その431 メス豚と嵐の前の静けさ
ここは胡蝶蘭館のすぐ裏の山。
私は小さな川のほとりをブヒブヒと嗅ぎ回った。
『おっ、巻貝発見。ごっちゃんです。(パリパリボリボリ) う~ん、この独特の渋みと苦さ。それに泥臭さよ』
あ、ちなみに川などの淡水の巻貝には寄生虫が潜んでるので、みんなは私のマネをして生食をしないように。食べる時にはちゃんと火を通してから食べような。
こっちにはイモリが一匹。コイツもいただきまーす。ぱくり。ごっくん。
ちなみに現在の私は、館の周囲の見回り兼、縄張りの確認兼、小腹を満たすためのおやつタイム中である。
『あれから五日かぁ。深淵の妖人共は、一体いつになったら姿を現すのやら』
私は新たに見つけた巻貝をボリボリ噛み砕きながら独り言ちた。
我々が槍聖サステナの強引な誘いを受け、館で厄介になるようになってから今日でもう五日目。
その間、敵は襲撃どころか、影も形も見せなかった。
『嵐の前の静けさとでも言うべきか――おっ、また巻貝見っけ。パリパリ、ボリボリ・・・まあ、全身を包帯で覆っていた【百足】はともかく、戦鎚の使い手、【三十貫】辺りは魔法銃の銃弾を何発か受けていたかもしれんしね。その治療や何やで動けなかった可能性も微レ存か』
深淵の妖人の正体は、体に特殊なインプラントを埋め込まれた改造生物である。
ピンククラゲ水母によると、この惑星で遥か昔に栄えた前魔法科学文明でも、似たような技術を研究、開発していたんだそうだ。
ちなみに、当時も倫理的に問題のある研究とはされていたが、実際は軍事目的として密かに研究が続けられていたらしい。国家の闇の部分だな。
『深淵の妖人を生み出したのも、そういった研究をしている組織・・・候補としてはカルトロウランナ王朝辺りか』
アゴストファミリーの母体、巨大犯罪組織ヴェヌド。深淵の妖人達はそこに所属しているらしい。
厄災を運ぶ北西の風を意味するその組織は、大陸の三大国家の一つ、カルトロウランナ王朝を本拠地として、深く根を張っているという。
そう言えば、以前、サンキーニ王国の第二王子が軍を率いて私を討伐しに来た時、彼らは私の魔法に対しての切り札として、”魔法殺しの秘術”を持ち込んでいた。
魔法殺しの秘術とは、熱を加えると炭素が魔素を吸着する性質を持つようになるという物質で、前魔法科学文明では回路素子の材料として割とポピュラーに使われていた魔法触媒だったという。
あれも確か第二王子がカルトロウランナから手に入れた物だったはずである。
『ここでもカルトロウランナの名前が出て来るのか。ただの偶然――じゃないよね』
この世界には魔法が存在する。しかし、私が見た所、その研究は全くと言っていい程進んではいない。
科学技術それ自体が未だ中世レベルに留まっているせいもあるが、そもそも、人間には魔法が使えない――魔法を使うための器官、魔核を持っていない――のが一番大きな理由だろう。
そんな中で、魔法触媒、それに改造生物という二つの出来事に、共にカルトロウランナ王朝が関わっている。
前魔法科学文明が魔法回路に使っていた魔法触媒。それを他国にくれてやれる程、安定して生産している件。
前魔法科学文明で軍事目的に研究されていた技術。それと同じ技術によって生み出されたと思われる深淵の妖人。
共通するのは前魔法科学文明とカルトロウランナ王朝という二つのワード。
カルトロウランナには魔法に関係する何かがある。そう考えるのは、漫画やアニメの見過ぎ、深読みのし過ぎだろうか?
『ねえ水母。例えば水母の施設が旧文明の最後からずっと残っていたように、大陸のどこかに同じように別の施設が残っていて、カルトロウランナ王家がそれを発見して、その技術を利用している。なんて事はありえるのかな?』
『情報不足。可能性としては極めて低確率と思われる』
私の背中でピンククラゲが否定を示すようにフルリと震えた。
まあそうだよな。普通に考えれば、水母の施設のようなものがそうそう残っているとは思えない。
だが、漫画やアニメ、創作物の世界では、そういった技術を手に入れた国王なり科学者なりが、ラスボスとして君臨するのが一つのパターンとなっている。
ちなみにもし本当にカルトロウランナ王家がそれらを手にしていた場合。彼らは一足飛びに数世代先の科学力を手に入れている事となる。
そんな相手に、中世レベルの軍隊ではどうやったって太刀打ちできる訳が無い。
カルトロウランナ王家による世界征服待ったなしである。
・・・・・・。
『おっと、考え事をしてたら、大きな蛙を見逃す所だったわい。危ない危ない』
私は丸々と太った蛙をパクリとキャッチ。蛙は奥歯で潰され、ギュッと断末魔の鳴き声を上げたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
クロ子が小川で小腹を満たしていたその頃、胡蝶蘭館のとある部屋では、槍聖サステナが弟子の一人と面会していた。
「そうかい。苦しまずに逝ったか」
先日の深淵の妖人との戦い。クロ子達の命を狙い、ベッカロッテの町の宿屋を襲撃した妖人との戦いで重傷を負っていた弟子の一人が今朝、治療の甲斐なく命を引き取ったという。
弟子の死に、流石のサステナも、いつもの飄々とした態度を消し、沈痛な表情を浮かべていた。
「敵を甘く見ていたつもりはねえが・・・いや、俺も心のどこかでは、所詮は殺し屋の二~三人。正面からまともに当たればサッカーニ流槍術の敵じゃねえ。そんな風に高を括っていたんだろうな」
「・・・全てはサステナ師範の期待に沿えなかった我々高弟の責任です。サッカーニ流槍術の名にも泥を塗ってしまい、誠に申し訳ございませんでした」
弟子は頭を下げた。
そして顔を上げた時、彼の目には強い決意が宿っていた。
「我々全員が、雪辱を果たす機会を待ち望んでおります。師範代。我々も館の護衛に加わらせて頂けないでしょうか?」
サッカーニ流槍術の関係者で、胡蝶蘭館に寝泊まりしているのは師範代であるサステナだけ。
他の弟子達は、町の宿屋や懇意にしている商人の屋敷で世話になっていた。
サステナは顎ヒゲをしごきながら考えた。
「・・・そうだな。ペドゥーリ家の館だからとずっと遠慮していたが、クロ子達隣国の傭兵団を護衛に雇った時点でそいつも今更か。護衛の兵士達だけではどうにも心もとないのは確かだし、お前達がいれば俺も安心できるぜ」
「それでは、よろしいので?!」
「いいや、ダメだ」
サステナは懐から一通の手紙を取り出すと、テーブルの上に投げた。
「お前を呼んだのはコイツを渡すためだ。今朝、総本山の主席師範共から届いた手紙だ。俺達に大至急戻って来いとよ」
「総本山が?! そ、そんな?!」
弟子は慌てて手紙を手に取った。
そこには彼にとって雲の上の存在、サッカーニ流槍術、主席師範の名が連名で記されていた。
「手紙にゃそれしか書いちゃいねえが、その手紙を持って来たヤツから聞いた話じゃ、ケッセルバウム(※この国の王都)を落としたコルヴォ侯爵から、総本山に使者がやって来たらしい。あっちじゃ上を下への大騒ぎになってるみたいだぜ」
「コルヴォ侯爵からの使者――まさか白面の狂騎士ドルドでしょうか?」
白面の狂騎士ドルド。今やこの国でロヴァッティ伯爵ドルドの悪名を知らない者はいない。
彼は約一年前、隣国サンキーニ王国との戦いで顔の左半分に大きな負傷を負い、生死の境を彷徨った。
それ以降、彼は顔の半分を白い樹脂で覆い、敵味方から狂騎士と恐れられる程、嗜虐的な性格へと変貌してしまったのであった。
サステナは「さてな」と肩をすくめた。
「本当に噂の狂騎士なら、是非、手合わせを願いたい所だが、今はもしもの話はいいや。総本山から帰れという手紙が届いた以上、いつまでもここにいる訳にはいかねえ。お前はそいつを持って町に戻り、弟子達を纏めて総本山に戻りな」
「そんな・・・いえ、分かりました」
上の者の命令は絶対。それは槍術家でも軍隊でも変わらない。
弟子は手紙を握りながら、悔しそうに奥歯を噛みしめた。
「ですが、仲間の仇を取れないのは無念です」
「そいつは俺に任せておきな」
弟子はサステナの言葉にハッと顔を上げた。
「師範代は我々と一緒に戻らないのですか?」
「この館には世話になったからな。それに深淵の妖人には、弟子の落とし前も付けなきゃいかん。クロ子達を雇った手前もあるし、最後にひと働きしてからお前達の後を追うさ」
弟子は「それでしたら私達も!」と詰め寄ったが、サステナは「ダメだダメだ」と軽く手を振った。
「敵がやって来るまでに何日かかるか分からねえんだ。それに俺なら主席師範共にどう思われようが別に構わねえ。ヤツらに【今サッカーニ】を破門にする度胸はねえだろうからな。だが、お前らの場合はそうはいかねえ。せっかくここまで鍛えたんだ。自分達の努力を無駄にすんな。俺に付き合って上から睨まれるなんてバカバカしいぜ」
弟子はそれでもサステナに食い下がったが、彼は決して首を縦には振らなかった。
渋々ながら弟子は諦めると、手紙を持って部屋を後にした。
ドアを閉め、小さなため息をついた彼は、ふと視線を感じて廊下を振り返った。
「・・・俺の気のせいだったか?」
廊下には誰もいない。
弟子はかぶりを振ると、館の玄関に向けてトボトボと歩き始めた。
彼の姿が廊下の角に消えると、サステナの部屋の隣のドアが静かに開き、男が一人、姿を現した。
傭兵の姿をした男は、戦と契約の神、タイロソスのシンボルを首から下げていた。
次回「メス豚と決戦の夜」




