その461 ~ペドゥーリ部隊、動く~
◇◇◇◇◇◇◇◇
カロワニー・ペドゥーリの私設軍がここ、カルテルラ山に進軍してから四日目。
指揮官のドッチ男爵が待っていた増援が、ようやく山に入っていた。
「あーあ。それにしてもまさか僕達に出撃命令が下るなんてね。カロワニー様ってああ見えて意外と臆病だったんだな」
そう呟いたのは、色鮮やかな瀟洒な鎧を着た少年武者。
年齢は十六~七だろうか。
くせのある赤髪を長く伸ばし、整った顔には白粉を塗り、唇には朱をさしている。
隣を歩いていた黒髪の少年武者が、赤髪の少年の言葉を聞きとがめた。
「不敬だぞマルテール。カロワニー様は万事において慎重なお方なのだ」
こちらの少年も赤髪の少年と同じく整った顔。同じように化粧をしている。
マルテールと呼ばれた赤髪の少年が、つまらなさそうに鼻を鳴らした。
「それはお前の事だろう、ダンタニア。ホントにつまらない男だよ。なんでカロワニー様はお前のような退屈なヤツをお側に置いているんだか」
「ふん。お前はカロワニー様のお優しさに感謝すべきだ。もし自分がカロワニー様なら、いくら腕が立とうがお前のようなヤツは即座にお払い箱にする所だ」
仲が良いのか悪いのか。
二人の少年は出発してからこちら。ずっと言葉のジャブを交わしながら進軍を続けていた。
「それこそ僕のセリフだね。何なら僕がカロワニー様に代わってお前を追い出してやろうか」
「出来るものならやってみるがいい。その時は自分がお前に引導を渡してやる」
派手で奔放な印象の赤髪のマルテールと、思慮深く落ち着いた印象のダンタニア。
きらびやかな二人の少年が揃うと、うっそうとした森もまるで彼らを主役にした演劇。その舞台のようにも見えて来る。
だからという訳でもないだろうが、二人は周囲から腫れ物に触るような扱いを受けているようだ。
兵士達は微妙に少年達から距離を開け、なるべく彼らの視界に入らないようにしているように見えた。
尽きることなく続く二人の言い争い。
その時、不意に赤髪の少年マルテールが表情を変えると、背負っていた槍を手に握った。
まさか切り合いが始まるのか?
兵士達は「ひっ!」と血相を変えると慌てて二人から距離を取った。
周囲の空気が凍り付く中、黒髪の少年ダンタニアは手を伸ばしてマルテールを止めた。
「マルテール! 止めろ!」
「邪魔だ、そこをどけ! しゅっ!」
次の瞬間、マルテールは鋭い吐息と共に槍を投擲。
少年の手から放たれた槍は、ダンタニアの体――から大きく外れ、茂みの向こうに吸い込まれて行った。
その直後――
「ギャン!」
「よっし命中! どんなもんよ!」
茂みの奥から動物の悲鳴が響くと、マルテールは上機嫌でパチンと指を鳴らした。
ダンタニアは小さくため息をついた。
「・・・自分は止めろと言っただろうが。今から戦場に行くというのに己の武器を投げるヤツがどこにいる」
「大きなお世話。なんで僕がお前の言う事なんて聞かなきゃならないんだよ。この世で僕に命令出来るのはカロワニー様だけさ」
怯えていた兵士達からホッと安堵の息が漏れる。
どうやら先程少年が槍を手にしたのは、茂みに潜んでいた野生動物を仕留めるためだったようだ。
ダンタニアも動物の存在には気付いていたのだろう。兵士達と違い、マルテールが槍を構えても焦った様子がなかったのはそのためだったのだ。
マルテールは腰から大型のナイフを抜くと、枝を切り払いながら槍の刺さった場所へと向かった。
現場に近付くにつれて、獣の臭い。そして濃厚な血の匂いが強くなっていった。
はたしてマルテールの槍は獣の腹に深々と突き刺さっていた。
大型の野犬だ。
野犬は槍で地面に縫い留められ、虫の息となっている。
マルテールは槍を引き抜くと、弱々しくもがく野犬に止めを刺した。
「さっきからこちらをつけ回していたのはコイツだったみたいだな。もう一~二匹いたようだが、他のは逃げたか。大方、糧食のおこぼれでも狙ってたんだろう――って、ん?」
「おい、どうしたマルテール。獲物に逃げられたのか?」
不意に動きを止めたマルテールにダンタニアが声を掛けた。
「この僕がそんなヘマをするわけないだろ。ちゃんと仕留めたっての。それよりホラ、コイツを見て見ろよ。額に角が生えた珍しい野犬だ」
マルテールは犬の体に槍を突き立てると、ダンタニアからも見えるように持ち上げてみせた。
少年が言うように、野犬の頭には小さな黒い角が生えている。
ダンタニアは血まみれの死体から慌てて顔をそむけた。
「うわっ! このバカ! そんな汚い物を自分に見せるな! 早く捨てろ!」
「ハハハ。相変わらず潔癖症だなお前は。切り合いをしてれば死体や血なんていくらだって目にする機会があるだろうに。ホラ、もう捨てたぞダンタニア」
「――ふう。自分の手で切り殺した物は別だ。そんな事を気にしていたら槍なんて振るえないからな」
ダンタニアは死体の不意打ちが余程堪えたのか、マルテールの方を見ないようにしたままブツブツと呟いた。
マルテールは足で野犬の死体をひっくり返した。
「頭の角以外は別に変わった所は見当たらないな。普通の野犬って感じだ」
「おい、マルテール。いつまでそうしているつもりだ。早く戻って来い。出発するぞ」
「へいへい。あーあ。カロワニー様の命令でなきゃ、ドッチの禿親父の下でなんて働かないのに」
マルテールは足元の草で槍の穂先に付いた血を拭うと、ぶつくさ文句を言いながら隊列へと戻って行った。
最後の兵士がこの場から姿を消したその直後。ガサガサと茂みが揺れるとブチ柄の野犬が姿を現した。
この野犬にも殺された野犬同様、額に小さな黒い角が生えている。
黒い猟犬隊の隊長、マサさんである。
マサさんは仲間の死体を確認すると、先程よりも慎重に、そして十分に距離を開けつつ兵士達の尾行を再開するのだった。
「そうか。【二鳥槍】の二人が到着したか」
ここはカロワニー私設軍の本陣。指揮官のドッチ男爵は部下の連絡に小さく頷いた。
男爵の家臣が心配そうな顔で彼に振り返った。
「本当に【二鳥槍】の二人を呼び寄せて大丈夫だったのでしょうか? あの二人には良くない噂も多いですが――」
「今更もう遅いわ。来てしまったものを帰れとは言えんだろうが」
ドッチ男爵は床几の上でふんぞり返っているが、内心は不安と後悔で一杯だった。
あの時はつい、勢いで【ベッカロッテの二鳥槍】を呼ぶと決めたものの、時間が経って頭が冷えるにつれ、次第に彼本来の臆病な性格が顔を覗かせていたのである。
【ベッカロッテの二鳥槍】、マルテールとダンタニアの有名な逸話としては、他家の屋敷に招かれた際、いきなりその家の夫人の目を潰したという物がある。
なんでも「目付きが気に入らなかったから」との事だ。普通に考えればあり得ない話である。
夫人は失明。前代未聞のこの事件に対して、二人の少年には何のおとがめもなかった。
その理由は二人がカロワニーの大のお気に入りだったから。
そうカロワニー・ペドゥーリ本人が直々に被害者の家に圧力をかけ、事件そのものをもみ消してしまったのである。
これと似たような噂話は大小にいとまがない。
ペドゥーリ伯爵領では、今や【ベッカロッテの二鳥槍】はうかつに触れてはいけない禁忌となっているのである。
「だがアイツらは間違いなく腕は立つ。それは剣豪ベルフィゴも認めていたであろうが」
「それは・・・確かに、そう聞き及んでいますが」
ペドゥーリ伯爵領でも名の通った剣豪、ベルフィゴ。
つい先日、楽園村で通りすがりにクロ子に殺された彼は、【二鳥槍】の少年達を評して、「戦の神タイロソスの寵愛を受けた天才」と称えていたという。
多少はカロワニーに向けてのおべっかも入ってはいるだろうが、かの剣豪が二人の才能を認めていたというのは事実である。
(それに【二鳥槍】が手柄を立てれば、カロワニー様の機嫌も良くなる。指揮官の俺への評価も上がるに違いない)
ドッチ男爵の中では、この作戦は既に成功したも同然である。
相手は山野に隠れ住む原始人。どう考えても失敗しようはずもない。
ならば重要なのは先を見据える事。考えるべきはこの作戦が終わった後の事。目的の亜人の子供を首尾よく捕え、カロワニーの所に連れて行った後の事である。
抜け駆けをした姑息なモントレド男爵は亜人によって殺された。しかし、ドッチ男爵の政敵は彼一人だけではない。
戦いの終わりは、次の戦いの始まりでもある。果てしなく続く政争。その区切りの一つでしかないのだ。
(【二鳥槍】がいつまでもカロワニー様のお気に入りでいられる訳もない。カロワニー様がヤツらに飽きた時。あの二人がカロワニー様の寵愛を失った時。その時にカロワニー様の目は、嫌でも家臣の中で最も有能な者に向けられるだろう。その日が来た時、俺がその立場にいられるかどうか。それが俺の栄達を左右するのだ)
その日に備えて、今はあえて危険な【二鳥槍】も懐に招き入れ、利用する。
ドッチ男爵は、ともすると弱気に傾きそうになる己が心を強く叱咤した。
男爵は勢い良く床几から立ち上がった。
「すぐに兵に出発の準備をさせよ! 【二鳥槍】が到着し次第、即座に亜人の村へと進軍を開始する!」
クロ子達が亜人達の村、楽園村に到着してから四日目。
遂にカロワニー・ペドゥーリ私設軍が楽園村への攻撃を開始するのであった。
次回「メス豚と義勇兵達」




