その468 ~ペドゥーリ伯爵家の屋敷で~
◇◇◇◇◇◇◇◇
このヒッテル王国には、『【西の王都】には二つの名物あり』という言葉がある。
それは『ベッカロッテ美人』と『オカリナ・ガーデン』。
ベッカロッテは言わずと知れた都市の名前。
オカリナ・ガーデンとは、カルテルラ山の麓に広がる広大な庭園。その通称である。
美しくも計算された花壇と生垣は、自然物でありながらも自然界には決して存在しない幾何学模様を描き、その魅力で訪れる者達の目を奪って止まない。
オカリナ・ガーデンの名の由来は、大二十四神の一柱、芸術と音楽の神アネリソスから来ている。
ときの歌に、『例え芸術の神であっても、この庭園の美しさには見惚れて土笛を地面に落とすだろう』、と謳われた事から、土笛の庭園。オカリナ・ガーデンと呼ばれるようになったと言われている。
先の言葉は、美しく着飾った華やかな西の都の女性と、他に類を見ない大規模な庭園は、他の土地から来た者達の心を魅了する、という意味なのである。
その美しい庭園を進んだ先に、古い歴史を感じさせる巨大な石造りの屋敷が建っている。
人呼んでペドゥーリ城。
【西の王都】の盟主であるペドゥーリ伯爵家の屋敷である。
ここは屋敷の一室。
部屋の華美な調度品をかんがみるに、ここの使用を許されているのはそれなりの立場にいる者ではないかと思われる。
候補として挙げられるのは、先代当主の弟――今のペドゥーリ伯爵家の実質上の支配者となっているカロワニー・ペドゥーリの部下。
その中でもかなり有力な家臣、といった所であろうか?
実際、この部屋を使っているのはカロワニー派閥の有力貴族の当主であった。
「屋敷にやって来た二人の男について、耳寄りな情報が手に入りましたぞ」
「おおっ! 是非聞かせてくれ!」
部屋の主である貴族の当主――小太りの赤ら顔の中年貴族は、思わずイスから身を乗り出した。
片やもう一人の男は、こちらも貴族だろうか。髪に白いものが混じり始めたずる賢そうな小男である。
彼らが話題にしているのは、五日前の早朝に屋敷を訪れた二人の男について。
対照的な男達だ。
一人は不自然な程顔に特徴のない、地味な印象の年齢不詳の男。
もう一人はいかにも傭兵然とした出で立ちをした、三十前後の男。
驚くべきことに、二人は屋敷に到着した途端、実質上のこの土地の支配者、カロワニー・ペドゥーリとの面会を許されている。
そこで彼らの間で何が話されたのかは分からない。
ハッキリしているのは、カロワニーが二人を屋敷の奥深くに留めたという事。
二人の正体は何者で、カロワニーは何を秘密にしようとしているのか?
この赤ら顔の当主ならずとも、気になるのは当然であろう。
そうでなくとも、ここ最近のカロワニーの秘密主義はいささか度を超しているきらいがある。
彼の周りの者達は少しでも多くの情報を得ようと、耳をそばだて、他者に先んじようと躍起になっていた。
「屋敷の奥に入る事を許された使用人から手に入れた話ですが、どうやら男の一人はカルトロウランナから来た殺し屋のようです」
「殺し屋だと?」
殺し屋とはまた穏やかではない。赤ら顔の当主の声が潜められた。
カロワニーが殺し屋を雇った理由。
その標的が外の相手ならば問題は無いが、領内に向けられたものであるならば話は違って来る。
まさか自分とは思いたくもないが、その場合、この男が彼に自分に話を持ってくるはずはない。なぜなら小男は彼の友人。同じ派閥の一員だからである。
赤ら顔の当主は真剣な面持ちで話の続きを待った。
言うまでもなく、今の話に出て来た二人の男とは、深淵の妖人の最後の生き残り、顔なしの【無貌】と、クロ子達を裏切った教導者アーダルトである。
【無貌】は数日前のあの夜、胡蝶蘭館の主、ベルベッタ・ペドゥーリの殺害を成功させると、その報告のためカロワニーの屋敷へとやって来た。
その際、彼と同行していたアーダルトはその口利きでカロワニーと面会。
今日に至るまで屋敷に留め置かれている事から、彼らの間に何らかの合意なり取引なりが成されたのは間違いない。
それがアーダルトの望みに叶うモノであったのかは不明である。
そしてクロ子がこの事実を知るのはもう少し先の話となる。
小男は辺りを伺うように声を潜めた。
「ここ数日の門閥派貴族の慌ただしい動き。胡蝶蘭館の大婆様に何かあったのではないかとの噂もありましたが・・・どうやらこの二人がその件に関わっていた可能性が濃厚となりました」
「胡蝶蘭館? ペドゥーリ伯爵家の大婆様、ベルベッタの事か。――待て、カルトロウランナの殺し屋?! ま、まさか?!」
赤ら顔の当主は何かに気付いた様子でハッと目を見開いた。
彼はてっきりカロワニーが殺しを依頼するために殺し屋を呼んだものかと思っていたが、実の所はその逆なのではないだろうか?
仕事は既に完了した後。男はその報告に来ていただけ。
そう考えるならば、まさかそのターゲットというのは・・・
「まさかベルベッタは殺されたのか?! その殺し屋に?! 我々にとってあの目障りな老婆が本当に死んだと言うのか?!」
「お声が大きゅうございますぞ。状況から考えておそらく間違いはないかと。それにそう考えるならば門閥派貴族達の今までの行動に全て筋が通ります」
「いや、だが、まさか。カロワニー様がそこまでされるとは・・・」
カロワニーは野心家ではあったが、決して決断力や行動力に長けた人間ではなかった。
だがそれもかつての話。あの日を境に彼は確かに変わっていた。
半年程前の事。
隣の領地で狂騎士ドルドが、王家に対して反旗を翻した。
ペドゥーリ伯爵は西の守護者として反逆者を討つべく、領境へと軍を進めた。
しかし結果は惨敗。
将兵の多くが戦死し、当主自身も戦場で討ち取られ、帰らぬ人となった。
反乱軍は勝利の勢いのまま、【西の王都】ベッカロッテのすぐ近くにまで迫った。
ベッカロッテ最大の危機。この窮地を救ったのは、亡き当主の弟、カロワニー・ペドゥーリだった。
この時、カロワニーとドルドとの間に具体的にどのような約束が結ばれたのかは明かされていない。
だが、その理不尽なまでの苛烈さから”狂騎士”と恐れられるドルドが、敵からの停戦の申し出を受け入れただけでも驚きに値する。(もっともドルドとしては、死体蹴りのようなまねをしているよりも、手強い敵の待つ王都に急ぎたかっただけかもしれないが)
ペドゥーリ伯爵家は領内を反乱軍が通り抜ける事を黙認。次いで少なくない賠償金と十分な物資を提供する事で、領地が戦火に焼かれるのを免れたのであった。
「カロワニー様は我々家臣や領民達を守るため、断腸の思いで王家に弓引く反乱軍共に頭を下げられたのだ。それを門閥派貴族の者どもめ。裏切り者だの売国奴だの、口薄汚く罵りおって。カロワニー様のおかげで狂騎士の刃から救われておきながら、なんという恩知らず。恥を知れ、恥を」
その後、カロワニーは自らの権力の地固めとして、戦死した当主の三歳になる息子を新たな当主に据えると、自分はその後見人を自任した。
彼の台頭に反発、ないしは警戒心を抱く者達は、先代当主の大叔母、ベルベッタ・ペドゥーリを自分達の盟主として担ぎ上げ、その下に集まった。
ベルベッタはカロワニーにとって目の上の瘤。決して無視する事の出来ない邪魔な存在となっていったのであった。
「だが、まさか殺し屋を雇ってまで始末するとは・・・」
「あくまでも推測でございます。くれぐれも憶測で決めつける事のないように。それよりもこの話には気になる点がございまして――」
小男はそう言うと相手の目を覗き込んだ。
「亜人の子だと?!」
赤ら顔の当主は先程までとは一転、今度は興味深そうな顔で小男に尋ねた。
「確かその件は、町の犯罪組織の元締めに・・・確かアゴストだったか? に任せるよう、カロワニー様が直々にご命じになられたのだったか」
その時の事を思い出したのだろう。赤ら顔の当主はバカにしたように鼻を鳴らした。
「そうだ、思い出した。手配をしたのはモントレドの部下だったはずだ。ハハッ、モントレドのヤツめ。本人は亜人に返り討ちに遭って殺されるわ、部下は亜人の子供を捕える事も出来ずに逃げられるわで、何一つまともに出来ておらんではないか」
この表情から察するに、同じカロワニー・ペドゥーリの家臣でも、件のモントレドと彼らは異なる派閥に属しているようだ。
どうやらカロワニーの陣営も数多の組織と同様、完全な一枚岩という訳にはいかないらしい。
ちなみにモントレドは男爵家当主。クロ子が楽園村に到着した際、村の大通りで遭遇し、出会い頭に魔法を叩きこまれて死亡した例の指揮官の事である。
「捕えるよう命じられていたのは亜人村の村長の息子だったか。カロワニー様は一体なぜそのような者を必要とされるのか不思議に思ったものだが・・・まさか、嗜好の変わった慰み者として求められておるのではあるまいな?」
カロワニーは今年で三十歳。まだ結婚はしていない。
その理由は彼の性的嗜好が原因だと言われている。
そう。カロワニーは女性に対して興奮しない性癖。つまりは同性愛者という噂があるのである。
「その亜人の子なのですが、どうやら胡蝶蘭館にいたらしいのです」
「何だと?!」
小男の話は驚くべきものだった。
亜人の子供は追手から逃れると隣国に逃亡、そこで亜人を集め、この国に戻って来ていたというのだ。
「ではその子供はまだ館にいるのか?!」
赤ら顔の当主の表情も真剣な物となる。
なにせその子供をこちらで確保する事が出来れば、モントレドが属している派閥の貴族の鼻をあかせるだけではなく、主人の覚えもめでたくなるのである。
勢い込んで身を乗り出す赤ら顔の当主に、しかし小男は大きくかぶりを振った。
「いいえ。今現在は館にはいないようです。亜人の仲間と共に、村に帰り着いているのではないかという話です」
「村に?! 亜人の村にか?! それはマズいではないか!」
赤ら顔の当主は思わず叫んだ。
「最悪のタイミングだ! モントレドは死んだが、あそこはドッチの指揮する軍が包囲している! このままヤツの軍が村を制圧すれば、全てがヤツの手柄となってしまうではないか!」
どうやら彼らの派閥はモントレド男爵のみならず、ドッチ男爵とも反目しているようだ。
権力が彼らを虜にしているのか、それとも野心家の主人の下には野心家の家臣が集まり易いものなのか。
ここで小男は含みのある表情で赤ら顔の当主に告げた。
「その通りです。ですが幸い、この話を知っている者は我々以外におりません」
「――どういう意味、いや、なる程。ふむ。そういう事か」
赤ら顔の当主の顔に理解の色が広がる。
「我々さえ口を閉ざしていれば、ドッチが亜人の子の存在を知ることはない。という訳だな? そしてカロワニー様は亜人の子だけは絶対に生かして連れて来るよう厳命しておられた」
「はい。亜人共の村はモントレド男爵を殺害した事から分かるように、激しく抵抗している様子。ドッチ男爵も【ベッカロッテの二鳥槍】の出陣を求められた程と聞きます」
「このまま争いが激しくなれば、亜人の子は戦火に巻き込まれて死ぬやもしれんか。ククク・・・面白い。我々が一切手を出さずとも、ドッチのヤツ自分で自分の首を絞めるという訳だな。折角亜人村が手に入っても、目当ての子供が死んでしまったとあれば、カロワニー様はさぞお怒りになられるだろうな」
「ええ、間違いなく。なぜかカロワニー様は亜人の子を生かして連れて来るよう、いたくご所望でしたので」
赤ら顔の当主は。「よし」とイスから立ち上がった。
「この話は俺とお前の間だけの秘密とする。今のうちにお前に情報を流した使用人とやらの口は封じておけ。どこからドッチの耳に入らないとも限らんからな」
「お任せを。直ちに処理しておきます」
こうして亜人の子――ロインの所在の情報は、一部の者達の手によって握りつぶされる事となった。
しかしこれはただの一例。
楽園村の防衛戦は、当事者達の思惑の外で行われている権力争いの影響も受けながら、激化の一途をたどっていくのだった。
次回「メス豚と初日の終り」




