その445 ~王都の狂騎士~
今回で第十三章が終わりとなります。
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ヒッテル王国の王都ケッセルバウム。
小高い丘の上に建てられた王城を中心に、丸く円状に発達したこの都市は、昔から複数の街道が交わる要所として発達して来た。
そんな歴史ある町は、現在、王家に反旗を翻した大罪人達によって占拠されていた。
「・・・などと世間では言われておるのだろうな」
苦虫を噛み潰したような表情をしているのは、白いヒゲを蓄えた矍鑠とした老人。
大罪人達の首魁。トルメーロ・ディアーコ伯爵であった。
伯爵の前に立つ若い(と言っても三十代半ばだが)家臣は、沈鬱な面持ちで頭を下げた。
「ご心痛、お察し致します」
「本当に、なぜこんな事になってしまったのか。ワシはここまで事を荒立てるつもりなど微塵もなかったというのに」
事の発端は貴族家同士の派閥争いだった。
地方貴族界のトップ、ディアーコ伯爵の派閥と、中央貴族、コルヴォ侯爵の派閥との政争。
その結果、伯爵派閥下のカサンドレ男爵がありもしない謀反の濡れ衣を着せられる事となった。
カサンドレ男爵は伯爵派閥の有力貴族。
侯爵派閥の狙いは、男爵を排除する事で伯爵派閥の弱体化にある事は明白だった。
この目論見はまんまと当たった。ヒッテル国王は各貴族家に呼びかけると、討伐軍を編成。カサンドレ男爵領へと進軍を開始した。
カサンドレ男爵は反逆者の汚名を着たまま討伐軍に抗うか、罪人として王都に出頭するしかないかと思われた。
しかし、ここで事態は急変。隣国サンキーニ王国との小競り合いが始まった事により、討伐軍はうやむやのうちに解散する事となった。
こうして九死に一生を得たカサンドレ男爵だったが、彼もやられたままではいなかった。
男爵は今回の件の意趣返しとして、討伐軍の中心人物、狂騎士ドルド・ロヴァッティに対して寝返りを画策した。(『第七章 混乱の王都編 その249 ~最大の誤算~』より)
敵の内部分裂を狙った離間の計は、しかし、男爵にとって――いや、この国の全ての人間にとって予想外の結果を産む事となる。
話を持ち掛けられた狂騎士ドルドが、逆にカサンドレ男爵の勢力を飲み込むと、王家に対して本当に反旗を翻してしまったのである。
ディアーコ伯爵にとっては正に寝耳に水だった。
懸命にカサンドレ男爵の立場を回復するための根回しをしていたら、突然、梯子を外された形になったのである。
繰り返すが、カサンドレ男爵の謀反の疑いは侯爵派閥によって仕組まれた罠で、男爵には(そして男爵の派閥の長の伯爵も)王家に対して謀反の意志は全くない。
しかし、狂騎士ドルド・ロヴァッティ率いる反乱軍は破竹の勢いで快勝を続けると、あれよあれよという間に王都ケッセルバウムへと迫ったのであった。
こうなってしまえば、不本意ながら伯爵も反乱軍に加わらざるを得ない。
そうしなければ派閥を割ってしまうどころか、最悪、狂騎士の牙が今度はこちらに向く危険があったからである。
激しい戦いの結果、国王軍は敗北した。国王は城が陥落する前に、家族を連れて王都から密かに脱出。
その後の消息は不明となっており、現在も捜索が続けられている。
一体、なぜこんな事になってしまったのか?
カサンドレ男爵は(そしてディアーコ伯爵も)、ドルドという男の抱える狂気を見誤っていたのである。
こうしてディアーコ伯爵は、王都ケッセルバウムを手に入れた。
全くの望まざる結果であり、伯爵に王家に対しての叛意はなかった。
状況の変化に流され、それに対応している間に、いつの間にか反乱軍の首魁の座に据えられ、国を略奪してしまったのである。
こうなった全ての元凶は、言うまでもなく狂騎士ドルドにあるが、彼はこれだけの事をしておきながら、未だ血に飽き足りないらしく、自ら軍を率いてコルヴォ侯爵派閥の残党狩りの日々にいそしんでいた。
「いつまでもぼやいていても仕方がない。報告を聞こうか」
「その事ですが・・・少しお休みになられてはいかがでしょうか? この所、お体が辛そうに見えますが」
若い家臣は、伯爵の老体を気遣った。
「歳なのか、最近は寝てもあまり疲れが取れた気がせんのだ」
「それこそ働き過ぎのせいでは? ご心労も多いでしょうし」
「分かってはいるのだが・・・それでも今はやるしかなかろう。息子達の器量でこの難局が乗り切れるとは思えんからな」
ディアーコ伯爵の息子達は既に中年に差し掛かっている。何もない平時であれば当主の座を継いでも問題のない能力は持ってはいるが、今はこの国が建国して以来の非常時。微塵も予断を許さない状況だ。
それに伯爵は、自分の息子達があの狂騎士ドルドを御せる未来が全く思い浮かばなかった。
「ドルドと言えば、サッカーニ流槍術の総本山に使いを送ったそうだな?」
「はい。例の噂をどこかで耳にしたようです」
「サッカーニ流がダリア姫を匿っているというあの話か・・・」
ダリア姫は国王の長女。二人いる王女の姉の方となる。年齢は十六歳。
鮮やかなオレンジ色の長い髪を持つ可憐な少女で、その髪の色を宝石に例えて、【トパーズの姫】とも呼ばれている。
例の噂とは、国王が家族を連れて王城を脱出した際、ダリア姫の乗る馬車だけが不慮の事故で破損。
このままでは追手を振り切れないと悟った護衛達が、急遽、王家の兵法指南役でもあるサッカーニ流槍術の総本山を頼った。というものである。
家臣はわずかに身を乗り出すと声を潜めた。
「それなんですが、確かな筋から得た情報によると、どうやら王女殿下が総本山に匿われているというのは、本当の事のようです」
「なんと! ――その話、どこにも漏らしてはおらんだろうな? 特にあの狂騎士の耳に入ればどうなるか」
「ご心配なく。ご当主様以外、誰にも話しておりません」
ドルドは王城を落とすと、即座に宮廷貴族達を粛清して回った。
ディアーコ伯爵が王城に入るのが、もし半日遅れていたら、城は血で真っ赤に染まり、動く者のない廃墟と化していたに違いない。
そんな狂人が王家の人間を――敵組織のトップを捕らえたらどうなるか。結果は言うまでもないだろう。
「未だ行方の知れない陛下の安否も気にかかる。なんとしてでもドルドより先に王家の方々を見付け、その身柄を保護するのだ」
「はっ。目下、全力を挙げて捜索中でございます」
かつての主君の身を案じるディアーコ伯爵。
謀反が(自らが望んだものではないにしても)成功した形になってはいるものの、今でも彼は可能な限り、穏便な形での権力の移行を望んでいた。
しかし、凶事は彼を待ってはくれなかった。
「た、大変です! ご当主様! ロヴァッティ殿が! ロヴァッティ殿が!」
部下の男が血相を変えて部屋に飛び込んで来た。
「ドルドだと?! ヤツがどうした?!」
「ロヴァッティ殿が、大モルト、ジェルマン・アレサンドロ様から使わされた使者を切り殺してしまいました!」
「なっ?! 馬鹿な! ヤツは一体、何を考えておるのだ?!」
そう。それは狂騎士ドルドが、ジェルマン・”新家”アレサンドロの使者を殺したという知らせだった。
隣国から逃れて来たヒッテル国王を保護したジェルマンは、彼から要請を受け、王都ケッセルバウムを占拠しているディアーコ伯爵へと使者を送った。
それを知ったドルドが使者の一団を独断で捕え、切り殺したというのだ。
この騒ぎの中、大モルト軍の騎士が一人だけ生き残った。
ドルドは怯える騎士に告げた。
「運のいいヤツめ。その強運に免じて今は命を奪わずにおいてやる。国王の下に戻ってこう伝えろ。略奪の神ラキソスがお前の首を欲しがっている、とな。俺が受け取りに行くまで、せいぜい震えながら待っているがいい」
ドルドはそう言い放つと、嬉しそうに高笑いをしたのだった。
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王都の東。
平地の中にそびえ立つこの山は、サッカーニ流槍術の総本山として知られている。
その本殿の奥まった一室。来客用の貴賓室に、ハッと人目を引く、儚げな少女の姿があった。
愁いを帯びた瞳。整った顔立ち。象牙色の肌。抱けば折れそうな華奢な体。艶やかなオレンジ色の長い髪。
【トパーズの姫】ことダリア姫である。
「お父様、お母様。それに弟達も・・・。みんな無事に逃げる事が出来たでしょうか」
ダリア姫はあの日から毎日、こうして家族の事を思い、心を痛めていた。
自分も安全とは言えない状況にありながら、家族の心配を優先するその優しい心根に、護衛の騎士だけでなく、道場の者達も皆、「流石はトパーズの姫様」「なんとお美しい心をお持ちなのだろう」と、感心していた。
(私の心が美しい? いいえ。私は悲しんでいるだけ。家族の事を心配しているだけ。こんな情けない女がどうして美しいと言えるの)
もし、ここにいるのが自分ではなく、国王である父親や、王妃である母親なら、自らに従う者達を鼓舞し、彼らに報いる道を探す事が出来るだろう。
だが、自分には何も出来ない。周囲のお荷物でしかない。
護衛の騎士や道場の人間に迷惑を掛けているだけの存在。
王女という立場がなければ何の価値もない女。
誰かに手を引いて貰わなければ、自分で歩く事すらままならない、メソメソしているだけの陰気な女。
それが自分。ダリア・ヒッテルという人間なのだ。
ダリア姫はテーブルのカップを手に取ると――既に中身を飲み干していた事に気が付いた。
凛々しい出で立ちの女騎士が、控え目に声を掛けた。
「姫様。私でよろしければお飲み物のお替りをお持ちいたしましょうか?」
「・・・ええ。お願いしてもいいかしら、クラーラ」
「はっ。かしこまりました」
ダリア姫は女騎士を――クラーラを見上げた。
その拍子に、白い首元に後れ毛が数本、ハラリと落ちる。
同性をも魅了する儚げな美しさに、クラーラの口から意図せず小さなため息がこぼれた。
(これ程までに美しく心優しい姫様を悲しませる悪の元凶、悪逆非道の反逆者ドルドめ! 絶対に許さんぞ!)
激しい憤りを覚えるクラーラ。
そんな中、ダリア姫は、私は自分のお茶すらも淹れられないダメな女だ、と、密かに落ち込みの種を増やすのだった。
これで『第十三章 かりそめの楽園編』は終了となります。
次の章ではいよいよクロ子達が楽園村に到着。新たな戦いに巻き込まれる事になる予定です。
別作品の更新がキリの良い所に到達し次第、再びこちらに戻って来ますので、それまで気長にお待ち頂くか、その間、私が書いた他の小説を楽しんで頂ければ幸いです。
後、まだブックマークと評価をされていない方がいらっしゃいましたら、この機会に是非、よろしくお願いします。
それと、作品感想もあれば今後の執筆の励みになります。「面白かった」の一言だけでも良いので、こちらも是非、よろしくお願いします。
いつも『私はメス豚に転生しました』を読んで頂きありがとうございます。




