その460 メス豚、見限る
玄関から中に入ると、村人達の視線が一斉に我々に集中した。
てか、メチャクチャ人がいるんだが。
この建物には今は誰も住んでいないって言ってなかったっけ?
人々の雰囲気に気圧されて、思わず立ち止まった我々に、エノキおばさんは振り返った。
「先に長老会の連中に面通しをしといて貰おうかね。全員は部屋に入れないから、そっちの代表。そう、アンタは私と一緒に。残りの者はここで待っていてくれないかい?」
「分かった。ならここからは俺が連れて行こう。おい、カルネ」
「そうだな。ホラよ」
「・・・いや、アンタら何をやってんだい?」
クロコパトラ歩兵中隊の副隊長ウンタが分隊長のカルネに声を掛けると、カルネは抱きかかえていた私を彼に手渡した。
戸惑うエノキおばさんに代わって、村長のユッタパパが慌ててウンタに尋ねた。
「あの、クロ子ちゃんを一緒に連れて行くつもりなんですか?」
「? あんた達は俺達の代表に用があるんじゃないのか?」
『あ、ひょっとして自分で歩いた方がいい感じ? ここまでカルネに運んでもらったから、つい、そのノリでいたわ。ウンタ、降ろして頂戴』
「そうか分かった」
「あ、いや、そういう意味で言ったんじゃないんですが」
私はウンタに下ろして貰うと、ブヒブヒと辺りの匂いを嗅いだ。
エノキおばさんは、これじゃ埒が明かないと思ったのか、ぶっきらぼうにウンタに告げた。
「私達はアンタ達の代表に話があるんだよ」
「知っている。俺達の代表はこのクロ子だ。――クロ子、お前もいつまでも床の匂いを嗅いでいるんじゃない」
おっといかんいかん。古い家の匂いが珍しくて、つい熱が入ってしまったわい。
ウンタの言葉に村人達の間にどよめきが広がった。
「今のを見たか? 本当に豚が喋っているぞ」
「豚が代表って・・・メラサニ村ってのはどうなってるんだ?」
いや、この部隊の隊長が私ってだけで、メラサニ村の代表が私って訳じゃないぞ? 村長はモーナだし。
まあ私のような可愛い子豚ちゃんが戦闘部隊の隊長って時点で驚いちゃう気持ちも分かるけど。
ユッタパパとエノキおばさんは驚いたような呆れたような顔になった。
「クロ子が代表って・・・そりゃまあ、私はアンタが人間の兵士達をあっという間にやっつけたのを見てるけどさ」
『サステナはどうする? アンタも私らと一緒に行く?』
私は槍聖サステナに声を掛けた。
これでもサステナはこの国の有名流派の師範代。一緒に連れて行けば少しは箔が付くんじゃないかと考えたのだ。
「遠慮しとくぜ。俺ァそういう場は苦手でね。今日はもう戦いがねえってんなら適当に休ませて貰うぜ」
サステナは私の誘いをバッサリ切り捨てると、槍を担いで建物の奥に歩いて行った。
ここは亜人の隠里。しかも伯爵家の兵士に攻め込まれた直後という事もあって、同じ人間のサステナに向けられる村人の目は決して好意的な物ではない。
しかしサステナは、村人の憎悪と恐れの混じった視線を完スルー。
周りの悪意をものともしないふてぶてしさに、我々は呆気に取られながら彼の背中を見送った。
「いやなんつーか、クソ度胸っていうか、心臓に毛が生えているっていうか。どうやったってあれはマネ出来そうにねえな」
「サステナは有名な流派の師範代だ。いい意味でも悪い意味でも他人に注目されるのに慣れているんじゃないか?」
『あー確かに。強いってだけでも目立つだろうに、ましてやあんな性格だしね。余計な嫉妬や買わなくてもいい恨みとか買ってそう』
男子門を出ずれば七人の敵ありと言うが、サステナの場合、平均男子の何十倍も敵がいても不思議じゃなさそうだ。
「もういいさ。ホラおいで。――爺さん達、客人を連れて来たよ」
エノキおばさんがノックも無しにドアを開けると、そこは十畳ほどの薄暗い部屋だった。
ガランとしていて家具の類は何一つない。
そんな殺風景な部屋に、五人のお爺さん亜人が思い思いの場所に座っていた。
「爺さんって、お前さんも大概、婆さんだろうが」
「私をアンタら年寄り連中と一緒にするんじゃないよ。てかアンタらが私を長老会なんかに加えたもんだから、周りからもすっかり婆さん扱いさ。いい迷惑だよ」
「ヒッヒッヒッ。エノキは相変わらず威勢が良いのう」
どうやらこのお爺さん達にエノキおばさんを加えた六人が長老会のようだ。
私はトテトテと部屋に入ると彼らを見回した。
『私はクロ子。この小隊の隊長をしているわ。詳しい話はそっちの村長から聞いていると思うけど』
「ヒョオ! 喋る子豚とは驚きじゃ! それにその角! なんと面妖な!」
「ホウホウ、ホウホウ。喋る子豚とは。山の外には変わった生き物がおるもんじゃわい」
初めて目にしたおしゃべり子豚に驚くお爺さん亜人達。
私は彼らの興奮が収まるまでしばらく待ってから話を続けた。
『それで、この村を襲った人間の軍隊だけど。あなた達はヤツらにどう対処するつもり? さっきは時間がないと思ったから勝手に動いちゃったけど、そちらの方針が決まっているようならそれを聞かせて欲しいんだけど』
「いやはや、何とも利口な喋り方をする子豚じゃのぉ。ひょっとしてお前の所の孫より賢いんじゃないか?」
「何を言うか、それを言うならお前の所の孫じゃろうに。ワシの孫はワシより賢いんじゃぞ」
「あ、あの、みなさん。クロ子ちゃんが答えを待っています。先ずはこの子の質問に答えてくれませんか?」
脱線しかけたお爺ちゃん達の会話を、ユッタパパが慌てて軌道修正を図る。
「方針とか言われても。ワシらは既に隠居の身。村の事は若い者達に任せとるし」
「老い先短いワシらが口を出しても、いい事なんて何もありゃせん。自分達の事は自分達で決めたらええんじゃ」
あ、うん。こりゃ駄目だ。話にならんわ。
楽園村の長老会。それは私が思っていたような権威ある意思決定機関ではなく、現役を引退したお年寄り達のお達者クラブだった。
すっかり当てが外れたと言うか。だったらこれ以上、ここで話をしていても時間の無駄か。
一応は面通しをして筋も通した事だし。この場はとっととお暇させて頂こう。
今日の襲撃はなくなったとはいえ、敵部隊そのものが山から撤退したという訳ではない。
次の襲撃は確実に来るのだ。
我々はそれまでに防衛のための準備を整えておく必要がある。
私はエノキおばさん達に振り返った。
『お爺ちゃん達への挨拶は終わったし、次は村の人達に挨拶したいんだけど』
「おや、もう行ってしまうのかい? せわしないのう。もっとゆっくりして行けばいいのに」
「そうそう。こっちにおいで、子豚ちゃん。お芋さんをあげるから」
ピクリ。お芋という単語に私の耳が反応した。
――いや。ダメだ。今このタイミングで部屋を出ないと去り時を失ってしまう気がする。
具体的には、いつまでもダラダラとこの部屋に居座り、お芋を食べ続けてしまう未来が想像出来てしまう。
「つーかクロ子。あんたさっきあれだけ芋を食べておいてまだ食べるつもりなのかい」
エノキおばさんが呆れ顔で私を見下ろした。
『くっ・・・お構いなく』
私は甘美な誘惑を振り切ると、鋼の決意でお爺ちゃん達の誘いを断った。
こうして私は後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にしたのであった。
『ウンタ。私は成し遂げたわ』
「そうか。エノキ、村長、次は村の連中に紹介を頼む」
「分かってるよ。アンタ達の口からさっきの話をみんなにしておくれ」
クロカンの隊員達と合流した我々(ブラリと姿を消したサステナは除く)は移動。
かつてはこの建物の食堂として使われていた部屋と思わしき大部屋へと到着した。
部屋には何かのイベント会場のごとく、ビッシリと人が詰め込まれていた。
「ここにいるのは各地区を代表する者達です」
「つまりは村の主要人物って事さ。――みんな、紹介するよ! ここにいるのがメラサニ村から来た同胞達! 山の外で行方不明になっていたユッタの息子達を、無事に連れて来てくれた者達だよ!」
エノキおばさんの言葉に、先程入り口で絡んで来たヒゲ面のオジサンが声を荒げた。
「エノキ婆さん! 婆さんは同胞って言うが、そいつらの中には人間がいるじゃないか!」
ヒゲオジサンの声に、あちこちから「そうだ、そうだ!」と賛同の声が上がる。
エノキおばさんはサッと表情を怒らせた。
「誰が婆さんさね!」
あ、怒るポイントそこ。まあ年齢の話題は女性にとってはデリケートだし、仕方がない、のかな?
憎悪の視線に晒された女戦士マティルダの手が無意識に腰の剣に伸びる。
しかし、彼女が剣の柄を握るより前に、クロカンの隊員達が前に出て彼女の姿を村人達から遮った。
「マティルダは俺達と一緒にロイン達を守って戦って来た仲間だ! 誰にも文句は言わせねえぞ!」
「そうとも! 疑うならロインとハリスに聞いてみればいい! 俺達の言葉は信じられなくても、あの二人の言う事なら信じられるんじゃないか?!」
「・・・い、いや、別にあんた達を疑っているって訳じゃないんだ・・・なあ?」
「あ、ああ、そうとも」
クロカンの隊員達に凄まれて、男達はしどろもどろになる。
まあ、武装した四十人からの男達だし、普通に怖いよね。私には鬼教官にしごかれてヒイヒイ言わされてた新兵の頃のイメージが抜けきらないけど。
しかし鬼教官か。
私の脳裏に懐かしのブートキャンプの記憶が蘇った。
『――戦場で重要なのは、泥水をすすってでも生きる不屈の根性。ふむ。戦いになるなら先ずは敢闘精神を叩き込む所から始めるべきよね』
「・・・おい、クロ子? お前何を考えている?」
私の声音に何を感じたのか、副官のウンタが警戒心も露わにこちらを見つめた。
『鬼教官、否定、水母』
そして私の背中ではピンククラゲが不満げにフルリと震えるのだった。
次回「ペドゥーリ部隊、動く」




