん? 何? クロ子ちゃん、今何か言った?」』
まだ通話が繋がっていたようだ。思わず呟いた言葉にユッタパパが反応した。
『なんでもない。じゃあ今からそっちに戻るから。――水母、通話終了』
『了解。通信終了』
ユッタパパとの通話を終えて振り返ると、全員の視線が私に集まっていた。
『みんな聞いての通り――っと、サステナとマティルダがいたんだっけ。水母、ボイチェンよろしく。【あー、みんなさっきの通話を聞いて分かった通り、脱出作戦の実行が決まったわ。私は今から広場に戻って作戦の指揮を執る。幸い、こうして事前に内通者を潰す事が出来たものの、大人数が移動を開始すれば、遅かれ早かれどうやったってカロワニー軍には気付かれてしまうでしょう。ここからが正念場。みんな、覚悟を決めてかかって頂戴!】』
「「「おう!」」」
「「「ゥワン!」」」
ウンタ達は力強く、犬達は元気に私の言葉に応えた。
この戦いのクライマックス。
楽園村の生き残りをかけた最後の作戦。
我々が生き延びるのか、それともカロワニー軍に蹂躙されてしまうのか。
熱く、そして長い夜が、今、これから始まろうとしていた。
次回「全軍亜人陣地に突撃せよ」




