その430 メス豚、気に入られる
「ウンタ。お前は傀儡だ。お前らの中心にいるのはこの黒い豚。――確かクロ子とか言うんだったか? このクロ子がこそがお前らの真のリーダーだ」
槍聖サステナはそう言うと、クロコパトラ歩兵中隊の副隊長、ウンタに振り返った。
我々は驚きの表情でサステナを見つめた。
「どうよ? 違ってるか? 何だか急に静かになっちまったみてえだが」
「――いや、違わない。みんなが黙ったのは単に驚いたからだ」
ウンタはアッサリとサステナの言葉を認めた。ていうか、私がクロカンの隊長なのは別に秘密でも何でもないからな。
言わなかったのは、説明するのが面倒なのと、仮に説明したとしても、人間相手には多分信じて貰えないだろうと考えての事だ。
サステナとしては、我々がこんなに素直に認めるとは思っていなかったのだろう。ドヤ顔をした手前、少しだけバツが悪そうに眉をひそめた。
クロカンの大男、カルネが意外そうに口を開いた。
「それにしても良く分かったな。普通ならクロ子がおかしなヤツだと思うくらいで、俺達のリーダーとまでは思わないだろうに」
をい! 言い方! 私がおかしなヤツて何? 具体的に説明してみろや。
「そうか? 割と一目瞭然だろうに。どう見たって、ウンタはそこのクロ子の喋る言葉を理解しているとしか思えねえし、他のヤツらの反応を見ても、分かってるようにしか見えねえだろ」
「そうなのか?」
タイロソス教の教導者、アーダルトが「そんな事はない」とかぶりを振った。
「仮にそうだとしても、魔獣――クロ子は子豚にしか見えない。人間の言葉を理解していると気付くのは難しいだろう」
まあそりゃそうだ。私だって喋る豚がいたとしたら、その存在を信じるよりも、誰かが仕組んだトリックなんじゃないかと疑ってかかるだろうし、
それが常識的な考え方。普通の人の反応だと思う。
サステナのような武術の達人には、我々凡人と見えている世界が違うのか、はたまた、人より頭のネジが二~三本ブッ飛んでいるだけなのか。
「ブヒブヒ」
「おっ? 今のはなんて言ったんだ? いや、待った、当ててやろう。多分、俺に対して『感心した』とか何とか、そんな意味の事を言ったんじゃないか?」
ウンタ達は困り顔を見合わせた。
「気を良くしている所を悪いが、今のは全く意味のない豚の鳴き声だ。というかクロ子、コイツをからかうのはよせ」
『サーセン』
「今のは謝罪の言葉だった」
「・・・そうかよ。そいつは良かった。危うくキレそうになる所だったぜ」
サステナは仏頂面のまま小さく息を吐き出したのだった。
私にからかわれたサステナが機嫌を損ねたりはしたものの、その後の話し合いは概ねスムーズに行われた。
ウンタとしても、自分の言葉ではなく、私の言葉として話せるようになった事で、余計な気を遣わずに済むようになったのだろう。
気付いた事や自分の考えも積極的に挟んで行くようになっていた。
「――深淵の妖人への対策としては大体こんな所か。基本、俺達クロカンの隊員達は時間稼ぎを中心にしながら、クロ子とサステナのフォローをする。アーダルト達もそれでいいな?」
「俺達はその掩護に回ればいい訳か。いいな? ビアッチョ、マティルダ」
「分かりましたアーダルトさん」
「分かったわ、アー兄さん」
副隊長のウンタは槍聖サステナに振り返った。
「サステナもそれで構わないだろうな?」
「ああん? 要はアレだろ? 俺とクロ子は勝手に戦えばいいんだろ? 分かった分かった」
サステナは魔法銃をガチャガチャといじりながら、適当に生返事を返した。
「おい! ・・・頼む、クロ子」
『分かってる。あ~、サステナ。勝手に戦うのはいいけど、最初はこっちの作戦通りに動いて貰わないと困るから。てか、自分から言い出した事なんだからちゃんとやって貰わないと、ホントに困るんだけど?』
「――と言っている」
「だから分かってるって。なあ、それよりこの魔法銃っての、ホントに俺には使う事が出来ねえのか? お前ら実は他にも何か隠しているんじゃねえか?」
隠しているかどうかで言えば隠しているな。
そもそも魔法銃は、魔法の使用が前提の、亜人専用の武器である。
サステナがあまりにせがむので、仕方なく触らせてやったが、こんなにうるさいなら渡すんじゃなかったわい。
『サステナ!』
「ちっ。わーったよ」
私が強く睨むと、サステナは渋々魔法銃を持ち主に返した。
サステナは傍若無人というか、ある意味では子供のような性格をしているが、何故か私は彼に一目置かれているらしい。
他の者の言葉は聞き流しても、こうして私の指示だけには従ってくれる。
まあ、あくまでも『従ってくれる』というだけで、『ちゃんと従う』という訳ではないのだが。
本人曰く、「豚の指揮で戦うなんて、滅多に出来ない経験で面白い」「クロ子は豚のくせして、ウチの館長や主席師範共よりもちゃんと頭を使ってる」「そもそも俺は人に指示を出すのが苦手でいけねえ。それなら自分で槍を持って戦うほうがなんぼか楽だし早い」との事である。
仕事で言うならば超有能な現場人間。逆に管理職には全く向かない性格をしているのだろう。
「話はちゃんと聞いてたぜ。いい具合にやってやるから、任せておけって」
サステナは白い歯を見せてニカッと笑った。
胡散臭っ。今の言葉をどこまで鵜呑みにしていいのやら。
とはいえ、サステナは我々の中でも最大戦力。性格がイマイチ信用出来ないとか、人柄が気に入るとか気に入らないとか、そんな理由で作戦から外す手はない。
深淵の妖人はここで確実に始末しておかなければならない。
これは絶対条件だ。
そうしなければ、今後、ずっと我々がつけ狙われるおそれがあるから・・・というのも勿論だが、それよりも、ヤツらがカロワニー・ペドゥーリの命令を受け、ゴッドの娘、ベルベッタ・ペドゥーリの命を狙っている点が大きい。
ゴッドの娘はカロワニーの政敵、保守派貴族の旗頭。
そんな彼女が殺されれば、力の弱い保守派は、完全に勢いを失ってしまう。
そうなればロイン達亜人兄弟の故郷、楽園村はどうなる?
我々は一連の事件の黒幕、カロワニーの権力が増す事だけは、何としてでも阻止しなければならないのである。
「そういや、お前らの連れていた犬共。あいつらもクロ子程じゃねえが、額に角を生やしていたよな? 角の生えた犬なんて俺は見た事がなかったが、それが何十匹もいるってのはどういうこった? お前らの所の犬はみんなあんな感じで角を生やしているのか?」
サステナは思い出したようにウンタに尋ねた。
「おい、クロ子」
『あ~うん。適当に誤魔化しといてくれると助かるわ』
それでもサステナの相手をするのは、少々面倒臭いけどな。
こうして我々は槍聖サステナを交えて、深淵の妖人に対しての対応策を話し合った。
とはいえ、いくら事前に念入りに作戦や段取りを決めていたとしても、実戦がこちらの考え通りにいくのなら、この世にスポーツやギャンブル等は成立しない。
『孫子』の虚実に曰く、兵に常勢無く、水に常形無し。
水に決まった形がないように、戦い事にも決まった戦術などはないのだ。
例えどんなに有利だと思っていても、負ける時には負けてしまうし、ほぼ負け確の不利な状況から勝利を決める事だってある。
戦いは臨機応変。
そういった意味では、サステナくらい適当な方が戦いに挑む心構えとしては正しいのかもしれない。
『とはいえ、みんながサステナみたいになってしまったら、それはそれで困るんだけどな』
勝負には逆転勝利や逆転負けが付き物とは言っても、有利な方がより勝ちやすいのは確かだ。
あれは達人だからこそ許されるエゴイズムなのだ。
といった訳で、我々は深淵の妖人の襲撃に備えた。
しかしそれから五日。
警戒する我々を嘲笑うかのように、胡蝶蘭館は平和そのもの。
襲撃どころか怪しい人影すら、一度も姿を現さなかったのだった。
次回「メス豚と嵐の前の静けさ」




