その488 メス豚と大きな賭け
戦争というのは常に激しい戦闘状態にある訳ではない。
合間合間にはいわゆる凪の時間というか、一時的に戦いの無い時間が存在する。
今はそんな空き時間。
陣地を後方に下げた事で生まれた貴重なこの時間に、私は各部隊から通信による被害報告を受けていた。
『「カルネだ。済まねえ。さっきの戦いで仲間が結構やられちまった。楽園村の男衆達――ええと、二等兵だったか? が、今分かっているだけで三十人ばかり。負傷者はその倍以上だ。残っているまともに戦えそうなヤツらは五十人くらいか? 義勇兵も半分くらいの人数がやられた。クロカンは今の所、まだ大丈夫だ。俺も含めて戦えない程酷いケガを負ったヤツは誰もいない」』
『「第三分隊コンラだ。俺達の方はカルネの所より更に悪い。死者だけでも五十人は超えている。その中にはクロカンのタルパとマット、ウカマの三人も入っている。それとスマン。敵と乱戦になった時、魔法銃のほとんどが壊れちまった」』
『「こちら第二分隊のモンザ。俺達の方は比較的他の陣地より被害が少ないみたいだな。コンラの所が特にヤバいようだし、こっちからいくらか回すか? 魔法銃も四・五丁くらいなら融通出来るが」』
予想通り、いや、予想を超えて各部隊の被害が酷い。
特にコンラの第三分隊の状況は最悪だ。そうとう有力な敵部隊に当たってしまったんだろう。
あるいは敵の中にさっき私が倒した黒鹿毛ポルコリのような、達人クラスのヤツがいたのかもしれない。
『たった半日足らずの戦いで、ここまでボロボロにされるなんて・・・』
私は重いため息ついた。
『「こちらウンタだ。さっき敵陣地に偵察に行っていたマサさん達が戻って来た。マサさんの話によると、やはり敵に大掛かりな増援があったと見て間違いないようだ」』
こっちの方は予想通りか。別に予想が当たったからといって嬉しくも何ともないんだが。
なんで世の中は、こうも当たって欲しくない予想ばかり当たるんだろうな。
(やっぱり楽園村の先祖が子孫に残した遺産に賭けるしかない、か)
楽園村の先祖が残した遺産。
彼らが他の土地からこのカルテルラ山に来る時に通ったという、秘密のトンネルである。
私は陣地を守っている第七分隊の分隊長、ハリィに振り返った。
『ハリィ、私は今からコンラの陣地を助けに向かう。それでなんだけど、あっちは大分やられているみたいだから――』
「分かってる。これ以降はずっと向こうに貼り付きっぱなしになるかもしれないって言うんだろ? ここは俺達だけで十分だ。ロインもいるしな」
『ゴメン。でも危なくなったら連絡して。サステナを救援に向かわせるから』
己惚れではなく、間違いなく私はクロカンにおける最高戦力だ。
他から中途半端に戦力を引き抜いて、全体の防衛力を下げてしまうくらいなら、私一人(一匹)で救助に向かった方がずっと効果が期待出来る。
ケガ人の治療をしていたピンククラゲが、触手をワキワキと動かして、自分の存在をアピールした。
『自己表現』
『もちろん水母にも一緒に来て貰うつもりでいたって。ホラ、行くわよ』
水母は満足そうに伸ばした触手をしまうと、いつものように私の背中に着地した。
秘密のトンネルを使い、楽園村の亜人達を全員丸ごと逃がす。
言うのは簡単だが、どこに通じているかも分からない。なんなら本当に存在するのかどうかすら不確かなトンネルに、楽園村の住人五千人の命を預けるのは、ハッキリ言ってギャンブルである。
勝ち目の見えない危険な賭け。
だが、戦線が崩壊しつつある今、我々に迷っている余裕も躊躇っている時間もない。
『そのためにも、先ずは目の前の戦いを乗り切らないと』
ここで敵に負けてしまえば逃げるも何もない。ギャンブル以前の問題である。
◇◇◇◇◇◇◇◇
楽園村の北。
カロワニー軍が本陣として接収しているとある家には、先程から前線の戦闘経過を報告に来た兵士が、ひっきりなしに出入りしていた。
「バカな! 【黒鹿毛ポルコリ】までもがやられたのか!」
総司令官のドッチ男爵は部下からの報告に怒りの声を上げた。
先程クロ子は自軍の被害の大きさに衝撃を受けていたが、それはカロワニー軍にとっても同じ事。
いや、クロ子とサステナという二人の(一人と一匹の)規格外を相手にしなければならないカロワニー軍の方が、より大きな被害を受けていた。
怒りに言葉を失うドッチ男爵に代わり、部下の将軍が連絡の兵士に尋ねた。
「【モッザーナの三本槍】も【今サッカーニ】に討ち取られたと聞いている。黒鹿毛もやはり【今サッカーニ】にやられたのか?」
「いえ、黒い子豚の姿をした怪物の魔法にやられたそうです」
「魔法を使う黒豚――【今サッカーニ】が飼っているという化け物か!」
どうやらカロワニー軍の中では、クロ子はサステナのペットと考えられているようである。
クロ子がこの事実を知ったら、さぞ不本意に思うに違いない。
一人の将軍が苦々しげに吐き捨てた。
「これで増援としてやって来た主だった手練れは、全て【今サッカーニ】にやられてしまった事になるのか」
「だから俺はあれほど敵を甘く見るなと言ったのだ。それなのにヤツらめ、功にはやって出過ぎおって」
増援の中でも特に腕に覚えのある者達――クロ子が戦った【黒鹿毛ポルコリ】や、十字槍を巧みに操る親子騎士、【モッザーナの三本槍】などは、軒並み今回の戦いで戦場に散っている。
ドッチ男爵は前もって、「決して敵を侮るな」と忠告していたのだが、手柄を焦る彼らの耳には届いていなかったようである。
「し、しかし、彼らの努力もあって、多くの敵を討ち取る事に成功しましたぞ」
「亜人などどれだけ殺した所で何になる! 【今サッカーニ】とヤツが飼っている怪物を始末しない限り、こちらの被害が増えるばかりではないか!」
ドッチ男爵の叩きつけるようなこの言葉に、異論を唱えられる者は誰もいなかった。
亜人村を巡る戦闘が始まってから約一ヶ月。戦いがこれ程までに長引く原因になったのは、間違いなくサステナ(とクロ子)の存在が大きかった。
この規格外の一人と一匹は、正に一騎当千の強者。
数万と数万が正面からぶつかるような本格的な野戦でならともかく、今回のように一度に投入できる戦力が限定されるミニマムな戦場であれば、個人の力で勝敗を左右する存在であった。
「妙な驕りを持たず、【今サッカーニ】を取り囲み、全員でかかっていれば何とかなっていたかもしれんというのに・・・」
実際、ドッチ男爵は彼らにそうするように命じていた。
腕に覚えのある者達が協力してかかれば、例え【今サッカーニ】サステナといえども容易く討ち取れるに違いない。
そう考えて命令しておいたにもかかわらず、彼らは互いに功を競り合い、勝手に攻撃して勝手に自爆してしまったのである。
クロ子達から見れば、敵の功名心に助けられた、といった所だろう。
誰かがポツリと呟いた。
「これで再び打つ手がなくなったか・・・」
部屋の中を重苦しい空気が包んだ。
実は今朝からの戦いは、クロ子達楽園村防衛隊に大きな被害を与える事に成功している。
黒鹿毛ポルコリ達の無謀な攻撃は、クロ子やサステナのような大駒こそ取れなかったものの、確実にクロ子達を追い詰めていたのである。
しかし、この一ヶ月もの間、散々クロ子とサステナに煮え湯を飲まされて来たドッチ男爵達は、念願のチャンスを逃した悔しさにのみ目を奪われ、彼らが上げた戦果に気が付いていなかった。
停滞した軍議の場を動かしたのは、外から聞こえて来た声だった。
「あ、あなた様は!」
「――どけ。自分はここに用がある」
ヅカヅカという乱暴な足音と共に、部屋のドアが勢い良く開け放たれた。
部屋に入って来たのは、全身を包帯に包まれた黒髪の青年。
整った顔は療養生活によってコケ落ち、独特の凄みと怪しい色気を纏っている。
包帯の隙間から覗く目はギラギラと血走り、触れれば切れるような殺気を放っていた。
「【烏羽色の】ダンタニア・・・」
そう。彼こそは【ベッカロッテの二鳥槍】の片割れ、【烏羽色の】ダンタニアであった。
【ベッカロッテの二鳥槍】は、亜人村攻防戦の初日、不意を突いて陣地を襲撃して来たクロ子達と戦い、【鳶色の】マルテールは死亡。ダンタニアも重傷を負ったものの、辛うじて一命をとりとめたのであった。(第十四章 楽園村の戦い編 『その474 メス豚と片翼の鳥』より)
「もう歩いて大丈夫なのか!?」
「・・・【今サッカーニ】はどうなった?」
ダンタニアはこの問いかけには答えず、ドッチ男爵を睨み付けた。
「話は聞いている。【今サッカーニ】を殺すため、腕の立つ男達を送ったらしいな。【今サッカーニ】の首は取れたのか? どうなんだ?」
「なっ・・・お前、一体どこでその話を。ムッ!」
ドッチ男爵は開け放たれた部屋の外、建物の廊下に、増援を率いて来た新入りの男、タイロソスの信徒アーダルトの姿を見つけた。
「アーダルトか! ダンタニア、貴様、ヤツに焚きつけられおったな!? ヤツから何を吹き込まれた!?」
「答えろ。【今サッカーニ】はどうなった? ヤツはまだ生きているのか?」
ダンタニアが静かに剣の柄に手を掛けると、ドッチ男爵は膨れ上がる殺気に声を詰まらせた。
「・・・残念だがまだ生きている」
「そうか。それならいい」
ダンタニアは心から嬉しそうに、ニヤリと口角を吊り上げた。
「アイツは自分の――いや、自分とマルテール、【二鳥槍】二人の獲物だ。誰にもこの復讐の邪魔はさせない。割り込むヤツは誰であろうと殺す。分かったな?」
ダンタニアは周囲をねめつけると、誰も異を唱えないのを確認して踵を返した。
彼が部屋を出ると、その後ろにアーダルトが続く。
ドッチ男爵達は二人が建物を出るまで、誰も口を利く事が出来なかった。
次回「メス豚、説得する」




