その472 メス豚vs鳶色のマルテール
さて、と。
私は何食わぬ顔でブヒブヒと地面の匂いを嗅ぎ回った。
そのままトコトコと歩き始めると、進行方向にいた敵兵達が戸惑いながらも道を開ける。
ハイハイごめんなさいね~。
そこのけそこのけ子豚が通りますよ~。
「クロ子! テメエ、勝手に逃げ出そうとしてんじゃねえ!」
サステナ、うっさい!
おっといかんいかん。平常心平常心。私は人畜無害な子豚ちゃんですよ~。
赤髪の2・5次元キャラ、【鳶色の】マルテールが兵士達に命じた。
「おい、誰かそこの豚を捕まえろ。そいつさっきから何だか妙に動きが怪しいぞ」
オウ、シット!
せっかくいい感じに気配を消してからの、死角からの不意打ちを狙っていたってのによ!
サステナのせいで全て台無しだよ! お前は大人しく黒髪の方の2・5次元キャラと戦ってろよ!
少年騎士の命令を受けて、周りの兵士達が慌てて私を捕えようと手を伸ばした。
『ええい、最早ここまでか! 最も危険な銃弾!』
「えっ――」
私は最も危険な銃弾の魔法を発動。不可視の空気の弾丸がすぐ目の前に迫っていた兵士の顔面に直撃すると、乾いた破裂音を立てて男の顔面が真っ赤に爆ぜた。
おおう、グロ注意。間近で見るようなもんじゃねえな。
突然の大きな破裂音。そしてその直後に繰り広げられた残虐シーン。理解不能な状況に兵士達の頭は一瞬フリーズする。
そしてその中には【鳶色の】マルテールもいた。
『隙あり! くらえ、最も危険な銃弾! からの風の鎧!』
「うおっ?!」
私は今がチャンスとばかりに少年騎士に狙いを付けたが、【鳶色の】マルテールは直前で反応。
空気の弾丸はマルテールが反射的に振り払った槍の風圧によってかき消されてしまった。
ガッデム! だから達人と戦うのはイヤなんだよ!
私は直後に発動した身体強化の魔法の効果で素早く距離を取った。
「なんだ?! コイツ、今何を飛ばした?! ――いや、待てよ」
マルテールは戸惑いの表情で槍の穂先を見たが、直ぐに何かを思い出した様子でハッと息を呑んだ。
「確か昼間の戦いでも、魔法を使う妙な生き物についての報告をして来た兵士がいたはずだ。そうか。それがこれだったのか。随分と頭のおかしな報告をするヤツがいると思っていたが、まさかこんな生き物が本当にいるとはな」
どうやら昼間の私の活躍は、前線の兵士達によって後方の敵司令部に伝えられていたらしい。
しかし、司令部では戦場にありがちな誤報だと思われていた模様。
まー常識的に考えれば無理もないが。
「すると今のが報告にあった魔法か? ははっ、まさかこの世に竜以外に魔法を使う生き物がいるなんてな。しかもそれが【今サッカーニ】の飼っている豚とか。【今サッカーニ】め、今までどこにこんなヤツを隠していたんだ?」
いや、私は別にサステナのペットって訳じゃないんだが。
それに魔法が使えるだけなら、私以外にも水母やクロコパトラ歩兵中隊の隊員達、それに黒い猟犬隊の犬達もいる訳で。
まあ、そんな事を敵であるコイツに教えてやる義理もないんだけどな。
その時、私の背中でピンククラゲがフルリと震えた。
『後方注意』
「こ、この化け物め!」
『おっと、危ない。最も危険な銃弾!』
「ウギャアアアア!」
私は後方から突き出された槍をヒラリと躱すと、魔法を発動。
不可視の弾丸を食らった兵士は、もんどりうって地面に転がった。
この光景に【鳶色の】マルテールは興奮に身を乗り出した。だから今度は何?
「見えた! 見えたぞ! コイツ、何か透明な礫を飛ばしていやがる!」
なん、だと?
私は驚きに思わずハッと脚を止めた。
これまでに何人もの敵と戦って来たが、こんなに早く最も危険な銃弾の魔法の正体に気付かれた事は一度もなかった。
それをコイツはたった二度の使用で見破ったというのだ。
最も危険な銃弾の魔法の原理は、圧縮された空気の弾丸を飛ばすというものだ。
弾丸が針程のサイズである事。そして音速に近い飛行速度。更には弾丸そのものが空気という目に見えないもので作られているという事もあって、大抵の敵は自分が何をされたのかも分からないうちに、この魔法によって負傷、ないしは命を奪われていた。
一部、例外的に防ぐ事が出来たのは、それこそ達人と呼ばれる猛者達くらい。
それでも弾丸そのものを目視した者はいなかった。
そう、今までは。
トンビは鳥の中でも特に目が良く、人間で言えば7.0〜8.0に相当する視力があるという。
どうやら【鳶色の】マルテールは、その鳶の異名に相応しく、常識外れの優れた動体視力の持ち主だったようである。
『・・・とはいえ、ただのハッタリという可能性もワンチャンあるか。どう思う、水母』
『微レ存』
微レ存か。ならばここは一発試してみるか。
『最も危険な銃弾!』
「ふっ!」
やっぱり。
私の予想通り、不可視の弾丸はマルテールの槍に振り払われると、エネルギーを解放する事なく霧散した。
ならば次は――
「キャオラァア!」
『最も危――うわっと!』
単発でダメなら次は面制圧で、と思った私にマルテールは槍を振り下ろした。
うおっ。危な。
私は大きくバックステップ。マルテールと距離を取った。
ヤバイヤバイ、危うく頭を持っていかれるかと思ったわ。
ここまでくれば流石に認めざるを得ない。
やはりコイツには最も危険な銃弾の魔法が見えているのだ
『だったら次だ! これが防げるかな?! 円弾×10!』
円弾の魔法が発動。鍋の中から熱湯が飛び出すと円盤状の弾丸になってマルテールに襲い掛かった。
「なにっ! 鍋の湯が! これがさっき兵士が言っていた謎の現象か?!」
『くらえ――って、おい、ウソだろ?!』
マルテールは槍の穂先で地面に落ちていた大きな布――多分、混乱の中で倒れていたテントだと思う――を引っ掛けると素早く一回転。自分の周りに大きく振り回した。
円弾の水の弾丸は殺傷力が低い。
厚手のテントの生地を切り割く程の力はなく、布地に当たって弾けてしまった。
マルテールは白く湯気を上げる布を地面に放り投げた。
「ははっ! ははははははっ! コイツめ、一体どれだけの手札を隠しているんだ?! ただの豚にしか見えないくせに、なんてデタラメな生き物なんだ! 楽しいヤツだよお前は!」
マルテールは何がツボに入ったのか、興奮に頬を染めると喜びの目で私を見つめた。
てか、私は全然楽しくないんだが。
何ならアッサリ死んでくれてた方が嬉しかったんだが。
むしろチートガン積みで俺tueeeしたいんだが。
「キョエエエイ!」
マルテールはまたもや化鳥のような叫び声と共に、鋭く槍を突き出した。
私は慌ててバックステップ。再び間合いを取ろうとしたが――
「逃がすかよ!」
『――チイッ!』
マルテールがそれを許さない。
彼はすかさず距離を詰めると、今度は横殴りに槍を振った。
私はまだ空中にいる途中。この攻撃を躱すすべはない。正に絶体絶命の大ピンチ。
『させるかっ! 根性おおおおおおっ!』
「おおっ?!」
私は空中で無理やり体を捻るとマルテールの槍を躱した。どうよ、今の。まあ最悪、命中するような事があっても水母が魔法障壁で防いでくれてたとは思うけど。
てか危なっ。今、ちょっとだけ毛先が槍に触れたぞ。
空中で体勢を崩した私はそのまま無様に地面に落下。『ぐえっ』っと乙女にあるまじき悲鳴をあげた。
「お前、今のを躱すのか?! はははっ! ホントにゴキゲンだな!」
『ちょ、おま、少しは遠慮しやがれ!』
私は非難の声をあげるがマルテールは無視(まあ、人間に私の言葉は分からないんだが)。勢いに乗って攻め込んで来た。
いや、違う。多分これがコイツの――いや、【ベッカロッテの二鳥槍】二人の、スタイルなんだ。
おそらく二人は同じ流派に属する同門同士。
その流派の真髄は『押さば押せ。引かば押せ』。
とにかく手数でアドバンテージを奪い、一方的に攻め込んで相手に自分の技を出させない。
荒々しくも理にかなった超攻撃的な槍術。
そして――
「オラオラオラ! ははははっ!」
そして間違いない。
【ベッカロッテの二鳥槍】と呼ばれるこの二人。
どちらも達人の域に達しているのは疑いようもないが、強いのは赤い方。
この【鳶色の】マルテールの方だ。
流派としての戦い方の特徴が、マルテールの持つ最大の武器――人並外れた動体視力の高さと、嫌らしい程マッチしている。
一度コイツを調子に乗せたら、槍聖サステナでさえテンポを取るのには苦労するだろう。
『くそっ。やっぱり私、達人の相手はキライだ』
私が思わずこぼした弱音は、ゾッとするような槍の風切り音にかき消され、誰の耳にも届かなかったのだった。
次回「メス豚、尻尾を巻く」




