その429 メス豚、作戦を練る
「な、なんだこりゃ!」
「犬が鹿を引きずって来たぞ!」
『ボス! 獲物捕まえた! ボス!』
『ボス! 大物! ボス、褒めて褒めて!』
なにやら館の警備兵が騒いでいるので様子を見に行くと、そこには鹿の死体を咥えたマサさん達、黒い猟犬隊の犬達の姿があった。
私の姿を見つけたブチ犬マサさんは、尻尾を振りながら嬉しそうに「ウォン!」と吠えた。
『黒豚の姐さん! この辺りにはこんな獲物が一杯いますぜ! しかも警戒心が薄いから簡単に捕まえられます! 姐さんも一緒に狩りに行きましょう!』
『いや、狩りって何言ってんの? 私は館の周囲を見回るように言ったよね』
『『『はっ』』』
興奮していたマサさん達は、私の言葉にハッとその場に立ち尽くした。
ブンブン振り回されていた尻尾が力なくパタリと垂れる。
『マサさん?』
『す、すみやせんでした、黒豚の姐さああああん!』
マサさん達は慌ててその場に這いつくばった。
ええと、つまりこれはアレか。マサさん達も最初は私の命令に張り切って、館の周囲を見回っていた。
ところがこの山は思わぬ野生動物の宝庫だった。それはそうだ。なんせここは丸ごとペドゥーリ伯爵家の山なんだからな。たまに伯爵家の人間が猟に入るくらいにしか使われていなかったんだろう。
で、マサさん達は獲物の多さについつい野生の血が騒いで、狩りに没頭してしまったと。つまりはそういう事?
『はあ・・・マサさんが一緒にいながら、何やってんのよ』
『も、申し訳ありやせん!』
お腹を見せてキャンキャン鳴くマサさん達。
私は呆れてブヒっとため息をついた。
館の警備兵達はそんな私達を困惑気味に見つめている。
彼ら的には、犬達が大きな鹿を引きずって来たと思ったら、突然、角の生えた子豚に腹を見せてすり寄り始めたのだ。まさに「なんのこっちゃ?」といった所だろう。
「一体なんだこの騒ぎは?」
「深淵の妖人の襲撃じゃあなさそうだぜ。へえ、大きな鹿じゃねえか」
騒ぎを聞きつけて、傭兵集団が――クロコパトラ歩兵中隊の隊員達が――館の中から姿を現した。
「どうしたんだクロ子、その鹿は。お前、狩りにでも行ってたのか?」
『私じゃなくてマサさん達がね。それより、みんな起きたんなら丁度良かった』
とりあえず、マサさん達が狩りに夢中になっていた――なれていた? という事は、この近辺に侵入者はいなかったのだろう。
いれば、野生動物が警戒しているはずだからな。
そういう意味では、マサさん達に見回りに行ってもらったのは無駄じゃなかった。だからもうお腹を見せての服従のポーズを取る必要はないから。別に怒ってる訳じゃないから。
『く、黒豚の姐さん・・・』
まあ、私の中でマサさんの株は、多少下がりはしたけどな。
けど、考えてみれば、マサさんってあのアホ毛犬コマのパパなんだよな。
じゃあ仕方がないか。
私の視線から何かを察したのだろう。マサさんはしょぼんと頭を垂れた。
私はウンタ達に振り返った。
『その鹿は館の誰かに頼んで捌いて貰って。私達は作戦会議を始めましょう』
館の中は思っていたより薄暗く、静かだった。
良く言えば落ち着いて上品な感じ。歯に衣着せずに言えば、ホラーゲームのステージになりそうな洋館。
私は好奇心でキョロキョロと周囲を見回しながら、ウンタ達の後ろに続いた。
「クロ子、お前よくそんなに首を回しながら真っ直ぐに歩けるな」
クロカンの大男、カルネが感心した様子で呟いた。
「感心って、俺は呆れてるだけなんだが? お前、前向きに受け取り過ぎだろ」
「着いたぞ。ここが俺達にあてがわれた部屋だ」
副官ウンタは地味な扉を開けた。
「客が使用人や護衛を連れている場合、そいつらを泊めるための部屋だそうだ」
部屋の広さは小さな教室くらい? 飾り気のないベッドがズラリと並んでいる、ただそれだけの殺風景な部屋だ。
ロッカーの類は見当たらないが、個人の着替えや荷物の類はどこに置くんだろうか?
後で聞いたら、空いているベッドの上や床に置いておくんだそうだ。
え~と、それはそうと、いつまで付いて来るつもりな訳?
「なんで俺達の後に付いて来るんだ?」
「なんだよ連れねえな。これはアレだ。館を護衛する身としては、どこの馬の骨とも分からねえヤツらはちゃんと警戒しとかねえとな。つまり俺はお前ら見張りって訳だ」
いけしゃあしゃあと言い放ったのは、隻眼の達人。サッカーニ流槍術師範サステナ。人呼んで【今サッカーニ】。
てか、そのどこの馬の骨とも分からないヤツらを、護衛として招き入れたのはお前だろうに。
どこまで本気なのか分からない、どうにも掴みどころのない男だ。
ウンタは困り顔で私の方を見た。
『あ~、まあ仕方がないんじゃない? 寝床を用意して貰った恩もあるし』
ちなみにサステナがどれだけの強さなのかは分からない。とはいえ、昨夜一緒に戦った彼の弟子達よりは腕が立つのは間違いない。間違いないよな?
腕も立ち、我々の雇い主でもある。だったら媚を売っておいて損はないだろう。
「媚を売るって・・・まあいい。みんな適当な場所に座ってくれ」
こうして私達の作戦会議が始まった。
さて、対策を練る前に、先ずは敵の能力について確認しておいた方がいいだろう。
ウンタは頷くとみんなを見回した。
「現在、分かっている深淵の妖人は五人。その内の一人、【手長足長】は昨夜、クロ子が倒している。残っているのは四人。
一人は派手な格好をした若い男、【手妻の陽炎】。
もう一人は、長い手足のハンマー使い、【三十貫】。
昨夜新たに姿を現した二人の深淵の妖人の一人。若い女の妖人、【言の葉】。
それに全身を布で覆った大男、【百足】。
ここまではいいな?」
隊員達はコクリと頷いた。
「【百足】か。アイツは厄介なヤツだったな。汗や唾に当たっただけで、まるで火にあぶられたように火傷しちまうんだ」
「それを言うなら【言の葉】だってヤバいだろ。なにせ一言、『後ろを見ろ』と言われるだけで、全員後ろを向いちまうんだぜ」
「魔法銃の通じない【手妻の陽炎】なんてどうやったら倒せるんだ?」
「【三十貫】もシンプルに強いぞ。あの馬鹿デカいハンマーで殴られたら、間違いなく骨までぐしゃぐしゃになってしまうだろうからな」
隊員達はそれぞれ、深淵の妖人と戦った時の感想を言い合った。
こうやって改めて聞いてみると、深淵の妖人ってガチでヤバいヤツらだな。
深淵の妖人が使う技の正体が魔法である事は、ピンククラゲ水母の情報からも分かっている。
私と深淵の妖人。共に魔法を使って戦う者同士、どちらが上でどちらが下かと言えば、それは水母も認める最高の観察対象(なんだかイヤだなこの表現)である私の方が圧倒的に上だろう。
だが、それは魔力の量や制御力、それにどれだけ多くの魔法を使えるか、という話であって、実際に戦った時にどちらが勝つか、となるとまた違って来る。
中国拳法、八極拳の達人、李書文の残した言葉に「千招を知るをおそれず、 一招に熟するをおそれよ」というものがある。
これは「多くの技を覚えている者より、一つの技を習熟する者の方こそ警戒せよ」という意味である。
深淵の妖人達は、おそらくそれぞれたった一つの魔法しか使えない。
だが、その魔法は強い。
そして彼らはその魔法を使った戦い方を――効率的な殺しの方法を熟知している。
これがヤバい。ハッキリ言って強敵である。
◇◇◇◇◇◇◇◇
槍聖サステナは最初のうちは黙って私達の会話を聞いていたが、すぐに身を乗り出すと、深淵の妖人の使う魔法について矢継ぎ早に質問をし始めた。
(なる程。弟子達からもある程度は話を聞いていたが、立場の違う者達の口から聞くと、案外新しい発見があるもんだな)
サステナは感心したが、これはある意味では仕方がない。
弟子達としては、あまり自分達に都合の悪い事は、師範に知られたくはなかったのだろう。
ましてやサステナは、複数いるサッカーニ流師範の中でも、その実力は頭一つ抜けている。弟子にとって敬意を払い、畏怖すべき存在であった。
サステナは傭兵団のリーダー格、ウンタと呼ばれている青年の視線に顔を上げた。
「なんでい?」
「いや。あんたは槍の流派の達人なんだろう? そんなあんたなら深淵の妖人とどう戦うのか、それを聞いてみたいと思ったんだ(クロ子が)」
自分ならどう戦うか――か。
サステナは期待のこもった視線が自分に集まるのを感じた。
(こういうのは苦手だぜ。俺は基本、出たとこ勝負。いつもならこの手の小難しい話は、全部下のモンや同僚に丸投げしてるんだがなあ)
サステナの槍術は天衣無縫。そう言えば聞こえはいいが、本人的には己の本能に従い、その場その場に応じた技を繰り出しているだけである。
それで【今サッカーニ】とまで呼ばれるまでになっているのだから、彼は真の意味での天才と言えた。
「あ~、そうだな。まず普通に考えれば、四人の妖人の中で一番厄介なのは【手妻の陽炎】とかいうヤツだろうぜ」
【手妻の陽炎】は、普通に剣の腕が立ち、更には謎の技でこちらの間合いを外してくる。
正に達人殺し。
弟子達は当然、同僚の師範代の手にすらも余るのではないだろうか。
「そいつは俺が相手をするしかないだろうぜ。他の妖――」
「ブヒッ。ブヒブヒ」
「いや、【手妻の陽炎】についてはこちらに考えがある。それよりも他の妖人はどうだろうか?」
サステナの言葉を遮るように子豚が鳴くと、ウンタがサステナの申し出を否定した。
(まただ・・・さっきからこの豚が鳴くと、コイツが喋り始める)
サステナの見立てでは、この傭兵団で一番腕が立ち、リーダーとしての貫禄を持っているのは、間違いなくタイロソス神のアクセサリーを付けているアーダルトという男である。
実際、彼の両脇に座っている若い男女は、彼を中心に一歩引いた立場にいる。
しかし、どう考えても状況的に傭兵団のリーダーは、この何の変哲もないウンタという青年である。
(いや、違う)
その時、サステナは不意に直感した。
そして彼にとっては己の直感こそがこの世で最も信頼出来るもの。いかに荒唐無稽で信じられないような内容であったとしても、疑う事など考えも出来なかった。
「ふむ。そういう事だったのか・・・」
「そういう事とは?」
サステナはこの場に存在する異物――まるで考えに沈んでいるかのように、ブヒブヒと鼻を鳴らしている黒い子豚を見つめた。
「ウンタ。お前は傀儡だ。お前らの中心にいるのはこの黒い豚。――確かクロ子とか言うんだったか? このクロ子がこそがお前らの真のリーダーだ」
次回「メス豚、気に入られる」




