その491 メス豚と脱出作戦
ここからが正念場。
私はエイヤと気合を入れると、広場に集まっている村人達に呼びかけた。
『みんな! 今の村長の話を聞いたわよね! 結論から言うわ! 私はこの村を放棄して全員でそのトンネルまで逃げるべきだと考えている!』
村を捨てる、というショッキングな内容に、彼らは一様に驚きの表情を浮かべた。
ここで私は今の話が全員の心の中に浸透するのを待った。
自分達の生まれ育った村を捨てろと言われたのだ。当然、怒り出す者もいるだろう。
私は覚悟を決めてジッと村人達の反応を待った。
「そ、そんなに状況は悪いのか?」
だが、おずおずとかけられた言葉は予想外のものだった。
戸惑う私に、今度は別のオジサンが尋ねた。
「今日の戦いで多くの者達が死んだ。本気になった人間の軍隊にはとても敵わないんじゃないか。そう言っている者達も多いんだ」
あーなる。そういう事ね。
どうやら私は彼らの心理を見誤っていたようだ。
楽園村の村人達は、今日の戦いで出た犠牲者の数に、すっかり弱気になってしまっていたのだ。それこそ余所者の私が「村を捨てよう」と呼びかけても、「余所者が何を言うか!」と怒り出すより前に、「そんなに悪い状況だったんだ」と悪い方向に受け取ってしまう程に。
あ、あそこに数少ない例外がいたわ。あれはジャドだな。ヒゲ面のオヤジが顔を真っ赤にしてこっちを睨んでる。
さすが野党の代表、こんな時でも文句は忘れないらしい。今は周りの空気を読んで黙っているみたいだけど。
さっきの声の主が再び私に尋ねた。
「それでどうなんだ? 俺達じゃ人間に勝てないのか?」
勝てるか勝てないかで言えば、そもそも勝てるはずがない。
そんなのはこの戦いを始める前から分かり切っていた事だ。
兵士の数、装備の質と量、後方支援の厚み。その全てにおいてこの村はカロワニー軍に遠く及ばない。
大体、戦争というのは総力戦だ。総力において明らかに劣る亜人達が人間相手に勝てるはずなどないのだ。
じゃあなんで戦ってたのかって? そんなモン、向こうから仕掛けて来たからに決まってるだろ? やられっぱなしで黙っている訳にはいかないっての。
無抵抗主義は相手を図に乗らせるだけの悪手だ。殴りかかられれば、敵わないまでも殴り返す。互いに痛い思いをすれば、相手の方も「これじゃ割が合わない」と諦めるかもしれない。
それで引いてくれるなら御の字。あちらが停戦のために何か条件を出して来るようなら、その時はその時。内容次第では話し合いに応じるのも良いだろう。
重要なのは、こちらも戦えるという力を見せる事。暴力に屈しない気概を持っていると思い知らせる事。
暴力に暴力で応えるのは良くないって? そんな綺麗事はいらないね。世の中はな、死んだらそこでお終いなんだよ。
『ボソリ(などとバカ正直に言う訳にはいかんか。クロカンはまだしも、二等兵達の士気は落ちるだろうし) 既に聞いているかもしれないけど、敵に増援があったのよ。今のままだと厳しいと言わざるを得ないわね』
「そ、そうなのか・・・」
シュンとしょげ返る村人達。プチ罪悪感。いや、今はそんな事を言ってる場合じゃないっての。
『ぶっちゃけ、これ以上いつまで敵の攻撃を凌げるかは分からない。トンネルという脱出の手段が見つかった以上、利用しないという選択肢はないわ』
私は事前の打ち合わせ通りにユッタパパに振り返った。
『ユッタパパ。トンネルまでの道のりはちゃんと把握しているのよね?』
「もちろんさ。クロ子ちゃんに言われていた通り、昼間のうちにちゃんと調べておいたよ。今すぐにみんなを案内出来るさ」
「い、今すぐにだって!?」
ユッタパパの言葉に村人達から驚きの声が上がったのだった。
私の立てた脱出作戦。
それは夜の間に村を捨て、全員でトンネルを目指すというものだった。
まさか直ぐに村を出るとは思わなかったのだろう。野党代表のジャドが怒りの声を上げた。
「バカな! もう外は真っ暗じゃないか! それにここには足腰の弱った年寄りや子供、それにケガ人だっているんだぞ! 足元も見えない闇夜の中、山を歩かせるのは危険過ぎる!」
ジャドの反対意見は最もだ。常識的とも言える。
普通に考えれば、いくらトンネルが村の近くにあるとはいえ、一般人が夜に山歩きをするのは危険が大きいだろう。
「そういった足の弱い者達には元気のある男衆達が手を貸すにしても、それでも絶対に安全とは言えんぞ」
『その案は却下で。体力に自信がある人達には、食料や衣服などの荷物を運んで貰わないといけないから』
「だったら尚更だ! そんなメチャクチャな話に従う訳にはいかない!」
ジャドは「話にならん」と怒鳴ると、怒りに地面を踏み鳴らした。
さっきのオジサンがおずおずと私に尋ねた。
「そ、それは明日、明るくなってからじゃダメなのか? 今すぐと言われても、俺達も心の準備が出来ていないんだが」
『オジサンの気持ちは良く分かるけど、この脱出作戦は夜の間に行わないとダメなのよ』
明るくなるとカロワニー軍の攻撃が始まってしまう。
そうなれば防衛のため、我々と村の若い衆は戦場に立たなければならなくなる。
出来るだけ多くの荷物を運ばなければならない事を考えれば、脱出作業は彼らの手の空いている夜の間に行っておきたいのだ。
そしてそれに加えてもう一つ。
我々にはどうしても今すぐに移動を開始しなければならない重大な理由があるのだが、それをここにいるみんなの前で言う訳にはいかなかった。
「け、けど、急にそんな事を言われても・・・」
『ゴメン。でも覚悟を決めて。確かに危険はあるものの、多分、これが最も安全に敵から逃げられる最大のチャンスだと思うから。それに私は、このタイミングでトンネルが発見されたのは、この村に与えられた運命じゃないかと思ってる』
「運命だって?」
『そう、運命。運命が村のみんなに「生きろ」「このチャンスを掴み取れ」と言ってくれているんだと思う。そうでなければこんなギリギリになる訳ない。今決めればまだ間に合う。でも明日になったら選ぶ事すら出来ないかもしれない。そうなってから「あの時、脱出する道を選んでいれば」と後悔したってあとの祭り。全ては手遅れなのよ』
幸運の女神には前髪しかないと言われている。チャンスというのは、やって来たその時につかまなければもう二度とつかむ事が出来ないのだ。
私は長老会の老人達に恨めし気な視線を送った。
彼らがもっと前にトンネルの話をしてくれていれば、こんなギリギリの苦労をしなくても良かったのに・・・
全く、とんだ人為的な運命もあったもんだ。
「クロ子」
私はエノキおばさんに呼ばれて振り返った。
「こんな重要な話だ。村の連中も気持ちを纏めるための時間が必要だろう。少しだけ考える時間を与えてやってくれないかい?」
私は不機嫌そうにブヒッと鼻を鳴らした。
楽園村の人口は多い。確か五千人だっけ? その上、昼間の戦いで自分では歩けない程のケガをした者達もいる。荷物も出来るだけ運び出したいしで、正直言って今は時間が惜しい。出来れば一刻も早く脱出作戦を開始したい所なんだが――
その時、犬の遠吠えが響き渡った。
あれは見張りを命じておいた黒い猟犬隊の合図だ。
――やはり動いたか。
私はエノキおばさんに頷いた。
『分かった、時間を取ればいいのね。みんなの意見が纏まったら呼んで頂戴。その間、私はちょっと席を外すわね。ウンタ! サステナを呼んで来て!』
「ああ、分かった」
「おい、クロ子。俺は一緒に行くからな。止めるんじゃねえぞ」
クロカンの大男、カルネが槍を手に身を乗り出した。
『う~ん、別にいいけど、遅れたら置いて行くわよ』
「おう! それで構わないぜ!」
私は『風の鎧!』。身体強化の魔法をかけるとダッシュ。
驚く村人達の頭上をヒラリと飛び越えると、広場の外へと躍り出た。
「お、おいクロ子! それはズルいだろ! ちょ、そこをどいてくれ! 道を開けてくれって!」
背後でカルネが人混みをかき分けている声がする。あーあ、言わんこっちゃない。
私は背後のカルネに、『先に行ってるわよ!』と一声かけると、村の通りを駆け出した。
『このタイミングで動くのは、つまりはそういう事よね?』
先程、みんなの前で言う訳にはいかなかった、すぐに移動を開始しなければならない重大な理由。
その理由が自ら姿を現したようだ。
いやこの場合、馬脚を現した、と表現した方が良いのかもしれない。
『今夜脱出を開始すると知ったら、絶対に慌てて動くと思っていたわ。村に隠れ潜む内通者の正体、今こそ暴かせて貰うわよ』
私は一陣の黒い風になると、夜の楽園村を駆け抜けたのだった。
次回「メス豚と闇夜の捕り物」




