その437 メス豚vs深淵の妖人
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クロ子が深淵の妖人、怪力の【三十貫】と戦っていた一方その頃。
全身を布で覆われたミイラ男【百足】は、カルネを中心としたクロコパトラ歩兵中隊の隊員達に押さえ込まれていた。
「そら、押せ押せーっ! 力を緩めるな!」
「フシュルル・・・コイツら! うっとおしい!」
【百足】の固有魔法は、かなり特殊な身体強化系。自分の体液を溶解性の性質に変化させるというものである。
唾や唾液、血液や精液に至るまで、体の外に出て空気に触れると共に、肉を焼く劇薬になるのだ。
【百足】の名の由来――全身に無数のムカデが這っているような跡――は、この能力に対して彼が支払わなければならなかった代償。自らの能力で付いてしまった傷跡なのである。
(何なんだコイツら。急に勢い付きやがって)
【百足】はクロ子の力を侮っていた。
仲間の【手妻の陽炎】が、化け物と呼んで警戒している生き物。その程度の認識でしかなかった。
だから【手長足長】を殺した相手と聞いても、「信じられない」としか思えなかった。
なぜならクロ子は姉の細腕でもくびり殺せそうな、小さな子豚にしか見えなかったからである。
(お前らいい加減にどけ!)
【百足】は苛立ちで唾を飛ばした。
彼の正面に立っていた大男は――クロコパトラ歩兵中隊の分隊長のカルネは――慌てて体をのけぞらせたが、完全には躱しきれなかったのだろう。焼けるような痛みにキズだらけの顔をしかめた。
「カルネ! 大丈夫か?!」
「はんっ! これぐらいどうって事ねえよ! それよりみんな、クロ子が来るまで絶対にコイツを逃がすんじゃねえぞ!」
「ああ、分かってるさ!」
【百足】を押さえつけているのは、先端に半円状に曲げられた鉄棒が取り付けられている、全長二メートル程の長い棒。いわゆる刺又である。
クロ子のアイデアで、急遽、槍聖サステナが用意させたものだ。
TVやネットのニュース映像で、警察や役所の防犯訓練の様子を見た事はないだろうか?
不審者役の男を、周りを取り囲んだ警官や職員やらが、長い棒で取り押さえている。
この時、彼らが使っているのが、先端が二股に別れた道具――刺又なのである。
ちなみに実際は訓練のように上手くはいかない(※返り討ちに遭う危険もあるため)とも言われるが、それでも刺又が制圧用の道具として効果的なのは間違いないだろう。
【百足】の強力な固有魔法に対抗するため、クロ子が考え付いたのは、この刺又による集団捕獲作戦であった。
「フシュルル・・・! フシュルル・・・!」
【百足】はどうにかして拘束から逃れようとするが、大勢の男に押さえつけられてはどうにもならない。
彼の固有魔法は、仲間内でも破格の制圧力を持ってはいるものの、彼自身の身体能力は至って平凡。
【三十貫】のような怪力もなければ、【手長足長】や【手妻の陽炎】のような剣技も持ってはいなかった。
つまりこうして複数の人間に、こちらの攻撃が届かない距離から押さえ付けられた場合、それを覆す手段がなかったのである。
【百足】はいくつもの刺又に拘束されながら、懸命に仲間の姿を捜した。
(【三十貫】――は、今は手が離せない。だったら姉ちゃん! 姉ちゃん、頼む! 姉ちゃんの術でどうにかしてくれ!)
【百足】は彼の姉、【言の葉】が彼女の固有魔法――強制暗示で助けてくれるのを待ち望んだ。
しかし、彼の願いは通じなかった。
それどころか、ひと際大きな破裂音が響くと、ようやく【三十貫】を始末した化け物が、この争いに参戦すべくやって来るのであった。
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『コイツで止めだ! EX最も危険な銃弾!』
私は極み化した最も危険な銃弾を発動。
両足と利き腕を負傷し、戦鎚を持ち上げることすら困難になっていた【三十貫】に、最早、我が身を守る術は残されていなかった。
パァーン!
大きな破裂音が響くと、【三十貫】の胸に文字通りの風穴が開いた。おおう、グロ注意。
ドスンと鈍い音を立てて、巨大な戦鎚が地面に転がる。
【三十貫】の体がグラリと揺らぐと、地面に崩れ落ちた。
やれやれ、予想外に手こずったわい。
『念のために、水母、死んでるかどうかの確認をお願い』
『心臓消失。完全に脳波停止』
水母は、若干、呆れたように返事を返した
用心のし過ぎだって? いやいや、相手は改造人間なんだぞ。体のどこかにもう一つ機械の心臓が埋め込まれている、なんて可能性だってゼロじゃない。
油断せずに、念には念を入れておくべきだろう。
けど、これでようやく安心出来た。
深淵の妖人、怪力の戦鎚使いの【三十貫】は、完全に死んだのだった。
「おおい、クロ子! そっちが終わったんならこっちも頼む!」
「痛っ! コイツ、また唾を飛ばして来やがって!」
おっと、クロカンの隊員達からヘルプの声が掛かってしまった。
【三十貫】を倒すのに時間がかかったせいで、ミイラ男を取り押さえていた隊員達に負担をかけてしまったようだ。
急いで向かわねば。
『今行く! 風の鎧!』
私は身体強化の魔法をかけ直すと、ダッシュ。
クロカンの隊員達の頭上を飛び越えた。
『食らえ! 最も危険な銃弾! ――あっ、やべ』
「なっ?! おい、馬鹿、よせクロ子!」
つい、さっきまでの戦いのノリで、無意識に最も危険な銃弾を使ってしまったわい。
不可視の空気の弾丸は【百足】の布に包まれた胴体に着弾。
パーンッ!
解放されたエネルギーは、布の端切れを――溶解性の体液の沁みついた布の端切れを――辺りにまき散らした。
「痛っ! あ痛たたた! テメエ、このクロ子!」
正面から【百足】を押さえつけていた大男カルネが、この被害をモロに被って悲鳴を上げる。
そんなに怒っちゃイヤン。
『ゴメンゴメン、ついうっかり。ええと、酸素飽和度――は、風が吹いているし、ジッとしている相手じゃないと効果がないか。だったら、そうだ! 成造・土!』
私は成造の魔法を発動。地面からニョキニョキと土が伸びると、【百足】の顔面を覆った。
「なっ?! もがっ! むむーっ!」
『よし! みんなもう少しだけ頑張って! ホラ! カルネもいつまでも痛がってないでちゃんと手伝う!』
「う、うっせえ! クロ子、テメエ後で覚えとけよ!」
【百足】は包帯越しに鼻と口を覆われた苦しさに大暴れする。
文字通りの死に物狂いの抵抗というヤツだ。
クロカンの隊員達もここが踏ん張りどころと必死に力を込める。
それから数十秒後。
【百足】の体からグッタリと力が抜けた。
「や、やったか?」
コラ。誰だ今、余計なフラグを立てたヤツは。
『水母先生、オネシャス』
『先生不要。私は水母』
水母のピンククラゲボディーから触手が数本、シュルリと伸びると、【百足】の首に巻き付いた。
一体何を? と思った途端だった。
ペキンと乾いた音を立てて、【百足】の首がカクンと九十度折れ曲がった。
水母、あ、あんた・・・
『いや、私は【三十貫】の時みたいに、死亡確認をして欲しかっただけなんだけど・・・。それを首をへし折って止めを刺すとか、ちょっとワイルド過ぎやしない?』
『・・・情報伝達の齟齬を確認。謝意を表明』
ピンククラゲは申し訳なさそうにフルリと震えた。
別に謝らなくてもいいんだけど。止めを刺してくれた事自体はありがたかった訳だし。
『それより、触手の方は大丈夫? 【百足】の溶解液をモロに触っちゃったみたいだけど』
水母の触手は、溶解液によって先端が崩れ、変色している。
『問題無し。損傷軽微』
水母は特に気にした様子もなく、新たな触手を一本、生み出すと、変色した触手を纏めて根元からスパリと切り落とした。
これにはクロカンの隊員達もドン引きである。
「あ、いや、俺達が引いているのは、今のスイボに対してだけじゃないんだが」
「呼吸を止めて窒息死させるとか・・・いくら敵とはいえ、それってやり過ぎなんじゃねえか?」
「もし、自分が相手の立場だったらと思うと、ゾッとするっていうか」
え? 私が批判されている?
けど、そんな事を言われても、だったら他にどうすりゃ良かったの? って話だし。
まあ、何かで読んだ話だと、窒息死って一番苦しい死に方とも言われているらしいけど。(諸説あり)
「お、お前、それを知っていながら、やったのかよ」
「クロ子・・・お前えげつないな」
次回「一筋の涙」




