その481 ~長老会に伝わる秘密~
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「そうか。この村から人間に味方する者がなあ・・・」
「何かやむにやまれぬ事情があっての事かもしれん。あまり追い詰めるようなマネはしてやらん事だ」
エノキ婆さんと村長のユッタから内通者の報告を受けた長老会の老人達は、少しだけ表情を曇らせた。
裏切り者を相手に理解を示すその態度が気に入らなかったのか、エノキはサッと目を怒らせた。
「何を甘っちょろい事を言ってんだい! 相手は村を危険に晒している裏切り者だよ!? 見つけ出してとっちめてやらなくてどうするんだい!」
「相変わらずエノキは血の気が多いのう」
「まあ、今回ばかりはエノキが怒るのも仕方がないじゃろ。なにせ人間の兵士達のせいで孫が殺されかけたんじゃからな」
カロワニー軍の先遣隊、モントレド男爵の部隊は村を襲った際、手始めに町はずれの数件の家に火を放った。
エノキは燃える家の中から赤ん坊を――孫を抱きかかえて逃げ出したが、運悪く敵兵に見付かってしまった。
彼女が切られそうになったその時、たまたまクロ子が到着。最も危険な銃弾の魔法で兵士達を始末したのだった。(第十四章 楽園村の戦い編 『その453 メス豚と略奪兵達』より)
「クロ子達メラサニ村の連中は、この村のために死ぬ思いで人間の兵隊達と戦ってくれてるんだよ! たとえ事情があったとしても、連中の努力を踏みにじるようなマネをして許しておく訳にはいかないね!」
「分かった分かった。だからそう興奮するな」
「あまり怒鳴ると、下にいる連中にも聞こえるわい。少しは抑えたらどうじゃ」
老人達は激昂するエノキを慌てて宥めにかかった。
「それで? 話は分かったが、エノキはワシらにどうして欲しいんじゃ?」
エノキは怒りを鎮めると、老人達を見つめた。
「誰もアンタ達に捜査に協力しろなんて言うつもりはないよ。この村に伝わる秘密。長老会の中だけで伝え続けられているあの話。今こそあれが必要な時なんじゃないかと思ってね」
「なっ!? エノキ、お前!」
「バカな! 自分が何を言ってるか分かっておるのか!?」
裏切り者の話を聞かされても動じなかった老人達がこの取り乱しよう。
この場で唯一、長老会に入っていないために事情の分からない村長のユッタは、目を丸くしてこの様子を見つめていた。
そんな彼だったが、次に長老会の老人から出た言葉には、流石にギョッと息をのむ事になった。
「お前、みなにこの村を――楽園村を捨てろと言うつもりか!」
楽園村を捨てる。
その言葉は青天の霹靂となって部屋の空気を凍り付かせたのだった。
楽園村を捨てる。
それは先程エノキが言った、長老会の中だけで伝え続けられている秘密とやらに関係しているのだろうか?
村長のユッタは慌ててエノキに尋ねようとしたが、それより先に老人達が口を開いた。
「そんなに戦況は悪いのか? 男衆はみんな、『問題無い』『上手くいっている』と言っておったぞ」
「バカだね、そんなの家族を心配させたくないからだよ。いやまあ、案外本気でそう思っているのかもしれないけどさ。人間相手に戦えている時点で、男共が勘違いするには十分だろうからねえ」
楽園村の男達にとっては、自分達亜人が人間の軍隊と互角に戦えているだけでも快挙なのは間違いない。たとえ実際には次々に陣地を放棄しているとしても、だ。
戦争も知らず、戦略も知らない彼らにとっては、目の前の戦いこそが全てであって、自分達が今も無事に戦えている時点で、『上手くいっている』という感覚なのかもしれない。
「そもそも村を半分、敵に奪われている時点で、こっちが追い込まれているのは分かるだろ?」
「取った取られたは一時的なもので、いちいち心配するような事ではないと聞いておるが?」
「そんなの方便に決まってるだろ。正直に言ったってみんなを不安にするだけじゃないか。クロ子は本当に上手くやってるよ。あの子とメラサニ村の連中がいなかったら、今頃この村はどうなっていたか分かりゃしないね」
クロ子は村人達に『この時点での不利は許容範囲』と告げていた。
漸減邀撃戦とはそういう作戦で、今は敵の戦力を削っている段階。敵は自分達が勝っているつもりでいるだろうが、本当は戦力を消耗しているという事に気付いていない、と説明していたのだ。
『つまりはアレよ。今やっているのは、いわば攻撃的な防御って訳。将棋で言う所の【受け潰し】みたいなものね』
「しょーぎ? 受け潰し?」
「おいクロ子、その説明で分かるヤツはいないと思うぞ」
ちなみに受け潰しとは将棋の用語で、相手が有効な攻め手を失うまで、徹底的に受けに回る策の事を言う。
やむを得ず受け続ける場合や、時々反撃を挟んだりする時にはこの言葉は使われない。(その場合は【受け切り】と言う)
勿論、全ては味方の士気を保つためにクロ子がついた苦しい言い訳でしかない。
こんな説明を信じるのは、戦いの経験のない楽園村の村人達くらいで、クロカン達は事情を察して口をつぐみ、槍聖サステナに至っては大爆笑してクロ子に睨まれた程である。
「戦況は極めて悪い。しかもどこかのバカの内通のせいで、危うく敵に村の背後が突かれる所だった。もう一刻の猶予もないんだよ。いい加減認めな。これは負け戦なんだ」
「だ、だからと言って村を捨てるというのは・・・」
「それに村を捨ててどこに行くというのか」
「あ、あの――」
ここで村長のユッタが口を挟んだ。
「村を捨てる捨てないの可否はともかく、そもそも麓への道は全て人間の軍隊によって塞がれているんですが。かと言って山を越えようにも、女子供、年寄りの足で人間の軍隊を振り切れるとは思えません。クロ子ちゃん達もそれが分かっているからこそ、村に踏みとどまって戦ってくれているんじゃないでしょうか?」
ユッタの疑問はもっともである。
逃げようと思って逃げられるのなら、最初から選択肢に入っている。
それが出来ないと判断したからこそ、クロ子はムチャを承知でカロワニー軍と戦っているのだ。
ユッタは不安と疑問、そして僅かな期待を込めて長老会の面々を見つめた。
「ひょっとしてあるんですか? 我々が人間達の軍隊から逃げられる方法が。それって、さっきエノキさんが言っていた、長老会の中だけで伝えられている秘密が関係しているんでしょうか?」
老人達はチラリと視線を交わすと、小さくため息をついた。
「――秘密、か。エノキが妙に思わせぶりな言葉を使いおるから、若いモンが勘違いしとるようじゃ」
「そうとも。コイツは別に秘密とかそういう仰々しい話じゃないぞ。昔は誰でも当たり前に知っておった事じゃが、今ではワシら年寄りくらいしか覚えておる者がおらんという類の話じゃ」
「それでも、一つでも選択肢が増えるなら願ってもない。是非聞かせて下さい」
ユッタは身を乗り出した。現在の閉塞された状況の中、たとえこの話が選択肢未満のヒントでしかなかったとしても、それは値千金の価値を持つと考えたのだ。
エノキは長老会の老人達に振り返った。
「勿体ぶらずに教えてやんなよ。どうせ長老会の役割なんてそれしかないんだからさ」
「やれやれ。村長よ、お前さんもこの村の成り立ちくらい親から教えて貰っとるじゃろ?」
「あ、はい。今から七十年くらい前に、ペドゥーリ伯爵様が屋敷の裏山に亜人が住むのを許して下さったのが始まりとか」
今から七十六年前。当時のペドゥーリ伯爵家当主は、屋敷の裏山に三百から四百人程の亜人が住みついていると知らされた。
ペドゥーリ伯爵は彼ら亜人にそのまま山に住み続ける事を許し、それが後の楽園村となったのであった。(第十三章 かりそめの楽園編 『その442 ~かりそめの楽園~』より)
「ワシらの両親や祖父母の世代は、元々他の土地に住んでいたのじゃ」
「ええ、僕も両親からそう聞いています。自分達の祖父母はここではない別の山にいたとか」
元々、現在の楽園村の村人の先祖は、このカルテルラ山ではない別の山に隠れ住んでいた。
しかしある時、その山に人間による開発の手が入り、彼らは土地を追われて逃げ出す事になった。
「山奥に入った先祖は厳しい生活を送っていたそうじゃ。厳しい寒さに見舞われ、食料となる動物は少なく、痩せた土地には畑を作るのもままならなかったという」
彼らは少しずつ少しずつ、食料を求めて山の中を移動して行った。
そうしてある日、彼らはとある洞窟にたどり着いた。
「それは不思議な洞窟だったという。入り口こそ普通の洞窟と変わらなかったものの、中に入れば暑くもなければ寒くもなかった。壁と床は綺麗に平らに均され、その表面には見た事もない意匠の模様が刻まれていたそうじゃ」
「それってまさか・・・」
「そう。ご先祖様達はその洞窟を通り抜けて、この場所にたどり着いたという事じゃ」
楽園村の先祖の亜人達は、その人工の洞窟――トンネルを抜けて、このカルテルラ山にやって来たというのだ。
次回「村長の血筋」




