その450 メス豚とヴァロミットの最後
戦いは終わった。
戦い終わって日が暮れて――などという事もなく、まだお昼過ぎ。
予想に反して随分と呆気ない幕切れじゃったわい。
これもオラオラ系槍術師範、サステナの活躍のおかげかのう。
『・・・とはいうものの、どうにも素直に感謝する気になれないのよね』
「おうおう、どうしたクロ子。そんな不満そうな顔して。ちったぁ俺の活躍に感謝してくれたって罰は当たらねえと思うぜ?」
戦いで血を見たせいだろうか。さっきからサステナは妙なハイテンションで私に絡んでいた。
うざっ。うざいわサステナ。
「てかよ、クロ子。お前ならあんな連中ヘでもねえだろ。なんで部下と一緒に戦わなかったんだよ?」
そりゃお前が私の出番を取るから・・・ってもういいや。
私は普段より面倒臭さマシマシのサステナをスルーすると、ポテポテとウンタの所に歩み寄った。
「おいおい、連れねえなぁ。無視するこたぁねえだろが」
「来たかクロ子」
『どう? そいつ喋れそう?』
クロコパトラ歩兵中隊の副隊長ウンタは、こちらに振り向くと小声で答えた。
「ああ。今、スイボが診てくれている。だがもう長くはなさそうだ」
ウンタの視線の先。そこには胸にピンククラゲを乗せた状態で仰向けに横たわった中年男性の姿があった。
見るからに反社の人間といった感じの崩れた男。
犯罪組織アゴストの幹部、ヴァロミットである。
ヴァロミットの胸はあふれ出す血で真っ赤に染まり、顔は血の気を失って紙のように白くなっていた。
ピンククラゲこと水母は傷口の処置を終えると、フヨフヨと宙を浮かんで私の背中に戻った。
「倒れた所に仲間の持っていた剣が刺さったらしい」
『それはまた。何とも運が悪かったわね』
ヴァロミットは逃げ出した所を、ウンタの魔法銃攻撃を背中から受けて転倒。
その時、たまたま目の前にいた部下ともみ合うように倒れてしまい、結果、男が持っていた剣が胸に突き刺さってしまったんだそうだ。
何と言うか、ツイてなかったな。お気の毒様。
「はっ・・・はっ・・・ラキラのクソったれのあばずれが。な、何だって、こ、この俺がこんな目に遭わなきゃならねえんだ・・・はっ・・・はっ・・」
ヴァロミットは苦しい息の中で、幸運の神ラキラを口汚くののしった。
そういう品のない所が神様に嫌われたんじゃない? ラキラって美しくて気まぐれな女性神みたいだし。
今回の襲撃でヴァロミットが率いて来た部下は七~八十人程。
その内、半数近くは既に逃げ出し、残りの半数はそこら辺に転がっている。
大半はヴァロミットよろしく辛うじて息があるが、ここは人里離れた山の中。
病院なんて近くにないし、そのうち出血多量で命を落とす事になるだろう。
『ウンタ。コイツに聞いて頂戴』
「ああ、分かった。おい、お前。お前はアゴストファミリーの幹部だな? なぜ俺達を襲った?」
ヴァロミットは苦しそうに悪態をついていたが(てか、そんなに苦しいなら喋らなきゃいいだろうに)、ウンタに声を掛けられると、焦点の定まらない目で彼を見上げた。
「はっ・・・はっ・・・て、テメエらの事なんぞ知った事か。う、己惚れてんじゃねえ。お、俺の狙いは亜人村の小僧達。はっ・・・はっ・・・て、テメエらを殺すのはそのついで仕事に過ぎねえんだよ」
「お前にロイン達をさらうように命じたのはカロワニー・ペドゥーリだな? なぜカロワニーはお前達のような組織を使ってまでロイン達を狙う? 二人が楽園村の村長の息子だからか?」
ウンタの問いかけにヴァロミットは「はん」と鼻を鳴らした。
「はっ・・・はっ・・・言うかよバカが。な、何で俺がお前らに・・・お、教えてやらなきゃいけねえんだよ」
私は背中のピンククラゲに振り返った。
水母は伸ばした触手をクキリと曲げると、「処置ナシ」といった感じでフルリと震えた。
そうか。処置ナシか。
水母がヴァロミットの治療を出来るなら、それを条件に交渉を行い、情報を引き出す事も出来るんだが・・・それもムリという訳ね。
かといって拷問で自白させようにも、ヴァロミットの体が耐えられそうにない。
交渉しようにもカードがない。脅そうにも相手の体がもたないとか、手の出しようがないだろう。
ヴァロミット無敵か。
ヴァロミット自身も自分の命がもう長くない事に気付いているらしい。拷問でも何でもやれるものならやってみやがれとばかりに、ふてぶてしい笑みを浮かべていた。
困り果てたウンタの肩にサステナが手を乗せた。
「もう諦めな。このテの輩はこうなったらもう何も喋りゃしねえよ。悪党にだって意地がある。こういうのは理屈じゃねえんだよ」
「・・・しかし」
ウンタは何かないかと周囲を見回した。
そこには倒れたヴァロミットの部下達の姿があった。
「情報と引き換えに仲間のケガの治療を行うというのはどうだ? コイツのケガは治せなくても、仲間の命を助ける事は出来るだろう?」
「ムダだ。こういうヤツは部下の命なんて何とも思ってねえよ。裏社会の組織の下っ端の扱いなんてそんなモンだ」
「へ・・・へへっ。そ、槍聖様は分かってるじゃねえか。あ、あんた・・・そこの使えねえ部下共よりも、よ、よっぽどウチのファミリーに向いているぜ」
「はんっ。耳が腐るぜ。つまらん戯言を言ってんじゃねえ」
サステナは不愉快そうに吐き捨てると、愛用の槍をしごいた。
「ホレ、もう十分だろ。どきな。俺が止めを刺してやらぁ」
「ま、待て! まだ話が終わった訳じゃ――」
サステナがウンタを押しのけて槍を振り上げたその時だった。
私は思わず彼とヴァロミットの間に割って入っていたのだった。
ウンタはホッとした表情で。サステナは戸惑いの表情で私を見下ろした。
「く、クロ子」
「おいクロ子。どういうつもりだ?」
どういうつもり? はて。私はどういうつもりなんだろう。咄嗟に体が動いただけなんで私自身にもよー分からん。
私は二人の声には答えずに、背後のヴァロミットに振り返った。
「ああん? 黒い豚だと? なんだコイツは?」
ヴァロミットはここに来て初めて私という存在を認識したらしく、痛みを忘れた表情で呟いた。
『あ~、ヴァロミット。水母の診断によるとお前はもう助からないそうよ。じきにお前は死ぬから』
「はっ・・・はっ・・・な、なんだこの豚は? テメエも俺に何か用があるってのか?」
「黙れヴァロミット。こいつの名はクロ子。クロ子はお前はもうじき死ぬと言っている」
ウンタは私の言葉を翻訳してヴァロミットに伝えた。
「もうじき死ぬ、ね。はっ・・・はっ・・・そ、それをわざわざ俺に教えたからって、どうだってんだ? ど、どうせ死ぬならそいつの質問に答えてから死ねとでも言うつもりか? はっ・・・冗談じゃねえぞ」
『確かに。そうしてくれれば一番だけど、お前はそれじゃ不満なんだよな? そうね。だったら交換条件を出そうか』
「――と言っている」
「はっ・・・はっ・・・交換条件? も、もうじき死ぬ俺に、か? て、テメエらに、な、何が出来るってんだ」
ヴァロミットは荒い息を吐きながら胡乱な目で私を睨んだ。
何が出来ると言われても、死に行く人間に私らが出来る事なんて限られている。
私はウンタに振り返った。
『ウンタ。あんたの荷物をここに持って来て』
「俺の? 分かった」
ウンタは一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに自分のテントに入って行った。
彼が荷物を持って現れると、私はヴァロミットに向き直った。
『ヴァロミット。もし、お前が質問に答えてくれるのなら、死ぬ前に水を飲ませてあげる』
「――水、だと?」
ヴァロミットはウンタの口から私の言葉を聞くと、ハッと目を見開いた。
そして苦しそうに咳き込んだ。
どうやら笑い声を上げようとしたらしい。
「ゲホ! ゲホゲホ! ガハッ! ――こりゃ傑作だ。に、人間よりも豚の方がよっぽど話が分かるらしいぜ。はっ・・・はっ・・・い、いいだろう。水の分だけ教えてやる。お、俺達は確かにカロワニーの指示で動いている。だが、亜人の小僧共を捕えるように命じたのはカロワニーじゃねえ。アゴストの本家、はっ・・・はっ・・・ヴェヌドだ。か、カロワニーもヴェヌドの手のひらの上で、お、踊らされているに過ぎねえ。も、最も、ほ、本人にはそんなつもりはないだろうが、な」
ヴェヌド。
厄災を運ぶ北西の風の名を持つ、カルトロウランナ王朝の裏社会を牛耳る犯罪組織である。
噂ではカルトロウランナの貴族社会にも、その根を深く張り巡らせているらしい。
ヴァロミットは今回の件はヴェヌドが裏で手を引いていた――ペドゥーリ伯爵領の支配者、カロワニー・ペドゥーリですらも彼の傀儡。その影響下にある――と言うのだ。
にわかには信じ難い話。私は思わずヴァロミットに詰め寄った。
『カルトロウランナの犯罪組織が、なんでこの国の亜人を――亜人村の少年を必要とする訳?! 答えて!』
「――と言っている。どうなんだ?」
「はっ・・・はっ・・・そ、そんな事、知るかよ。お、俺はアゴストの幹部だ。ヴェヌドの事は分からねえ。はっ・・・はっ・・・だが、深淵の殺し屋共は、も、元々ヴェヌドの人間だ。や、ヤツらがこの一件に絡んでいるって事は、つ、つまりはそういう事なんだろうぜ」
深淵の殺し屋。【手妻の陽炎】達深淵の妖人は、ヴェヌドで――カルトロウランナ王朝で魔法を使える人間兵器に改造されたのか。
全てはヴェヌドが仕組んだ事。だがなぜ? どうしてヤツらはロイン達亜人兄弟を狙う? 組織はなぜ彼らを必要とする?
「はっ・・・はっ・・・ど、どうだ? み、水の分くらいは、は、話したんじゃねえか? さ、さあ、もういいだろ」
『・・・ウンタ』
『分かった。ほら、水だ。見えるか?』
ウンタはしゃがみ込むとヴァロミットの口元で水筒を近付けた。
ヴァロミットは水筒に口をつけると、その喉が小さくコクリと上下に動いた。
「・・・美味い。水ってのはこんなに美味いもんだったんだな」
その瞬間、ヴァロミットの顔から苦悶の表情が消えると、彼は痛みを忘れたかのような穏やかな笑みを浮かべた。
そして一つ、小さく息を吐き出すと、そのまま呼吸を止めた。
私の背中でピンククラゲがフルリと震えた。
『心肺機能の停止を確認。脳波減少。体温低下』
『――ウンタ。ヴァロミットは死んだわ』
ウンタは「そうか」と言葉少なく頷くと、死者の口から水筒を離した。
【西の王都】ベッカロッテの裏社会を牛耳るアゴストファミリー。その幹部ヴァロミットはこうして死んだ。
組織の幹部にまで登り詰めた彼が、最後に求めたのはたった一口の水。彼はその水で満足するとこの濁世を去ったのだった。
『末期の水、という訳ね』
【末期の水】は【死に水】とも言われる。
元々は仏教から来た言葉で、釈迦が亡くなる際、最後に水を求めたという故事が元になっている。
ウンタは立ち上がると辺りを見回した。
「クロ子。他にも死にかけているヤツらがいる。そいつらにも水を飲ませてやりたいんだが構わないか?」
『別にいいんじゃない』
ウンタは水筒を手に倒れている男達の場所に向かった。
サステナはそんなウンタを呆れ顔で見送りながら、「全く、お人好しめ」と小さく呟いたのだった。
次回「燃える亜人村」




