その46 メス豚と超古代文明
コントロールセンターの対人インターフェースを名乗る、自称魔法生物の謎ピンククラゲ。
彼から聞かされた話は私を驚愕させるに十分だった。
『ホモ・サピエンスという意味でなら一万年前からこの惑星上には不在。現在この惑星に分布するデミ・サピエンスは当該サポートの対象外』
何・・・だと?
ホモ・サピエンス――人間はいない?
だったらショタ坊や王子様達は何なんだ?
デミ・サピエンス――半分人間といった意味か?
パイセン達亜人の事を言っているのだろうか?
いや――これってまさか・・・
私は自分の思い付きに脳天をぶん殴られたようなショックを受けた。
確認しないと・・・ 私は震える声でピンククラゲに尋ねた。
『デ、デミ・サピエンスって、ひょっとして人間と亜人、両方の事を言っているのかな?』
『肯定。ホモ・サピエンスのほとんどは一万年前にこの惑星を退去して別の惑星に移住した。僅かに残ったコロニーも現在では死滅している事が観測されている』
やはりそうか。
ピンククラゲは今日の天気の話くらいの軽さでサラリと言ってのけたが、私にとっては重大な情報だった。
つまりこの施設は一万年前から稼働している先史文明の超古代遺跡なのだ。
この惑星の人類は一万年前にこの星を捨てて別の星に旅立ってしまった。
残されたのはデミ・サピエンスと呼ばれる今の人類。
ショタ坊ら今の人類は元々の人類が去った後に繁栄した新人類だったのだ。
いや、それにしては新人類の進化の速度がおかしくはないだろうか?
一万年というのは気の遠くなるような年月だが、進化の歴史を考えるとあまりに短いスパンだ。
何も無い所からスタートして猿から人類になったと考えると、たかだか一万年では短すぎはしないだろうか?
新人類――ネオ・サピエンスではなく、デミ・サピエンス。半分人間。
まさか今の人類は・・・
『まさか今の人類は、元々この星にいたホモ・サピエンスを改造して生まれた人工的な種族なの?』
『肯定』
うおっ。やはりそうなのか。
なんだろう。さっきまでダンジョンアタックなんてやってたのに急にSFになって来たな。
世界観の変化に頭が付いて行けないんだけど。
それはそうと、今の人類は前人類の改造種。
猿から進化を始めた訳じゃなくて、人類としての進化と文明を引き継いだところから始まったんだ。
だったら納得。なのか?
というか、前の人類は何がしたかったわけ?
私はこの部屋の中を見渡した。
謎装置がびっしり詰まった謎の施設だ。
明らかに現在の人類にとってはオーバーテクノロジーだ。
そしてこの世界にこんな施設が数多く残されているとは思えない。
もしこんな施設があちこちで発見されていたらなら、この世界の文明はもっと進歩していなければおかしいからだ。
たまたまここだけが今まで運良く残っていたのだろうか?
いや、逆に必然とは考えられないか?
例えば、元々長期間稼働し続けられる程力を入れて作られた施設だったとする。だからこそ、こうして今も生きた状態で残っている。そうは考えられないだろうか?
一万年も稼働し続ける施設ってどれだけの科学力があれば可能なんだ、って話だけどな。
まあ今はそこはいいや。
ここが前人類にとって重要な施設だったのはおそらく間違いない。
確かここって”魔核性失調症医療中核拠点施設”なんだったっけ。
魔核性失調症とやらを治療するために作られた医療施設、ないしは魔核性失調症を研究するために作られた研究施設。といった事か。
魔核とはマナ受容体。
体内に存在する魔法を使うために必要となる器官だ。
この世界では知能の高い生物が魔法を使う事が出来る。
恐竜ちゃん達竜種がそれにあたる。それと私のような例外。
しかし万物の霊長たる人類はその器官を持ち合わせていない。
前々から疑問ではあったのだ。
人間にマナ受容体があれば、恐竜ちゃん達よりも強力な魔法が使えるはずなのに、なぜ人類にはマナ受容体が存在しないのか。
以前の私は「人類も昔は魔法を使えていたけど、進化の過程でマナ受容体が退化して使えなくなったんじゃないか」と考えていた。
けど、今の人類が前人類によって人工的に作られた種である事が分かった今、その仮定は成立しなくなった。
逆にパイセンをはじめとする亜人達は、若干とはいえ魔法を使う事が出来る。
なぜ人類の近縁種である亜人にだけはマナ受容体が残されているのだろうか。
やはり鍵となるのはこの施設。
それと魔核性失調症とやらについても知る必要があるだろう。
『この施設が作られた目的。魔核性失調症について教えてくれない?』
『・・・是』
私の真剣な気持ちが伝わったのだろうか。
ピンククラゲは不満そうにしながらも説明をしてくれたのだった。
ピンククラゲの語るこの施設の作られた目的。
それはこの惑星の人類という種の繁栄と衰退の歴史でもあった。
前人類の築き上げた文明。それは魔法と科学の融合した、現在の地球とは全く異なるものだった。
仮にそれを魔法科学と呼ぶ事にしよう。
魔法科学の力によって、彼らの文明は栄華を極めたのだ。
とはいえ、この頃の魔法科学はどちらかといえば魔法よりも科学の方に偏っていたようである。
後にそれは逆転するのだが、それには明確なきっかけがあった。
全盛を極めた彼らの魔法科学文明は、禁忌に手を染めた事により大きな転機を迎える事になるのだ。
それが魔法科学による生命への挑戦。遺伝子改造である。
この世界には地球には存在しない魔法媒介物質が存在する。
仮にその物質をマナと呼ぶことにする。
この世界の生き物は脳の一部にマナに干渉して物理現象を起こす器官を有していた。
その物理現象こそが魔法。魔法を生み出す脳の一部器官こそが魔核――私がマナ受容体と呼んでいた器官である。
前人類は遺伝子に手を加える事によって魔核を大幅に強化する事に成功した。
その効果は想像を絶するものだった。
その頃、前人類の社会も我々地球の文明同様、深刻な環境問題とエネルギー問題を抱えていた。
しかし、これらの問題は魔核の強化によって過去のものとなった。
マナというクリーンなエネルギーの利用。
魔法はすぐさま彼らの文明の中心へと取って代わった。
この遺伝子改造によって前人類の魔法科学はますます発展し、彼らの文明は頂点を極めたのだった。
――ここで話が終わっていればめでたしめでたし。
しかしそう上手くはいかなかった。
完璧に見えた遺伝子改造。しかしそれは、二代三代と代を重ねるにつれ、徐々に彼らを蝕んでいったのだ。
最初は児童の学力の低下という形で現れた。
やがてそれは犯罪数の増加、心身症患者の増加などの社会問題に発展した。
そう。肥大化する魔核に圧迫されるように、次第に彼らの脳は働きが低下、委縮していったのだ。
彼らはこの現象を”魔核性失調症”と呼び、その原因究明と治療方法の確立に尽力した。
その結果、彼らは非情な現実を突き付けられる事になる。
魔核性失調症の最大の原因は魔法の使い過ぎによる魔核の肥大化。
現状では有効な対処方法は無し。
過去に行われた遺伝子改造は代を重ねる事によって完全に彼らのDNAに定着、最早早急には手の打ちようが無いところまで来てしまっていたのだ。
もちろん、時間をかけて研究を重ねれば再び遺伝子改造を行う事は可能だろう。
しかし彼らにその時間は残されていなかった。
このままでは長くても数十年以内に、人類は文明を維持出来るだけの知能を完全に失ってしまう、との計算結果が出たのだ。
これ以上の脳の萎縮を防ぐためには、脳から魔核を完全に取り除くしかない。
彼らに残された道は二つ。
このまま何もせず魔核の肥大化を受け入れて文明を失い野生化するか。
魔核を失って完全に魔法を捨て去るか。
どちらを選んでも今の栄光を極めた魔法科学を失う事になる。
彼らは究極の選択を迫られていた。
結局、彼らは第三の道を選んだ。
現状を維持したままマナの存在しない別の星に移住するというものである。
そこで治療法を確立、安全が確認されてからまたこの星に戻って来るのだ。
幸い彼らにはテラフォーミングが終わったばかりの移住可能な新惑星が存在していた。
その惑星にはマナが存在しないため、そこをどうするべきか実験している最中だったのだ。
マナが存在しない。魔法科学にとっては致命的ともいえる惑星だったが、現在の彼らの状況にはまさにうってつけの惑星だったのだ。
彼らの政府はその新惑星に移住する事を決意した。
しかし、星を離れたくない者や、一部の者達――具体的には貧困層――は、この星に取り残される事になった。
彼らは希望すれば魔核の削除処置を受ける事が出来た。
削除処置はDNAレベルで完全に行われるため、彼らも彼らの子供にも今後一切魔核は発生しない。――はずであった。
手術を拒む者達はそのまま放置された。
彼らは自分達だけでコロニーを作って生活を始めたが、研究所の予想通り五十年も経つと文明を維持するだけの知能を失い、やがては獣と化した。
今では絶滅が確認されている。
こうしてこの惑星には魔核を失ったデミ・サピエンス――今の人類が取り残された。
前人類は魔法科学の一切合切を抱えて新惑星に移住したため、彼らに残された物は少なかった。
どの道彼らは貧困層――学識の低い者達だった事もあり、高度な文明の維持は不可能だった。
こうして程なく、栄華を極めた前人類文明はこの惑星上から跡形もなく消滅してしまったのだった。
次回「メス豚、秘密を打ち明ける」




