その482 ~村長の血筋~
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長老会の老人達の口から語られた話。
それは、彼らの先祖達は七十年程前、人工的に作られた洞窟――トンネルを抜けて、このカルテルラ山にやって来た、というものだった。
村長のユッタは彼らに尋ねた。
「その洞窟はどこかにまだ存在しているんでしょうか?」
「うむ。村の南に一時間程、山を登った先にあるはずじゃ」
「ええっ!? そんなに近くにあるんですか!? そんな所に洞窟があるなんて話、一度も聞いた事がないんですが!」
驚くユッタに、エノキ婆さんは「だろうね」と頷いた。
「私も長老会に入った時、同じ話を爺さん達から聞かされて、『どれ、そんな物があるんだったら、一度この目で確かめてやろうかね』と、意気込んでその場所に向かったもんさ」
「それで、どうでしたか?」
エノキ婆さんは小さくかぶりを振った。
「何も。洞窟どころかウサギの穴すら見付からなかったさ」
「フエッ、フエッ、フエッ。そりゃそうじゃろう。洞窟は誰にでも見つかるもんじゃないからの」
老人は体を揺すって笑うと、ユッタ村長に振り返った。
「洞窟は資格を持つ者の前にしか姿を現さんのじゃよ。村長よ。お前さん、光の石の事を覚えておるか?」
「はい、勿論。我が家に伝わる村長の証の石の事ですよね?」
「うむ、それじゃ。七十年前、その洞窟を初めて見つけたのが、お主のご先祖だったんじゃよ。それ以降、代々に渡って資格のある者が光の石を光らせ、村の村長の座に就く事が定められたのじゃ」
つまり光の石は資格の有無を判定する測定器の役割を果たしているのだろう。
ユッタは長年、心の片隅にわだかまっていた疑問が氷解した気がした。
ユッタがまだ幼い頃、当時村長だった父親から、表面のツルリとした涙滴型の石を見せられた事があった。
「これはな、この楽園村の村長の証なんだ。見てろ。こうやって力を込めるとだな――」
「スゴイ! 石が光ったよ!」
父親が石に意識を集中させると、石は青白い光を放った。
「ホラ、お前もやってみるといい」
「う、うん」
ユッタはおっかなびっくり、父親から石を受け取った。
「・・・何も起きないよ」
「違う、そうじゃない。コツがあるんだ。こう、意識を集中してだな――」
父親の指導を受けながら何度か試すと、石は青白く光り出した。
「やった、僕にも出来た!」
「ふむ。俺の時と同じくらいの輝きはあるな。良かった。これなら長老会もこの子が俺の後を継ぐのを認めてくれるに違いない」
ユッタの父は安堵の息を吐くと、「もういいだろう。これは大事な物だからな」とユッタの手からそっと石を取り上げた。
その後、ユッタには二人、弟が生まれたが、どちらも彼ほど石を光らせる事は出来なかった。
やがてユッタが成長し、今の妻と結婚すると、父は「お前達の間に子供が生まれたら、俺がお前にしたようにこの石を握らせろ。そしてより強く光らせた者を次の村長に指名するんだ」と伝え、彼に村長の座を譲り渡したのだった。
(あの時は父が何を言っているのか分からなかった。多分、村のしきたりのような物なんだろうと理解したんだけど・・・なる程。先祖の通って来た洞窟に関係する物だったんだな)
その洞窟だが、エノキ婆さんが見付けられなかったという事は、簡単に見付かるような場所にはないのだろう。
資格を持つ者の前にしか姿を現さない、というのがどういう意味なのかはまだ分からないが、長老会がその資格とやらを重視し、血筋を絶やさないようにしているという事だけは良く分かった。
「長老会の皆さんしかこの話を知らないのも、そのためなんですね。もし、何かあって村を捨てざるを得ない状況になった時は、その洞窟は最後の逃げ道になるに違いない。いわば村の最後の生命線とでもいった所でしょうか」
「そういう事じゃ。ご先祖様達は皆、人間達に洞窟の事を知られないよう、口をつぐんだままこの世を去った」
彼らの先祖達は、自分達の切り札とも言える洞窟の事を、決して口にはしなかった。どこから人間達の耳に入るか分からないからである。人間達に虐げられ、生まれ育った土地からも追われた彼らは、ペドゥーリ伯爵の庇護を受けながらも、人間の事を心からは信用していなかった。
やがて楽園村の一世代目が生まれ、二世代目、三世代目と代を重ねて行くにつれ、洞窟の存在は自然と村人達の記憶からも忘れ去られて行ったのである。
エノキ婆さんは小さく肩をすくめた。
「おかげで今ではこの話を知っているのは、長老会の年寄り連中だけという訳さね」
「なにせエノキもワシらが教えるまで知らなかったくらいじゃからな」
「私はアンタらと違って若いんだよ」
村長のユッタは、長老会の老人達とエノキ婆さんのやり取りを聞き流しながら考え込んだ。
(クロ子ちゃん達は良く頑張ってくれているけど、戦いの状況は良くない。その上、村人達の中に内通者までいるんじゃ、いつまで持ち堪えられるか心配だ。エノキさんもそう考えたから、僕に今の話をしたんだろうけど)
現在、楽園村は窮地に追いやられている。打開策は見当たらず、辛うじて敗北を先延ばしにしているだけの状況。
しかし、本当に長老会の老人達が言うような洞窟が――トンネルが存在しているのなら話は別となる。逃げるという選択肢が出て来るからである。
「洞窟の先はどこに通じているんでしょうか?」
「そこまではワシらも知らんよ。だが、ご先祖が人間達に追われて逃げて来た事を考えれば、洞窟の先に人間の村か町があってもおかしくはないじゃろうな」
「そんなもの、行ってみなきゃ分からないじゃないか!」
「エノキよ、少しは落ち着け。そんな不確かな話に村の命運を託す訳にはいかんじゃろうが」
長老会の老人達の言い分も確かに分かる。だが、事態は彼らの想像以上に切迫している。
前線は明日にでも崩壊するかもしれないのだ。
一番最悪の未来は、何も決められないまま、敵がこちらの陣地を突破。村の奥までなだれ込んでしまうケースである。
そうなれば全滅は必至。洞窟の存在は完全に無意味となる。切り札を出し渋って、手札の中で腐らせてしまうような物だ。
(楽園村の総人口は五千人程。たかが一時間程度の距離とはいえ、それだけの人数が一度に移動するとなると、どう考えても簡単にはいかないよね。連絡、調整だけでもどれだけかかるか。決断するなら一日でも早い方がいい)
出来れば洞窟の先を調査してから、村を捨てるかどうか決めたい所だが、安全の確認を待っていては肝心の時間が無くなるかもしれない。
ユッタは、「そんな逃げ道があるのなら、もっと早く教えてくれれば良かったのに」と、エノキ婆さんを恨めしそうに見つめた。
「何だい?」
「いえ、何でも。・・・少し考えさせて下さい」
ユッタはイスから立ち上がった。
流石にこの場で決めていいような物ではない。
決めるにしても落ち着いて一度頭を冷やしてからにすべきだろう。
「そうだね。大事な決断だ。後で後悔しないようにじっくり考えな」
エノキ婆さんはそう声を掛けたが、ユッタにはどちらに決めても後悔する未来しか想像できなかった。
ユッタが部屋を出ると、そこにはヒゲ面の中年男性が立っていた。
「ジャド、あなたこんな所で何をしているんです?」
ユッタは少し身構えながらヒゲ面の男に――ジャドに声を掛けた。
ジャドはユッタの上の世代。村長であるユッタが村の与党の代表とするなら、ジャドは野党の代表といった立場で、常日頃から何かにつけて彼に反発する態度を取っていた。
ちなみにクロ子達が最初にこの建物に案内された時、出会い頭に怒鳴り付けて来たのもこの男である。(第十四章 楽園村の戦い編 『その459 メス豚と長老会』)
「い、いや、別になんでもねえ」
ジャドはなぜか慌てたような様子で、歯切れの悪い返事をした。
いつもであれば即座に敵対心むき出しな態度で来るものを、彼にしては珍しい事もあったものである。
(今日は一体どうしたんだろう? 妙に彼らしくない態度だけど)
ユッタとしても今は考え事で頭が一杯な事もあって、この場で深く考える事はなかった。
「そうですか。じゃあ僕はこれで」
「・・・お、おう」
(なんだろう。本当に気味が悪いな)
ユッタは怪訝な表情をうかべながらその場を立ち去った。
そして建物を出て家に向かう途中の事である。彼はハタととある可能性に気付き、足を止めた。
「ジャドは部屋の前にいたけど、まさか、さっきの話を聞かれてた?」
エノキ婆さんは結構大きな声で怒鳴っていた。何事かと気になって部屋の前で聞き耳を立てていたのかもしれない。
それと同時に、ユッタはもう一つ、重大な事を思い出していた。
「今日、クロ子ちゃんから相談を受けた村の抜け道を塞ぐ話。何人かと打ち合わせの話をしたけど、確かあの場にジャドもいたはずだよね」
そう。村長派だけで話を進めて、後で変にゴネられても面倒なので、前もって声を掛けておいたのだ。
内通者が敵軍に宛てた小さな端切れ。そこの書かれた情報をジャドも知る立場にあったのである。
次回「最後通告」




