その432 メス豚と決戦の夜
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深夜。月明かりの下、山道を行く三人の姿があった。
異様な組み合わせの男女である。
三人の中でもひと際目を惹くのは、全身をくまなく布で覆い隠した、二メートルを超す巨漢のミイラ男。
ミイラ男に比べれば身長こそ見劣りはするものの、それでも平均よりも大柄な、やたらと手足の長いカマキリのような男。
最後に口元をスカーフで隠した白い肌の小柄な美女。
深淵の妖人。【百足】と【三十貫】、それに【言の葉】の三人である。
美女――【言の葉】は、先程からチラリチラリと背後を気にしている。
ミイラ男【百足】が、舌足らずな口調で安心させるよう、彼女に声を掛けた。
「フシュルル・・・。姉しゃん。てつまのかけろうなら大丈夫。アイツは俺達の中て、一番強いから」
「んっ。んっ」
巨大な戦鎚を背負った男、【三十貫】がコクコクと頷き、【百足】の言葉に同意する。
しかし【言の葉】の表情は晴れなかった。
「姉しゃん。そんなにアイツの事が心配?」
【言の葉】は小さく頷いた。
普通に考えれば、この地に深淵の妖人が全員集まっている以上、恐れるような事は何も無い。
彼らは一人一人が一つの部隊を相手にできる程の異能の持ち主なのである。
だが、今回は、今回の敵だけは、今まで彼らが相手にして来た敵とは違う。
【今サッカーニ】ことサッカーニ流槍術師範サステナ。そして原理も仕組みも不明な未知の武器を使いこなす不気味な傭兵団。最後に【手長足長】を葬り去ったという謎の小さな獣。
【手長足長】の強さは仲間である自分達が一番良く知っている。
彼の操る術は――固有魔法は――身体強化系統の一種。
自分の体毛をまるで手足のように自由自在に操る事が出来る、というものである。
その変幻自在の剣術には、”達人殺し”【手妻の陽炎】ですらも一目置いていた。
そんな【手長足長】を殺した化け物に、【手妻の陽炎】は単身で挑むと言う。
それが一番、確実な方法。仲間の被害を抑える方法と説得され、一応は納得したものの、それでもやはり、その身を案じてしまうのは当然である。
いや違う。それだけではなかった。
「シュルル・・・姉しゃん。姉しゃんはそんなにもてつまのかけろうの事が好きなんたね」
【百足】の言葉に、夜目にも分かる程、【言の葉】の頬が朱に染まった。
三人は足を止め、黙って【言の葉】の返事を待つ。
やがて【言の葉】は微かに頷いた。
「んんっ。んん」
「たったら、てつまのかけろうに気持ちを打ち明けようよ。きっとアイツも姉しゃんの事を――」
【それはダメ】
【言の葉】の否定の声に【百足】と【三十貫】はビクリと体を震わせた。
【言の葉】の固有魔法は強制暗示。自分の喋る言葉に魔力を乗せ、それを聞いた相手を強制的に従わせるという強力な異能である。
その破格の力と引き換えに、彼女は自分の能力をコントロール出来ない――喋る言葉全てに魔力を消費する――という大きなデメリットも抱えていた。
【言の葉】は口元を覆い隠していたスカーフをゆっくりとほどいた。
スカーフに隠されていた細い顎。そこには、厚い化粧でも隠し切れない程の深い傷跡が残っていた。
改造生物の手術の跡である。
顎の下、白く細い喉には、大小さまざまなチューブが皮膚を突き破り、絡み合うように露出している。
そんなグロテスクな喉の下。大きく開いた胸元。そこにあるべき母性の象徴は無残にも切り裂かれ、冷たい輝きを放つ大きな金属製のインプラントが埋め込まれていた。
「・・・姉しゃん」
【こんな乳房の抉れた醜い女に好きだと言われても、あの人を困らせてしまうだけだわ】
【言の葉】はそう言うと寂しそうに目を伏せた。
黙り込んでしまう三人。
夜の山に物悲しげな野犬の遠吠えが響いた。
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『ブヒュルルル・・・ブヒュルルル・・・フガッ! フガフガフガ・・・ぶえっくしょん! な、何事?!』
私は自分のくしゃみの音に驚いて目を覚ました。
ズビッと鼻水をすすると、闇の中、フワリと浮かんだピンククラゲが、細い触手をワキワキと動かしているのが見えた。
どうやら私はあの触手で鼻をくすぐられたようだ。
『意識の確認』
『水母! せっかく人がいい気分で寝てる時に、タチの悪いイタズラを――むっ?!』
文句を言おうと体を起こした私の耳に、野犬の遠吠えが届いた。
短く、長く、短く、長く、そして長く。
・ ― ・ ― ―
これは日本語の”テ”を意味するモールス符号。旧日本軍における”テ連送”。その意味は”我、敵を発見す”。
夜の見回りに出ていたマサさん達、黒い猟犬隊の犬達が、敵を発見したという合図である。
『そういう事ね。水母、起こしてくれてありがとう。発光 ! みんな起きて! 敵襲ーっ! 敵襲ーっ!』
私は灯りの魔法を発動。光の中、ズラリとベッドが並んでいるだけの殺風景な光景が照らし出される。
私は寝ているクロコパトラ歩兵中隊の隊員達を大声で起こした。
『ホラ、カルネ! 起きろ! 水母!』
『了解。鼻孔に刺激』
「フガフガ・・・ぶえーくしょん! ぶえーくしょん! な、なんだよコンチクショウ!」
この騒ぎの中、全く起きる気配のなかったクロカンの大男カルネだったが、水母に鼻の穴をくすぐられると、大きなクシャミと共に跳ね起きた。
「ズビッ・・・テメエ、このスイボ! せっかく人がいい気分で寝てる時に、タチの悪いイタズラするんじゃねえよ!」
「カルネ! いつまで寝ぼけている! 敵の襲撃だ!」
カルネは鼻水をすすりながら水母に掴みかかるが、クロカンの副隊長ウンタに止められた。
ウンタは項垂れる私を不思議そうに振り返った。
「なんだクロ子?」
『いやね、いくら寝起きだったとはいえ、カルネと全く同じ反応をしてしまったのがショックだったって言うか・・・』
「? そうか」
ウンタは一瞬、怪訝な表情を浮かべたが、今はそれどころではないと思ったのか、直ぐに装備の準備に取り掛かったのだった。
クロカンの隊員達は装備を整えると、魔法銃を背中に背負った。
開けっ放しにしていた入り口から、アーダルト達、タイロソスの傭兵達が駆け込んで来る。
「館の護衛達には知らせて来たぜ!」
「槍聖サステナも直ぐにこちらに来るそうだ」
彼らはウンタ達亜人とは違い、館の人間に顔を見られても構わない。
そのため、彼らに館を守る警備兵達への連絡を任せていたのだ。
アーダルトとその弟子ビアッチョの二人とは違い、女戦士マティルダの表情は晴れなかった。
彼女にはこの館の主人、ゴッドの娘こと、ベルベッタ・ペドゥーリへの連絡を任せていた。
同じ女同士、出来ればそのままゴッドの娘の側で護衛に付いて貰いたかったのだが・・・
「ゴメン、クロ子ちゃん。ダメだった。直接話を聞いて貰うどころか、寝所にすら近付けて貰えなかったよ」
自分の命がかかっている場面でもこれか。
ゴッドの娘の人嫌いは、筋金入りを超えて病的なレベルにまで達しているな。
ていうか、いくらなんでもおかしくないか? これってまさか――
クロカンの大男、カルネが呆れ顔で呟いた。
「なんだよそれ。自分の命が狙われているってのに、護衛がいらないなんておかしくないか? なあ、ここのヤツらは俺達に何かを隠してるんじゃねえか?」
「何かを隠しているって、何をだ?」
「う~ん、例えば本当は館の主人なんていないとか?」
私はギョッと目を見開いた。
カルネは思い付きで言ったが、それこそ正に今、私が言おうとしていた事、そのものだったからである。
ベルベッタ・ペドゥーリは存在しない。あるいは、既に死んでこの世にはいない。
そう考えれば、彼女が病的なまでに決して人前に姿を現さない理由も説明が付くのではないだろうか?
彼女の周りの者達が――彼女を旗頭として担ぎ上げた保守派の貴族達が――自分達にとって都合の良い内容を考え、それをゴッドの娘の言葉として公表している。
一見、筋が通っているように思えるこの推理。
しかし、この考えには一つだけどうしても無視できない問題点があった。
クロカンの副隊長、ウンタが私に尋ねた。
「無視できない問題点? クロ子、それは何だ?」
私はみんなの視線を集めながら、ブヒッと鼻を鳴らした。
『それはこの推理をしたのが、脳筋のカルネだったという点よ!』
みんなは一瞬、驚きの表情を浮かべた後で、「あ~」と納得の声を上げた。
「確かに。何だかカルネに負けたみたいに感じるもんな」
「もし、本当にその通りだったとしても、素直に納得出来ないっていうか」
「そりゃそうだ。カルネが気付くような事に気付かなかったなんて癪に障るもんな」
「お、お前ら~!」
カルネはこみ上げる怒りにワナワナと体を震わせた。
ウンタは呆れ顔でため息をついた。
「そんな事よりも今は深淵の妖人だ。丁度サステナも来たみたいだぞ」
その直後、槍聖サステナが開けっ放しの入り口から部屋の中に入って来た。
次回「クロカンvs妖人」




