その444 メス豚と新たな助っ人
ここはゴッドの娘の寝室。
私の問いかけに、サステナはニヤリと白い歯を見せると、力強く言い放った。
「この槍聖サステナ様に恥をかかせたヤツらに落とし前を付けてやるのよ!」
サステナは第六の深淵の妖人、【無貌】にまんまと出し抜かれ、依頼主であるゴッドの娘を殺されている。
落とし前を付ける、というのは、実行犯の【無貌】に対して・・・ではなく、深淵の妖人の雇い主、カロワニー・ペドゥーリの事を言っているに違いない。
そう。サステナは理由如何によっては、この土地の支配者、カロワニー・ペドゥーリと敵対する事も辞さない、と宣言したのである。
クロコパトラ歩兵中隊の副隊長、ウンタが驚きの表情でサステナに尋ねた。
「いいのか? 俺達と違ってサステナ、お前は有名な道場の師範代なんだろう? 勝手にこの土地の貴族と揉めたら、道場の仲間に迷惑をかけるんじゃないか?」
「なあに、構やしねえよ。サッカーニ流槍術の総本山は王都のお膝元。西の王都で揉め事を起こしても、特に問題はないだろうぜ。それよりも、槍術師範がメンツを潰されたままで黙っている方が大問題ってもんだ」
サステナは「この業界は舐められたらお終いだからな」と、まるでヤクザやチンピラのような事を言った。
「――と、クロ子は言っているが」
「はんっ。その例えはあながち間違いじゃねえぜ。武道家もヤクザ者も、組織の看板で飯を食ってるって点では似たようなもんだからな」
サステナは真面目な道場主が聞いたら目玉を剥きそうな暴論を平然と言い放った。
クロカンの大男、カルネが腕組みをするとウンウンと頷いた。
「なあ、もういっその事、サステナに全部話しちまってもいいんじゃねえか? どうせ俺達が亜人だって事もバレてるんだ。コイツなら俺達に悪いようにはしねえと思うぞ?」
「偉そうに言うな、カルネ。そもそも俺達の事がバレたのは、お前のせいだろうが」
「そうとも。隠れて一人だけで酒を飲んだりするからだ。少しは反省しろ」
「なっ! し、仕方がねえだろ! こっちに来てから一滴も飲んでなかったんだからよ!」
仲間達のツッコミに、慌てて言い訳するカルネ。
うんまあ、今回は完全にカルネの自爆だし、何も擁護は出来ないかな。
私はロインとハリス、二人の亜人兄弟の方へと振り返った。
『二人的にはどう? カルネじゃないけど、私もサステナは信用出来るんじゃないかと思ってるんだけど』
サステナの人間性は怪しいが、やられたらやり返すという理屈は私にも良く分かる。
組織のリーダーというのは、周りに恐れられるのはいいが、舐められてはダメなのだ。
それに、アーダルトに裏切られ、タイロソス教会が利用し辛くなった今、サステナのように人間社会に顔の効く存在が味方してくれるのはぶっちゃけ有難い。
だが、そのためには先ずは我々の事情を説明する必要があるだろう。
そうなれば必然的に二人の事情にも――楽園村についても、触れる事になる。
二人がどうしても自分達の村の事を人間に知られるのがイヤだと言うのなら、私としてはムリにとは言えない。
村には彼らの家があるのだ。誰だって家族や知り合いをいたずらに危険に晒すようなマネはしたくはないだろう。
ロインとハリスは少しの間、互いに顔を見合わせていたが、やがてハリスが頷いた。
「クロ子がそうした方がいいと思うのなら、僕とロイン兄さんは構いません。クロ子に任せます」
『本当にいいの? 多分、サステナに楽園村の事を説明する事になると思うけど』
「はい。今回の件の裏にいるのがカロワニー様なら、敵対している派閥の盟主が死んだ今、あの方を止められる者はいなくなったという事になります。そうなれば、いつまで村の存在を人間達に秘密にしておけるかどうか分かりません。僕達に回り道をしている余裕なんてないんじゃないでしょうか?」
なる程、確かにハリスの言う通り。敵は今夜、自分たちにとって最大の障害となるゴッドの娘の排除に成功した。
ここからは時間との戦い。敵に対して組織力で負けている我々に、なりふり構っていられる余裕など残されてはいなかったのだ。
『オッケー。ウンタ、私の言葉をサステナに翻訳して頂戴。彼にこちらの事情を説明するわ』
「クロ子――そうか分かった。サステナ、俺達の事情を話すから、こっちに来てくれ」
「おっ? いいね。随分ともったい付けてくれたもんだぜ」
サステナは上機嫌で近付いて来ると、私の前に座り込んだのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
クロ子がサステナに説明を始めたその頃。
月明かりの下、カルテルラ山の斜面を進む二つの人影があった。
一人は細身の男、深淵の妖人【無貌】。
その後ろを歩いている傭兵風の男は、タイロソスの信徒、教導者アーダルトであった。
【無貌】は油断のない目付きで背後のアーダルトを振り返った。
「お前には手を貸して貰った借りがある。だからお前の望み通り、俺達の雇い主、カロワニー・ペドゥーリに引き合わせてはやる。だが、それ以上の事までは責任を持たんぞ。例えカロワニーに雇われなかったとしても、後で俺に文句を言うなよ」
「・・・勿論だ。カロワニー・ペドゥーリに紹介してくれるだけで構わない」
アーダルトは小さく頷いた。
【無貌】は「チッ。辛気臭いヤツだ」と、不機嫌そうに舌打ちを漏らすと、再び前を向いて歩き出した。
アーダルトは口ではああ言ったものの、カロワニーに雇われるためなら、どんな手を使ってでも【無貌】を動かすつもりでいた。
そうでなければ亜人達を裏切り、弟子のビアッチョまで手に掛けた意味がない。
全てはカロワニーの配下になるため。
保守派貴族の中心人物、ベルベッタ・ペドゥーリを殺害したのも、この手柄を手土産に、西の王都の支配者、ペドゥーリ伯爵家に家臣として取り立てて貰うためだったである。
(俺はもう二度と選択を間違えない。あの時の失敗は絶対に繰り返さない)
アーダルトは心の中で強く誓った。
アーダルトは数年前まで王都騎士団の小隊長だった。
家柄も良く、若くして剣術の実力も抜きんでていた彼は、将来の団長候補として周囲からも注目を集める存在だった。
そんな彼が騎士団を辞めざるを得なくなった理由。
それは当時の二人の副団長による、団長の座を巡る争い。政争に巻き込まれた結果であった。
詳細は省くが、この争いに勝利したのはバローネ男爵だった。
決め手となったのは、彼の後ろ盾がサバティーニ伯爵だった事にある。
サバティーニ伯爵家は、先代の当主が四賢侯の一角に数えられる程の傑物で、貴族の間だけではなく、一般市民にすらその名が広く知られている程であった。(逆に現当主は凡庸な男で、偉大な父の名を辱めるだけの凡夫、と、もっぱら評判だった)
この結果、バローネ男爵は団長に昇格する事となった。
ちなみにそれから数年後。彼は横流しの装備をちょろまかしに来たクロ子と、現場でバッタリ鉢合わせ、戦う羽目になるのだが・・・詳しくは『第七章 混乱の王都編』を参照して欲しい。
話を元に戻すが、政争に敗れたビアンコ男爵は、騎士団から去らねばならない事となった。同時に彼の直属の部下も騎士団を辞めざるを得なくなった。
この時のアーダルトの上司が、このビアンコ男爵だったのである。
アーダルトは負けた派閥に属していたというただそれだけの理由で、約束された輝かしい将来を道半ばで諦めざるを得なくなったのであった。
(あの時の俺は本当に馬鹿で愚かだった・・・。この世は正しい行いをしている者が常に報われるという訳ではない。そんな事すら理解していなかったのだ)
アーダルトの上司、ビアンコ男爵は、仕事に対して誠実で公明正大な男だった。
それに対してバローネ男爵は、度々、職務態度が問題になりつつも、巧みに上の立場の者にこびへつらう事で、現状を維持しているような男だった。
どちらが次期騎士団団長により相応しいか。あえて語るまでもないだろう。
それでも、バローネ男爵が勝利を収めたのは、この国では未だに四賢侯の名が大きな影響を持っているいう結果であり、バローネ男爵が常日頃からサバティーニ伯爵に少なくない額のワイロを届けていた結果でもあった。
少しでも政治感覚のある者達は、早々にビアンコ男爵の下から離れ、バローネ男爵の派閥に鞍替えするか、中立の立場へと移った。
だが、アーダルトはビアンコ男爵の下に留まり続けた。
今まで目を掛けてくれた恩人を裏切れない。上司を裏切るのは騎士として正しくない。そんな理由で、彼は厳しい状況の中、いつまでもビアンコ男爵の部下として、彼に味方をし続けていた。
その結果が騎士団からの追放であった。
アーダルトが騎士団を去らねばならなくなったその日。ビアンコ男爵は最後まで残ってくれていた彼に感謝の言葉を告げた。
彼はアーダルトの手を取り、「俺の力が足りずに済まなかった」「お前の輝かしい未来をダメにしてしまった」と何度も何度も謝罪の言葉を口にした。
しかし、アーダルトは釈然としない思いでかつての上司の言葉を聞いていた。
ビアンコ男爵の抜けた副団長の座には、彼の長女、リヴィエラが就任する事が決まっていたからである。
そう。ビアンコ男爵は、ちゃんと自分の娘に立場を引き継いでいたのだ。
全てを失ったのは自分だけ。
上司に恩義を感じ、最後まで付いて行ったのがこの結果。
義理を通してバカを見たのは自分だけ。
この時、アーダルトは強く心に誓った。
もし、また今回のような事があるとすれば、今度こそ絶対に付く人間を間違えない。と。
アーダルトがクロ子達を裏切る事を決めた決定的な瞬間は、胡蝶蘭館で槍聖サステナと彼の弟子の会話を聞いた時だった。
カロワニー・ペドゥーリはペドゥーリ伯爵家を完全に掌握し、保守派貴族は非常に厳しい立場に追いやられていた。
そして保守派の旗頭であるベルベッタ・ペドゥーリは、怪しげな術の使い手、深淵の妖人に命を狙われていた。
そんな中、ベルベッタの護衛から、サッカーニ流槍の者達が抜けようとしている。
これ以上、保守派に未来はない。
アーダルトはそう確信した。それと同時に、彼の頭の中に、かつて騎士団を追放された時の記憶が蘇った。
今回こそ、俺は間違わない。
運の良い事に、彼はその腕前と判断力を買われて、ベルベッタの護衛に回された。
今夜、館に残っているのは少数の護衛の兵士のみ。
願っても無い絶好のチャンスの到来である。
ベルベッタの命を奪い、それを手土産にカロワニーの配下に鞍替えをする。
その機会を虎視眈々と狙っていた彼の下に、亜人の大男、トトノが慌てた様子でやって来た。
館に侵入者がいるのを、見張りの犬達が気付いたという。
アーダルトは決断した。侵入者に協力し、その人間に恩を売る事でカロワニーの所まで道案内をして貰う。
ちなみにトトノと自分の弟子達は最初から切り殺すつもりでいた。そうでなければカロワニーに信用して貰えない。そう考えたからである。
(ビアッチョ・・・許してくれとは言わん。勝った者が全てを手に入れるのがこの世の理。今夜、俺には幸運の神ラキラが微笑み、お前には微笑まなかった。ただそれだけの事だ)
今回こそは、俺は正しい道を掴んでみせる。
その強い一念でクロ子達を裏切り、自分が育てた弟子の命すらも奪った男は、闇の中、黙々と歩き続ける。
彼の行く道の先にあるのは、光り輝く黄金の栄光か、それとも――
次回でこの章も終わりとなります。
次回「王都の狂騎士」




