その45 メス豚と対人インターフェース
『クロ子は哺乳綱・豚? それとも人?』
『なっ・・・』
ダンジョンの奥の部屋。そこはSF映画に出て来そうな謎機械が所狭しと並んだ部屋だった。
そこで私達を待ち受けていたのは、フヨフヨと宙を漂うピンク色の謎クラゲ。
彼の落とした言葉の爆弾に私は思わず凍り付いてしまった。
私を豚と言うのは分かる。実際に豚だからな。
だが私のどこを見て人間だと思ったのだろうか?
まさかこの世界には私やパイセンのような転生者が他にもいて、それを見分ける方法が確立されている?
ピンククラゲは魔法生物と戦っている私を観察しているうちに、その事実に気が付いたとか?
ピンククラゲのツルリとした顔?はジッと私を見つめている。
目も口も無いその顔?からは何の感情も読み取れない。そりゃそうだ。
ちなみに哺乳綱の”綱”は、生物の基本的な分類階層にあたる界・門・綱・目・科・属・種の一つである。
要は哺乳類の事だと思っておけばいいんじゃないかな。
おっと、今はそんな事を考えている場合じゃなかった。
ピンククラゲの言葉に私は予想外に混乱しているようだ。
ヤバイ。集中しないと。
『クロ子の大脳の働きは人の特徴に酷似している。けど医学上は豚の大脳を大きく逸脱していない。魔核の活性化も観測されている』
魔核の活性化? 私がマナ受容体と呼んでいる部位の事を言っている?
つまりはこういう事か。
ピンククラゲは私を観察しているうちに、私の脳の働きが豚ではなく。人間のそれに等しいと判断した。
しかし、器としての脳みその作り自体は豚のものにしか思えない。
そこに違和感を感じたと。
ピンククラゲは私の事を転生者だとは気が付いていない?
もしそうだとすれば、ピンククラゲが不思議に思うのも当然だ。
今生の私はメス豚だが、前世の記憶はメス人間――ゴホン。人間の女子だ。
人間の記憶を持っていて人間のように思考している以上、脳みそが人間のような働きをしていても何もおかしくはないだろう。
ピンククラゲの言いたい事は分かった。
しかし、コイツに情報を渡してやるかどうかは別問題だ。
なにせコイツは私達の敵かもしれないんだからな。
『それより聞きたいんだけど、あなたが私達をここに招いたの?』
『? なぜ質問に答えてくれないの?』
ピンククラゲは不思議そうにくりりと頭を傾げた。
『私達はここに来るまでに何匹もの敵に襲われたわ。あれもみんなあなたの差し金だったのかしら?』
『クロ子がなぜ質問に答えないのか疑問。意思の伝達に不具合がある模様。不明』
ピンククラゲは空中をフラフラと漂っている。
どうして良いか分からずに戸惑っているみたいだ。
一体何なんだコイツは。
私達を弄ぶように、自らが生み出した(と思わしき)魔法生物兵器をぶつけて来た謎の存在”X”。
しかしXの正体は何を考えているのか分からないピンククラゲだった。
ひとまず私達に対する敵意はないように思える。
この部屋にも怪しい所は――いやまあ怪しい装置しかない部屋なんだけど、なんというか、罠的な存在は特に感じない。
実はピンククラゲ自身が凄い力の持ち主とか?
その可能性はある。可能性はあるが、体の方はどう見ても力こぶ一つ作れない軟体動物だ。
魔法抜きの私でも簡単に勝てちゃうんじゃないだろうか。
何か魔法が使えるかどうかは分からない。――いや、重力を無視して宙に浮かんでいる所を見ると魔法は使えるのだろう。
とはいえ、ツルリとした頭から分かるように、角による魔法強化はされていないようだ。
まあ、それを言ったら私も角なんて生えていないんだけどな。
――話の通じる今のうちに情報を収集しておくべきか。
とはいえ何が逆鱗に触れるか分からない謎の相手だ。慎重の上に慎重にいかなくては。
『あーと、そっちが私の質問に答えてくれたら私も答えるわ。ギブアンドテイクでいくのでどう?』
ピタリ。
まるで凍り付いたようにピンククラゲの動きが止まった。
うっ。何かしくじったのか?
『ギブアンドテイク不明。等価交換了承』
・・・ふう。
知らない言葉に引っかかっていただけだったのか。
表情のない相手と話すのって神経使うな。
『じゃあ最初は私からの質問』
『疑問』
『・・・ええと、そうだ。さっき私達の名前を教えたよね。だったら次はそっちの名前を教えて欲しいな』
『了承。魔核性失調症医療中核拠点施設コントロールセンターの対人インターフェース』
はっ? ええと今何って言った。
『もう一度いいかしら?』
『了承。魔核性失調症医療中核拠点施設コントロールセンターの対人インターフェース』
・・・よし、落ち着け私。ゆっくり考えよう。
先ずは”魔核性失調症”という言葉だ。失調症という事は何かの病気だろうか?
魔核――マナ受容体に関する何かの病気の事を指しているのだろう。
その次に”医療”という言葉が続いているので多分間違いない。
つまりこのダンジョンはザックリ言って何らかの医療施設なんだ。きっと。
私はここに来るまでに戦った魔法生物を思い浮かべた。
なんだかイヤな医療施設だな。
そして多分”コントロールセンター”はこの部屋。ならば”対人インターフェース”というのがピンククラゲ本人の事になるのだろう。
対人インターフェース。つまりはピンククラゲは生物じゃない?
私はフヨフヨと宙に浮かぶピンククラゲを見つめた。
これが生き物じゃないってちょっと考えられないんだけど。
いやまあ魔法が存在するような世界だ。
こんな形のインターフェースがいてもおかしくないのかもしれないけど・・・
魔法?
『ひょっとして対人インターフェースとかいうのは魔法に何か関係があるの?』
『肯定。対人インターフェースは人とシステムの間を仲立ちする魔法生物』
魔法生物?!
おいおい、何だかサラッととんでもない単語が出て来たぞ。
魔法生物って、妖精とかそういった存在なのかな?
ちょ、ちょっと聞いてみようか。
『魔法生物って、妖精とかそういった存在なのかな?』
『肯定。妖精はシステムの管理から外れた野生化した対人インターフェース』
ま、マジか! この世界って妖精もいるんだ?!
それでもって妖精は野良の対人インターフェースなんだ。
そうかそうか、知らなかったな・・・
予想外の話に興奮する私。
そして退屈そうに大きな欠伸をするコマ。
さっきからチラチラ視界の端に入る度に緊張感がそがれて仕方が無いわ。邪魔されるよりはいいけど。
『クロ子は豚? それとも人?』
『・・・その話をすると長くなるのよね。その前にもう少しだけ私の質問いいかな?』
『・・・是』
どこか不満そうなピンククラゲの返事。
今のは少しヤバかったか? けど、うかつに向こうの質問に答えて「知りたい事は知ったんでもう十分」なんて言われて戦いになったらたまらない。
ここは返事を出来るだけ先延ばしにして少しでも情報を集めないと。
何を真っ先に知るべきか・・・
やはりピンククラゲ以外の、敵となるかもしれない存在についてだろう。
『対人インターフェースという事はここには人がいるのかな?』
『ホモ・サピエンスという意味でなら一万年前からこの惑星上には不在。現在この惑星に分布するデミ・サピエンスは当該サポートの対象外』
何・・・だと? 一万年前から人間が不在?
コイツ何を言っているんだ?
次回「メス豚と超古代文明」




