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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第十三章 かりそめの楽園編
445/518

その442 ~かりそめの楽園~

◇◇◇◇◇◇◇◇


 今より昔。七十六年前。

 ペドゥーリ伯爵に娘が生まれた。

 ベルベッタと名付けられる事になるその娘は、生まれつきの異形――顔の鼻から下が、犬や猫のように前に突き出していた。

 そう。彼女は”亜人”だったのである。




 最初に言っておくが、伯爵は人間である。そして彼の妻もまた人間である。二人の祖父も祖母も、その先祖に遡っても、亜人の血は一滴も流れてはいない。

 そもそも亜人とは遺伝子のイタズラ。旧人類の姿をした先祖返りの一種なのだ。


 元々この惑星の人類は、今で言う所の亜人の姿をしていた。

 それが魔核除去の遺伝子手術を受けた事で、現在の人類の姿へと変化をしたのである。(この辺りの事情は、第二章 修行編 その46 メス豚と超古代文明 で詳しく触れている)

 亜人、というのは、見た目でそう呼ばれているだけで、その正体は先祖返りをしたただの人間に過ぎない。

 彼らが周囲からの迫害を受け、自分達だけで隠れ住むうちに次第にその血が濃くなり、やがて遺伝子的に定着してしまった存在。それが亜人の正体なのである。


 亜人の娘の誕生が、ペドゥーリ伯爵に与えたショックは大きかった。

 だが、先程も説明した通り、ベルベッタが亜人として生まれたのはあくまでも偶然。

 そもそも、低確率ではあるものの、亜人の子供は――先祖返りをした子供は――現在でも大陸の各地で生まれ続けている。

 それが人々の話題に上らないのは、穢れた子、忌子として、生まれた直後に産婆の手で処分されているからである。

 そして本来であればベルベッタもそうなるはずであった。


 ここでこの国の――あるいはこの世界における一般的な貴族の結婚。その事情について、説明しよう。

 貴族の結婚というのは、家同士、親同士が決めるもので、全ては家同士の力関係、政治的な判断によって決定される。

 そこに当人同士の意思はない。

 結婚するのも貴族の義務なら、男が妻に子供を産ませるのも、女が夫の子供を産むのも貴族の義務。

 貴族にとって、結婚と出産はあくまでも義務。全て家の都合で行われるべきものなのである。

 そうやって跡継ぎを作り、貴族としての教育を済ませ、一人前に育てた所で、晴れて夫婦は責務から解放される。

 後は自分達の時間。好きに生きて良い時間となる。

 中には、そのまま。互いを終生のパートナーとするおしどり夫婦もいるにはいるが、(めかけ)や愛人を作る者達も少なくはない。

 そしてベルベッタもそうした側室の女性から生まれた子供だったのである。


 ベルベッタの母はペドゥーリ伯爵が四十歳の時に迎えた側室だった。

 伯爵家には、彼女の他にも三人の妻がいたが、その誰もが家同士の繋がりで必要とされた相手。いわゆる政略結婚の相手であった。

 ベルベッタの母は、ペドゥーリ伯爵が個人的な感情で娶った初めての女性。唯一、愛した女性であった。

 そんな愛した妻との間に生まれた子供。その娘が亜人だったのである。

 ペドゥーリ伯爵の受けたショックと絶望は計り知れないものであった。


 伯爵家の体面を考えるのであれば、最初から生まれて来なかった事にした方が良い。

 そんな当たり前の理屈はペドゥーリ伯爵にも分かり過ぎる程分かっていた。

 伯爵家の当主としては、当然下すべき正しい決断。

 しかし彼は愛した女性との間に生まれた娘を処分させる事がどうしても出来なかった。

 苦悩の日々を送る伯爵に、ある日、驚愕の知らせがもたらされる。

 それは屋敷の裏山、カルテルラ山で、亜人の集団が発見されたというものであった。




 カルテルラ山で発見された亜人。

 伯爵は、今までカルテルラ山に亜人が住みついているという話は一度も聞いた事がなかった。

 一体、これほどの人数の亜人が、どこからどのようにして現れたのだろうか?


「伯爵様、いかが致しましょうか?」

「――兵を集めよ。このワシ自らが確認に向かう」


 伯爵は兵を率いてカルテルラ山に踏み入った。

 亜人の集団はすぐに発見された。

 彼らが元々住んでいた土地から、このカルテルラ山に逃げ伸びて来たのはほんの数日前の事。

 逃げ隠れしようにも、土地勘が全くなかったのである。


「まさか、これほどの数の亜人が入り込んでいたとは・・・」


 伯爵家の兵士に囲まれ、怯える亜人達。

 子供から大人まで、その数は三百から四百人。小さな村にも匹敵する人数である。

 全員、ロクに食事も摂っていないのだろう。手足は棒のようにやせ細り、胸にはあばら骨が浮かんでいた。

 騎士団団長がペドゥーリ伯爵に尋ねた。


「想像していたよりも随分と多いですな。アマディ・ロスディオ法王国の商人なら、高く買い取ってくれるでしょうが、それもで流石にこれだけの人数になると、余程の大手の商会でなければ二の足を踏むかもしれません。捕えておいても無駄にメシ代がかかるだけですし、金になりそうにない年寄りと子供は、この場で間引いてしまいましょうか?」

「うむ、そうだな。任せる」


 亜人の奴隷は珍しい。国内でも富裕層を相手にそれなりに需要は見込めるだろう。

 だが、より高値で売る事を考えるのなら、アマディ・ロスディオ法王国の聖職者は外せない。

 法王国は公式には奴隷制度を認めていない。人間はアマナ神が自らに似せて作りたもうた創造物――いわば神の子なので、その人間を奴隷とするのは神に対して不敬となるからである。

 しかし、亜人は人間ではないので、このルールには抵触しない。

 法王国の高位聖職者の間では、亜人の奴隷を所有するのが一種のステータスのようになっていた。

 とはいえ、それも、労働力となる若い男女の話。仕事もロクに出来ない幼い子供や、体の弱った年寄りに、商品価値はほとんどない。

 この場で間引くというのは、商品として売れない年寄りと子供は殺してしまう、という意味であろう。

 二人の会話の意味を理解した亜人の間に、恐怖と怯えが広がった。


「それでは早速。おい! 選別を始めろ!」

「はっ!」

「来い! 年寄りはこっちだ!」

「や、やめろ! は、放せ!」

「お、お父さん!」

「そのガキをこっちによこせ! ケガをしたくなければ大人しく我々に従うんだ!」

「ぼ、坊や! いやあああ!」

「うわあああああん!」


 兵士達が亜人達の中に分け入ると、強制的に年寄りと幼い子供を外に連れ出す。

 ペドゥーリ伯爵は黙ってその様子を見つめていた。

 そんな亜人達の中に、赤ん坊を抱いた母親の姿があった。

 乳の出が悪いのだろう。赤ん坊の頬は痩せこけ、生気を失っている。

 兵士は抵抗する母親を殴りつけると、彼女の手から赤ん坊をむしり取った。


「止めて! お願い! 娘を、娘を返して!」

「抵抗するな! 伯爵様のご命令だぞ!」


 赤ん坊は弱り切っているのだろう。兵士に乱暴に扱われているにもかかわらず、ぐったりとして鳴き声一つあげない。

 今正に失われようとしている小さな命。

 その力無い目が、ペドゥーリ伯爵を見つめた。

 その瞬間。伯爵は無意識に声を上げていた。


「――もう良い。そこまでだ」


 兵士達は一瞬、自分達が何を言われたのか分からなかった。

 伯爵は今度は強めの言葉で彼らに命じた。


「もう良いと言っている! 下がれ!」

「は、ははっ!」


 兵士達は困惑しながらも、慌てて亜人達から手を離し、隊列に戻った。

 亜人の母親は、自分の赤ん坊を取り戻した安堵のあまり、その場に蹲っている。

 伯爵はそんな母子の姿をジッと見つめた。


「・・・これも運命の神ラキラの思し召しか」


 そう。伯爵は目の前の亜人の赤ん坊の姿に、生まれたばかりの自分の娘を重ねていたのであった。  


 伯爵は屋敷に戻ると、裏山に館を用意させた。そしてそこに妻と娘を匿い、誰の目にも触れないようにした。

 これが後年、胡蝶蘭館と呼ばれる事になる建物である。

 更には亜人達にカルテルラ山に住むことを許し、外部の視線から彼らを守った。

 亜人達の村、楽園村の誕生である。




 こうした経緯で生まれた楽園村。

 伯爵本人も今は亡く。伯爵の愛娘、ベルベッタ以外の兄弟達も、全員既にこの世を去っている。

 そして今宵、楽園村の誕生に関わった伯爵家最後の人間、ベルベッタも、深淵(マーヤソス)の妖人、【無貌(むぼう)】の手によって、その命を奪われた。


 ペドゥーリ伯爵の庇護下において繁栄を極めた亜人達の楽園、楽園村。

 だがそれは、かりそめの楽園。

 伯爵家の寛容さという、あやふやな土台の上に築かれた、脆く不確かな理想郷(ユートピア)


 ベルベッタの死により、その存在意義を完全に失ってしまった今。

 楽園に終焉の時が訪れようとしていた。

次回「メス豚と敗北を認める勇気」

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― 新着の感想 ―
[良い点] えええ…そんな過去が… 単に「寛容な人」だったわけじゃないんですね… 楽園は…楽園の住人たちはどうなってしまうのか… 亜人の兄弟たちはどうなるのか…
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