その453 メス豚と略奪兵達
私はカロワニー・ペドゥーリの私兵と思われる人間の兵士達を回避してその先に。
この国の亜人達の隠れ里、ロインとハリス兄弟の故郷、楽園村を目指していた。
私は適当な木の枝の上に立ち止まると、警戒のため辺りを見回した。
『・・・そろそろ村が見えて来る頃よね』
しかし私の予想に反して山は平和そのもの。人間の部隊の姿はまるで見えなかった。
『最悪、見渡す限りの大軍勢に村がビッシリと取り囲まれていたらどうしようかと思ったけど、普通に考えればそんな訳ないか』
ロインの話によると楽園村に住む亜人達の数は五千人程。
村と言うよりもちょっとした町くらいの規模だが、実際に戦える人間の数はそう多くはないだろう。
五千人はあくまでも総人口。女性に子供、それにお年寄りまで含めた数なのである。
『そう考えれば、村を制圧するだけなら、全体の十分の一。五百もあれば足りるんじゃないかな? 仮にカロワニーがよっぽど慎重な性格だったとしても、部隊の総数は千人には届かないくらいとか』
いかにカロワニーがこの土地の実質上の支配者とはいえ、反対派の旗頭、ゴッドの娘の死を知る前に動かせる兵の数には限界があったはずだ。
そもそも相手はロクに戦う手段も持たない亜人達。
堅牢な砦を攻めるというならともかく、平和な村を制圧するなど、完全武装の兵士達にとっては赤子の手をひねるようなものだろう。
『もしそうだとすれば、村に合流するのは案外簡単かもね。今頃クロカンのみんなもマサさん達から情報を聞いて村を目指しているかも――って何よ水母』
私の背中からピンククラゲの触手がヒョロリと伸びると、私の頭をツンツンとつついた。
『要注目』
『あれって・・・あの煙が出ているのって、ひょっとして村のある方角なんじゃない?』
山の上の方。ロインから聞いていた亜人村がある方向から、黒い煙が一筋。青い空に立ち昇っていた。
『食事の仕度の煙じゃないわよね。山火事じゃなければ、村で火事があったのかも』
山火事にしろ村の火事にしろ、カロワニーの私兵が村を取り囲んでいるこのタイミングで起きたのだ。
ただの偶然ではないだろう。
『それにまたこういうイヤな予感ほど良く当たるんだよなあ。これは急いだ方がいいのかも』
『禿同』
私は木の枝を蹴ると、木から木へ。一直線に煙の発生場所へと向かったのだった。
煙の発生現場に近付くにつれ、黒い煙は一筋二筋と次第にその数を増やして行った。
やがて林が開けると、そこには手入れされた農地が――村の景色が広がっていた。
火元は私の予想通り、村の建物だった。
燃える家が数軒。そして絶賛略奪中の人間の兵士達の姿があった。
『ちいっ。遅かったか』
私は不快感に舌打ちした。
村の外には粗末な服を着た男達が数名。血まみれになって倒れている。
全員、鼻から下が犬や猫のように突き出している。この楽園村の住人達。亜人だ。
彼らのそばには壊れた弓矢が転がっている所から察するに、抵抗はしたようだが、残念ながら人間の兵士の死体は見当たらない。
状況から片付けられた後という訳でもないだろうから、敵に死者は出なかったのだろう。
私は村の畑を駆け抜けながら、素早く周囲を見回し、それらの事を確認した。
その時、私の前方百メートル程先。煙の出ている家の中から初老のおばちゃんが飛び出して来た。
胸に何やら大事そうに抱きかかえている所を見ると、ひょっとしてそれを火から守るため、家に駆けこんだのかもしれない。
そんなおばちゃんに駆け寄る二人の兵士。
一人が彼女の髪を掴み、乱暴に地面に引きずり倒すと、もう一人が血に濡れた剣を振り上げた。
この野郎! させるかよ!
『おばちゃん、頭を下げて! そしてお前らは死ね! 最も危険な銃弾乱れ撃ち!』
「なっ?! ぐあああっ!」
「ギャアアアア!」
空気の弾丸が十発。音もなく男達に襲い掛かった。
不可視の弾丸は兵士達に命中すると内包されたエネルギーを解放。空気の弾ける音と共に標的の肉体にすり鉢状の穴をうがったのだった。
「えっ? えっ? 一体何がおきたんだい。急にすごい音がしたかと思ったら、人間の兵士達が倒れちまったんだけど――」
『おばちゃん、こっち! 村の奥の方に逃げて!』
「黒い子豚?! ひょっとしてあんたが喋っているのかい?!」
おばちゃんは驚きの表情で倒れた兵士達を見ていたが、私を見て更に目を白黒させた。のん気か。
ああ、もうじれったい。喋る子豚が珍しいのは分かるけど、今はそれどころじゃないだろうに。
良く見るとおばちゃんの胸にはおくるみが抱かれている。
なる程。赤ちゃんを助けるために火事の中に飛び込んだのか。
この人が産んだと考えるにはいささか高齢出産だし、おばちゃんの子供の子供。孫ないしはひ孫といった所だろうか?
その時、別の場所から悲鳴が響いた。
くそっ。カロワニーの私兵共め。好き勝手やってくれるぜ。
『急いでるから私は行くけど、次は人間に見付からないようにね!』
「あ、ちょっと!」
おばちゃんは私を呼び止めようとしたが、そこはスルー。
私は『風の鎧!』身体強化の魔法をかけ直すと、悲鳴の声を頼りに駆け出したのだった。
楽園村に着いて早々、最初に見たのが火が付いた家だったので、村中が燃えているような気分になっていたがそんな事はなかったぜ。
あちこち走り回って分かったのは、実際に燃えていた家は四~五軒程度。
てか、そりゃそうだ。
敵の兵士達からしてみれば、村からの略奪品は自分達の臨時ボーナス。この戦いに参加した旨味の部分。マグロで言えば大トロの部位なのだ。
それをわざわざ自分達の手で灰にしてしまう訳がない。焼け跡から手に入る物なんてほとんどないんだからな。
『最も危険な銃弾!』
「なっ?! ぐはっ!」
私は当たるを幸い。目に付いた兵士に片っ端から攻撃していった。
基本方針はヒット・アンド・アウェイ。
攻撃が当たろうが当たるまいが、敵が死のうが負傷で済もうが関係なしに、一発攻撃を入れたら素早くその場を駆け抜ける。
なにせこちらはか弱い子豚一匹。下手な場所で立ち止まってしまったら、たちまち敵に取り囲まれて、数の暴力で圧殺されてしまうだろう。
よって私の武器は機動力。
そして敵がこちらにまだ気付いていないという情報面でのアドバンテージ。
敵部隊がどれだけの数村に侵入しているのかは分からないが、略奪に夢中になっているこの隙に削り取れるだけ削り取る。
私はただひたすら無心に村の中を走り回り、足を止めずに攻撃を垂れ流して行った。
こうして私による一方的な攻撃が続く事しばらく。
私は村の大通り? に、周囲の兵士達とは明らかに毛色の違う集団を発見した。
『大物発見! 鎧といい武器といい、他の兵士達とはレア度が違うと言うか、格が違ってる! さてはこの部隊の指揮官だな!』
全体で十五人程。立派な鎧を着込んだ騎士が五人。その周囲を十人程の兵士が護衛している。
集団の中央にいる中年の騎士がこの部隊の指揮官といった所か。
先ずは慎重に様子を見て――
『などと言うと思ったか! 孫子曰く、巧遅は拙速に如かず! 戦いは先手必勝! 最も危険な銃弾!』
「黒い子豚だと? お、おいベルフィゴ、どうしたと言うのだ」
「モントレド様、お下がりを。この豚妙な気配を――ギャッ!」
「どうしたベルフィゴ! この豚が何かやったのか?! おのれこの畜生が!」
「待てカリスト! お前とハラツィオはモントレド様をお守りしろ!」
ベルなんとかとかハラなんとかとか、ゴチャゴチャうっさい。
情報過多にも程があるわ。
こちとら前世は日本人。そんなに一度に横文字の名前を出されても脳が受け付けないっての。
『てな訳で仲良くまとめてくたばれ! 最も危険な銃弾乱れ撃ち!』
パパパパーン!
「「「ギャアアアア!」」」
私の怒りの? 範囲攻撃を食らって、モンなんとか達は――いや、もういいや、敵の指揮官で。敵の指揮官達は血の海に沈んだのであった。
これでスッキリ。人間、死ねば皆仏ってね。
『悪趣味』
私の背中でピンククラゲが呆れ声を出した。
確かに今のはなかったか。調子に乗っていたというか、戦いの連続でテンションが上がってたかも。
ちょっと反省。
次回「メス豚、呆れられる」




