その447 メス豚と追跡者
カルテルラ山の山の中。
我々は亜人兄弟ロインとハリスを先頭に、彼らの住む村、楽園村を目指していた。
「おい、クロ子。サステナが遅れてる。大分参っているみたいだ」
『え~、また? 仕方がないわね。全軍、小休止!』
私が合図するとクロコパトラ歩兵中隊の隊員達は隊列を崩し、思い思いの場所に腰を下ろした。
その間に一人遅れていたヒゲの中年男性が――サッカーニ流槍術指南役サステナが――ヒイヒイ言いながら追いつくと、槍を投げ出して地べたに倒れ込んだ。
おいおい、槍の師範代ともあろう者が、大事な商売道具を粗雑に扱っちゃダメだろうに。
「あーもうダメだ。もう限界。もう死ぬ。すぐ死ぬ」
『なにを大袈裟な。てか、これしきの山歩きでへばるとか、日頃の鍛え方が足りてないんじゃない?』
「――とクロ子は言っている」
クロカンの副官ウンタが私のボヤキを翻訳してサステナに伝えた。律義か。
亜人であるクロカンの隊員達とは違い、サステナは人間なので翻訳の魔法は使えない。つまりこうして誰かに教えて貰わないと、彼は私が何を喋っているのか分からないのである。
サステナは不満顔で私を睨んだ。
「自分で歩いていないお前にだきゃ言われたかぁねえよ」
ごもっとも。
私はタイロソスの信徒の女戦士マティルダの膝の上でブヒっと鼻を鳴らした。
ちなみに行軍の間も私はずっと彼女に抱きかかえられたままだった。
いや、仕方がないんだよ。サステナの歩く速度に合わせてたら遅すぎで。道中、あまりに暇なんでそこらで道草を食ってたら(※慣用句的な意味ではなく物理的に)、ウンタに文句を言われて拘束されてしまったんだよ。
『黒豚の姐さん』
その時、尻尾を振り振り、角の生えたブチ犬マサさんが姿を現した。
マサさんは私の前にお座りをするとハッハ、ハッハと荒い息を吐いた。
『敵はまだこちらの後ろを追って来ていますぜ』
『チッ。いい加減しつこいわね』
私は苛立ちに小さく舌を鳴らしたのだった。
深淵の妖人との決戦を終えた翌朝。私達は胡蝶蘭館を後にした。
今回の戦いの前半戦は我々の完全勝利。【手妻の陽炎】を始めとする深淵の妖人達を全員始末したのに、こちらからは一人の犠牲者も出さなかった。
しかし、後半戦は完全に逆の展開に。意気揚々と館に引き返した我々を待っていたのは、タイロソスの教導者アーダルトの裏切りの知らせと、ビアッチョとトトノの死。そして何よりもゴッドの娘、ベルベッタ・ペドゥーリの死体であった。
将棋だろうがチェスだろうが、キングを取られた側が負けとなる。いくら敵兵を倒してもそれで戦略目的を達した事にはならない。守るべき護衛対象の命を守れなかった以上、この戦いは我々の敗北なのである。
こうなった以上、この場に留まっていても意味はない。
我々は急ぎロイン達、亜人兄弟の故郷、楽園村へと向かう事にした。
しかし、そこに待ったをかけたのがサステナである。
彼は「このまま恥をかかされっぱなしでは終われねえ」とばかりに、我々に同行を願い出たのだった。(第十三章 かりそめの楽園編 より)
こうして新たにサステナを仲間に加え、楽園村へと出発する事になった我々クロコパトラ歩兵中隊だったが、出足で早速つまづいてしまった。
ぶっちゃけ楽園村の場所が分からなかったのである。
「同じカルテルラ山にあると言っても、こんな遠くまで来た事は一度もないからな。分かる訳がないだろう?」
と困り顔で説明したのは、雰囲気イケメンこと亜人兄弟兄のロインである。
彼も村にいた頃は、狩りで何度も山の中を走り回っていたそうだが、一口に山といってもカルテルラ山はかなり大きな山である。
彼が知っているのはその極一部。自分達の村の周辺だけ。この辺りまで来ると完全に行動範囲外になるんだそうだ。
「伯爵様のお屋敷まで行ければ、そこからの道は分かると思いますが」
そして弱気ショタ坊こと弟のハリスが弱気な感じで兄の言葉に続いた。
ふむふむ、なる程。元々、ペドゥーリ伯爵に相談しに向かっていた以上、屋敷までの道のりなら分かるのも道理か。
クロカンの大男、第一小隊隊長のカルネが私に振り返った。
「それでどうするよ、クロ子?」
『どうするもこうするも、当てずっぽうにさまよう訳にもいかないんだから、遠回りでも知ってる道を行くしかないんじゃない? 一先ずは一度山を下りて、そこから伯爵の屋敷に繋がる道を探す。屋敷が見える所まで着さえすればロイン達も道が分かるんだから、そこからは二人の案内で楽園村を目指せばいいんじゃない?』
「まあそれしかないか」
脳筋のカルネが理解した以上、今の説明で分かっていない隊員は一人もいないだろう。
何というカルネの信用よ。
「クロ子。何だか妙な目で俺を見ているけど、またヘンな事を考えているんじゃないだろうな?」
さあ? 自分の胸に聞いてみれば?
私の生暖かい視線にカルネはイヤそうに眉をひそめたのだった。
といった訳で我々は外が明るくなると共に出発。山を下りたのだったが・・・どうやらそこでアゴストファミリーの残党共に見付かってしまったらしい。
ヤツらは深淵の妖人が倒されて怖気づくどころか、復讐のチャンスを狙っていたようだ。
こうして我々は付かず離れずの距離に、物騒な集団の尾行を受ける羽目になってしまったのだった。
『てか、マサさん達黒い猟犬隊の犬達にすら尻尾を掴ませないなんて、敵には余程腕の立つ斥候がいるみたいね』
『尻尾? 黒豚の姐さん。人間に尻尾はありやせんぜ?』
コテンと首をかしげるマサさん。
可愛いじゃないの。萌えるわ。
『こ、こうかな?』
「何やってんだクロ子。それよりどうする? 俺達が全力を出せば追手を振り切るのは簡単だと思うが――」
ウンタはそう言うと、チラリと倒れたままのサステナと女戦士マティルダを見た。
ああうん。足手まといがいる以上、身体強化の魔法で振り切る訳にはいかないわな。てか、道案内役のロイン達も風の鎧の魔法は使えない――「風の鎧じゃない。俺達の魔法だ」――あーはいはい、それな。その魔法を使えない訳だし。
『このまま楽園村までヤツらを引き連れて行く訳にもいかないし。ここらで後顧の憂いを断っておくか』
私は身をよじると、コロンとマティルダの膝の上から転がり落ちた。
急な動きに背中のピンククラゲが逃げ損ねて私のお尻の下敷きになった。
『事前告知を求む』
『ごめんごめん水母。みんな集まって! ここでアゴストファミリーと決着を付けるわ!』
「いょっしゃ! 待ってました!」
クロカンの大男カルネが鼻息も荒く袖をまくり、傷だらけの腕をむき出しにする。
ずっと付かず離れずつけ回されていたのがよっぽどストレスだったようだ。脳筋のくせして繊細アピールとか、誰得だ?
荒事の気配を察したのだろう。さっきまで舌を出して寝ていたはずのサステナも、期待感のこもった目でこちらを見ている。
いやはや、どうしてウチの部隊はこうも血の気の多いヤツらが多いのやら。
「一番血の気が多いクロ子に言われてもな」
「そうそう。俺達なんてクロ子に比べたら可愛いもんだぜ」
「違いない」
互いに頷き合い、白い歯を見せる隊員達。
お前らなあ・・・。まあいいや。戦いの前に士気が低いよりは随分マシだし。
私は隊員達を集めると迎撃の手はずを打ち合わせるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
クロ子達の後方。遅れる事しばらく。
見るからにガラの悪い男達の一団があった。
ベッカロッテの町の裏社会を牛耳る犯罪組織、アゴストファミリーの構成員達である。
「どうやらヤツらはここでキャンプを行うようです」
「どういう事だ?」
偵察の男からの知らせに、男達は戸惑いの表情を浮かべた。
「まだ日は高いじゃねえか。それなのにもう寝床の準備を始めているってのか?」
「いや、俺に言われても・・・」
偵察の男も半信半疑ではいたようだ。しかし、実際に亜人達が下生えを刈り取り、テントの組み立て始めたのを見た以上、そう報告するしかなかったのである。
浮足立つ男達を野太い声が一喝した。
「ゴチャゴチャぬかしてんじゃねえ! ヤツらが寝床の準備を始めたのなら、こっちにとってむしろ好都合ってもんだろうが! 隙を見て襲い掛かってヤツらを皆殺しにしてやる! そうすりゃ日が落ちるまでに、このクソッタレな山からおさらば出来るってもんだ!」
広い肩幅に太い手足。大きな刀キズのあるいかつい顔。
このヒッテル王国の裏社会を牛耳る犯罪組織アゴスト。その【西の王都】ベッカロッテの支部を任されている、ヴァロミットである。
ランツィの町でクロ子に手を出して返り討ちに遭い、自分達の本拠地ベッカロッテの町ですらも敗れた彼は、本部からやって来た深淵の妖人達にまで邪魔者扱いされ、組織の中で完全にメンツを潰されていた。
裏社会は実力社会。弱者は強者の獲物。弱みを見せれば他者に食い物にされる非情な世界なのである。
ヴァロミット自身もそうやってのし上がって来た以上、それを知らないはずはなかった。
今の立場を守るためには、周囲に自分の強さを証明するしか他にない。
(だが、俺達アゴストファミリーのテリトリーはあくまでもベッカロッテの町。ヤツらが亜人村に到着しちまったら、俺の手が届かなくなっちまう)
アゴストがカロワニー・ペドゥーリから依頼されたのは、町に逃げ込んだ亜人兄弟を生かして捕らえる事。
逆に言えば、亜人村にまで手を出すのはカロワニーの領分を犯す事に他ならない。
いかなアゴストファミリーとはいえ、今や完全にペドゥーリ伯爵家を牛耳るカロワニーを敵に回してはタダでは済まなかった。
(だからこれは俺に残された最後のチャンスだ! ガキ共を捕え、残りのヤツらは見せしめとして八つ裂きにしてやる!)
こうなると深淵の妖人が全滅したのはむしろ好都合とも言える。
本部の名うての殺し屋ですら叶わなかった相手をまんまと始末したとなれば、汚名返上どころかヴァロミットの株はうなぎ登りになるだろう。
問題は深淵の妖人をも倒す相手をどう倒すかだが――
(なあに、どんな相手でも四六時中気を張ってる訳じゃねえ。要はどんな手を使ってでも勝ちゃあいいってだけのこった)
どの道、自分には後はないのだ。この勝負、伸るか反るか。
ヴァロミットは久しぶりの修羅場に、己の血が熱く煮えたぎるのを感じていた。
次回「メス豚と山の中の乱戦」




