その449 メス豚、出損ねる
槍聖サステナの絶技、人間唐竹割り(※注:そんな技名はない)が炸裂した。
彼の持つ槍は【梵鐘割り】。
ちなみに梵鐘とはお寺や教会にある鐘の事である。
サステナの振り下ろした槍は、アゴストファミリーの荒くれ者の頭を脳天からカチ割ると、その胸元まで深々と切り割いた。
梵鐘割り――正に鐘をも割る槍の名に相応しい、おそるべき切れ味である。
このあまりにショッキングな光景に、敵はドン引き。先程までの勢いを完全に失ってしまった。
あるいは犯罪組織に所属する人間達は暴力が売りなだけに、人一倍、商売道具に対して敏感なのかもしれない。
サステナは尻込みをする敵に容赦なく襲い掛かった。
「オラオラ! 次に俺の槍の餌食になりたいヤツはどいつだ?!」
「ひ、ひいいいいいっ!」
情けない声を上げて逃げ惑う裏社会の男達。
そんな混乱をクロコパトラ歩兵中隊の隊員達は呆気にとられた表情で見守っていた。
『コラ! なに呑気に見てんのよ! ここはサステナに続かなきゃでしょうが! ゴーゴーゴー!』
「お、おう。けどよ、クロ子。もう勝負はついたんじゃねえか?」
クロカンの大男カルネが困り顔で振り向いた。
ホントに甘ちゃんだなお前ら。てか、お人よしにも程があるだろ。
戦いとは『押さば押せ 引かば押せ』。分かっているのはサステナだけじゃねえか。
『勝負がついたとかお前が勝手に決めんな! 相手はまだ武器を持っているし、降伏を申し出た訳でもないでしょうが!』
「そ、それはそうだがよ」
「よせカルネ。今のはクロ子の方が正しい。クロカン! サステナに続くぞ!」
「「「おう!」」」
「ワンワン!」
ブチ犬マサさんが「俺達もいるぞ!」とばかりにウンタに吼えた。
やれやれ世話の焼けるヤツらだこと。
時は明治38年。日本の連合艦隊とロシアのバルチック艦隊が日本海で激突した。
有名な日本海海戦である。
ご存じの通り、この戦いは連合艦隊の勝利で終わるのだが、五月二十八日午前10時40分ごろ、損傷したロシア艦「ニコライ1世」は軍艦旗を降ろし、降伏旗をマストに掲げた。
しかし、連合艦隊大将・東郷平八郎は「打ち方止め」の号令を出さなかった。
これを見かねた海軍参謀・秋山真之が上官に詰め寄った。
「長官、敵は降伏です! 武士の情けであります! 発砲を止めて下さい!」
しかし東郷は厳しい口調で彼に答えた。
「本当に降伏すっとなら、その艦を停止せにゃならん。げんに敵はまだ前進しちょるじゃなかか」
当時の艦に使われていた蒸気タービンエンジンは、一度ボイラーの火を止めると再加熱するまでに時間がかかった。
戦時国際法でも、降伏する船はエンジンを停止させる事になっている。
秋山がハッとロシア艦を見ると、確かに、敵艦は航進を続けているだけではなく、大砲の筒先も日本の艦隊に向けたままとなっていた。
結局、東郷が「打ち方止め」を命じたのは、事態に気付いた相手が艦のエンジンを停止した後であった。
秋山は東郷に対して返す言葉がなかったという。
柔道オリンピックでも、日本の選手が締め技を耐えている最中に、審判が「待て!」の合図ををかけたので思わず気を緩めたら、そのまま相手に締め落とされて敗北になった試合が問題になっていた。
ルールのあるスポーツですらこれなのだ。
ましてやここは戦場。
勝てば官軍負ければ賊軍。卑怯上等。武士の情け? そんなものなどくそくらえ。どんな手を使ってでも勝利した方が正しいのである。
そんな命のかかった戦場で、勝手に攻撃の手を緩めた結果、返り討ちに遭って負けるようなヤツはただのマヌケである。
殺されてしまえば、卑怯だ何だと文句を言う事すら出来ないのだ。
『サステナが暴れてる今こそチャンス! 二度とこちらに手を出そうという気が起きないよう、徹底的に叩きのめしてやるのよ! それ行けすぐやれ! ブッ殺せ!』
「クロ子お前、それって完全に悪役のセリフじゃねえか。しかもサステナ頼りとか、情けないとは思わないのか?」
クロカンの隊員が何やらぼやいているようだが聞こえんなぁ。
戦いは勝ったもん勝ち。
サステナはアレだ。スマホゲームでよくあるアレ。フレンドから借りられるサポートキャラ枠。
自分よりランクの高いフレンドから借りたSSレアキャラみたいなもんだから。
だからルールの範囲内。決してズルなんかじゃないから。
それはさておき。
なんだかんだで、戦いは完全にこちらが有利な形で進んでいる。
敵の親分――ヴァロミットだっけ? は、顔を真っ赤にして部下を怒鳴り散らしているが、弱腰になってしまった味方を奮い立たせる事は出来ないようだ。
あ、また一人、サステナが切り殺した。
てか、人間の腕や足ってあんなに簡単に切り飛ばせるのな。あ、今度は首がすっ飛んだ。いやはや、おっかないのう。
『グロ子。グロ子』
『誰がグロ子じゃい。何よ水母』
サステナの戦いをまったり眺めていた私は、頭のてっぺんをピンククラゲの触手にツンツンされて背中を振り向いた。
『他人事?』
『いいのって何が?』
『出番』
『あ・・・』
私は慌てて戦場を振り返った。
ああうん。戦いの趨勢は完全に決しているね。コレ。
今更、私の出る幕なんてまるでないわ。
うん。完全に私、出るタイミングを失いまくってる。
てか、部下に命がけの戦いをやらせて自分は最後まで高みの見物とか。知らない間に私も随分と偉くなったもんだ。
勿論、本気で言ってる訳じゃないから。今のはただの自虐だから。
『ま、まあ、私という切り札を使わなくても勝てるようならそれが一番だから。これってそれだけクロカンの隊員達が成長したという証じゃね?』
『クロカン? サステナはサッカーニ流槍術師範』
うぐっ。ごもっとも。
いや、ちゃうねん。最初はここぞという場面で満を持して登場するつもりやってんねん。
けど、その役をサステナに奪われてしまった訳やねん。
てか、なんやねん、このエセ関西弁。
ホラ、カードゲームでも良くあるじゃん。フィールドに出すタイミングを見誤って手札で腐らせてしまう事。
要はそういう感じだったんだよ。分かれ。
『サボり魔』
『おいよせ止めろ。その呼び名は本気で私に刺さるから』
◇◇◇◇◇◇◇◇
アゴストファミリーの幹部、ヴァロミット。彼の敗因はサッカーニ流槍術師範サステナの存在を軽く見ていた事にあった。
(クソッ! たかが槍の師範一人、数でかかれば押さえ込める。そう高を括っていたんだが――それがこんな化け物だったとか。ンなモン誰が想像出来るかよ!)
ヴァロミットは熱くなった頭で毒づいた。
武術の師範から身を持ち崩し、裏社会に流れて来た人間を彼は何人も知っている。
そんな武芸者を見て来たヴァロミットの感想は、「確かに腕は立つが恐れる程でもない」というものだった。
なんなら隣国でクロ子に殺された『死神』の方が、実際の殺し合いの場では彼らを圧倒するのではないか? ヴァロミットはそう考えていた。
そもそも、命のかかった戦場では技術云々よりも気合や度胸が物を言う事の方が多い。
そして国同士、領主同士の小競り合いの絶えないこの世界においては、戦場を経験している人間が一定数存在する。
それは裏社会においても同じで、戦場で殺し合いの経験をして来た人間にとって、平和な場所で技術を磨いている武芸家などとんだ的外れもいいところだった。
剣技など所詮は小手先の技。今までぬるま湯に浸っていたような人間が、命懸けの戦いの場で脅威になるはずがない。
彼らがそう考えるのも当然と言えた。
だが、世の中にはどのジャンルにおいても例外というものが存在する。
そしてサッカーニ流槍術においては、サステナこそがそれに当たった。
「オラオラァ! テメエら気合い入れて防がねえと命がないぜぇ!」
「ギャアアアアア!」
サステナが槍を振るう度、槍を突き出す度、鮮血が舞い、人間の指や耳、手足に首がバラバラと地面に散らばった。
いかに腕っぷしに自信があるとはいえ、チンピラに毛が生えたような男達ではサステナの相手になるはずもない。
なぜならサステナは、チンピラ界の最上位種でありながら、槍術においては師範代という、理不尽が人間の形を取ったような存在だったからである。
「クロカン! 魔法銃一斉射! 撃て!」
パンッ! パパパパーン! パン!
耳の痛くなるような破裂音と共に、魔法銃部隊の攻撃がヴァロミットの部下達に炸裂した。
高速で飛来する鉛の弾丸は、見えない礫となって荒くれ者達の体に痛みと恐怖を与えた。
(クソが! クソが! このクソッタレが! 一体どうすりゃいい?! ここからどうすりゃ勝てるんだ?!)
この場に及んでもヴァロミットはまだ諦めていなかった。
彼は怖気づく部下達を怒鳴りつけながら、頭の中では必死に打開策を考えていた。
しかし、彼が起死回生の策を思い付くよりも先に、味方の方が持ちこたえられずに崩れてしまった。
「ひ、ひいっ!」
「なっ?! バカ野郎! 逃げるんじゃねえ!」
今まで彼の姿を敵の目から隠す、いわば肉の壁のようになっていた男達が、恐怖のあまり逃げ出したのである。
無防備に晒されたその体。クロカンの副隊長ウンタは、戦場にポッカリと空いたこの射線を見逃さなかった。
「圧縮!」
魔法が発動すると同時に、カシャンと銃尾がロックされる。
ヴァロミットが慌てて背を向けたその体に――
パンッ!
乾いた音と共に鉛玉が射出された。
ヴァロミットは背中に熱い衝撃を感じ、そのまま勢い良く転倒したのだった。
次回「メス豚とヴァロミットの最後」




