その465 メス豚と楽園村防衛戦
「亜人の村の者達に告げる!」
カロワニー軍の中から鎧の騎士が進み出ると、驚く程良く通る声でこちらに告げた。
「ペドゥーリ家は争いを望んではいない! 全員、大人しく武器を捨て、こちらの指示に従うように! 部隊の指揮官、ランズベルト・ドッチ男爵は大変に慈悲深いお方であられる! 何も心配する必要はない!」
なーにが。
いきなり人ん家の玄関先に武器を手に大勢で押しかけておきながら、「何も心配する必要はない。こちらの指示に従うように」もないものである。
そんな輩の言う事を本気で信じるのは、よっぽどのお人好しか、想像力に欠けたヤバい頭をしたヤツくらいだろう。
「フン。争いを望んでいないヤツが、なんでこんな軍を差し向けるってんだよ。最初から力づくで言う事を聞かせようって魂胆が丸見えじゃないか」
エノキおばさんも苦々しげに吐き捨てている。
槍聖サステナが手慰みに愛用の槍をしごきながら、彼女の言葉に答えた。
「ま、事を起こすには何にでもそれなりの建前ってのが必要なもんよ。それが戦ともなれば猶更だ。こちらは悪くない。悪いのは向こう側。優しくも慈悲深い我らの言葉に耳を貸さずに、愚かにも戦いを始めたのは野蛮で浅慮な亜人共の方だ。とまあ、人を納得させるにはそういう筋書きがいるって寸法さ」
ちなみにこうして我々が話している間も例の騎士による説得? 演説? は続いている。
よくもまあ、ここまで淀みなくスラスラと綺麗ごとを並び立てられるものだ。
ひょっとしてアイツは、実戦能力ではなく、口の上手さだけでここまで出世したのかもしれんな。
「ブヒブヒ【だがまあ、白黒ハッキリさせるのは大事な事だ】(CV:杉田〇和)」
「おっ。流石にクロ子は分かってるな」
私が同意したせいで、途端にサステナが上機嫌になった。
うざっ。やっぱお前ウザいわ。
ちなみに今の私の言葉は、頼れるピンククラゲ水母によって人間の言葉に翻訳され、サステナの首にかけられた水母の子機から発信されている。
音声は私のアバター、月影の声でお馴染みの、声優の杉田〇和似ボイスである。
なんでって? いいだろ、好きなんだよ。
戦いが始まれば、サステナに指示を出さなければならない場面もあるだろうし、その時にいちいち誰かが私の言葉を翻訳して貰わなければならないのでは即応性に欠けるからな。
「――大人しく従う者には安全を約束するが、抵抗する者には容赦はしない! 以上だ!」
おっと、ようやく長い話が終わったか。途中から全く聞いてなかったけど別にいいか。
騎士は妙に良い姿勢でこちらに背を向けると、元の場所に帰って行った。
てか、まさかとは思うが、今の言葉を真に受けて日和っている者とかいないよな?
クロコパトラ歩兵中隊の隊員達(※黒い猟犬隊の犬達も含む)は心配していないが、楽園村の若者達――義勇兵の人間はちと不安だ。
あの時は勢いで戦うとは言ったものの、実際に敵の軍勢を前にした事で急に怖気づき、怪しいと知りつつも敵の誘いに乗せられてしまった、なんて事もあるかもしれない。
「ブヒブヒ【あ~なる。そういう意味でなら、口の上手い人間を重用するのもワンチャンありなのか。なにせ口先一つで敵軍の戦意を削ぐ事が出来るかもしれないんだからな】(CV:杉田〇和)」
「そういうこった。とはいえ今更こっちにはあんな綺麗事に踊らされるようなヤツはいねえだろうがな」
「ブヒブヒ【そう? クロカンの隊員達はともかく、楽園村の村人達。特に義勇兵あたりはちょっと怪しいんじゃないかと思ったんだけど?】」
「ああん? それなら大丈夫だろう。流石に村の連中の所まではさっきの声も届いていないはずだし、義勇兵のヤツらは・・・まあ、ヤツらに関してはアレだ。お前に逆らうとか、死んでも考えられねえと思うぞ」
サステナは何とも言えない表情になった。
「ていうか、ヤツらの訓練をチラっとだけ見たが、ぶっちゃけアレには俺も引いたわ。なんなら新手の拷問か何かかと思ったくらいだぜ。自分達から言い出した事とはいえ、アイツらもよくもあのムチャクチャなしごきを我慢出来たもんだ」
「ブヒブヒ【いや、普通に我慢してなかったけど? 反抗的な態度を取る度に鬼教官が電気ショックで分からせていただけだから】」
『鬼教官、否定。私は水母』
子機をいくつも作ったせいで、いつもより少しだけ小さくなった鬼教官改め水母が、私の背中で異を唱えた。
「動き出したよ!」
エノキおばさんの悲鳴のような叫び声に、私はハッと振り返った。
私の視線の遥か先では、カロワニー軍がゆっくりと。しかし着実に楽園村に向かって来つつあった。
遂に動き始めたカロワニー軍。
マント姿の地味な集団の中にあって、左右に揺れる無数の槍の穂先だけがその存在を主張するように鈍く金属のきらめきを放つ。
鬨の声を上げて一気に攻め込んで来ないのは、こちらの動きがないのを警戒しての事か。あるいは完全に舐め切っているのか。
どちらにしろ戦いの幕は切って落とされた。今はやるべきことをやるのみ。
「――また東の方がやたらと軍勢が厚いな。何か理由があんのか?」
槍聖サステナが目をすがめて呟いた。
言われてみれば確かに。私の目にも明らかだ。
楽園村は山の斜面に作られている。ザックリ言って山側が南。今、敵が攻めてきている麓の方が北側。村の中心には上から下に川が流れ、村を東西二つに二分している。
村を二分している、とは言ったものの、川の幅自体は二~三メートル程。一番深い場所でも膝を濡らす程度の小さな川である。
大人なら無理なく、なんなら子供でも普通に渡れる程度。敵軍にとっては何ら移動の妨げにならない程度の障害である。
ならばなぜ、敵軍は村の東にだけこれ程兵を集中しているのだろうか?
いや、今は敵の思惑を探っている場合じゃないか。
防衛のための戦力は東西均等に配置している。
つまり敵の数が多い東側の部隊には早く手を打たないとマズイという事だ。
「ブヒブヒ【サステナ。一緒に来て。東側の部隊に手を貸すわ。エノキおばさんはこのままこの場で待機。敵に何か変わった動きがあったら、その子機を使って私達に連絡して頂戴】」
「おうよ!」
「わ、分かった。気を付けるんだよ」
サステナは待ってましたといった顔で、エノキおばさんは子機を握りしめながら心配そうな顔で頷いた。
その時、遠くでワアアアアアと喧騒が上がった。続いてパンパンという乾いた音が鳴り響く。
敵の前衛と防衛部隊が接触。戦闘が開始されたのだ。破裂音はクロカンの隊員による魔法銃の発射音である。
「ブヒブヒ【始まったわね! 行くわよサステナ! 風の鎧】」
「お、おい、クロ子! 先に飛び出すんじゃねえよ!」
私は身体強化の魔法を使うと、ヒラリ。やぐらの上から飛び降りた。
サステナは慌てて梯子を伝う。
物見やぐらの高さは十メートル程。いくらサステナが槍の達人とはいえ、身体能力的には常人の枠を出ない。私の真似をして飛び降りでもすれば骨折必至。打ち所が悪ければ命にすらかかわるだろう。
「ブヒブヒ!【急いで、急いで! モタモタすんな!】」
「う、うるせえ! 俺は高い所が苦手なんだよ!」
あらま。どうりでやぐらの上で居心地が悪そうにしていた訳だ。サステナの性格なら絶対にはしゃぎ回ると思っていたのに、妙に大人しいから変だとは思っていたんだよ。
サステナはようやく地面に降り立つと「ふう~」と一声、安堵の息を吐いた。
「やっぱ人間、地に足が着いてないとな」
「ブヒブヒ【どうでもいい感想をありがとう。ホラ、さっさと行くわよ】」
私はサステナの言葉をバッサリ切り捨てると、村の東側に向けて走り出したのだった。
私達が到着したその時、正に防衛線は崩壊寸前になっていた。
土塁の上に作られたバリケードはあちこちで壊れ、残骸を乗り越えて人間の兵士達がこちらに攻め込んでいる所だった。
「ブヒ?!【てか、最初からクライマックスって感じじゃね?! 最も危険な銃弾乱れ撃ち!】」
パパパパーン!
「ウギャアアアアア!」
「な、何だ?! 何が起きた?! 今のは何だ?!」
「クロ子! 来てくれたのか!」
私は取り敢えず敵兵の集まっている場所に向けて魔法をブッパ。
相手が怯んだ所にすかさずサステナが躍り込んだ。
「オラオラ! 十把一絡げのザコ共に用はねえ! ちったあ腕の立つヤツはいねえのか!」
「なっ! このジジイ、人間のくせに亜人に味方するのか!」
「誰がジジイだゴルァ!」
「ぎゃあああ!」
余計な言葉でサステナのヘイトを買った兵士が拝み撃ちにバッサリやられる。
サステナの持つ槍はその名も【梵鐘割り】。正に鐘をも割る槍という名に相応しい切れ味を持つ名槍である。
あっちはサステナに任せておけばしばらく大丈夫そうだと判断して、私は周囲を見回した。
「ブヒブヒ?!【ここの部隊の隊長は?! 責任者はどこ?!】」
「お、俺だ! すまないクロ子、助かったよ」
そう言ってこちらに駆け寄って来たのは、線の細い感じの傭兵姿の青年亜人。
第七分隊隊長ハリィである。
私はハリィを睨み付けた。
「ブヒブヒ?【私は危なくなったり、陣地を放棄して後方に下がる判断をした時には絶対に連絡するように言っといたわよね? なんでそうしなかった訳?】」
「それは・・・悪い。どうする事も出来なかったんだ」
ハリィの説明によると、敵の数と勢いは予想外で、初手で堀を越えられ、土塁まで押し寄せられてしまったんだそうだ。
混戦の中、ハリィも魔法銃を剣を持ち替え、必死に戦っていた所、いつの間にか首から下げていたはずの水母の子機の紐が切れてどこかに紛失してしまったらしい。
言われてみれば鎧も顔もあちこち擦り傷だらけで、剣にはベッタリと血が付いている。
この短時間で相当激しい戦いがあったようだ。
『該当品、検索済』
私の背中からピンククラゲの触手が伸びると、近くの地面をクイクイと指し示した。
「ホントだ! こんな所に落ちていたのか! 流石だな水母」
『自画自賛』
水母のドヤ顔頂きました。いやまあ、顔も何もないのっぺらぼうのクラゲボディーなんだけど。
「次は簡単には切れないような丈夫な紐でくくっておくよ。今回は俺のせいで迷惑を掛けてすまなかったな」
「ブヒブヒ【敵の主力が東側に固まっているようだし、事故で連絡出来なかったのなら仕方がないわ】」
「敵の主力が? そうか、どうりで攻撃が激しいと思ったぜ」
その時、私の背中のピンククラゲがフルフルと震えた。
『着信アリ――「こちらウンタだ。クロ子、ハリィの所が落ち着いたのなら、すぐ隣の陣地に向かって欲しい。カルネが戦っているがこれ以上はもたなそうだ」「クロ子! こちらカルネだ! 俺の所より第二分隊の方に行ってやってくれ! あそこは分隊長のトトノが死んでから戦力が落ちてる! 俺の方は後回しで構わねえからあっちを頼む!」「こちら第二分隊。俺達の所はまだ大丈夫だ。ロインが義勇兵のヤツらを率いて上手くやってくれている。カルネのやせ我慢に騙されずにウンタの要請に従ってくれ」「なんだとテメエ! 誰がやせ我慢だ! 俺はお前らの事を心配して――」』
あーハイハイ。どこも大変だというのが良く分かったよ。
戦場に立ってしまうと、目の前の状況に左右されているうちにどうしても視野が狭まってしまう。
情報不足で俯瞰で物が見えなくなってしまうのだ。
その最たる例がカルネである。といった訳でここはウンタの指示に従っておくのが無難だろう。
「ブヒブヒ【ハリィ。私はカルネのヘルプに行って来る。サステナは残して行くから今のうちに部隊を建て直しといて】」
「分かった。気を付けろよ」
私はハリィに「ブヒッ」と返事を返すと、『風の鎧!』。
一陣の風となって村の中を駆け抜けるのだった。
次回「メス豚vsカロワニー軍」




