その436 メス豚、参戦する
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戦いは完全に膠着状態に陥っていた。
三人の深淵の妖人は、木や岩の後ろに体を隠しながら、クロコパトラ歩兵中隊の魔法銃の能力を――射程や威力、発射速度を――把握しようとしている。
その結果、魔法銃の命中精度は、戦闘開始時に比べ、明らかに低下していた。
現在の所、深淵の妖人達の目論見は上手くいっている。
クロカンの副隊長、ウンタもそれを感じてはいるのだが、迂闊に距離を詰める事も出来ずにいた。
「カルネ、一人だけ前に出すぎだ! 下がれ!」
「おっと、いけねえ」
ウンタの言葉に、第一分隊の隊長、キズだらけの大男カルネは慌ててその場に身を伏せた。
地面に腹ばいになった彼の頭上を、頭ほどの大きさの岩が唸りを上げて飛び、背後の木にブチ当たった。
「うひょう! あ、あぶねえ・・・」
「んんっ」
深淵の妖人、【三十貫】が悔しそうな声を上げる。
先程から彼は、自分の代名詞とも言える戦鎚を地面に置くと、岩や倒木を投げるようになっていた。
カルネは地面を這いながら仲間の下に戻って来た。
「ヤバい、ヤバい。とんでもない馬鹿力だぜ。あれじゃロクに近付けやしねえ」
「だな。それに近付けば近付いたで、あの包帯男もいる。それに【言の葉】って女も邪魔をして来るからな。なあウンタ、これってどうしようもないんじゃないか?」
「・・・分かっている」
月明かりの闇の中、ウンタは眉間に皺を寄せた。
「元々、俺達に与えられた役目は、クロ子と槍聖サステナが合流するまでの時間稼ぎだ。深淵の妖人達をこの場に釘付けにして、人間達の館に近づけさせなければいい」
「それなんだがよ。敵の中に例のアイツ、【手妻の陽炎】がいないってのが気にならねえか?」
クロカンの役目は深淵の妖人達を引きとめる事。クロ子の計画では、そうした上で、槍聖サステナが【手妻の陽炎】をおびき寄せ、罠を仕掛けた位置まで誘導する予定になっていた。
ところが、敵の中に【手妻の陽炎】はいなかった。そしてクロ子もサステナも未だに姿を現さない。
見通しの立たない不安に、クロカンの隊員達の中で焦りが生じつつあった。
「なあウンタ。まさか俺達の知らない所で予想外の事が起きていて、クロ子の方もピンチになってたりしてねえよな?」
「それは――」
それはない、とは言い切れない。
実際の所は、クロカンが敵本隊を引きつけ、その間にクロ子達が敵の中で最も手強い存在、【手妻の陽炎】を仕留めようと考えていたように、深淵の妖人側も、三人の仲間達が敵本隊を引きつけている間に、【手妻の陽炎】が最も手強い敵、化け物(※クロ子)とサステナを仕留めようと考えていた。
今の状況は、そんな双方の思惑が期せずして合致した結果。
囮部隊はにらみ合いを続け、互いのエースは別の場所で人知れず死闘を行っていたのだが・・・現在進行形で戦いの渦中にいるウンタ達にその事実を知る術はなかった。
その時、夜のカルテルラ山に犬の鳴き声が響いた。
マサさん達、黒い猟犬隊の声だ。
『ボス! ボス! クロ子ボス!』
『クロ子ボスが来た!』
ウンタ達が慌てて背後を振り返ったその視線の先。
野犬達を引き連れて、黒い子豚が――彼らのリーダークロ子が走って来るのが見えた。
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私は山の小道に出ると、マサさん達と合流。
彼らの案内で戦いの現場へと到着した。
「クロ子! ようやく来たか!」
「クロ子! 【手妻の陽炎】はどうしたんだ?! 倒せたのか?!」
「クロ子! サステナは一緒じゃなかったのか?! まさかやられたのか?!」
おいおい、そんなに一度に話しかけられても、私の口は一つしかないんだが。
それ程私がいなかったのが寂しかったのか? ブヒヒ、全くしょうがないヤツらだ。
『【手妻の陽炎】ならちゃんと始末したわ。サステナは・・・そのうち来るんじゃない?』
「そうか。こちらの方は見ての通りの状況だ。スマン。出来れば俺達だけで敵の一人くらいは倒しておきたかったんだが」
クロカンの副隊長、ウンタはそう言って悔しそうに顔を歪めた。
なんだ、そんな事を考えてたのか。私としては敵をこの場に引きつけていてくれただけで十分に御の字なんだが。
私は一抱え程の大きな岩を担いでいる【三十貫】を見つめた。
『確かにあれはちょっと厄介そうね。分かった。ヤツは私が引き受けるわ。例のブツは――ちゃんと持って来てるみたいね。じゃあ、カルネ。あんたはそれを使って作戦通り、みんなで包帯男の相手をよろしく』
「おうよ、任せとけ!」
『ウンタは黒い猟犬隊を率いて、【言の葉】が邪魔をしないようにしといて。【言の葉】が使う魔法の限界はまだ分かっていない。だから無理に止めを刺そうとしないでもいいから』
「分かった」
我々は手短に打ち合わせを終えると、行動を開始した。
さあ、決着を付けようか。
今宵のこの戦いを最後に、深淵の妖人との因縁に幕を引く。
私は『風の鎧!』。身体強化の魔法をかけると、【三十貫】に向けて走り出した。
「んっ!」
ゴウッ!
【三十貫】が放り投げた岩が、うなりを上げて飛んで来る。
速い!
だが躱してみせる!
とうっ!
『魔法障壁』
その直後、背中のピンククラゲがフルリと震えると、私の前方に魔法障壁を展開。
パカーンと大きな音がしたかと思うと、ピンクの塊が物凄い勢いで後方にすっ飛んで行った。
水母は魔法障壁で大岩を受け止めたが、反動までは殺しきれなかったようだ。
『・・・ゴメン、水母。躱すつもりだったんだけど失敗しちゃった』
いやホント、マジで申し訳ない。
私はブヒッと彼に謝罪の言葉を告げた。
「な、なんだ?! 何が起きた?!」
「こっちに飛んで来ていた大岩が、何も無い場所で急に地面に落っこちたぞ?!」
館の警備兵達が、目の前で起きた謎現象に驚きの声を上げる。
そういやお前らもいたんだっけ。すっかり忘れてたわ。
私は飛んで来る倒木を、今度こそキッチリ躱すと、【三十貫】を射程に捉えた。
『貰った! 最も危険な銃弾!』
「んんっ?!」
【三十貫】は良く聞き取れない唸りを上げると、咄嗟に巨大な戦鎚を抱えて盾にした。
不可視の空気の弾丸は、戦鎚に着弾。パーンと乾いた音を立てて、エネルギーを解放。
戦鎚は【三十貫】の怪力に支えられていたせいか、ピクリとも動かなかった。
何今の、ちょっとムカつく。
私は攻撃のチャンスを狙い、【三十貫】の背後に回り込もうとするが、守りに入った【三十貫】は隙を見せない。
彼のデカい戦鎚に、私は中々攻撃の機会を見つけられずにいた。
『あの戦鎚、ウザい。邪魔』
『復帰』
そうこうしているうちに、ピンククラゲが戻って来ると、いつもの定位置に着地した。
『こんな風にグルグル回っててもバターになるだけね。こうなりゃ手数で押す! 最も危険な銃弾×10!』
私は複数の最も危険な銃弾を乱れ撃ち。
十発の不可視の弾丸が【三十貫】へと襲い掛かる。
「ん、んんっ!」
ゴウッ!
【三十貫】は戦鎚を一回転。巨大な鉄の塊が、まるで新体操のバトンか何かのようにグルリと回る。
その鋭い風圧で、風の弾丸のいくつかは切り割かれ、エネルギーを失い、消滅した。
何という力技。
だが――
パパーン!
残った風の弾丸は命中。
そのほとんどは戦鎚に防がれたが、そのうちの一発が【三十貫】の左太ももに命中した。
衝撃で肉が弾け、血が飛び散る。
「ん――くっ!」
【三十貫】は激痛に表情を歪めた。
てか、至近距離から十発も撃って、命中したのはたったの一発だけって。
リスクに対してリターン低すぎるんだけど。だから達人とか強いヤツの相手をするのはイヤなんだよ。
これがゲームなら、強い中ボスが出て来るのは、むしろ盛り上がり所になるんだけど、現実はね。
敵の攻撃が当たったら死んじゃうし。いくら魔法で身体能力を上げていると言っても、子豚と人間ではそもそものフィジカル値が違い過ぎるし。
ぶっちゃけ、戦いに歯ごたえなんていらないんだけど。
むしろチートをくれ。
毎回楽して勝ちたい。いやマジで。
次回「メス豚vs深淵の妖人」




